悪魔のゆりかご ⑤

サトコの放った弾丸は、眩い乳白色の光に包まれ、ケイタの額に当たった。


光は、キラキラ輝きケイタを優しく包み込んだ。


そこで、サトコは生前の女子高生の苦悩が、走馬灯のように浮かび上がってきた。


これは、自分が想像しているものとは異なるのは、ハッキリ分かった。今まで、感じたことのない苦悩と怒り、悲しみ、そしてささやかな至福のひとときだ。


高校のバレー部の部活動で、熱心に練習していた時の思い出。彼女は不器用でおどおどしており、だが、容貌と愛想が良い。それで、一部の男子生徒からモテるも、先輩らはそれを快くは思わなかった。好きな人を取られたと、因縁を受けた。その男子生徒は容姿端麗な生徒会長である。それからというものの、先輩らから罵倒され雑用扱いを受け、熱湯を掛けられた。周りは味方はいない。

彼女は、大人しくていつもビクついて言いなりになっていた。

弄られ続け、不器用ながらも健気に頑張った。


彼女の数少ない友人は、ゲームの世界のプレイヤーだった。

ゲームの世界は、唯一の居場所だった。

彼女はファンタジーの世界に没頭し、ゲームにのめり込んだ。

そんな中、ゲームのリリースが中止になり、少年との交流が途絶えた。

唯一の手掛かりは、球団名とゼッケンナンバーだった。


そして、彼女に対する虐めが徐々に苛烈さを増していき、そして限界が来て、自ら命を落とした。



サトコの胸の内部から、熱いものがじわりじわりと込み上げてくる。

自然と涙が頬を伝える。


ケイタの身体の中から、女子高生の霊が抜け出て、彼はぱたりと倒れた。


「ごめんなさい。私は、嬉しくて、ケイタ君に感謝したかっただけなの。ネットのゲームで繋がって、一緒に遊んで楽しかった。彼は、私の唯一の友達だった……でも、私の心の弱さで……」


女子高生の霊は、すっかり正気に戻っていた。


「分かってる。だがな、お前は、死んでるんだ。ここに長いしてはいけない存在なんだ。それは、分かるよな?」


霊魂は、現世に留まり続けてはいけない。

その成れの果てが黄魔だ。

黄魔とは、霊魂が浮遊霊や地縛霊として留まり続け、臨界に侵食されてやがて魔力を得た存在だ。魔力を得たら、理性を失い生前の記憶を失い、好き勝手暴れ他の死霊を喰らいつくしてしまう。それが凶暴化した姿が邪鬼と呼ばれている。


「うん。自殺した私の心が弱かったのは分かるの。だけど、ありがとうが伝えたくて…」


女子高生は、涙を拭った。


「他に、言い残したことは無いか?」


「大丈夫。感謝の気持ちを伝えてくれれば、それでいい。ケンタ君に会えて、良かった。」


「じゃあ、お前を連れてくぞ。」


女子高生は、頬に涙を流しなが、無言で頷いた。

黒須は、深鬱そうな表情をしている。眼を細め、無言で鎖を収めた。


鎖が解け、消えていく。

彼女は、幾人もの迷える魂らを葬ってきた。

この鎖の中には、その魂らの強い想いや思い出が込められている。


黒須は、鎌を携え女子高生の首を一瞬で、狩り切った。


女子高生の身体は、一緒で光の泡粒のように無数に飛散した。


黒須は、胸ポケットから案山子型の人形を取り出した。その人形は、パックリ口を開くとその光の泡粒を吸収した。案山子型の人形は、それを吸収するとたちまちサイズが人型増大した。



彼女は、煉獄行きだろうかー?


薄暗く寂しい虚無な世界へと、一生、落とされてしまうのだろうかー?


生前、あんなに苦しみ続けたのに、苦しみから逃れた後、死後もこうして苦しみ続けるのだ。


理不尽に思えてならないが、これがルールというものなのだろう。


サトコのすぐ側にいる幽霊の少年は、終始涙を浮かべながらガクガク震えていた。


サトコは、悟った。彼は、兄が心配なのだ。心配で、成仏できないのだ。彼にも、何か生前に兄に言い残したことがあるのだろうかー?兄と、何か喧嘩でもしたのだろうかー?

黒須はそれを悟ったのか、少年を優しくなだめた。

「ああ。彼は、大丈夫だ。お前も、こんな所にずっといてはいけない。何か、伝えたいことがあるか?」


「うん。」

少年の霊は、涙ぐみ頷く。


「お姉さん、力になってくれる?」


「え…?うん…分かった。」

サトコは、悟った。少年は、自分に憑依してケイタに伝えようとするのだ。


「五分が限度だぜ。それが過ぎすと、お前の心の色相が徐々に濁って成仏が難しくなる。」

黒須は、少年に念押しをした。


少年は、頷くとサトコに憑依した。

サトコは、ゆっくりと少年に歩み寄る。


ケイタは、目が覚めハッと飛び起きる。


少年の霊は、サトコの身体を使い自分の思いを伝えた。


「お兄ちゃん、ごめん。あの時、謝れなくて。お兄ちゃんが大事にしていたボールどっかにやって、喧嘩したよね。だから、こうして出てきた。お兄ちゃんなんか、もう要らないだなんて、言ってしまってごめん。つい、かっとなってしまってて…」


サトコの目から涙が溢れた。


「ヒロユキ、ヒロユキなのか…?」

ケイタは、ハッとし大きく瞳孔を見開いた。


「うん。僕だよ。先に死んで、ごめんね。僕、生まれ変わってもお兄ちゃんの弟で、また、一緒に野球がしたいな。」

サトコのその声に、ケイタの目から大粒の涙が溢れ出ては頬を伝った。


「ボールは、ちゃんと、ここにあるよ。それに、こちらこそ、ごめんな。あんなにキツく詰め寄って…お前、病気だったのに、それに気付いてあげれなくて、ごめん。」


ケイタは、落ちてある野球ボールを拾って見せた。


「あと、伝言なんだけど、お兄ちゃんのゲーム仲間の女子高生のお姉さんが、感謝の気持ちを伝えたいって言ってた。死んじゃってごめんって…」


その言葉に、ケイタはハッとした。


「あの人、死んだのか…?」

ケイタは、瞳孔を大きく揺れ動かした。


「そろそろ、五分になるぞ。」

黒須が懐中時計を確認しながら、時刻を伝えた。


「あ、お兄ちゃん、ごめん。僕、そろそろ行かなきゃ。今まで、どうもありがとう。生まれ変わっても、一緒に野球やろうね。」


サトコは、そう言うと大きく手を振りその場を後にした。


ケイタは、瞳孔を揺れ動かしながら、立ちすくみじっとサトコの背中を見つめていた。


黒須は、少年の首を狩り切った。それから、光のシャワーになり、黒須の小さな人形の口に吸収されていった。


「じゃあ、行くぞ。」


黒須は、空間に大きな円を描いた。

彼女につられ、サトコもあとをついていく。


ケイタは、大丈夫なのだろうか?と、気がかりだ。

彼は、自分を強く責めたてたりはしないだろうかー?


「彼なら、大丈夫だ。今は、そう信じるしかない。私らには、どうすることもできないからな。」


「うん、そうだね。」

サトコは、弱々しくも頷く。


幽霊にも熱い思いがある。

彼等にも、それぞれの人生がある。

彼等は、それぞれ伝えたい強い気持ちがあり、成仏ができないのだ。


死者には、それぞれ、楽しい思い出や苦しい思い出、苦い青春時代や、怒りや悲しい出来事があるのだ。

自分の仕事は、死霊を倒すことではなく、心を浄化し無事にあの世へ送り届け、新たな転生への手伝いをすることなのだ。

そう思うと、サトコはもっと死者の気持ちに寄り添いたくなり、自分の使命について考えるようになっていったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る