夏の夜の悪夢 ①

俺は、最強暴走族、隼組に所属していた。


バイクを豪快に走らせ、よくタイマン張って喧嘩をしては、新聞やテレビでその名を轟かせた。


隼組は、巷で有名いた。


俺は家庭環境が悪く、親からの愛情を知らずに施設で育てられた。

それまでの俺は、万引きや暴行、窃盗まで何でもした。未成年飲酒やタバコまで何でもやってきた。


そんな俺を拾ってくれたのは、隼の一員の、君嶋という男だ。


君嶋は厳つい顔をして怖かったが、路頭に迷っていた俺を手厚く面倒見てくれた。


君嶋は、いつも爽やかで、ムードメーカーだった。

彼は、金髪のツーブロックアップバンクヘアに、派手派手なアクセサリー、華やかなパンクファッションをしていた。



俺は、愛に飢えており、彼のことを救世主と感じた。

黒灰色だった俺の世界は、光が差し込みカラフルに変貌を遂げた。



俺は、仲間が出来、花火を撒き散らしながら走り、速度違反でパトカーに追われるのは、日常と化し、酒やタバコの他に薬物にも手を染めるようにもなった。

非行に非行を重ね、馬鹿やって悪ふざけして、女にモて青春を過ごした。



そんなある日、君嶋が殺されたという訃報が流れた。


鉄パイプで殴られた君嶋の遺体を目にした時、俺の思考は全停止した。



一週間経っても、一ヶ月経っても、犯人の目処は全くつかなかった。


俺は、無理して平穏を装った。

あれ以来、俺は全ての気力を失った。


それから、自首し非行から足を洗い、刑務所で過ごすことになった。


君嶋との思い出が俺の脳裏をぐるぐる駆けめぐる。


一緒に悪ふざけし、笑い馬鹿やったあの日に戻りたくもなった。だが、時折感じた君嶋の深鬱そうなあの顔を忘れられないー。


二年の刑期を終え、刑務所を出て重機関係の仕事に従事していたある時だった。




俺は、仕事帰り隼組の仲間だった二人組と遭遇した。

村崎、柿崎の二人だ。

この二人は、特に癖がつよく仲間を翻弄していたのを覚えている。


軽く近況報告し合い、俺はビルの陰へと招かれた。



「なぁ、喜多村、戻ってくんないかな…?」

村崎が、親しげに話しかけた。調子が良いのは、相変わらずだ。

「悪いが、それは出来ないんだ。」

俺は、唇を噛み締め首を横に振った。

「やっぱり、君嶋か…?」

「あぁ、君嶋は俺の恩人なんだ。君嶋が死んだら、すっかりどうでも良くなって…」

俺は、済んだ目で青空を眺めた。

「あぁ、そうか。お前も、そっち側の人間なんだな…」


「なら、お前も消すしかないのかな…?」

村崎のその言葉に、俺はハッとし彼の方を向いた。

「え…どういうことだ…!?」


「殺した…!?君嶋を…なんで、あんなに仲良くしてきたじゃないか…?」


「いや、なんつうか、脚を洗おうって、言うんだよ…」

柿崎が、タバコをふかしながらダルそうに話した。

「そうそう、抜けようとして…」


二人は、顰めっ面で眉を寄せている。


「何でだ、ずっと、仲間だったろ…!?」

俺の声は、裏返った。


ーと、背後からゴンと鉄パイプで頭を強打された。


「おま…っ…」

おれは、脳髄に強烈な痛みが走り大きくよろけた。


「さようなら、喜多村シンヤ君。」

振り返ると、そこにもう一人、人がいた。


「きさ、ま…」


俺の意識は、朦朧としていく。


そこで俺は、ハッとした。

今まで足を洗った者は、次々と行方不明になり焼死体として発見されたのは、コイツら三人組の仕業なのだろうか…?


奴等のやることは派手だ。

きっと、派手にリンチしコンクリートに詰め込むなり地面に埋めるなり、水に落とすなりしたことだろう。


三年前の仲間の焼死体も、コイツらの仕業だろう。


だが、奴等は頭脳犯だ。

証拠隠滅に長けている。



奴等獣三人組の嘲笑う不気味で下劣な笑い声が、こだまする。


俺の頭をパイプで何度も何度も叩く、俺はそこで意識を失った。



気がつくと、当たりはすっかり暗くなっており、俺の身体は山奥の橋から突き落とされ、水底に沈んで行った。


俺は、カナズチで泳ぐ事が出来ない。


その上、脳髄がズキズキ痛むー。


悔しいような怒りの気持ち、失意の念が複雑に絡み合った。



ーちきしょう!



気がつくと、俺はさっきいた筈の橋の上にいた。



ーどういうことだ…!?




すると、急に青磁色の光が走りセピア色に、走馬灯が流れた。




ーああ、これは死のサインなのだな…



聞いたことがある。

人は死ぬ直前か死んだ後、死神が走馬灯を流し、あの世の何処の階層に飛ばそうか検討するのだと…


今、死神が俺の経歴を見て、俺が何処の階層に向かえば良いのか、じっくり検討しているのだろう。


殺人は犯してはないが、万引きや窃盗を繰り返してきた。


俺は、きっと地獄に飛ばされることだろう。


ーいや、待て…俺は、まだ、やり残したことがある…!!



「喜多村シンヤ、お前を迎えに来た。」


背後から、少女の俺を呼び止める声が聞こえてきたが、俺は怒りに震えそれどころではなかった。


俺は、怒りでわなわな震えた。

空を滑空し、一瞬で山を抜けた。


ーと、そこには黒いハイエースが見えた。


ナンバーを見て、俺はハッとした。



ー何で、こんなヤツらが生きていて俺がこんな目に…!?



僕は、あまりの理不尽さに怒りを歪ませ、ハイエースの脇を強く蹴った。


ハイエースは、大きくよろけ対向車側の向こうの崖下まで大きくスリップした。


そして、俺は更に大きく蹴りを入れようとした。




ーと、右肩を大きく掴まれる感覚を覚えた。


「見つけたぞ、喜多村シンヤ。」


ハッとし声のする方を向いた。


振り返ると、そこには大きな鎌を担いだ少女が、立っていた。


彼女は、玲瓏とした涼しげな顔立ちをしていた。右頬に、薄ら火傷のような痣があったが、それの存在を掻き消するかのような、美貌である。

棒球帽を被り、黒く艶やかな髪をポニーテールにして束ねていた。



ー死神か…!?



僕と同じ位だろうかー?



「全く…手間掛けさせやがって…」


その少女は、眉をしかめながら深く澄んだ声を発した。


その、妙に落ち着いた雰囲気に俺は違和感を覚えた。


彼女は淡然としていた。

見た目に反して、成熟した大人のようなそんな落ち着いた余裕を見せていたのだ。

年相応の少女というより、幾千もの辛苦を経験してきたかのような、何かを達観したような奇妙な雰囲気を醸し出している。



彼女は、死神だろう。


かれこれ、100年以上は活動してきた筈だ。


死神の深く大きな栗色の目が、こちらを捉えた。


「私は、死神の黒須だ。お前を迎えに来た。これから、霊界へと案内する。」


「ちょっと、待て…俺は未だ、やり残したことがあるんだ!」


「喜多村シンヤ、18歳。20XX年、5月11日、午前10時20分38秒42、M県S市希望が丘病院生まれ、202X年、7月7日、午後19時50分48秒52、M県S市OダムのM川で溺死。」


死神は、淡々と僕の生没年月日を読み上げた。


「だから、待てって、言ってんだよ!時間をくれよ!」

俺の声は、裏返った。

「時間…?そんなものは、もう無いよ。猶予は、与えた筈だろ?」

黒須は、表情を微動だにせずじっとこちらを向いた。

「待て、村崎や柿山、伊村はどうなるんだよ…?このまま、野放しにする気か…?」

「彼らは、いずれあの世で裁かれる。」

彼女は、妙に落ち着き払ってそれが、俺を益々イラつかせた。

「お前に、アイツらの何が分かるんだよ…?」

俺は、派手に歯軋りをし強く舌打ちした。

「罪を重ねると、階層が段々、下がっていくぞ。悪霊には、なりたくないだろう?」

黒須という死神は、相変わらず顔色一つも変えず、淡々と話す。

「アイツらは、必ず裁かれるんだよな…?」

彼女が死神なら、奴等三人の顛末も分かっている筈だ。

「ああ、彼らは、死後、必ずそれ相応の制裁を受けることになる。殺人を犯した者は、煉獄に落とされ閻魔大王に裁かれる。」


「奴らは、これからどうなるんだよ?幸せに長生きするのか…?俺の遺体が、あの山奥の川底にあるんだ。俺の他にも沢山行方不明者が居たし無惨な変死体だってあるんだ…」

俺は、眉間に深く皺を寄せ早口で捲し立てた。

「済まないが、それは、言えない。禁止事項なんだよ。だが、六道輪廻、因果応報という言葉がある。奴らは、相当な罪を重ねてきたから、それ相応の報いを受ける筈さ。」


黒須という死神は、冷淡に事の顛末を説明した。それが、妙に気に食わなく何処と無くいけ好かない。


「何なんだよ…それ…」


俺は、益々脳に怒りが湧き上がってきた。

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