1-3-2 勇者の事情?勇者の得た物?

 俺はフィリアを連れて裏山をちょっと登った辺りにやってきた。

 そこには既に柳生さんが待っており、俺たちを見るとすぐに駆け寄ってきた。


「柳生先輩お待たせしました」

「いや、私もついさっき来たばかりです」


 そう言って俺と目が合った瞬間顔を赤らめそっぽを向いた。うーんまさかとは思うが、確認したい。


「あの、どうして顔を赤らめてそっぽ向くんですか? まさかと思うのですが、あの廊下での事件を現場で直接見ていたとかじゃないですよね?」


「うっ、ごめんなさい。偶然見てしまったのです……」


 あの場にいて何もしなかった……これが勇者?


「あの場にいて助けもせず見て見ぬふりですか……それでよく勇者になろうと思いましたね」

「龍馬! 自分の不甲斐無さを棚に上げて、美咲に当たるのは筋違いじゃぞ」


 会ってすぐ喧嘩腰で食って掛かってフィリアに怒られてしまった。確かに筋違いなのだが、『それで勇者とかふざけんな』と思ってしまったのだ。


「すまぬな美咲、龍馬はまだ子供故許してやってほしい」

「なっ! ふざけんな! ロリババーからすれば子供かも知れないけど、子供扱いすんな!」


「ロリババー……龍馬よ妾は凄く傷ついたのじゃ」

「フィリア様こんにちは、凄く心配していましたがお元気そうですね」


「うむ、なんだかんだで龍馬に救われておる」


「あの小鳥遊君、言い訳かもしれないけど、あの時私は揉め事に関わってはいけなかったのです。大会前にちょっとしたいざこざでも起こせば、私だけでなく部員の皆が出場できなくなってしまいます。彼の噂は2年の方まで伝わっていましたので……。剣による武力以外、私にはどうしようもなかったのです。でも武力を使って暴力行為をしてしまえば、それがいくら善でも結果的に出場停止で部員に迷惑が掛かってしまいます。小鳥遊君はそういう時どうしますか?」


 うわー、めっちゃ真面目に答えられたよ……。しかもそれってどうしようもないじゃん。『どうしますか』って、普通は教師や学校に相談するのが正解だろうけど、この学園ではそれが意味をなさないのは俺で十分知れ渡っている。


「ごめんなさい柳生先輩、勇者という言葉にちょっと過敏に反応していたみたいです。普通は先輩の行動で正しいと思います。教師ですら手出しができないのに、只の女学生がどうこうできる問題じゃないですね。そういう俺も対処できずにああいう結果になったのです。不当に先輩に当たってしまいました。すいません」


「龍馬の意見ももっともじゃが、でも龍馬ならぶつくさ言いながら助けたのではなかろうかの? 妾はそんな気がするのじゃ。普通の行動をしておっても勇者などとは呼べぬからの、勇者なら息をするように助けてなんぼじゃ」


「フィリア様、私は間違っていたのでしょうか? あの時その、彼のおっきいのが、その、あの、竹刀みたいに大きくてびっくりして、えと……」


「柳生先輩、何を言ってるのですか!」

「う~、ごめんなさい。あの時はとにかくびっくりしたのです。気が動転して動けないぐらいびっくりしたのです!」


 柳生先輩は俺の股間付近をちらちら見て顔を赤らめまた俯いてる。


 なんなのだこの人……これが勇者か?


「美咲よ、気になることがあって来てもらったのじゃが聞いても良いかの?」

「あー、俺、いない方がいいなら席を外すけど?」


「いや、龍馬もいてほしい。プライバシーに関わるようなことは聞かぬからの」


「フィリア様? 質問とはなんでしょうか?」

「ふむ、其方の今の実力なら、一人でコロニーを落とせると思うのじゃが、なぜそうしないのかと思ってのう」


 柳生先輩はコロニーのある方角を睨んで答えた。


「今すぐにでも助けに行きたいです。でもそれは私一人のバカな考えなのです」


「どういうことじゃ?」

「あ~成程ね。フィリア、彼女はおそらく格技場の仲間に止められたんだよ。理由は俺たちと一緒。助けた後、その娘たちの面倒を見切れないのが理由だと思う」


「そうなのか?」

「はい、その通りです。私はすぐに助けに行くべきだと言ったのですが、その後どうするんだって? 食べる物は体育館と教員地下の食料を開放してもらえれば何とかなると思うのですが、100人近くいる人を魔素から守るためにレベル1にするだけでもオークが100匹必要なのです。コロニーを襲撃した後にそれだけのオークが残っているのかって、それに、レベル1の人を100人連れて守りながら町や村を探せるのかって言われて、凄く悩んだのですがそれは無理だと思いました。戦闘後にオークが100匹いなかった場合、誰が生かす人間を選ぶんだって言われて……教員棟の先生にも相談したのですが同じ意見が返ってきました」



「フィリアは責任を感じて全員救いたいのだろうけど、それは現実的に考えたらとても厳しいんだ」

「フィリア様、私はどうすればよろしいのでしょうか? どうかお導き下さい」


「妾にも分からぬのじゃ。でも龍馬と美咲が協力すれば守る対象が100人いても大丈夫じゃないのか?」


 柳生先輩は俺の方を見て、どうなのか意見を求めるような視線を向けてきた。


「敵がオークだけなら多分できるよ。俺たちのパーティーもそれなりに強くなっているからね。でも問題は平原の敵がどれくらい強いのかが分からないってことなんだ。俺は話もしたことない人を守るために、自分の仲間を危険にしたくない。俺にも柳生先輩にも他の人にも守りたい者の優先順位があるんだ。フィリアのように誰も彼もとか言ってたら、本当に守りたい人を失う可能性があるのを分かってほしい」


 フィリアは目に涙をためて俺の話を聞いている。やはりすぐにでも助けに行きたいのだろう。



「フィリア様はいつまでここにいられるのですか?」


 フィリアは言い難そうにして俯いた後、俺の方を見てきた……俺に言えってか?


「フィリアはこの世界を創った創造神様に、罰として神族から人族に降格させられたうえで、地上世界に落とされたみたいなんだ」


「それって女神様じゃなくなって、今は普通の人間ってことですか?」

「ぶっちゃけそうだね。神の持つ凄い能力とかも、今は一切失っている」 


「妾はもうなんの力も持っておらぬ。其方らと変わらぬ人間じゃ。最初は皆と同じように酷い目に遭って死ねってことかと思うたのじゃが、龍馬に諭されての。今は創主様の意図の答え探しの最中じゃ」


「あの、小鳥遊君と凄く仲が良さそうなのですが、どういう関係なのでしょう?」


「妾の旦那様じゃ」


「な、なに言ってんだよ? 俺はこの世界へ学園が転移された時に一番最初にオークを倒してレベルアップしたらしいんだ。その時色々家庭の事情や俺のこの最近の虐待とか井口さんのことでフィリアに同情されてね。柳生先輩同様何か1つ授けてくれるって話になって、フィリアに俺専用のオリジナル魔法を特別に創ってもらったんだ」


「龍馬よ言って良かったのか? そのことは秘密にしておるのじゃろ?」


「スキルの中身は言わないけど、そのスキルのおかげで他の人より若干強いってことだけ柳生先輩に理解してもらえればいいかな。勇者に選ばれるような人物だから人に言いふらしたりしないだろ?」


「勿論言いふらすような真似はしないよ」


 俺はこっそり柳生先輩のステータスを鑑識魔法で覗いてみた。


 種族レベルは14、俺と比べればかなり低い。だがスキルの剣技が剣王レベル7だ。この世界でそれを習得するには種族レベルが20以上ないと剣王クラスに昇格できないという縛りがある。つまり彼女は日本でいた時にそのレベルまで剣術を独自に鍛錬で昇華していたということだろう。


 今の俺は剣聖レベル10、近接で勝てる気がしない。それ以外で特に変わったスキルはない。フィリアに彼女は勇者として何をもらったのだろう?


 剣士として何かもらうとして、スキルでないなら武器が怪しい。

 俺は武器に鑑識魔法を掛けてみた。


 ビンゴだ。


 これ、近接じゃ絶対勝てない……この人、もし敵に回ったら俺の唯一の天敵になるかも知れない。



「フィリア! なんて物持たせるんだ! この人にこの刀はダメだろ!」


「ほう、どうやら鑑識魔法で覗いたようじゃな?」

「え? そんな魔法もあるのですね?」


「いや、普通にあったでしょ? なに驚いてるのですか? それを見られなくする魔法もあるじゃないですか。先輩ひょっとしてゲームとか苦手なタイプですか?」


「苦手というかやったことないです。朝早くから鍛錬に励んでいますから、夜は学園の提出課題が済めば、疲れからすぐに寝ちゃいます」


「それはそれで悲しい人生ですね、娯楽とか全くなかったのですか?」

「剣が私の一番の娯楽なので、辛いとか嫌だとか悲しいとか一切ないですね。鍛えれば鍛えるだけ強くなっていくのが分かるのですよ、楽しいじゃないですか」


 凄く楽しそうに言うな、本当に剣道が好きなのだろう。凄い美人さんなので、その笑顔にドキッとしてしまった。


「柳生先輩はこの世界に転送される前に、唯一勇者になる意思を確認してもらっているのですよね? どうして勇者になんかなろうと思ったのですか? ゲーム脳の俺なら喜んで異世界転移もするでしょうけど、普通の人は家族のしがらみや、知らない世界に行くのは不安がって躊躇うと思うのですが?」


「家族のことは私も凄く悩みました。でもあちらの世界に私を負かせるほど強い剣士がいないのです。中等部からずっと私が出た試合は私の圧勝で優勝しています。僅差ならいいのですが、つまらないくらいの圧勝なのです。大好きな剣道なのに、最近は競うライバルもいないのにやる意味がないのじゃないか、と悲観し始めた時にフィリア様が声を掛けてくれたのです。私が一生懸命習得した技術を使って世界を救ってほしいと。別に魔獣や人を殺したいとかじゃないんですよ。ただ自分より強い者と生死をかけて戦ってみたいと思ったのです。それによって人も救えるなら言うことなしです。向こうでくさるくらいなら、私は一人でこの世界に来ても幸せだと思ったからです」


 俺に比べたら凄く真っ当だ。だがこの人は根っからの剣バカだ。腹黒い奴に利用されないか凄く不安になる……だってこの先輩の武器ヤバいんだもん。


「でもその刀があったら強いも弱いもないのじゃないですか? なんですその何でも切断できる刀って……かの有名な五右衛門さんの刀でも、女とこんにゃくは切れない設定なのに、チート過ぎでしょ」


「え? 五右衛門様の斬鉄剣に切れないものとかあったのですか!?」

「五右衛門様って……様なのね。そういう設定らしいよ」 


「なんじゃ? 其方らの世界にもそのような凄い刀が存在したのか?」

「いや、ないから! そんなのアニメの中の設定だけだから!」


「なんじゃ、アニメの話なのか……」

「フィリアはアニメ知ってるんだ」


「あれは良い物じゃ! 妾はいつも見ておったぞ」


 あ、ちょっと笑顔になった……可愛い。


「でもその刀、本当に大丈夫?」

「龍馬は美咲以外が所持した場合を考えておるのじゃろ? じゃがそのような心配はいらぬぞ。ちゃんとその辺は考えて渡しておる。美咲以外じゃその刀は鞘から抜けぬし、万が一誰かが盗んだとしても美咲から100m以上離れたら勝手に美咲の下に転移されるようになっておるからの」


「へー、じゃあ安心か。魔法も結界も切れるとか、俺の天敵みたいなもんだからね。それを聞いて安心したよ」


「あの、小鳥遊君……フィリア様のことは、勇者である私が引き取るのが良いと思うのです」

「却下だ。むさい男がいる格技場にこの可愛いフィリアが行ったら襲われるだろうが!」


「その言い方だと、私たち女子剣道部員が可愛くないみたいですね!」

「柳生先輩も凄く可愛いですよ? でもなんで体育館や教員棟と先輩たちは合併しないのですか? 防空壕を兼ねている向こうの方が安全でしょう?」


「剣道部の者や柔道部と空手部の者たちが、教員棟の一部の教師や体育館のバスケ部の奴らはエロいから行ってはダメだって言うからです」


「まぁ、俺たちが行かない理由もそうなのですが、俺的には格技場の男も同じくらい危険だと思うのですけどね」

「確かにエッチな視線は感じますが、格技場の彼らは理性がちゃんとありますから心配していません」


「う~ん、でもこの世界の性欲はあっちの世界の2~3倍らしいよ。一応十分気を付けた方がいいと思う」

「3倍! 知りませんでした。今後は細心の注意をします」


「女子も同じく排卵日の前後は3倍で、しかも男を狂わすフェロモンを放出するそうです。なので女子側も不用意に近付かないよう注意しないとダメです」

「そうなのですか? 皆にも気を付けるように言っておきます」




「フィリア、悪いけど今の俺たちじゃ全員救うことはできない。なるだけフィリアの気持ちに応えたいけど、自分たちの地固めが先決だ。その上で余裕があったら助けに行く。それで了承してくれないか?」


 フィリアは涙目になっているがしっかりとこう答えた。


「妾はもうどうする力も持っておらぬ。妾が選んだ勇者である美咲と、一生付いていくと決めた龍馬に任せるのじゃ。尻拭いをさせるようですまぬがよろしくなのじゃ」


「一生付いていくって、フィリア様は本当に小鳥遊君と結婚するのですか!」

「そうなのじゃ!」


「おーい、何勝手に結婚する話になってるんだよ……まぁいいけど」

「いいのですか!?」


 柳生先輩は驚いていたが、話半分の冗談だと思う。



 その時、菜奈からコールが鳴った。


「兄様! 体育館組に絡まれています! しつこいので何とかしてください!」



 極力頼らないと言っていたのに、ヘルプをしてきたということは余程の事態なのだろう。


 俺は急いで中庭に向かうのだった。

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