【決戦―――紀元前九十六世紀ころ・銀河諸種族連合歴412年・金属生命群母星系】
虚無だった。
どこまでも広がる、茫漠たる空間。
この世界を押し包む闇に漂うのは、1立方メートル当たり水素原子数個というごく希薄な物質のみ。
原初の宇宙、それが遺した背景放射だけがこの世界に満ちる熱源である。
不意に、閃光が走った。
ひとつではない。一度によっつ。それが幾度も幾度も。それを一個の単位とするのであれば、それはやがて何百、何千という輝きとなって宇宙を照らし出し始めた。
三百二十トンの弾体が転換された熱と電磁波と衝撃波。
それが輝きの正体だ。
自然現象ではない。
無慣性状態―――見かけ上ほぼ質量が0となった特異点すなわちマイクロブラックホールは電磁誘導によって光速の99.9999999……%まで加速。その限りなく小さい寿命は特殊相対性理論によって引き延ばされ、数光秒の空間を踏破し、そして無慣性状態が破れると同時に本来の質量を取り戻す。
その超重力によって、周辺空間から負の粒子を取り込んだ特異点は急激にその質量を減衰させていく。同時に、負の粒子を奪われた空間は代償としてエネルギーを吐き出し、結果。
特異点は蒸発し、破滅的なエネルギーを放出して消滅。
大陸や小天体程度ならたやすく破壊し尽くせるほどのパワーが、そこらじゅうでまき散らされた。
攻撃であった。
天体すらも砕くほどの超火力をぶつけ合う、これは合戦なのだった。
◇
『―――くそっ!"輪廻"は何をしている!本隊はどこだ!?』
人型の機械だった。数十キロに及ぶ華のような放熱器を背面に展開し、四肢の尖端へ長大な特異点砲を据え付け、上部に副砲塔を据え付けた三十五メートルもの構造体を人型と言っていいのであればだが。
銀河諸種族連合軍―――すなわちこの銀河系の主たる知的生命体たちが結成した軍勢に属する高度機械知性。その中でも仮装戦艦に区分される
状況はお世辞にもよいとは言えなかった。敵金属生命体群の本拠地への攻勢を仕掛けた連合軍は混乱を極めており、一方で敵軍はその圧倒的な物量でこちらを押しつぶそうと反撃して来る。光速で戦闘が推移するこの時代、いったん戦いが始まってしまえば統制を取るのは不可能に近い。実際彼女―――仮装戦艦部隊を率いる"刹那"もショートワープの失敗から味方部隊とはぐれ、単独行を強いられていた。
不意に、彼女は顔を―――実際は副砲塔だが―――上げた。
途切れることのない特異点の閃光。それが照らし出した敵影を認めたからである。
背面に背負っている巨大な華は伊達ではない。それは放熱器であると同時に優れたパッシブセンサーでもあった。
十数光秒先の敵。そこへ四基の主砲が指向。自己増殖型量子機械が駆動開始。トンネル効果が作用し、高密度圧縮されていた弾体が内側へ"落ちて"行くと同時。無慣性場が弾丸を包み込みつつ、砲身が電磁誘導で、特異点となりつつあった弾丸を加速する。
ほぼ光速で射出された砲弾は、その数四つ。
意図的に間隔を空けて投射された特異点は、目標を包み込むように到達し、そして極わずかな時間差で炸裂。天文学的なエネルギーを吐き出した。
小さな太陽がよっつ、輝いた。
恐るべきことに、目標は破壊されなかった。
ほぼ無傷。重装甲に比較的小さい表面積。その割に大きな前方投影面積。
突撃型指揮個体。戦艦の攻撃をかいくぐって肉薄し、近接攻撃で直接破壊する恐るべき超生命体である。その装甲は、至近弾か直撃でなければ破壊不可能と言われていた。
距離が遠い。機種まではまだ判別しきれない。だが今の斉射で正確な位置情報が取れた。目標のすぐそばで炸裂する特異点の輝きは、こちらから直接発して跳ね返ってくるまで待たねばならないレーダー波よりも早い上に、下手な電子妨害など力押しで無効化できる程強い。
弾着観測射撃と呼ばれる戦技だった。
第二射を照準。放熱がまだ終わらない。手元にあるのは十三秒前のデータ。敵の未来位置を予測。センサー性能でこちらが圧倒しているのがアドバンテージだが、いざ彼我の位置が変化し出せば光速でしか伝わらぬ位置情報など役に立たない。奴がこちらの位置を把握すれば、特異点の反射波とほぼ等速でこちらへ接近してくるからだ。―――今。
敵の予測位置へ放たれた第二射は、先ほどよりも、炸裂するのが早かった。
ついで第三射用意。放熱完了までが待ち遠しい。射撃。刹那の予測演算はまた外れたことを予言する。
第四射を放つ暇は、なかった。
眼前まで迫った敵。
それは、竜の姿をしていた。
全長は七十メートル近い。その体の半分ほどを占める長さの武器は、角。それと比較すると小ぶりな腕部、胴体と続き、巨大な鉤爪を生やした脚部。そして太く力強い尾と続く。
―――禍の角!
"刹那"の頭部から放たれた自由電子投射砲は、防御磁場で捻じ曲げられる。
咄嗟に身を捻るので精一杯だった。
横一線に振るわれた角は、刹那の物質波防御構造を突破し、転換装甲の許容限界を破綻させ、柔らかな内部構造を蹂躙して両断した。
上下に分かたれた刹那の体がバラバラに吹き飛んでいく。
意識を失う瞬間、彼女は旗艦―――生みの親たる父の座艦を、視界の隅に捉えた。
敵は次にあちらを狙うだろう。もはやそれを阻止することは、自分には不可能だ。
―――父上、ご武運を―――
こうして、"刹那"級仮装戦艦一番艦"刹那"の戦いは終わった。
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