第111話 『魔鍛治師』ロランドの目覚め

 

 行きとは違い、ベネラ火山から王国マグルに戻るのは一日しか掛からなかった。

 赤竜ヴェルモアの背に乗った三人は、馬車と馬を近場の街に預け、一刻も早くエラルドルフへの帰路に就く。

 今回の冒険では想像以上の収穫があった為、魔鍛治師ロランドに各々が想い描く装備を話したくて、胸をときめかせていた。


 ソウシはとにかく防御力を高めつつ、動きを阻害しない軽鎧ライトアーマーを求め、ガイナスとメルクにも、手に入れた鉱石の使い途に心当たりがあるようで頬を緩めている。


「もうそろそろかな。ヴェルモア、一旦地上に降りてくれる?」

「あぁ、構わないがどうしたのだ?」

 マグルの城下町から離れた場所で、赤竜は大地に降り立った。このまま王国へ近付けば、いらぬ騒ぎを起こしてしまうだろうという聖騎士長の意見を受け止め、町民を混乱させぬ様に考慮したのだ。


「さっき言ってたスキル『変身』を見せてくれるかな? 『人化』は出来ないんだもんね」

「ふむ……よかろう」

 ソウシ、メルク、ガイナスが背から下りると、赤竜は一瞬の煌めきを放ちながら十メートルを優に超える巨躯を、見る見る小さな幼竜へと変化させる。

 掌大のサイズにまで縮まり、人形の様な二等身をしたヴェルモアは、ーー可愛かった。


「ーーーーか、可愛い!」

「何ですかソウシ様⁉︎ この愛らしい人形は!」

「ふむ……これなら確実に敵対心を向けられる事は無いでしょうね」

 予想以上にメルクが興奮しており、触れて良いのか否か苦悶しながら幼竜を求めていると、少年は手招きする。


「肩に乗ってみてくれる?」

「うぬ!」

 ピョンピョンと、小さな羽を動かしながらソウシの肩を掴んでもたれかかったヴェルモアの頭を軽く撫でると、可愛らしい鳴き声を上げた。


「キュウゥゥゥゥゥン?」

「うん! これなら街に入っても問題ないね。行こうか」

「ハワワワワワワワワワ〜〜!」

 メルクは勇者ソウシ愛玩動物ヴェルモアの戯れを見て、キャラが崩壊する程に赤面していた。

 だが、ガイナスはその一部始終を眺めながら、全く別の思惑を脳内で繰り広げている。

(これで準備は整いました。新しい装備が完成する迄に、転移魔石の補充を完了させなければ……)


 戦争の事実を未だ知らぬソウシは、幼竜の顎を撫でながら無邪気に微笑んでいた。


 __________


『第二商業地区、エラルドルフにて』


 煌びやかな路地を抜け、真っ直ぐにロランドの元へ向かう途中、伝言役を任された『レネシア商店』の獣人リュースに声を掛けられる。


「爺さんからの伝言さぁ。この先を左に行った武器屋で準備を整えてるってよ!」

「ありがとう!」

 三人は自然と足早になり、ドワーフの待つ場所へと向かった。指示された武器屋に入ると、寡黙なエルフの店主に顎で『奥に行け』と合図を送られる。


「し、失礼します」

 ペコペコと頭を下げながらソウシは恐る恐るカーテンの奥に進み、ガイナスとメルクは無言で後に続いた。

 経験則から職人は基本的に堅気な気質の持ち主が多く、いちいち反応する必要も無いと扱いには慣れていたからだ。


「おう! 予想より帰りが早かったな! 丁度おらも準備を終えたところだぜ!」

「ただいま、ロランドさん!」

「ソウシ、先に今回の収穫の話をしましょう。ロゼイーザの魔核は手に入れられなかったのですから」

「……ふふっ!」

 煌々コウコウと燃え盛った炉の前で汗を流すドワーフは、会話の流れから依頼ミッションの失敗が脳裏に過る。

 だが、眼前の人族の瞳からは『それ以上の収穫』があったかの様な自信を感じさせた。


「なんか良い事でもあったのか? とりあえずは依頼品ブツを見せてからにしてくれよ」

 ソウシがワンダーキーパーから赤竜の核と鱗を取り出し地面に置くと、ガイナスは神の鉱石ルーミアを、メルクは特大のフランジウム鉱石を並べた。

 ーーこ、こりゃあ、とんでもねぇな。

 ロランドが素材を前に「ゴクリ」と生唾を飲む音を聞いた直後、三人はハイタッチをして満面の笑みを浮かべる。


「ソウシは更にその素材となった赤竜と『召喚契約』まで交わしたんですよ」

 聖騎士長が説明の補足を付け加えると、魔鍛治師は愕然と慌てふためいた。


「まじか⁉︎ まさかとは思ったが、この竜はダンジョンから自然発生した竜の素材なんか?」

「いえ、古より生きてきた正真正銘の古竜ですね。色々と良い話を聞かせて貰いました」

「お、おらもその竜に会いたい……竜の知識は文献でしか得られないんだ! お前達、魔剣といい運が良すぎるにも程があるぞ!」

「話なら幾らでも聞けますよ? ねぇ?」

 ガイナスはソウシの立つ方へ視線で合図すると、肩口で欠伸アクビをしていた幼竜が気怠そうに応えた。


「我の話を聞きたいなら、それなりの対価をもて。肉で良いぞ」

「に、人形が喋った⁉︎」

「あははっ! スキルで小さくなって貰ってるんだよ。ロランドさんもそんなに驚く事があるんだね」

「……意外にビビり?」

 少年少女に笑われてもドワーフの老人は怒る事も無く、ただ驚きに満ちている。


 先程語られた『古竜』とは言わば魔獣における竜種の中で『キング種』や『クイーン種』以上の『変異種』に該当するのだ。

 それ程に強力な力と知識、知恵をもつ存在。その鱗や魔核の価値は、金貨五千枚でも優に取引されるだろうと悩みながら眉を顰める。


「お前達……本当にこの素材をおらに任せて良いのか? 正直ロゼイーザの魔核以上の価値があるぞ。それに金が欲しいなら、装備にせず売り払えば十年以上遊んで暮らせるぜ?」

 その問いに対して、ソウシ、ガイナス、メルクはもっともだと頷いた後、力強い意志を込めて返答した。


「僕は痛く無らない防具の方が大事! これ絶対!」

「私はこれ以上ない、白薔薇の鞘が欲しい!」

「……最高の杖を求む。特に炎系特化希望……」

 一瞬足りとも迷う事の無い姿勢にロランドは鳥肌が立ち、ブルブルと身体が震える。かつて、戦争によって失った者がいた。

 妻、そして研鑽を積んできた仲間達。


 住む場所を転々としながら惰性に生きる毎日を送ってきた老人は酒に逃げ続け、現実から眼を逸らし続けていたのだ。

 ーーこの日、ロランドの世界は一変する。


「ハハッ! 一つだけ聞かせてくれ。お前達はおらの作った作品を何に使う? 嘘偽りなく答えてくれよ」

 聞かなくても分かっていたが、聞かずにはいられなかった。憎しみ続けていた人族の為に鎚を振るう『理由』が欲しかったのだ。

 キョトンとしながら、視線の先にいた者達は微笑む。


「痛いのが嫌だから!」

愛しい人セリビアさんを守る為に!」

「……勇者の側にずっといられる資格が欲しい」

 ここで世界平和を詠う者が一人でもいれば、ロランドは即座に背を向けただろう。欲望に忠実であり、更には好ましい答えを聞けて安堵する。


「五日程時間が欲しい。『魔鍛治師』の称号にかけて、最高の品を仕上げてみせると誓うぜ」

「ありがとう!」

 勇者と握手を交わし、ドワーフは額に鉢巻をして炉へと向かった。


 初めてあった時の陰鬱な気配は微塵もない。今日この日、ロランドは残りの人生を賭けて歩める存在と、本当の意味で出会えたのだ。


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