第50話 『勇者』と『怪物』の邂逅 後編

 

「オッホン! 条件については依頼を達成した後にソウシ君自身と交渉せい。それよりも伝えておかねばならぬ事がある。ーー今回の敵は、絶炎の魔女アレクセアじゃよ」

 咳払いした後にドールセンが告げた名前を聞いた途端、テンカの顔付きが豹変し、ビキニアーマーで隠しきれぬ筋肉が隆起する。


「あのクソ女が、ついに隔離空間から出て来た訳? それなら攫われた生徒っていうのは、メルクの事なのねぇ?」

「そうじゃ。だから依頼を出す相手としてお主を選んだのだが、どうじゃ?」

「えぇ、嬉し過ぎて今にもイッちゃいそうよ。あの女を遂に殺せると思うとねぇ……」

「落ち着きなさいよ、テンカ。生徒達が怯えるでしょうが」

 アイナがテンカのギラついた視線から放たれた殺気を諌める。


「あら、ごめんなさいね。ところでアイナも行くの? 弱いのに大丈夫かしら?」

「余計なお世話よ! 私が弱いんじゃなくて、あんたがおかしいんだからね! 実力も格好も!」

 普段は凛々しい姿を見せる先生の珍しい姿に、生徒であるソウシとサーニアは不思議な感覚を覚えていた。


「あの、僕はデートしなくて良いんでしょうか?」

「いえ、デートはするわ。もちろん成功報酬ね! それはそれ、これはこれよ!」

 テンカは三つ編みを撫で、瞳を輝かせながら冷や汗を流す少年を愛らしく見つめている。サーニアは好きな人の貞操を守らなければと、威嚇を放つがーー

「可愛い猫ちゃんが居るわねぇ?」

 ーー視線を合わせただけで獣の本能が呼び起こされ、脳内で警鐘を鳴らしていた。


「にゃあぁぁぁ〜!」

 猫耳を垂れさせて降参する。目の前の変態には勝てないと実力差を認めた直後、ソウシが立ち上がった。


「あのね! 僕は今回ドーカム君にメルクの事を託されて決意したんだ! 王様かテレスにお願いして、最初から封印を解いて行く!」

「「「おぉぉっ!」」」

「あら、本当だわ……貴方、随分滅茶苦茶な術式の封印をされてるわねぇ?」

「えっ? 僕の封印は王家のチョーカーだけだよ?」

 歓声を上げる面々とは違い、テンカは眼前の少年に施された封印を覗き見て驚いた。およそ、人間に施される類の封印では無いと理解出来たからだ。


「貴方……何故そんな身体で……平然としていられるの?」

「えっ? テンカさんが何を言ってるのか分からないよ」

「だって……」

 SSランク冒険者はその後に続く言葉を今、直接告げて良いのか逡巡する。純粋無垢な瞳を向ける少年を、貶めた存在が別にいるのではないかと怒りながらも、決して表情には出さずにいた。

 ソウシが不思議な顔をしているとそこへ、聖剣が語り掛けてきたのだ。


『ねぇ、その男が言ってる事は間違いじゃ無いんだよ』

「えっ? 突然どうしたのアルフィリア?」

『あのね、以前だったら僕の力でチョーカーの封印を弱める事は出来たけど、今回ダンジョンの中でそれが不可能だと分かったんだ。そのブレスレットの封印が相まって、ご主人が敵と戦う決意をしてくれないと、僕は力を貸せない。あと、さっき言ってた封印を王家の者に外して貰うのも、最早手遅れだよ』

「じゃあ、僕が敵と戦うって決意しなきゃ君を呼べないって事?」

『そうだね〜最悪だよ。意地悪な神にしてやられたって感じかな……』

 勇者は聖剣の説明を聞いて、己の計画が崩れ去ったのを感じた。一応、皆の前で先程の言葉を撤回する。


「あの〜! さっきの封印を解く話は、無しの方向でお願いします……なんか無理みたい」

「……メルクの為にも、君の力が絶対に必要になるじゃろう。ーー良い加減本気で戦ってくれんか?」

「聖剣が言うには僕の封印が二重になってるみたいで、最初から解くのが不可能みたいなんですよ」

 ドールセンの呆れた視線を受けて、ソウシは掌を振りながら誤解を解こうと頭を働かせていると、隣からアルティナが疑念を口にする。


「あら? 無人島では力を解放出来ていたじゃ無い!」

「あの時はレインがいたし、僕も何処か野生化していたからだよ……」

「じゃあ、きっと問題は無いわよ。ソウシは土壇場で、必ずやってくれる男なんだから」

「……買い被り過ぎだよ」

「同意するにゃあ! また格好良い所を見せてくれるにゃ!」

 巨乳のハーフエルフと可愛らしい猫の獣人の信頼に満ちた瞳は、勇者にとってプレッシャーにしかなっていない。テンカはその様子を微笑ましく眺めつつ、『封印へのとある対策』を閃いていた。


「とりあえず、出発は明日でいいのよね? ソウシちゃん、覚えて欲しいスキルがあるからギルドの訓練所に向かいましょう!」

 唐突なSSランク冒険者の提案を受け、嫌な予感しかしないと逃げ腰の少年は、無理矢理首根っこを掴まれて引き摺られていく。


「嫌だあああああああああああああああああああ〜〜っ!!」

 その日、訓練所から悲鳴が鳴り止む事は無かった。

 __________



 その夜、地獄のシゴキ、もとい特訓に耐えたソウシは寮に戻っていた。部屋に入ると直ぐに、ふくれっ面をしたテレスが椅子に座っている。

「ただいま〜!」

「あら、随分消耗しているみたいだけど大丈夫? 私を置いて行くからそんな目に合うのよ〜」

「しょうがないでしょ! 文句は学院長に言ってよ」

「もう散々言ったわよ。都合の悪い時だけ、私を姫扱いするなってね」

「確かにそれはその通りだね。僕も望めるなら村人扱いされたいよ……」

「本当に諦めが悪いわねぇ。そんな無駄な事をまだ考えてるなんて」

 ーーテレスの呆れた視線が胸に突き刺さる。


「でも、メルクは必ず救ってみせるよ!」

 どこと無く怯えを拭い去り、決意の炎を灯した少年の瞳に見つめられて、姫は胸の高鳴りを感じた。

(何よ……言う様になったじゃ無い)

 テレスは嘗て抱いた気持ちが再燃するーー

(きっとこの人は、マグルの英雄になるだろう)

 ーーその自分の予感は間違っていない筈だと、確信していたのだ。


「頑張りなさいよね」

「うん。出来るだけの事はするつもりだよ」

「明日も早いんでしょう? 私はもう寝るわ」

「そうだね。新しく覚えさせられたスキルの所為で、身体の節々が痛いんだ」

「ざまぁみなさい。ふんっ!」

「あははっ! まだ拗ねてるの? おやすみ」

「……おやすみ」

 二人は朗らかに笑い合うと、眠りに就いた。


 __________


『マグル冒険者ギルド二階』


 ゲンジェとテンカは琥珀酒を片手に、神妙な面持ちを浮かべながら語り合っていた。


「あの子は化け物よ。本質は勇者なんて呼べる者じゃ無いわ」

「ふむ……私には到底理解出来ないが、テンカちゃんがそう言うのなら間違い無いんだろうね」

「えぇ……封印された状態であの力。そして、私の教えたスキルを一日で覚えてしまう特異性。聖魔術と闇魔術の祝福を受けた存在。そんな人間がいるなんて聞いた事が無いわ」

「でも、現に存在しているじゃないか」


 SSランク冒険者はギルドマスターの問い掛けに対して、首を横に降る。

「あの子は諸刃のツルギなの。壊れたら私達の最悪の敵になり兼ねない。誰かが守って上げなきゃいけないわ」

「それが君の役割だと思ったのかい?」

「……そうね。先ずは腐れ魔女を殺してからだけど」

「勝てるか、が、問題だろう?」

 ゲンジェの小さな呟きに、テンカは沈痛な面持ちを浮かべた。


「借りは返すわよ、必ずね」

「応援しているよ、頑張ってね!」

 テンカは窓から夜空を見上げた。因縁への決別、すなわち決着を付ける時が来たのだと、静かに瞳に炎を灯す。


「待ってなさい……絶炎……」

『怪物』の頬を一筋の涙が伝う。忌々しい過去が蘇り、血が出るほどに唇を噛み締めていた。

 叶わぬ想いを叶える為に、届かぬ想いを届かせる為に、男は再び魔女へ戦いを挑む……


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