月下の宴 二
「さて、ぐっちぃとさわちゃんに挨拶してもらうか」
腰を下ろした迫田さんが、二人にバトンを渡した。ぐっちぃが、さっと立ち上がって嬉しそうに挨拶を始める。
「今日は俺たちの門出をこんな形で祝ってくれて、本当にありがとう。みんなに、そして美月さんに伝えたいことが、伝えなきゃならないことがいっぱいあって、たぶんそれは言葉じゃ言い尽くせない。だから、それをゆっくりゆっくり、俺たちの生き方で示して行こうと思います。これからも末永くよろしくお願いします」
ぐっちぃは穏やかな笑顔を浮かべて、軽く会釈した。続けて、少し緊張気味のさわちゃんが挨拶する。
「迫田さん、卓ちゃん、あさみちゃん。そして、今はいない美月さん、御堂さん。わたしは。いいえ、わたしたちは歩き出しました。まず、最初にそれを伝えたい。そして。闇の中でわたしたちを照らし続けてくれたことに、どこまでも感謝したい。わたしたちに光をくれたみんなに、わたしたちの光も届けられるようがんばります」
さわちゃんは目を伏せず、みんなの目を見てしっかりと言い切った。うん、さわちゃん。本当にキレイになったな。
まだ、全てのことにけりはついてないんだと思う。でも、それを認めた上で、悩んで、傷ついて、それでも前を向こうとする。きりっと上げた顔が、さわちゃんを輝かせてるんだ。それは、わたしもそうだよね。過去から、自分の影から逃れることはできないんだ。それなら。目をそらさずに闇の奥をしっかり見つめて、もっともっと輝けばいい。
迫田さんが、今度はわたしたちの挨拶を促した。オレはこういうの苦手なんだよなーって顔で、卓ちゃんが立った。
「ぐっちぃ、さわちゃん、結婚おめでとう。それ以上、何も言うコトバはないっす。オレらは式もなんもする暇がなくって、すぐに走り出しちまったんで、誰かに何かを誓うことはできんかった。せっかくだから、この場を借してください」
場が静まるのを待って、きっぱりと卓ちゃんが宣言する。
「オレはみんなと美月さんに誓いたい。料理はウソをつかねー。だからオレとあさみが作る料理には、みんながいつも笑顔になってくれるようにって心を込める。それだけは絶対に忘れねーってことを」
卓ちゃんが、わたしの起立を促した。そうね、わたしも。
「えーと。ぐっちぃ、さわちゃん、おめでとう。わたしも卓ちゃんと同じで、何も気の利いたことは言えません。お幸せに、としか」
わたしは卓ちゃんの腕を取る。
「わたしたちは、もう二人でないと出来ない生活になってしまってる。すっごく充実してるけど、何か肝心なものを置き忘れちゃうかもしれない。だから、大事な約束をうやむやにしてしまわないために。ここで誓わせてください」
ああ……万感込み上げてくる。
「わたしにこんな幸せな日々が来ることは、二年前には想像もしてなかった。あの頃のわたしには、諦めと無気力しかなかったから。その時になかったものが、今のわたしには全部ある」
わたしは、卓ちゃんの顔を見上げた。
「卓ちゃんの愛情。支えてくれる家族。打ち込める仕事。学ぶ喜び。将来の夢。話し合えること。泣けること。だから、その喜びと感謝の気持ちだけは、どんなことがあっても一生無くさずに持ち続けたい。それが美月さんとみんなへの、ささやかな誓いです」
普通の結婚式なら、二人の誓いってことなんだろうなあ。でもわたしたちの誓いは、自分自身への誓いだ。
突然お別れしなくちゃならなくなった美月さんに、伝えきれなかった感謝と惜別を込めて。わたしたちは元気よ。ちゃんと輝いているよって。そして、美月さんからもらった光を何万倍にもして、美月さんからも見えるように、と。
迫田さんが、明るい声を張り上げた。
「さて、乾杯しようか」
わたしは一升瓶の封を切り、みんなの猪口にお酒を注いで回った。
「ぐっちぃ、さわちゃん、ついでに、卓ちゃん、あさみちゃん」
「ええっ? ついでですかぁ?」
「まあ、いいじゃないか。わはは。結婚おめでとう! 乾杯っ!」
乾杯!
◇ ◇ ◇
宴会は、がんがん盛り上がった。
まず、ぐっちぃとさわちゃんのなれ初めが披露された。予想通り、さわちゃんは自殺騒動の後で、寄りかかる相手を探したらしい。ぐっちぃには、自分のジンクスを達観して乗り切った経験がある。だから見舞いに行った時、さわちゃんにこう言ったそうな。
『タネもシカケもない手品はない』
自分を人にどう見せるかは、結局自分を知っているかどうかにかかっている。だから、まず鏡の前に立って、自分をよーっく見てみろ。鏡の前で、自分自身を騙せるかどうか試してみろ。そんなことは出来ないだろ? 手品やってるオレだって出来ないんだからさ。
ぐっちぃの言葉と美月さんに語った決意が、さわちゃんをゼロから再出発させた。
穴を埋める覚悟があるんなら手伝ってあげるよ。ぐっちぃはそう言って、辛抱強くさわちゃんの手を握り続けた。さわちゃんは
ぐっちぃが挨拶で言ったみたいに、その
まあ、それはそれ。ぐっちぃは、そう言って照れた。
そのあと卓ちゃんが、ぐっちぃにマジックをねだった。ぐっちぃは、何も準備してないから大したことはできないと言いながら、途方もないイリュージョンをさらっとやってのけた。
ポケットを叩くとって歌いながら、風呂敷を被せた一升瓶をタップすると、その度に酒瓶が増えていく。みんなでげらげら笑いながら、こんなに飲めないよって言ったら、しょうがないですねえーって言って、酒瓶をまとめて大きな風呂敷で包んだ。んで、さわちゃんにリクエスト。
「みのりぃ、俺が酔っぱらって真夜中に帰ってきた場面を思い浮かべて、そいつに思いっ切り蹴り入れてよ」
え? ぐっちぃ、それはマズくない? ガラス瓶だよ? ジンクス大丈夫?
さわちゃんは涼しい顔で風呂敷包みの前に立つと、えいっと思い切り下蹴りを入れた。風呂敷がふわっと宙に舞い上がる。
……瓶は跡形もなく消えていた。しかも風呂敷はいつの間にか花束になっていた。ぐっちぃは、それをうやうやしくさわちゃんに差し出した。
「母ちゃん、ゴメン。明日はもっと早く帰るから」
どわははははっ! 大爆笑!
さっすが、ぐっちぃ。この程度は小ネタなのかなあ。毎度のことだけど、ホントにすっごいと思うわ。
「んじゃ、俺もなんか披露するかな」
そう言って立ち上がった迫田さんが、すたすたと上座に陣取った。迫田さんは三味線ではなくて、小太鼓を持ち込んでいた。
「寺で
にやっと笑った迫田さんは、そのあと小気味よく太鼓を叩きながら小唄をいくつも歌ってくれた。んー、いいもんだなあ。
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