六等星のトライアングル

西進

序章

六等星のトライアングル


  ♠


 また、ダメだった。

 俺――中世古青なかせこせいは、職員室でその結果を聞き、力なく肩を落とす。


「まあそう気を落とすな。副会長のポストは空いているのだから」

「……はい」


 俺がなりたかったのは生徒会長なのだ。副会長のポストなんざ必要ない。

 そんなことを目の前にいる先生に言っても仕方ない。それにこの人だって裏では俺のことを嘲笑あざわらっているかもしれない。


 二年連続、それも中学生の頃を含めると通算四度目。俺は生徒会長選に敗れている。


 その事実を知っている者は、俺のことをどう見ているのか。……いや、そんなことは考えなくとも分かる。そんなことに気が回らないほど俺も馬鹿ではない。


 職員室からの帰り道、すれ違う生徒の一人ひとりが俺のことを見ている気がする。そして、すれ違いざまに会話をしている気がする。


 ……あの人、また生徒会長選挙に落ちた人だ。


 ああ、あの人。本当に、痛い人だよね。自分のキャラ、分かって無さすぎ。


 だよねー。


 二人の女子とすれ違う際にクスクスという笑い声が聞こえ、俺はゾッとする。

 ……いや、彼女たちが会長選の結果を知っているわけがない、まだ結果は公示されていないのだから、と俺は気を取り直して考える。


 少し過敏に反応しすぎか。俺は思わず嘆息をこぼす。

 本当に被害妄想もはなはだしい。こういう所が、俺の一番になれない所以ゆえんなのかもしれない。


 俺はただ単純に生徒会長になりたいわけではない。要するに、一番になりたいのだ。一番星になって、光り輝きたいのだ。明確な理由があるわけではない。だが、いつからか分からないが、俺はそんな思いに半ばとらわれるようになっていたのだった。


 だが、このザマだ。やはり俺には無理なのだろうか。

 俺は立ち止まって窓の外を見やる。


 所詮俺は、輝きを持たない六等星でしかないのだろうか。


  ♥


 ふと、足を止める。何故私はこんな道を歩いているのか、という今更感に満ち溢れる素敵な疑問が浮かんできたからである。


 右を見れば田んぼ、左を向けばまた田んぼ。日本のどこにそんな敷地があったのかと思わせるレベルで際限なく広がっている。目の前に広がるのはあぜ道。遠くを見渡せば連なる山々。


 うーん……、もしかして私、五十年ほどタイムスリップしたのかしら。いや、五十年前でも東京ならもっと都市化が進んでいるはず。

 なーんでだろう、おっかしいなー、こんなはずじゃなかったんだけどなー、……マジで。


「じゃから、お前がそぎゃんことしちょーからおこーとるんがな! ほんまあほんだらやのぉ」


 なまりと方言全開で私を追い越していくチャリが二台。この日常茶飯事とも言える光景が余計に田舎臭い。せめて私は、心の中では標準語を使ってやろうと思う。


 いや、会話で使ったら気持ち悪いとか言われてハブられるから、ほどほどにしないとだけどね? あと、たまに標準語だと思ってたのに実は方言だったとかいうこともあるけどね? 


 ……うん、私はやっぱりこう思う。ここはおかしい。ここにいたら人生が終わる。というかつまらない。


 風間真白かざまましろという女の子はこんなド田舎には相応ふさわしくない、と自分では思っている。非常に勿体無い、今こそその美貌と抜群のスタイルを持って、外の世界に進出せねばならない。


 ……と自分では思っているのだけれど。


 まあ実際はこんなクソ田舎に十七年も居座っているわけで。むしろ何ならこの田舎に染まり切っているわけで。


 やはりここはおかしい。私のような光り輝くスター候補ですら、その輝きを失わせてしまうのだから。ほら、今の私、超ドス黒い感じだし。


 スターはいるべき場所にいるからこそスターなのだ。舞台に上がれなければ、スターではない。舞台に上がらないスターなど存在しない。

 要するに、この場所にいる限り、誰しもが凡夫なのだ。


 輝くことのできない六等星でしかない。


  ♦


 ギャハハハ、というやかましい声で目が覚める。

 どうやらクラスの中心メンバーが他クラスからご帰還なさったようだ。それはつまり、ほんの数秒の後に始業のベルが鳴り響くことを意味する。


 キーンコーンカーンコーン。


 ほれ来た。俺にとってはこのチャイムよりも先ほどの騒音の方が目覚ましのアラームとなっている。いやまあ、全力でけたたましいアラームなのだが。

 まあ俺みたいな高尚な人種にまでなると、異クラスとの交流など行わない。休み時間は自身を磨くための自己鍛錬という名の人間観察の時間にてるのだ。結果的には、人間関係の一端が垣間かいま見えて面白い。


 例えば、四月の当初は仲良しグループだった数人が数か月後には二つないしは三つに分かれているケース。そして気付いたら一人が孤立していることもある。少なくとも今年度は二件は発生している(俺調べ)。


 まあ、俺くらい高尚な人種になるとそんな人間関係のこじれに頭を悩ますことはない。孤高のソロプレイヤーだからである。

 クラスに戻ってきた面々がそれぞれの机に戻ろうと慌ただしく動き始める。中にはまだ歓談中の人々もいるようだが、それもやがてはしずまるだろう。


 ドン、と衝撃を覚える。


「おっと清盛きよもりすまねえな」


 どうやら席に戻る途中の男子が俺の席にぶつかったようだ。流石俺、ソロプレイヤーだというのに名前までバッチリ覚えられている。うむ、決してあれだ。ぼっちとかいうやつではない。ちゃんと存在は認識されている。お母さんも安心。


 ……まあ、分かってるよ? 清盛なんて名前だから面白がって覚えられてるだけだとか、何なら上の名前覚えられてるか怪しいレベルだとか。俺の苗字、榊田さかきだってみんな知ってるのかな……。


 だけどまあ、俺はさして今の自分に不満はない。

 何せ彼等を見ていて寒々しいのだ。他クラスから帰ってきて、やいやいとそのクラスでの出来事を吹聴して回るその姿が。まるでそれが自身の人間的価値を高めているかのように錯覚しているその姿が。


 人が抱えるストレスなんてほとんどが人間関係によるものなのだ。人にどう見られるか、人とどううまく付き合っていくか、そんなクソみたいな事情に頭を悩ませるくらいなら、独りでいることの方がよっぽど有意義で理にかなっている。


 もしも、彼等みたいな人種のことを輝いていると言うのなら、自ら燦々さんさんと輝く一等星と呼ぶのなら――、


 俺は六等星でいい、いや、むしろ六等星こそが俺の生き方である。


  ♠♥♦


 人は誰しもが何かしらのコンプレックスや悩みを抱いていると言う。


 たぶんそれは事実なのだと思う。


 だけれども。


 現状に忸怩じくじたる想いを感じていながらも、


 ああだこうだと文句を言いながらも、

 

 じっと耐え忍んでいても。


 それでも一日一日をなんだかんだと過ごしている。


 だから、そのコンプレックスが解消されるような日が来たら、自分という人間はどうなるのだろうと思うことがある。


 願い事が叶えば、悩みが無くなれば、人は幸せになれるのだろうか。



 昔から流れ星に3回お願い事をしたら、それを叶えてくれると言われてきた。


 現実、流れ星は願い事を叶えてなんかくれない。


 だけど、もし、もしも、流れ星が願い事を叶えてくれるのなら。




 ――俺(私)はその星に、何を願うのだろう。

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