第38話 うん、やっぱり葉っぱだよね。

 

「脱ぎなよ……」

「う、うん……」

「僕も脱いだんだ。恥ずかしがってる場合じゃ無いだろう?」

「で、でも、やっぱり恥ずかしいわよ……」

「しょうがないじゃ無いか……服を乾かしている間、僕達に残されたのはこの葉っぱのみなんだから」

「分かってるけど、恥ずかしいものは恥ずかしいのよ」

「そんな事を言ってたらこの無人島では生きていけないよ! 見てごらん? 今の僕の姿を! 最早涙も枯れたよ」

 レインの目の前には、股関を葉っぱで隠した裸のソウシが仁王立ちしていた。


「ある意味、男らしいですわよ」

「ふふっ……望んですらいないよ」

「じゃ、じゃあ私も……」

 レインは岩陰で衣服を脱ぎ、乙女の恥部に葉を巻いた隠した状態で恐る恐る出て来る。

 焚き木を囲いながら、運良く見つけた小さめの洞穴の中で二人は座り、視線を交わした。


 ーーソウシにとっては魔族、突如現れた敵として。

 ーーレインにとっては人族、ランナテッサの命を奪った勇者として。

 だが、自然と憎み合えない感情を抱きつつあった。


「ベルヒムは、一体何故貴方を庇ったのかしら?」

「僕に聞かれても解らないよ」

「ねぇ、ランナテッサの最後を聞かせてくれない? 言いずらいなら無理にとはーー」

「ーー僕の事を抱きしめた後に、聖剣で自分の心臓を貫いたんだ」

「……そっか。あの子の事だから、貴方を守ろうとしたのね」

「ベルヒム君もそう言ってたけど、僕はそれが許せない……」

「…………」

(この人、本当にランナテッサの事が傷になってるんだ)

 ソウシは無言のままに己を見つめるレインに、泣哭を浴びせた。その瞳からは涙を溢れさせ、震える身体を無理矢理抑えつける。

「僕は死んで欲しくなかった! 逃げて欲しかったんだ! なのに、なのに何でランナテッサはあんな事したんだよ!」

「貴方は、魔族の天敵である勇者なのでしょう? 今の私は……少しだけあの子の気持ちが理解出来ます」


「君にも分かるの? 教えてくれないかな?」

「うふふっ! もう少し貴方が従順になったら教えて差し上げますわ?」

「何だよそれ」

「いいから、今日はもう疲れたし寝ましょう?」

「そうだね、少し疲れたかな……」

「えぇ、おやすみなさい……」

 二人はそのまま眠りに就いた。張り詰めいていた緊張感が解れ、弛緩した身体を焚き火の温もりが包み込む。

 不思議と互いを警戒する事も無く、その寝顔は穏やかな様相を醸し出していたのだ。


 __________


 翌日、ソウシは目を覚ますと、レインがいない事に気付いて外へ飛び出した。自分が寝ている間に何かあったのでは無いかと心配したのだ。


「レイン!」

「えぇっ⁉︎」

 水場で身体を清めていた魔族の姫は、突然の出来事に驚いて裸を隠せておらず、ソウシは身体が硬直し、思わず目を丸くしている。

「あ、あれ? もしかして水浴び?」

「良いからあっちを向けぇ!」

 ーー不可抗力を訴える前に、ソウシは放たれた水魔術に吹き飛ばされ、樹木の幹に打ち付けられた。


「いててててぇっ! 何するんだ馬鹿!」

「それはこっちの台詞ですわよ!」

「うっ! まぁ、この件に関しては僕が悪かったかも……」

「明らかに貴方が悪いでしょうが!」

「起きたらいきなりいなくなってれば心配するよ!」

「寝てる間に水浴びをすませたかったの!」

 着替えが終わると同時に、二人は息を荒だてながら睨み合う。するとそこへ、野生のジビットと呼ばれる兎が姿を現した。


 ーーグウウウウウウウゥ〜〜ッ!


「アイスランス!」

「アポラ!」

 互いに直撃させぬ様に地面を狙い、爆発の衝撃でジビットを気絶させる。

「とりあえずはご飯だね!」

「昨日は蒸し焼きでしたから、今日はスープにしましょう?」

「うーん、調味料と山菜を確保する手間があるけど良いのかい?」

「美味しい料理の為には、多少の労力は厭いません!」

「了解! じゃあ、使えそうな山菜を採取しよう!」

「任せて下さいまし!」


 ___________



 その後、ソウシは顔を青褪めさせながら絶句していた。レインの採取してきた山菜とキノコは、紫色のものばかりだ。

 そして、中にはセリビアからーー

「これだけは絶対に触っては駄目よ!」

 ーー絶対にダメだと注意を即された、七色のキノコまで混じっている。


「わ、わざとなのかな? 僕を殺そうと、わざとこんなキノコばかり集めたの?」

「えっ? 何の事です? こんなに美味しそうなのに、何か不満がありますの?」

「君さぁ、毒キノコって知ってる?」

「知ってるに決まってるでしょう。ベルヒムからよく言い聞かされましたもの! 姫様はキノコを触っちゃ駄目だって」

「おおう! 既に触っちゃ駄目だって言われていたのか。それなら僕が悪いね……最初に聞くべきだったよ」

「えっ? 何か問題がありましたの?」


「うん。君が持ってきたこの山菜とキノコはね、素晴らしい的中率で全て毒を含んでいるんだよ」

「なっ、何ですって! そんなまさかあぁっ!」

「寧ろこのキノコなんて触っただけでヤバいのに、よく無事に採取出来たもんだよ」

「なんか色的に綺麗だったので、つい……」

「とりあえず役割分担を変えよう! 僕が採取するから、君が調理で」

「料理ですか……」

 少年は俯く少女を見て、一瞬嫌な予感に苛まれたが、迷いを振り切り山中へと駆け出した。無人島とはいえ獣はいるし、手付かずの状態は山の幸の宝庫とも言える。


「この中から、どうやってあの毒だらけの素材を選び当てたんだ……」

 ソウシはレインの毒探知能力に戦慄していた。そして、再びアジトとも言える洞穴へ戻った時、嫌な予感は当たった。


「君は、一体何を作ってるんだ?」

「山菜鍋ですわよ?」

「何故、色が紫なのかな……」

「トッピングとして、さっき取り除いた山菜やキノコを入れましたの。煮れば毒も消えるでしょう?」

「消えるわけないだろうが!」

「えっ⁉︎ 煮沸すれば良いって、昨日言ってたじゃ無いですか⁉︎」

「海水の話だそれは! 毒は消えないんだよ」

「先に言って下さいまし!」


「君は一体何が出来るんだよ!」

「魔術以外、何も出来ないわよ!」

 勇者と魔族の姫は再び睨み合い、深い溜息を吐く。


 二人の無人島生活は最初から、ソウシの負担が九割を占めていた……


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