【禍の角】超絶隣人ツノガーZ(カッコガチ)
クファンジャル_CF
【2014年2月28日正午 地球・日本・大阪梅田】
絶望的な状況だった。
周囲は恒星中心であるかのような灼熱地獄。
既に、そこに存在していた無数の生命と、壮麗な都市は跡形もなく溶け落ちている。
少年の命がいまだにあったのは、強力無比な物質波構造体と転換装甲、そしてレーザー・ディフレクターに守られていたからに過ぎない。
だが、それとて絶対ではない。
少年を守る者は、その生命を終えようとしていた。
深紅に染まった甲殻。黒いフェイスカバー。砕け散った尾は、彼女の後頭部から生えていた。
小天体すらも素手で砕く、三十五メートルの巨体。
破壊と殺戮のためだけに生み出された超生命体たる彼女―――太古の昔、"禍の角"と呼ばれ、あらゆる種族から忌み嫌われた金属生命体。
既に再生能力すら喪失しているのだろう。膨大な熱量の中、機能を維持するので精いっぱいのはずだ。
その分身体―――口を持たぬ彼女が人類と対話するためのスピーカーであるサイバネティクス連結体は、可憐な少女の姿で、少年に語り掛けた。
「―――私はもう死ぬ。助からない」
「そんな」
「だが。お前が跳ぶ時間は稼げたはずだ。
―――だから。生きろ」
少年には酷な言葉であった。
彼女といた期間は短かった。本当に短かった。
けれど、楽しかった。
素敵だった。人生で最も充実していたかもしれない。
それに。それに。
―――守ってくれた。
「死んじゃやだよ。ずっと一緒にいてよ」
「無理だ。お前が跳ぶまで死なないのが―――それで精一杯だ」
そして、彼女は、その言葉を口にした。
少年をその生涯にわたって縛り続ける言葉を。
ある意味では呪い。ある意味では祝福となった言葉を。
「だから―――お前が、助けに来い」
「え」
呆然とした。呆然として―――意味を理解した。
「お前がこれから飛ばされるのは、古代だ。一万二千年前の世界だ。
今ここで起きている事は変えられない。お前にとっては過去のことだから。
同様に、私が生きて来た一万二千年も変える事はできない。それは、私にとっての過去だから。
だが―――それだけだ。
お前がこの場から消えた後の事は、私にとってもお前にとっても未知のこと。未来だ。
だから―――お前が助けに来い。幸い、準備時間だけはある。
ほぼ無限に」
少年に。それは、少年に、永劫の時を生きろ、と命じるに等しい言葉。
「僕は―――」
少年はなんと答えようとしたか。
それは分からない。
少女の姿をした機械は、その唇で少年の口をふさいだからである。
少年の眼前で、少女は溶け崩れていき、その本体たる巨体も―――
暗転
闇。
世界を闇が覆っていた。
大気は鋭く、そして冷たい。
足元は柔らかい。いや、無数の粒子が、服の隙間から入り込んでくる。
これは―――砂。
目がやがて、慣れてくる。
先ほどまでの、破壊の烈光に満たされていた世界。
それとは違う。
弱々しい、しかし優しい星の光が照らす世界。
―――光が差した。
果てのない藍青が、空を包み始める。
美しい。信じられないほど美しい朝日が、やってくる。
砂漠に包まれた大地。
少年は、砂丘を上った。
その頂から見える太陽はとてもやさしかった。
異星の光景。これより永劫に続くであろう、少年の戦いの、第一歩が始まった。
「―――行かなきゃ。待っていて。角禍」
生きなければならなかった。
それが。
それだけが、この銀河系を救うという彼に課せられた使命。そのために今の彼ができる、唯一のことだったから。
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