第139話 聖騎士長は愛に生き、愛に死す。

 

 時は少々遡る。王国マグルでは、少女達が驚愕に打ち震える状況に陥っていた。


 ーーキイィンッ!!


「セリビアさんを返せええええええええええええ〜〜っ!!」

「……」

 聖騎士長は頭部から出血し、血濡れた顔面のままに十枚羽根の天使を睨みつける。魔剣『白薔薇』を抜き去って繰り出された袈裟斬りは、硬質化した羽根によって軽々と弾かれた。


「脆弱な人間如きが天使に勝てると思っているのか? 『ゴブリンの王国』で相対した時も言ったが、『コレ』は所詮俺の所有物だぞ」

「黙りなさい! セリビアさんはセリビアさんであり、誰の所有物でもない!」

「その理屈には無理があるだろ。見てみろよこの姿を。元々ソウシの監視の為に作り出した、仮想人格に過ぎない存在を愛したのか? 憐れだなぁ」

「その顔で汚い言葉を吐くんじゃない!!」

 ガイナスはセリビアの死角から、鞭状に変化させた魔剣の刃を突き出した。仮に致命傷を与えてしまっても、視線の先には『聖女』であるヒナがいる。


 ーー『完全治癒』があれば、命を奪う事にはならないと判断したのだ。


「……私を、刺すんですか?」

「ーーーーグァッ⁉︎」

 無機質だった天使の瞳に潤んだまま色が灯り、直後に発せられた言葉を受けて、ガイナスは咄嗟に刃を逸らして自らの背中へ突き刺す。


「グウゥッ……セリビアさん! 意識が戻ったのですか⁉︎」

「えぇ! ガイナス様のお陰です……ってね?」

 涙ながらに瞳を伏せていたセリビアは、首を傾げながら満面の笑みを浮かべていた。軽くチロリと出された赤い舌先を見た直後、聖騎士長の全身は鋼と化した無数の羽根に貫かれたのだ。


 ーーザシュッ!!


「ぐがああああああああああああああああああああああああっ⁉︎」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 天使の甲高き高笑いが屋敷中に響き渡る。ヒナは恐怖に身が竦んで耳を閉じた。瞬時にテレス、アルティナ、メルクオーネは魔術でガイナスをサポートしようと杖を構える。


「やめなさい!! 私はまだ大丈夫です!」

「でも、そんなに血が出てるじゃ無い⁉︎ 治癒魔術を施さないと死んじゃうよ!」

 右掌を突き出されて制止された三人は、瞳を困惑の色に染めた。どう考えても一人では敵わず、力を合わせる場面で味方から助力を拒否される意図が理解出来ないのだ。


「愛する人を守るのは、騎士の役目です!!」

「……」

「……」

「……」

(((何でだろう。良い事言ってるんだろうけど、全然格好良くないな)))

 この瞬間、三人の少女の想いは通じ合っていた。親指をサムズアップして微笑んでいる金髪の美丈夫を見ても、一切感動など起こりはしない。

 そして、テレス姫はハッキリとこの事態に王手チェックメイトをかける策に心当たりがあった。


(相手が気付いたら終わるわね……)

 時に心配や懸念は相手に察知される。場を一瞬で観察する眼を持つ神にとって、それは造作もない事であり、同時に愉快な余興の種でもあったのだ。


「成る程。聖騎士長は恋愛において鈍感でヘタレである、と」

 ーーギクギクッ!

「はて? 誰の事を言っているのですか?」

(お前だアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア〜〜ッ!!!!)

 テレスの心の中の動揺とツッコミがコンマ一秒で冴え渡る中、不思議そうな表情を浮かべるガイナスにとって、最悪の一手が成された。


「ほら、今なら隙だらけだぞ?」

「な、なんだ、と⁉︎」

 ガイナスの眼前では、Eカップを優に超えるセリビアの乳房が露わになり、視界に飛び込んだ瞬間に、出血していた箇所と鼻から噴水のように血液が噴き出した。


「む、無念……」

 パタリと意識を失った男を見つめながら、沈黙が場を支配する。皆、何故か哀しげに憐れむ瞳を向けていた。


「……俺が言うのもなんだが、こいつ外見に似合わず馬鹿なのか?」

「弁解の余地は無いわね」

 テレスの一言を聞いた後、天使は無言のまま頭上に空間の亀裂を生み出し、そのまま『転移』を発動させて姿を消失させた。


「ヒナ。きっと貴女の助けが必要になる。学院長の元に向かいましょう!」

「はいっ! 怖いけど頑張ります!」

「……ソウシが危ない」

「ガイナスはどうするの?」

 少女達は一瞬動きを停止させて振り返るが、何も見なかった事にして再び走りだした。学園長ドールセンに転移魔術を発動させて貰う為に。

 放置されたガイナスの顔は、血溜まりに沈みながらもとても穏やかで幸せそうだった。


 ーー聖騎士長は愛に生き、色仕掛けにあっさりと敗北したのだ。

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