第122話 神の裁き

 

 ソウシはゼリンビークスの滝を後にすると、一旦渓谷の合間で発見した洞窟に身を潜める。

 予想以上にザンシロウから受けたダメージが大きかった事から、ガイナスに用意して貰った回復薬を不思議な袋ワンダーキーパーから取り出し、一気に飲み込んだ。


「うげぇぇっ! やっぱり苦くて不味いや」

『マスター、それでも幾分かHPが回復するだけましかと思いますけど』

「そうだね。それに赤熱の鎧のお陰で防御力が上がってる事も分かって良かった。鞘の具合はどう?」

『良い具合ですね。魔力も充填されていくのを感じます』

 ヴェルモアの鱗と魔核から造り出された強力な装備の恩恵を確認し合うと、ソウシは岩場に腰掛けて一息つく。

 アルフィリアは再び力の温存の為に、眠りに就いていた。


 これは、『聖剣』自らが言い出した事であり、勇者はこの後にザンシロウ以上の敵が待ち受けているのかと、緊張から生唾を呑む。

(ザンシロウはどこか僕を試していると言うか、遊んでいる様な感覚を覚えた。正直本気で来られたら勝てたか分からない……)


「ねぇ、シャナリス。本当にサーニアはザンシロウと同じ『神の子ナンバーズチャイルド』なのかな?」

『私にも分かりかねますが、一つだけ確かな事があります』

「何?」

『マスターにダメージを与えうる実力を、神に選ばれし者達は有しているという事です』

「…………」

 沈黙したまま、ソウシは洞窟の天井を眺めつつ軽い溜息を吐いた。

 最初の作戦プランではサーニアとレインを見つけたら戦場から逃げ出す筈だったが、相手の力量を垣間見てしまった以上、そう簡単に事が運びそうにはないからだ。


「魔族最強かぁ……憂鬱だなぁ」

 横に寝そべると、MPの回復を待つ。その間にレイネハルドに潜入したベルヒムが、サーニアとレインの情報を集めてくれている手筈だった。


 明日『念話石』で位置情報共有して合流する予定だったが、ソウシは内心焦りを帯びている。

(この瞬間にもサーニアやレインが敵と戦う事態になっていたらどうしよう……落ち着け、落ち着け……)


 同じ戦場にいるのに、合間見える事の出来ないもどかしさに震えながら、勇者は瞼を閉じた。


 __________


「えっ! ソウシがこの国に来たの⁉︎」

「ウホホッ!」

(グロウボアの鼻がボスの匂いを嗅ぎつけたらしいです! 場所はこの川の上流に位置する滝の辺りらしいですぜ!)

 レインはキングガリコの黒毛から報告を受けた後、考えに考えを重ねる。このまま不用意にソウシの戦場へ踏み込めば、足を引っ張りかねないと判断したのだ。

 相手が並みの兵士であればいい。魔族であろうとソウシが不用意に人の命を奪うことはしないと確信している。


 ーー相手が『神の子』であった場合の事を想定して、慎重に動かなければならなかった。


「そのままグロウボアと、イヤーバットにソウシの位置を追跡させて頂戴。黒毛も着いて行ってソウシと合流出来たら、この場所に私達がいる事を教えて欲しいの。出来る?」

「ウッホホウッ!」

(ボスに会えるなら、何でもしますぜ姉御! 直ぐに発見して連れて来ますわ!)

「ありがとう。どうか気を付けてね」


 数匹の部下を連れて、黒毛は魔獣が潜んでいる泉から駆け出した。だが、グロウボアは鼻はいいのだが、ーー鈍足なのだ。

 更に知能が低い為、美味しい食べ物を身つけるとそちらへ寄り道してしまう。

「ウホホゥ〜!」

(早くしてくれよ〜! ボスが離れちまうだろうがぁ〜!)

 尻を叩きながら必死に走らせるだけで、陽が沈もうとしていた。


 __________


「さて、そろそろ動くか」

 赤髪の『魔王』は、ゴクイスタルとレイネハルドの小競り合いが止んだのを見計らって、本陣からゆっくりと宙へ飛んだ。

 遥か上空へ舞い上がると、雲の隙間から人族が密集している辺りに視線を下ろす。


「ふむ。蟻どもがうじゃうじゃと煩わしいものだな、ーー『死ね』」

 魔剣カンパノラを抜き去るまでも無いと、フールゼスは右手を翳す。直後、同じ高度に雷光を纏った五メートル程の黒い球体が次々と発生した。

 次の瞬間、黒球は一瞬でその場から姿を消すと、まるで合図を待つかの如く上空を漂っている。


「な、何だあれは⁉︎」

「魔族の魔術か、ーー敵襲! 敵襲!」

「盾部隊はシールドを発生させて防御体勢! 魔術部隊はあの球体を撃ち落とせ!」

 見張りの兵が月明かりに照らされた黒球を発見すると、各陣営で警笛の音が鳴り響いた。

 兵士達に動揺が広まる中、ザンシロウと翠蓮はその黒球を見た瞬間に叫ぶ。


「撤退しろ雑魚ども! 全力で逃げなきゃ死ぬぞ!」

「急ぐのじゃ! 装備など捨てて構わん! 少しでもあの球体から離れるのじゃあ!」

「お前さんも逃げろ! いくら鬼姫とはいえ、巻き込まれれば死ぬぞ! あれはヤバい!」

「あちしが庇わねば、お主も逃げきれんじゃろ? 一人だけ勇者と遊んだ罰じゃなぁ」

「チッ! くそがっ!」

 口惜しそうに己の四肢を見つめ、ザンシロウは舌打ちする。翠蓮に回収された二本が再生しても、右手、左足が足りなかったのだ。


 ーー死ね。蟻どもめ。


 魔王フールゼスは、一頻り兵士達の喧騒と恐怖を劇の芝居の様に楽しんだ後、掲げた右手を振り下ろした。

「拙い! 来るぞおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 ザンシロウの咆哮と同時に、翠蓮はその身を肩へ担ぐと背後へ疾駆する。


 本陣を含めて、戦場の暗闇を切り裂くように球体が爆ぜ、雷光が放たれた。一見雷属性の魔術に見える『ソレ』は、身を焼き尽くす類の魔力ではなく、触れた者を、物を、魔獣モノを、消失させていく。


「な、にあれ……」

「ウホホホオオオオオオ〜〜ッ!!」

(野郎ども! 姉御を守れえええええええええっ!!)

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 無情な黒雷は、レインのいた泉周辺にも降り注いだ。一斉に無数の魔獣が覆いかぶさりその身を守ろうとするが、次々と絶命していく。


 フールゼスがその光景を見て、高笑いなど上げる事もない。

 虫が死のうが、何の感情も揺れはしないからだ。


 こうして、人族が優勢のままに進んでいた戦場は、一夜にして壊滅まで追い込まれていた。

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