第36話 レインとの邂逅
「沈め! 勇者ソウシ!」
「僕はそんな器じゃ無いってば! 君こそ退け!」
レインは水魔術から鎌を生み出すと、薙ぎ払い木々を両断した。流れてゆく景色に溶け込む程、素早く動き回る二人の姿を、辛うじて水晶球は捉えている。
そして、悲鳴をあげて逃げ出そうとしていた生徒達は歩みを止め、映し出された戦闘を傍観し始めたのだ。
「なんであの人達……悲しそうなの?」
「分からないけど、あいつの事だからきっと戦いたくないんだよ」
「あの顔を見れば分かるさ。それでも……俺達を守る為に頑張ってくれてるんだろ?」
「落ちこぼれだけに任せてられるかよ! 俺は行くぞ!」
学院の生徒の中には、ソウシの事を魔族の仲間だと思い、疎んでいる者がいる。
しかし、そんな者達の方が、水晶球から映し出された映像を食い入る様に見つめていたのだ。
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『時は遡る』
「なんで⁉︎ 俺は散々言った筈だ! 時期尚早だと!」
「やっぱり、君は関わっていないんだね」
焦燥に駆られ、空中に向かって叫ぶベルヒムの背後には、無音のままソウシが立っていた。
「い、いつの間にいたっすか? これは拙い状況っすね〜!」
「演技はもういいさ。君が魔族なのは、ずっと前から分かってたしね」
「……そんな訳無いじゃないっすかぁ〜! どこにそんな証拠があるんすか〜?」
「匂いと、佇まいかなぁ。君は自分が思っている以上に、ランナテッサに似過ぎているよ」
そっと告げられた言葉から、ベルヒムは崩れ落ちた。言い逃れる訳でも無く、確信を突かれたのだ。
「姉さんは、こんな事、絶対望んで無いんだ……」
「分かってる。ランナテッサは優しい人だった」
「君が姉さんを殺したと知った時、憎しみに囚われたよ」
「……そうだろうね」
「でも、観察し続けて分かった。姉さんは自分から、君を守る為に死んだんだと……」
「僕はそれが許せないけどね……」
「分かってるさ、君はそういう奴だ」
「それなら、この状況は一体何なのか教えて?」
「レイン様の暴走だ。あの方は、きっと僕が思っていた以上に姉さんの死を嘆き、憤怒しているのだろうね」
「そっかぁ。じゃあ、やっぱり僕は逃げる訳にはいかないんだね」
「逃げてもいいと思うけれどーー何故?」
「ランナテッサの事に関してだけは、僕は逃げないって決めてるんだよ。君のお姉さんが死んだ意味が無くなる事だけは、ーー絶対にしない」
ソウシの宣言を聞き、ベルヒムの双眸から止めどなく涙が溢れる。両手で瞳を塞ぎ、大地に額を擦り付けながら、姉の死が無駄では無かったのだと漸く受け止める事が出来たのだ。
「お願いします……どうか、レイン様を、と、めて下さい、勇者、さま」
嗚咽を漏らしながら、地面を指で引っ掻くベルヒムの無念を感じた。ソウシは日常とは別人の様な精悍な顔付きで頷く。
「任せて。今の僕は勇者じゃ無いけど、出来る事はするよ!」
言葉を放った後に、その場から飛び去った背中を見て、残された魔族の少年は思う。
「姉さん。貴方が守りたいと思った存在は、レイン様を救ってくれるかな……」
その表情は、どこか安堵している様に穏やかだった。
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「儂は出るぞ! 生徒達を避難させねばならぬ」
水晶球から映し出された光景を見て、学院長ドールセンは立ち上がる。しかし、それをガイナスが制した。
「待って下さい! これはいい機会なのかもしれない……再びソウシが立ち上がろうとしている!」
「ふざけるな! その為に生徒達を危険な目に晒せと言うつもりか!」
「お爺様、私達をあまり舐めないで下さいね。ご覧なさい? 必死に魔獣に立ち向かう学院の生徒達の姿を」
ドールセンはアルティナに諭され、水晶球の映像をもう一度見直した。ーーそこには二年と三年のAクラスの生徒が魔獣を打ち倒す姿がある。
そして、教職員が協力し合い、生徒達を守っているのだ。
そんな中、セリビアだけは無言のまま弟の姿を追っている。
(無理だけはしないでね、ソウシ……)
脳内には『闇夜一世(オワラセルセカイ)』を発動させた光景が過るが、弟を信じてただ只管に祈り続けた。
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「見つけたぞ勇者!」
「見つかってあげたんだよ!」
ソウシは腰の対抗戦用の剣を抜く。王は剣と盾、両方の所持を許されていた。しかし、刃の無い唯の魔術発動の媒介でしかない為、実戦に使える代物では無い。
「そんな玩具で私と戦うつもりなのか?」
「これ以上の武器を、今の僕は持てないからね」
「ふざけるな! ランナテッサを殺した聖剣とやらを顕現させれば良いでは無いか!」
「……あれ以来、聖剣は呼べ無くなったんだよ。剣も持ちたく無い」
「ふんっ。死にそうになってから後悔するといい」
眼前に立ちはだかる少女は、『青』を体現している様な、清廉さを醸し出していた。
腰まで伸びた青髪。スレンダーなスタイルに青色甲冑を纏い、唯一黒い瞳だけがソウシを睨みつける。
「来い。『水死鎌』」
レインが一言呟いた直後、その両手に水を収束させた透明な鎌の柄が現れた。
少年はその刃を一目見た瞬間に冷や汗を流す。
「拙いな。あれはヤバそうだ……」
「死ねええええええええええええええっ!」
襲い掛かる魔族の姫は瞳に涙を滲ませながら、只管にランナテッサの無念を想っていた。
そして、同様にソウシはその思いを受け、避けてはならないと鎌の柄を狙って剣で勢いを殺そうと動き出す。
ーーキイィィィィィィィィンッ!
金切り音を立てて、斬り結んだ瞬間にレインは泣哭を吐き出した。
「ランナテッサはなぁっ! いい奴だったんだ! この国に攻めると言った時に私は止めたんだよ。非情になり切れないと分かっていたからな」
「そんな事、僕だって分かってる! 彼女は僕を守る為に死んだんだ! なのに、君がそれを台無しにしてどうするんだよ!」
「戯言を抜かすな! 人族に我らがどれだけ苦しめられたか、理解しているのか⁉︎」
「僕が確かにその事を理解出来ていないのは分かる! でもこんなやり方は誰も幸せになれないよ!」
「山を焼かれ、村人はまるで獣の様に弄ばれ、子供ですら蹂躙する貴様らに、正義はあるのか!」
「…………」
「答えられないか? ランナテッサはな、いつも隣を歩いていたココアという幼女を失った時に、血涙を流しながら悶えていたよ」
反論などもとより無いと、ソウシは黙って斬撃を逸らし続けていた。だが、何故か耳や心臓が痛い。
「殺したのは貴様らだ‼︎」
対抗戦用の模擬剣が両断され、水刃がソウシを斬り裂こうとした瞬間、レインは相手の様子がおかしいと背後へ飛び退いた。
眼前には涙を流しながら、震える黒髪の少年が棒立ちしている。今にも蹲りそうな程に、その姿は弱々しかった。
ーーその直後、間を挟む様にして、ベルヒムが立ちはだかる。
「もうやめて下さい、レイン様! この男を見ていて本当に何も伝わらないのですか⁉︎」
「べ、ベルヒム! 何でお前がそいつを庇うのだ!」
「こいつはずっと、魔族の仲間だと蔑まれていたんです! 姉さんの死体を弔う為に、ただ一人動いてくれたんだ!」
「……だが、殺したのもそいつだろうが!」
「殺したんじゃ無い! 俺は憎しみからずっとソウシ君を見て来た! 虐められても、罵られても耐え続けて、姉さんの死を受け止める姿は、今のレイン様の瞳より、余程真摯に映った!」
「潜入している間に情に絆されたか⁉︎ 邪魔だてするならば、貴様ごと斬り裂くまで!」
「今の貴女の何処に義があると言うんだ! 俺は一歩も退く気は無い!」
ーー魔族の姫が鎌を振り上げ、ベルヒムを薙ぎ払おうとした瞬間、固まっていた少年は動き出した。
「デスブリザード!」
その手から放たれた闇魔術は、瞬時にレインの鎌を凍りつかせて破壊する。
「な、何故貴様が、我等魔族の中でも精鋭しか使えぬ闇魔術を使えるのだ⁉︎」
「……退け。これ以上は手加減出来ないよ」
決して敵意を露わにする訳でも無く、穏やかな瞳をしたソウシの忠告を受けて尚、レインは止まらなかった。
「うるさい! それならば最後の手段だ!」
「えっ⁉︎」
「拙い! 避けて!」
ベルヒムの叫びは届かず、突然ソウシの唇へレインの柔らかな唇が重なる。どこからとも無くフィールド内に女生徒の絶叫が響き渡った。
魔族の姫の胸元が光り輝き、強制的に転移魔石が発動する。己と接触している対象を共に転移させるのだ。キスである必要は無いが。
「ソウシ君! 離れてええええええええええええええっ!」
「またかああああああああああああああああああああっ!」
絶叫が重なり合い、遮る様に勇者と魔族の姫は王国マグルから忽然と姿を消したのだ。
残された者達は、その光景を見て絶句していた……
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