第113話 空に哭く 後編

 

 依頼したドワーフからエラルドルフへの呼び出しを受けたのは、ソウシが新しい屋敷で暮らし始めて五日が過ぎた頃だった。

 災厄指定魔獣を討伐した英雄としての噂はマグル中に広まり続け、外に出れば人に囲まれる事態に巻き込まれる。

 その為、ソウシは基本的に『透色のローブ』を離せない生活に陥っており、熱りが冷めるまで屋敷に篭ろうと決意したのだ。


 赤竜ヴェルモアはピーチルの料理に舌鼓をうち、勇者との『召喚契約』を認める代わりに『一月に一度、食した事の無い美味い肉の魔獣を一緒に狩りに行く』その条件を提示した。


 露骨に嫌そうな顔をするソウシの耳元へ、メルクが発した内容を聞きーー

「これ程に強力な魔獣と狩りに行くのであれば、きっとソウシ様の手を煩わせる事はありませんよ」

 ーー確かにそうだと勇者は甘言に乗り、条件を認めたのだ。


 屋敷には既に『聖女』ヒナが住み着いており、毎日馬車で送られながら学院へと通っている。テレスは殊の外、大臣の説得に時間が掛かっており、寮から退寮するのに手間取っていると聞かされた。


「みんなこの屋敷に住むのかぁ。確かに広過ぎるから構わないけど、普通は男の家に暮らすなんて反対されるんじゃ無いのかな?」

「あれ、ソウシ君は聞いて無いのです? 王様が勇者へ正式に爵位を与えるって発表があって、それで私達は自らの肩書きと共に、『婚約者候補』に選ばれたのです!」

「ふぇ⁉︎」

 ヒナから聞かされた予想外の事実にソウシは目を見開いた。以前テレスからそんな話をチラッと聞かされた事はあったが、眉唾な話だと流していたからだ。

 そんな最中、思い浮かんだ疑問を口にする。


「そういえば、サーニアやアルティナ先輩はどうしたの? こんな話があったら真っ先に飛んで来ると思ったんだけど」

「……今日の夜、会いに来るって言ってたのですよ……」

 少女が気まずそうに瞳を逸らしながら答えると、少年は不思議に思いつつも『夜に会える』という事実に胸を弾ませた。


 学院での生活を送っている内に、獣人の少女が常に側にいる事がどこか当たり前に感じていたのだ。

『会いたい』ーー素直にそう思える程に、この数日間焦がれていた。

(会ったら耳をモフモフするんだ!)


 だが、ソウシの想いは予想外の現実に拒否される。


 __________


「おう来たか勇者! 今日も辛気くせぇ顔をしてるな!」

「第一声からそれはやめてよ……ここに来るまでの人混みに酔ってるだけさ。どこに行っても僕の噂ばかりなんだもん」

「そのローブがあれば目立たないんだろ?」

「そうだけど、気が重いのは変わらないかな」

 遠い目をしながら天井を見つめる少年を見て、ドワーフは溜息を吐いた。

 老い先短い鍛治師人生を賭けて尽くそうと思えた恩人に対して、本当にこれで良かったのかと不安を抱いたのだ。

 ソウシは先に装備が出来た為、メルクとガイナスとは別行動を取って一人エラルドルフへ赴いた。


「まぁいいさ、魔剣を出してくれ。おらの最高傑作と呼んでも違いない出来栄えだぜ?」

 自信に満ちた瞳に応えて、ソウシは魔剣シャナリスを顕現させる。黒い刀身を煌めかせながら左手に握られた意志ある武器が、歓びに震えているのが柄から伝播した。


『感じますマスター! 私に相応しい鞘の力を!』

「アレの事かな?」

 指差された先には、壁に立てかけられ、布でグルグル巻きにされた作品がある。ロランドは頷くとゆっくり布を解いて、鞘の全貌を明らかにした。


「凄いけど……意外に地味だね?」

「ははっ! これが魔鍛治師であるおらの作り出した魔剣の鞘だ! シンプルに見えるが、魔力に反応して全体に刻印が浮かぶ様に作ったんだぜ」

 挿してみろと言わんばかりに鞘口を向けられ、ソウシはシャナリスの刀身を納めた。すると黒い鞘に紅い刻印が奔り、見た目を変貌させる。


「なんだこれ、まるで鞘が燃えてるみたいだ……」

『あぁ、気持ちいい……赤竜の魔核の魔力が補充されていきますね。確かに並みのドワーフには作れない逸品ですよマスター!』

「凄く喜んでるみたいだね。ありがとう、ロランドさん!」

 鞘が気に入ったのか、いつもよりワントーン上がったシャナリスの声を聞き、勇者は主人の礼として頭を下げる。

 照れ臭く頭を掻いていたドワーフは、ポンっと手を叩くと本題に入った。


「確かに鞘は大事だが、勇者の求めていたのは軽鎧だろ? 顕現出来る『天炎の鎧』に合わせて、おらも色々工夫を凝らしてみたんだが、装備して感想を聞かせてくれ!」

 工房の奥からソウシに差し出されたのは、関節部分をあけた真っ赤な軽鎧ライトアーマーだった。

 少し派手じゃないかと眉を顰めるが、先程の鞘の件もあった為、鎧、小手ガントレット脛当てグリーブを装着すると、最初に驚いたのは軽さだった。


「これは……軽くて確かに動きやすいけど……なんか防御力が上がった気がしないかなぁ」

「そう言うと思ったぜ! ちょっと後ろを向いてみな?」

「う、うん」

 少年は何か仕組みがあるのかと疑問を抱かずに、素直に背中を見せるとーー

 ーーガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!

「イッ⁉︎ 何をしたの⁉︎」

 突然甲高い音が工房に響き、思わず耳を塞いだ。首を曲げてロランドを見ると、右手には大きめの鎚が握られており、表情はニヤケている。


「どうだ? おらが思い切り叩いたハンマーの衝撃を感じたか?」

「いや、そう言えば全然痛くなかったよ!」

「流石は古竜の鱗だぜ! 軽さと硬さを兼ね備えた、その名を『赤熱の鎧』だ! 勇者の力と合わされば、今までよりも格段と防御力が増すぜ?」

「おぉ! 何だか強くなった気がするよ!」

「更には火系魔術の耐性と自然治癒が、『付与効果エンチャント』されてるぜ!」

 自信満々に親指をサムズアップするドワーフへ、勇者は首を傾げて問う。


「エンチャントって何?」

「おいおい、あの聖騎士に聞いてないのか? おら達『魔鍛治師』は魔剣の打ち手ってだけじゃなく、装備に魔力による付与効果エンチャントをつけられるから、戦争で狙われ続けたんだよ」

「そうだったんだ。言いたくない事を聞いてごめんね……」

 凄惨な過去を思い起こしてしまったのではないかと俯く少年の肩を叩き、ロランドは軽快に笑った。


「気にすんな! 久し振りに良い作品が打てておらは燃えてるんだぜ? それに、この後も聖騎士と魔術師のお嬢ちゃんに頼まれた品を作らなきゃいけねぇ。落ち込んでる暇は無いのさ!」

「ありがとう! じゃあ僕は屋敷に戻るね。お代は全員の装備と纏めてガイナスが払うって言ってたよ」

「あぁ、話は聞いてるから気にせず持ってけ…………ちゃんと生きて帰って来いよ」

「えっ? 何か言った?」

「何でもねぇさ、またな!」

 ソウシは聞こえるか聞こえないかという小声で呟かれた内容を聞き返すが、それ以上ロランドが言葉を紡ぐ事は無かった。


 不思議に思いながらもエラルドルフを後にすると既に陽は沈んでおり、街並みを街灯が照らしている。

 人々が一日の疲れを癒す様に酒を酌み交わしてはしゃぐ中、『透色のローブ』を纏って息を潜めるようにソウシは屋敷への帰路についていた。だがーー

「そう言えば聞いたか? 今度の魔族の国レイネハルドとの戦争には、『神の子ナンバーズチャイルド』がこの国からも出てるらしいぜ!」

 ーー聞き覚えのない名称と、聞き覚えのある名称と、戦争が起きているという事実が耳に届いてふと足を止める。


「眉唾だろ? この国に神の子がいたなんて、今まで聞いた事もねぇさ」

「いや、それが今回はマジらしいんだよ。ゴクイスタルからの依頼で来た冒険者から聞いた奴がいたんだ。戦場の闇に潜む猫の獣人の少女の話を!」

「それじゃあマグルから派遣されたって証拠にはならねぇだろうが」

「いやいや。その『少女』の特徴がさ、今話題の勇者ソウシ様の側にいた子にソックリらしいんだ。

「まじかよ! あながち嘘とも言えないかもなぁ……」

 路地の壁際に隠れて耳を澄ましていた少年は、青褪めた表情で必死に自問自答を繰り返していた。


(この人達は何を言ってるんだろう。僕の側にいる獣人の女の子って、サーニアだよね? 神の子ナンバーズチャイルドって何? また戦争が起きてるの? レインが戦争に巻き込まれてる? それにサーニアが参加してるなんて有る筈ない。じゃあ、何でサーニアは僕の側に居ないの? 夜には会えるってヒナは言ってた。ーーなら違う、そんな訳ない!)


 一気に屋根裏へ駆け上がると、姿が見つかるのも厭わずに、ソウシは風の音を鳴らしながら全力で屋敷へ疾走する。

(嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だぁっ!!)

 なぜこれ程までに汗が流れるのか自分でも理解出来ない。認めたくない。直感から導き出される答えに納得がいかないのだ。


 ーードガンッ!!


 ソウシは空中から飛び込む様に思いっ切り屋敷の扉を開け、目的の人物を探す。夜まで待たずとも、全ての答えを知っているだろう人物が屋敷にいるのだ。

「ベルヒムーーッ!! 聞きたい事がある! 直ぐに此処に来て!」

 名前の呼び捨てと荒げた口調を放つ少年を目にして、ピーチルとセシリアは驚くどころか目を背けた。

 告げねばならない時が来たのだと、腹を括る。


「おや、そんなに鼻息を荒くしてどうしたっすかご主人様? 呼ばれれば執事として直ぐに駆けつけるのが務めっすよ……」

「軽口はいい。今から問う質問に嘘偽りなく答えて。魔族としても、僕の執事としても、学院の友達としてでもいい。でも、嘘だけはやめて」

 ブルブルと震えながら鋭い視線を向ける勇者に対して、魔族の少年は両手を挙げてバンザイした。


「そんなに怖い顔をしなくても、何だって答えるっすよ。知ってる事はね?」

「じゃあ、『神の子ナンバーズチャイルド』って何?」

 ベルヒムは少しだけ悲しげに視線を落とした後、ソウシを見つめ返して答える。


「……かつて神界で起こった神々の頂上決戦に敗れた神の意志と力の一部が、地上に生まれた選ばれし子供達の中に宿ったんすよ。その数は不明。誰が選ばれたのかも、どの神が宿ったのかも正確には不明。何故なら、その子供達こそ『神の子ナンバーズチャイルド』と呼ばれて、過去に人族と魔族の戦争を悪化させた張本人っすからね」

「悪化させたってどういう事?」

「強すぎる神力と、幼すぎる精神力が釣り合わなかった場合、神の子は暴走するっす。それがどれだけの爪痕を戦場に残すか、想像出来るっすか?」

「…………」

 ソウシは無言のまま言葉の意味を必死に理解しようとするが、戦場を体験した事のない自分では予想すら出来なかった為、質問の核心を突く。


「マグルの……『神の子ナンバーズチャイルド』って誰……?」

「……もう分かってるっすよね? 聞かされる答えは、サーニアだって」

「ーーーーッ⁉︎」

 ハッキリと答えを告げられた瞬間、セリビアとピーチルを見つめた。二人は気まずそうに視線を合わそうとしない。

 フルフルと首を振りながら、現実を突き付けられたソウシは屋敷を飛び出した。


 ーー全ての言葉が繋がり、理解してしまったのだ。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜っ!!!!!!」

 愛しい人レイン大切な人サーニアが戦争をしている現実を知り、勇者は空に哭く。

 聖剣と魔剣は静かにその様子を見つめながら、主人の導き出す答えを待っていた。

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