【出会いと再会―――紀元前九十六世紀ころ・銀河諸種族連合歴412年・金属生命群母星系】
それは骸骨だった。
褐色の金属。恐ろしく複雑に組み合わさったそれが形作る、球体の肋骨とでもいうべき形状の構造体は、二百キロもの直径がある。
機動要塞。そう呼ばれる超大型宇宙戦艦。亜光速戦闘能力を備え、転換装甲で鎧われ、四十八基の通信用でもある超光速機関を装備し、無数のビーム砲と特異点砲、ミサイルで武装し、多数の
今、この強大無比な兵器は危機に陥っていた。
無数の敵による攻撃を受けていたのである。
その構造体表面で、多数の襲撃型ユニット―――銃剣型ビーム砲と翼のような放熱器で武装した機械生命体―――による攻撃をかいくぐりながら
禍の角だった。
張り出したアンテナやワイヤーを器用に避けながら亜光速で近接戦闘をこなすその練度は凄まじい。現存する禍の角の大半が、機齢四百年近い高齢である。度重なる近代化改装によってその性能自体は最新型と遜色ないレベルを維持しつつも、膨大な戦闘経験による実力は他を寄せ付けない。
やがて。
金属生命体は、骸骨球体の骨格の中心―――要塞の中枢へ到達。その特徴的な対艦攻撃衝角を突き立てた。
◇
「ここまでか」
彫りの深い顔立ち。積み重ねた年輪がそのまま皺となって刻まれ、深い髭とそして髪はロマンスグレー。がっしりした体格は、動きやすそうな軍服に覆われている。歳の頃はせいぜい四十台半ば、といったところか。
人類だった。
―――思えば長く生きた。時に生命工学を頼り、あるいは半身を機械化してここまで寿命を延ばした。
「私は―――僕は、約束を果たせたのか―――?」
彼がその顔を上げたまさにその時。
天井が―――無重力空間であるそこに上も下もないが―――破られた。
そこから覗いたのは、先端が鋭利にとがった一本の構造体。
角だった。
とてつもない巨体。高層建築にも匹敵する大きさの機械こそが、闖入者であった。
やがて、身を乗り出したそいつの上半身が、目に入って来た。
角と比してやや小ぶりの頭部。優美な両腕、その後方にあるのは腰のサブアームが変形した脚だろう。
男は、その存在を知っていた。
「―――君か。君が、私の死か」
角が、ほどけた。
内蔵されていた関節のロックが外れ、伸長。多関節を柔軟に操り、周囲を一閃。
区画に詰めていたオペレーターやドロイドたちが薙ぎ払われていく。
やがて角は―――いや、もはや尾に変じたそれは、彼女の後頭部へスライドする。
髪のようにそれをなびかせた彼女は、顔を男へと向けた。
目が合った。
漆黒のフェイスカバーで覆われていたのにも関わらず、男はそう確信する。
同時に、彼女の頭部に備わっていた通信・探査用レーザーが放たれた。
生身の人間など燃え尽きるほどに出力を高めたそれが男を絶命させなかったのは、軸線がずれていたからに過ぎない。
半身を焼かれた男は立ち尽くし、そして表情を和らげた。
「君に救われた生命だ。君に殺されるならそれもいいかもしれないが―――」
彼女―――禍の角はレーザーの軸線を修正。この距離で外したのはおそらく戦闘で調整が狂っていたためであろうが、しかし二射目を外すはずもない。
事実、次の照準は正確だった。
にもかかわらず男を絶息せしめなかったのは、突如出現したイオン膜の鏡によって阻止されたからである。
『―――させぬ!』
内部隔壁を透過して出現したのは、蛇腹状の関節を備えた長大な腕。
純白の装甲に覆われたそれに殴りつけられた禍の角は、破口を広げながら壁に叩きつけられ、鉤爪で装甲をえぐられた。
次いで現れた腕の主は、人間の女性に似ていた。35mの巨体を差し引いても。
柔らかなボディラインを白い皮膜と装甲が覆ったその構造は機械というより生物に近いが、頭部は大型の仮面―――フェーズドアレーアンテナ―――で覆われ、両肩があるべき部分は何も備わっていない。代わりに、背面に装備された直径四十メートル近い円盤、いや光背の前後には、それぞれ三基ずつ、計六基、蛇腹状のアームが備わっていた。
個体名"未来"―――銀河諸種族連合で建造された最初期の
彼女は腕の一本で禍の角の頭部を、二本で両腕を、二本で脚部を抑え、そして残る一本で敵を打ち据えた。
その一撃が致命傷に至らなかったのは、不安定な体勢故だろう。
禍の角も負けてはいない。下半身から生えているもう一本の尾を分割すると、すらりとした脚に変形。そのまま"未来"へ蹴りを入れて引き離す。
既に、禍の角の姿は竜ではなかった。すらりとしたボディを備える、美しい深紅の巨人だった。
彼女は男へ頭部を向けようとする。彼が指揮官であると知っているが故に。
だが。
「―――時間だ」
男が告げた、その瞬間。
戦いの流れが変わった。
◇
恒星の公転軌道上に浮かぶ無数の岩塊。
それは恒星の重力によって集まった無数の小天体であり、将来の惑星候補でもある。
今、それら小惑星に変化が起こりつつあった。
表面が溶け崩れ、金属の輝きを得て、そして変形し、つぼみとなり、咲いた。
そんな光景がいくつも、いや、何百、何千、無数に起こりつつあった。
咲き乱れる金属の華。
それは、一つ一つが巨大なセンサーであり、放熱器であり、そしてその中枢に位置する多数の雄しべは一つ一つが特異点砲である。
要塞―――高速築城ユニットによって突貫工事で建造された強力な陣地だった。
特異点砲は元来、天体破壊兵器として開発された。それらが指向するのは、星系の一角にある、金属に覆われ、無数の軌道エレベーターを赤道から伸ばした機械の惑星であった。
鋼の瞳にも見えるそれこそが、金属生命群の本拠地であり故郷でもある。
この時代のテクノロジーでも、惑星を丸ごと消滅させるのは困難である。
だが、その中枢まで焼き払い、一切を破壊し尽くすのはさほど難しくはない。
今、一斉に発射された多数の特異点は、惑星内部へ潜り込み、あるいは逃げ惑う敵軍へ降り注ぎ、その破壊力を存分に発揮した。
◇
その時禍の角が感知した無数の通信は、友軍の悲鳴。絶叫。絶望。
彼女は、自軍が敗北したことを悟った。
「―――墨俣城を知ってるか?いや、この時点じゃ知るわけはないか。まぁ高速築城ユニットを使って、この星系の小惑星をこっそり要塞化しただけのことだ。気付かれないかとひやひやしていたが。わたし自ら囮を買って出た甲斐はあった。
さて。まだやるかい?逃げ延びれば再起の目はあるかもしれんぞ」
男の言葉。それに動かされたかどうかは定かではないが、金属生命体は"未来"を突き放すと、破口に身を投じ、そして最大速度で機動要塞内から撤退していった。
後を追おうとする"未来"を制し、男は敵を見送った。
『……いいんですか?』
「構わない。これ以上暴れられても困る」
『はい。
―――酷い傷。すぐ治します』
「頼む」
元来工兵用自律機械として開発された機械生命体の精密作業能力は優秀だ。その原子すらもつまめる器用な爪で傷口をいたわると、彼女はすぐさま極微機械での治療を開始。
処置を受けながらも、男は破口を、いつまでも見上げていた。
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