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観覧車の足元に着いてチケットを買うと、三、四組が並んでいた。次の番になって見上げると、てっぺんまでは到底見えない大きさの物体にちょっとわくわくする。足元にお気をつけて、と言われながらゴンドラに乗り込むと、満面の笑みの係員が「楽しんでください!」と言ってがしゃんとドアを閉めた。
「観覧車なんていつぶりだろう。中学生かな」
「俺は小学校より前ですね」
ガラス張りの面積が大きく、地上を離れるにつれ思ったよりも不安感が増していった。星野くんは向かい側の席で同じ側から外を眺めている。
「……この間、また都さんが来てね」
号泣する姿を見てしまった時のことを話した。一昨日とは言え、あの日のことは、細部まで思い出せるのが不思議だった。頼んだワインの順番。次々出ていくのになかなか皿が返ってこない前菜達。会計に来た男性の後方で、一人で俯いている都さんの姿。
「事情を聞いたわけではないけど、前言ったみたいにやっぱり訳ありの関係というか、何かあるみたいで。喧嘩した風でもなかったし、男性にとって都さんは一番じゃないのかも。
だけど確かだなと思ったのは、都さんがお相手のことを本当に好きなんだなってこと」
都さんの嗚咽はしばらく頭から離れなかった。自分はあんなふうに泣いたこと、声を上げたことはないし、他の誰かがそうしているのを聞いたこともない。他人に対してあんな感情を向けるなんて想像ができなくて、正直、わたしが抱いた気持ちは絶望に近かった。だって、これが本当の「好き」だというなら、私のやってることなんてまるでおままごとだ。見た目が好ましいと思ったり、会話が楽しいと思ったりする相手は、別に星野くん以外にいないわけではないし、そもそも友達に思うものと何が違うのかわからなくなったりしている。好きな相手とはそういうものだという前提知識を取り出して、客観的に自分の感情と照らし合わせてみては一致するとかしないとかの判定を下し、これが好きということなんだと、自分で自分の感情を組み立てているだけなんじゃないのか。そんな努力の結果で始まった関係性は、まやかしでしかないんじゃないか。
「やっぱりあたしは、自分の好きに自信が持てないみたい」
生真面目に、膝の上で両手を拳を握って置いていた。めったに着ない、黒のリネンのワンピース。楽しい気持ちでそれを選んで、実は芽衣香にネイルも塗ってもらっていて、迷った末に髪はハーフアップにまとめて。そうやって来たデートの場で、どうして私はこんなことしか言えないんだろう。「本当の好き」って、なんの基準を勝手に掲げているのか、自分だってわからない。バイト仲間として、飲み友達として、そしてきっと彼氏としても、非の打ちどころがない星野くん。今日だって一日何度それを思ったかわからない。そんな彼に対して自分が抱いている気持ちが、世間一般的には好きという感情であり、恋人になるのに何の懸念もない状態を満たしていることはきちんとわかっている。わかっているからこそ、なんだか情けない気持ちになって、涙がこみあげてくる。けれどただでさえ申し訳ないのにここで私が泣いたりするのは絶対に違うと思ったので、ただただ拳をぎゅっと握りしめていた。
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