【主婦vs金属生命体―――2014年2月27日夜・板宿】
―――ぬぅむ。参った。
金属生命体は困っていた。
眼前にあるのは二階建ての一戸建て。ごく普通の作りで比較的新しい。震災―――阪神大震災―――以降に建てられたものなのだろう。
冷静に考えると知らない女がズカズカと上がるのも問題があろう。客観的に見ると、博人少年は本日学校をサボって遊び歩いていたわけで、連れ歩いていた張本人たる彼女としてはここで回れ右しなければならない。
本当に私は世界滅亡をたくらむ異星生命体なのだろうか。
などと煩悶していると。思わぬ救いの手が。
「……うち、泊まる?」
「いいのか?」
「どうせ母さんは『あらあらまあまあ。博人ちゃんが女の子を連れて帰ってくるだなんて!お赤飯炊かなきゃ!』って言い出すに決まってるし」
「どんな親なのか気になるな。よし。泊まろう」
「やった」
「なんでそんな嬉しそうなんだ」
◇
「あらあらまあまあ。
博人ちゃんが女の子を連れて帰ってくるだなんて!お赤飯炊かなきゃ!」
―――本当に言うとは。この私の演算能力をもってしても見抜けなかったわ。というかこの場合お赤飯ちゃうやろ。
玄関で一人と一体を迎えたのはえらく若々しい、エプロンを身に着けた女性だった。信じられないほど美しい。ふわふわの髪の毛におひさまのような温かさを持ったひとだ。
不思議な魅力だった。
手にはおたまを装備してるのが面白い。
「さあ、上がってちょうだい」
「うむ」
「ねえねえ博人ちゃん。あなたも隅に置けないわねえ」
「うーん。そんなんじゃないんだけどね」
「またまたあ」
ついていけない雰囲気だ。いや憑いてるかもしれない。この母親。
などと考えている金属生命体へ、主婦から質問が投げかけられた。
「ねえ貴方。お名前は?」
「名前?名前は―――」
なかった。
人間として暮らすために名乗っている仮の名はある。それでよい。―――そのはずだったのだが。
少女の姿をした金属生命体は、しばし黙考。
やがて。
「…
「ツノカちゃん?素敵なお名前ね。あ、ハンバーグ焦げちゃう!ぴーんち」
去っていく母。
「……なんかドタバタした女だなおい」
「天然なんだよ」
確かに自然発生ではあるだろうが。
博人の発言に、金属生命体は―――たった今、自らを角禍であると定義した少女は、そんなことを思う。
「いやそういう意味じゃなくて天然ボケなんだけど……」
「冗談だ」
「分かりにくいなあもう。ところで名前、あったんだね。人間には発音できないとかそういうのだとばっかり思った」
「昔、他の種族に付けられた呼び名の、略称だ」
角禍の返答は、どこか遠くを懐かしがっているような響きがあった。
「ふうん。ところで、角あるんだ」
「うむ。みたいか?私の角」
「え?いや別に」
角禍の発言への返答はつれなかった。
「そんなことはないだろ?見たいだろ?」
「いいよ。無理しなくて」
「なあ頼むよ。見たいって言ってくれよ」
「なんでそんな哀れっぽいの!?」
「だって誰も褒めてくれないんだ……しくしく」
「1万2千年も生きてる機械生命体なんだろ!?かつて宇宙を征服しかけた種族の末裔だろ!?泣かないでよ!?」
「じゃあ……」
「見たい、見たいよ、今度見せてよ!これでいいだろ……ぜいぜい」
「うむ」
「うわぁ……なんかにぱぁってしてるこの人」
「ふっ。なんとでもいうがいい。承認欲求を満たすためなら私はなんでもやるぞ」
「しょ、承認欲求……」
「我が種族は集合知性体だが、過去の敗北により、私はスタンドアロンで活動せざるを得なかった。アイデンティティを喪失せずに済んだのは人間を参考に自我の構築に成功したからだ」
「だから人間っぽいのか……あれ?外見が同じだからといってどうとかって言ってませんでしたっけ?」
「細かい事は気にするな。
まあマジレスすると、中身は実際違うはずだが、実質的には同じというわけだな。これも収斂進化だろう。
そういうわけなので寂しくなると死んでしまうのだ。どうだ、恐れ入ったか」
「なんで偉そうなの」
「年寄りは敬え」
「ふたりともー。ごはんできたわよー」
「おう、今行く!」
「すっかりくつろいでるね」
そこで二人はようやく、靴を脱ぎ、家に上がった。
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