第118話 ゼリンビークスの滝 1
魔族の国『レイネハルド』と人族の国『ゴクイスタル』の戦争は当初の予想を遥かに覆し、人族側が優勢を保っていた。
ザンシロウと翠蓮の二人を両立させた軍は魔族の部隊を次々と壊滅させ、表立って動く事で敵軍の目を引いている隙に、サーニアが奇襲を仕掛けて将を討ち取る。
一見単純そうな策ではあるが、『
戦場は徐々に人族の大陸ミリスより、遥か西に海を挟んで位置する魔族の大陸ボロムへと移り、レイネハルドは『侵攻する側』から、『侵攻される側』へと陥っている。
だが、情報にあった『ペネレンシア』から遣わされし『神の子』は、未だに姿を見せぬまま不気味さを残していたのだった。
__________
「さぁて、こっちの準備は万端だぜ。なぁ、翠蓮?」
「ふむ。あちしの出番はあるのかぇ? お主が好き勝手動くせいで、あちしが兵の指揮を任される羽目になっておるのだが! おるのだが!」
「何故、二度言う?」
「大事な事じゃからなぁ〜? この滾った想いは一体何処へぶつければ良いのかのう?」
鬼姫は微笑みを浮かべたまま無音でザンシロウへと迫る。翠色の瞳は美しいが決して笑っておらず、プレッシャーを放っていた。
「相手が雑魚ばかりじゃしょうがねぇだろ〜? いつになったら邪神を宿してるっつー魔族側の『
「あちしに聞かれても知らぬわ。少なくとも間抜けな敵国の喉元に食らいつけば、自ずと現れるじゃろうよ」
「へいへい。それまでは雑魚相手に精々楽しませて貰うか」
腰元の刀を撫でると、ゴクイスタル王ストレングより『GS』ランク冒険者の称号を賜った男は、ゆらりとその場から歩き始める。
渓谷を挟んだ戦場で、視線の先には既に敵兵を捉えていたのだ。数は凡そ百人将からなる部隊だが、どんな場所でも、どんな条件でも、どんな敵が相手でも関係は無い。
ーー『死ねない』のだから。
「ちょっくら行ってくらぁ。俺様の食い残しがあったら好きにして良いぞ」
「命令するでないわ。死ね、小童」
「はぁ〜、死ねねぇんだよ! 俺様を倒せる強い奴に会いてぇなぁ〜!」
天を仰いで吐き出された台詞は傲慢では無く、羨望。心から死合いを楽しめる強者を求め、喉の渇きを潤したいという欲望。
望まぬままに、『生命神』の力のみを宿されてしまった不死者は訴え続ける。
ーー強者を!
ーー強者を!
ーー俺様を倒せる程の強者を!
各国が有する『至宝』、その中でゴクイスタルには『強欲の鎧』と呼ばれる頭、胴、腕、足、各種のステータスを倍加させるという、最強を最強足らしめる装備があった。
だが、同時に鎧には限定条件が備わっており、ーー弱者が身につけるとその身を締め付け破壊するのだ。
王であるストレングですら脚具を装備するだけで、危うく右足を食われそうになった程の判定を、ザンシロウは苦もなく乗り越える。
「がははははぁっ! 痛ってぇな、このクソ鎧が!」
認めないと拒否されても、本来死んでもおかしく無い程の圧力をその身に受け続けても、笑いながら鎧を身に続け、文字通り『屈服』させたのだ。
ーーそうして、不死の化け物は力を手に入れ続けた。
それはこの世界にとって最悪で、最凶で、最恐で、最強の冒険者が完成した事を意味する。
『不死の悪魔』ーーその二つ名は、ザンシロウを見た者達が口々と唱えた事から起因した。噂は噂を呼び、自然と一騎打ちを挑む者も、暗殺を目論む者も姿を消していったのだ。
男は渇いていった。渇き切っていった。
「誰でもいい! 俺様を満足させてくれる強者を!」
今日も叶わぬ願いを叫び続ける。敵兵の中心へ進んで身を投げ出し、適当に刀を振るうだけで大地が割れ、森は裂け、屍の山が積まれた。
見慣れた光景にもはや情欲すら湧かず、退屈過ぎてあくびをする始末。
だが、ゼリンビークスの滝の下流で血を洗い流している最中、突然一筋の閃光が降り立ったのだ。
ーーザバアアアアアアアアアアアアンッ!
「なんだ? 今のは転移の光だよな? どっかの馬鹿が座標指定を間違えたか?」
ザンシロウは舞う水飛沫の中、ぶくぶくと泡立てた水面を見つめる。明らかに人型の影が浮き上がって来るのは分かっていた。
「ぶはああああああっ! なんでいきなり水の中に飛ばすのさ、ベルヒム君の馬鹿!」
ビチャビチャに濡れた身体で陸へと乗り上げ、顔を上げた少年は不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡すが、バッチリと目と目が合った。
「よう! お前、もしかしてあの時の勇者か⁉︎」
「ひ、人違いです……」
ソウシが急いで『透色のローブ』を羽織って、身を隠そうとした直後ーー
ーーヒュンヒュンッ!
「えぇっ⁉︎」
ローブを適当に十字に斬り裂かれ、思わず声を上げる。
「な、な、な、な、なあああああああ〜〜っ!」
「ガハハッ! 俺様の剣技に見惚れて驚いたかぁ〜!」
勇者は膝をついて地面に崩れ落ち、涙を滴らせながらブルブルと震えていた。その様子を見てザンシロウはこいつも期待外れだったかと、深い溜息を吐く。
(どいつもこいつも、この程度でいつもビビって逃げ出しやがる。どうせこいつも……)
ーーキイィィィィィンッ!!
「〜〜おぉっ⁉︎」
一瞬で魔剣シャナリスを抜き去り、剣と刀が交差する。響いた金切り音を聞いて不死者は驚愕に目を見開いた。
「こ、このローブはね。金貨六十枚もするんだよ……そして、僕が目立たないで街を歩く為の必須アイテムなんだ……」
「お、おう……」
「ーーえせっ」
「はっ?」
「返せぇぇぇぇっ! 弁償しろおおおおおおおおおおおっ!」
「うおおおおぉっ⁉︎」
少年の咆哮と共に繰り出されたプレッシャーを受け、思わずザンシロウは口元を吊り上げた。全身が粟立つ感覚。即ち、久しぶりに味わう恐怖。強者との相対。
「ははっ! あはははははっははははははっ!」
「フーッ! フーッ!」
封印から解き放たれた勇者と、『不死の悪魔』の思いも寄らぬ戦いが始まった。
_________
『一方その頃、レイネハルドギルド支部にて』
元々自分の帰還用に準備していた転移魔石で、先に戦場の情報を収集しようとギルドを訪れていたベルヒムは、ダラダラと脂汗を流していた。
「えっと〜。もう一度聞いて良いっすか? 今、戦場はこの辺りっすよね?」
「いんや、人族の野郎共が卑怯な手を使い続けやがってよぉ〜! 昨日の内に渓谷の中間部である『ゼリンビークスの滝』辺りまで進軍は進んでるって話だぜ〜?」
「ふむふむ。それは予想外っすねぇ」
(拙い。少し戦場から離した場所に転移させて様子を見るつもりでしたが……ど真ん中に送っちゃったよ。ソウシ君無事かなぁ〜? 無事だと良いなぁ〜)
学期末対抗戦の時の様に、考えに考えた策が無残にも外れた事を知り、ベルヒムはそっとギルドを後にした。
そして、空を見上げながら敬礼する。
(また戦術予報ハズレちゃった! ごめんね!)
その眼差しに恐れや申し訳無さは一切無い。こんな時の為に、魔族の少年には秘策があったのだ。
「だってしょうが無いっすよ! オラ、今はただの執事っすからね!」
誰に聞かれる訳でもなく、清々しく汗を拭い去る。
どこからか、勇者の絶叫が聞こえた気がした……
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