第23話 初めてのお友達です… (23話)
草原に帰ると薬草の採集を再開する。
人気がないことを確認し、クレヤボヤンスで薬草の群生地を探すと、草原にぽつんと大きな木が生えているところにかなりの量の薬草が生えていた。
しかし、そこには人が1人いる。
視点を近づけて確認するとどうやら男性が絵を描いているらしい。
この世界では紙が羊皮紙しかないので、絵画は布に描いているものが多い。
絵の具は鉱物を砕いて粉にし、油で練ったものが主流である。
男の人は畳一畳ほどもある大きな布を木枠に貼り付けて、風景を描いているようだ。
どうやら画家のようだ。
興味を持った私はクレヤボヤンスの発動をやめ、男性がいる西の草原へとてくてく歩いて行く。
テレポートや全力疾走は人前で厳禁なので、普通の7歳児並みにゆっくりと歩く。
15分も歩くと大木の近くで絵を描いている男性のところにたどり着いた。
「こんにちは、見習い冒険者のアリア・ベルっていいます。
薬草の採集に来たんですが、この辺の薬草を採ってもお邪魔になりませんか?」
私は、描いている絵の邪魔にならないか聞いてみた。
「ああ、大丈夫だよ。
俺は画家をしているジョーイ・ワットマンだ。
娘が近くで遊んでいると思うから、時間があったら相手をしてくれると助かる」
男性が答えると、木の上から声が聞こえた。
「こんにちは~。カスミっていいま~す」
どうやら娘さんは木登りが得意なようだ。
私は、木の上に向かってもう一度挨拶した。
「こんにちは、見習い冒険者のアリア・ベルです」
カスミちゃんはするすると木から下りてきて、2階の窓くらいの高さの枝まで来るとふわりと飛び降りた。
運動能力の高い子のようだ。
私も木の方へ歩いて行く。
何?この可愛い子!黒髪黒眼で二重まぶたの少したれ目。
お持ち帰りしたいかわいさだ。
母性本能を刺激される潤んだ瞳。
前世の日本人を彷彿させる髪と瞳の色。
私は決してロリコンでも百合でもないが、4頭身のカスミちゃんのかわいさに参ってしまった。
といっても肉体年齢は同じくらいなのだが。
「よろしくお願いしますカスミちゃん。
凄く可愛いね!」
私が言うとカスミちゃんは褒められたことがうれしいのか笑顔で返事をする。
「よろしくね、アリアちゃん。
ところでアリアちゃんは何歳なの?
わたしは先月7歳になったのよ」
「私も7歳だよ。同い年だね!」
精神年齢は29歳だけど、ここは話を合わせることにした。
「わたし、お父さんについて色々な国の絵を描いてるんだけど、この国に来たばかりでまだ友達がいないの。
良かったらお友達になって!」
「こちらこそ、仲良くしてください。
私も一昨日森から出てきたばかりで、まだ友達がいないの」
私は兄弟を除くと、厳密には、転生後に同年代の友達がいないことに気がついた。
まあ、貴族の子どもは基本的に外で遊ぶことが少ないのだから当然と言えば当然だが…
私はしょっちゅうトレーニングのために屋敷の周囲を走り回っていたが、屋敷の周辺には子供はおろか人影さえあまり見かけなかった。
とりあえず、森から出てきたばかりというプロフィールでここは押し切る。
「よかった。それじゃあ早速何して遊ぶ?」
明るく話しかけてくるカスミちゃんには悪いが、私は仕事中である。
「ごめんなさい、今薬草を集める依頼をやってるところだから、すぐに遊ぶのはちょと無理かな…
私、見習い冒険者だから…」
私が申し訳なさそうに言うと、カスミちゃんは屈託のない笑顔でお手伝いを申し出る。
「それなら、薬草集めを私も手伝うわ。
2人でやれば早く終わるでしょ。
こう見えてもお父さんと旅の途中で覚えたから、結構薬草には詳しいの!」
役に立つよとアピールをしてくるカスミちゃんを断ることはできそうにない。
本当は1人で集めて森に探検に行こうと思っていたのだが、お友達を大切にすることにした。
といっても精神年齢は22歳ほど年上なので、子守感覚ではある。
事前にクレヤボヤンスで確認しておいた薬草群生地は、大きな木の向こう側だ。
私はカスミちゃんと一緒にきょろきょろしながら薬草を探すふりをして、群生地へとカスミちゃんを誘導した。
5分も歩くと数百本はありそうな薬草の群生地が見えてきた。
私たちは身長がまだ低いので獣道を外れると胸まである草丈が邪魔でとても歩きにくい。
薬草群生地は獣道から10メートルほど入り込んでいるが、独特の薄紫色の小花が咲いているのでこの距離でも確認できるのだ。
「あっあったよアリアちゃん!
あそこに薬草の花がたくさん見える!」
どうやって誘導しようか考えていると先にカスミちゃんが薬草を見つけて知らせてくれた。
どうやら本当に薬草には詳しいようだ。
「ホントだ。
カスミちゃん目がいいね!行ってみよう!
足下気をつけてね」
私たちは雑草をかき分けながら薬草群生地へと進んだ。
「これだけあれば、すぐに依頼分は集まるよね?
早く集めて遊ぼう!」
カスミちゃんは私を誘導するようにどんどん先へ行く。
あと1メートルで薬草群生地というところで、突然、前を歩いていたカスミちゃんの頭が見えなくなった。
ザザザッという何かがこすれる音。
「ファッ」
カスミちゃんのびっくりしたような声が一瞬聞こえたがすぐに音がしなくなる。
「カスミちゃん!」
私は急いでカスミちゃんの頭が見えなくなったところへ行く。
そこは天然の落とし穴だった。
深さ5メートル、幅1メートルはある天然の溝に枯れ草が被り全く見えなくなっている。
カスミちゃんが落ちたであろうところの地面だけ、枯れ草に穴が空いて薄暗い溝の底が確認できる。
溝の底には人が倒れている。
間違いない。カスミちゃんだ。
「カスミちゃん、大丈夫!」
私が上から声をかけたが反応がない。
まずい。
気を失っているだけならいいが、怪我をしていたら状況によっては命に関わる。
この溝のほぼ垂直な壁面を5メートル以上も落下したのだ。
普通の7歳児なら、むしろ無事であることの方が稀だろう。
私は迷わずカスミちゃんの後を追って溝に飛び込んだ。
無事溝の底に着地するとカスミちゃんに駆け寄る。
見た感じでは大量の出血はない。
変な方向に手足が曲がっていることもなく、擦り傷は少しあるが眠っているようにも見える。
しかし、ショック状態で心停止する場合もあるので、すぐに駆け寄ると呼吸を確認し、頸動脈で脈を取った。
良かった。
どうやら大きな怪我もなく、心臓も無事に動いている。
私はカスミちゃんの肩を揺すって声をかけた。
「カスミちゃん、しっかりしてカスミちゃん。大丈夫?」
「うう~ん」
カスミちゃんが寝起きのような声を漏らすと目を開けた。
きょろきょろしている。
状況が飲み込めないようだ。カスミちゃんが私の存在に気づく。
『あったま痛~~。ここどこ?』
『えっ日本語?』
突然日本語でしゃべったカスミちゃんに、私も日本語で返してしまった。
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