蝉の抜け殻・死神の輪舞曲 ②

私は、ベットで頭が全身が鉛のように重くなる。

全身の熱は、みるみる軽くなるー。

咳も吐血も。全くない。

死期が、すぐそこまで差し迫ってくるー。


例の死神が、私に話していたのを思い出す。


セピア色の走馬灯が頭駆け巡る時は、死神がその人の過去を覗いてどの階層に魂を送るかジャッチしている時間なのだ…


ー嫌だ、このままでは、終わりたくない!!仇を打つまでは死ねないー!!


「ねぇ、ここに居るんでしょ?まだ、やり残したことがあるの。このまま死ぬだなんて、悔しい…」


すると、鎌を持ち深々とフードを被った、奇妙な死神が、私の目の前に現れた。


「わかった。少し、君の寿命を伸ばす。期限が、365日だ。その代わり、君に代償を支払ってもらうことになるがね。」


「代償…?」


「ああ。魂の階層レベルが、少し下がる。極楽浄土に行くはずが、煉獄に近付くんだよ。本来の天命の摂理に反するからね。無理に変えた代償だよ。転生までの期間もその分、少し長くなる。ま、それだけなら、まだマシ。だけど、決して犯してはならない約束事がある。」


「それは、どんな約束なの?」


「人を殺すことは許されない。天命の摂理に反した上に、人を殺めるんだ。大罪だよ。もし、その約束を破ったりしたら、君は悪霊になり、最悪鬼化してしまう。鬼化したら、邪鬼として永遠に煉獄または地獄を彷徨い続け、転生も望めない。永久に閉ざされたジメジメした世界の中で、極寒や灼熱、飢餓に苦しみ続け、負の記憶、負の感情に支配され続け、人の魂を貪り続ける存在になってしまうんだ。」



死神は、口元が微かに右に偏りを見せていた。


「例え、どんな恨みがあろうが、殺してはいけないの?」


「ああ。もし、仇を打ちたいのなら、殺人以外の方法をとることだな。邪鬼になるのは構わないって言うのなら別だけどね。」


私は、彼を見て何かざわつく。


少年か女か分からぬその中性的な死神は、悪戯っぽく悪魔のような奇妙な微笑みを私に向けた。


死神は、パチンと指を鳴らした。


時は、再び動き出した。


掛けられている振り子時計とカレンダーに目をやる。


今日は、8月18日。午後12時5分だ。


今から丁度1年後のこの時刻に、例の死神が、また私を迎えに来る。


その時が、本当の死だ。


私の病は、すっかり楽になった。

私の身体は自然と身軽になり、熱も治まり咳き込む事も吐血する事もなくなった。


兄や姉たちとは、とっくに冷え切ったような関係だったが、私はどうでもいいことだった。


私は犯人探しに精を出し警察にも相談したのだが、なかなか手がかりらしきものは掴めないままだった。


何も状況は好転せず、一年が経過しようとしていた。


もうそろ、期限が来るー。

迎えの時間は、差し迫ってくるー。


私は、唇を噛み締めカレンダーを睨みつけていた。



そんなある日のことだ。

私は、とうとう秀樹を殺した犯人を突き止めた。

その日は、丁度、秀樹の命日だった。


あの頃、被弾した秀樹の傍に落ちていたキーホルダーとそっくりの模様の看板を路地裏で、見かけたのだ。


キーホルダーの菊のマークと、看板の菊のマークが一致している。


私は、窓からその組の状況を伺い耳をすませた。

どの組員も、秀樹の事を悪口雑音に語っており、私は強い怒りを覚えた。


彼らを見て、私はハッとした。昔、秀樹とやり合った敵対する組織のグループだ。

かつて、秀樹は私に言っていた。


このグループだけには、決して近寄るなとー。



秀樹を殺したと思われる男が、得意気に事の詳細をペラペラ話していた。


この顔を見て、私は目を疑った。秀樹と、交流のあった男だ。私も、彼からよく可愛がってもらっていた。


ーコイツは、スパイだったのだろうかー?


私の怒りは、沸点に達した。



ーダメだ、ダメだ、ダメだ、人を殺しては、ダメなんだ…。



だが、気づいた頃には、組員全員死んでいた。アジト全体が火の海になり、地獄の業火が建物を覆った。


私の怒りが火山の噴火の如く爆発してしまったのだ。


ー私が、全員殺したのだろうかー?


全身に強い熱を帯びてくる。喉が焼けるように乾いてくる。


ふと、鏡に映った自分を見て、悲鳴を上げた。

額から、角が生えている。

耳と爪が魔女のようにとんがり、目がみるみるとんがってきた。


「何、これ…」


私はガクガク震え、地べたに膝をつける。


あの日、死神とした時の約束を思い出した。


ー決して、人を殺してはならない。


ー殺してしまったら、最悪、邪鬼になり、永遠に魂を貪り苦しみつづけるー。


だが、ハッとした時には手遅れだった。


私は、邪気になろうとしていた。


ガタガタ震え、瞳孔をピクピク揺れ動かした。


と、目の前に例のフード姿の死神が姿を現した。


「あ、ねぇ、わたひひ、わ…」

もう、まともに声も出せないでいた。頭が回らないのだ。


もしかして、邪鬼とは言葉をも失ってしまうものなのだろうかー?


「どうやら、君は、約束を破ってしまったみたいだね…」


例の死神は、表現や喋り口調を微動だにせず悪戯げな笑みを浮かべているー。


その悪魔の笑みから、私は直感で何かを悟った。


「わ、わたしを、ためひたの…?なんで…?」


「私の趣味は、人間監察でね。弱い人の心の有り様を、醜く進化する有り様を眺めているのが、好きなんだよ。」


死神は、どこかで終始私を観察し続けていたと言うことなのだろうかー?


私は、強い怒りに燃え、目の前の死神に襲いかかり噛み付こうとした。


だが、私はオレンジ色の焔に包まれ動きを封じられた。


私は、野獣のような雄叫びを上げもがき苦しんだ。

喉は、カラカラに乾き熱く、口から黒い焔を吐き散らした。


もしかして、私は、コイツの手のひらで私は踊らされていたのだろうかー?



フードの死神は、緋色の瞳を細め口元を右に歪め左右非対称な奇妙な笑みを浮かべていた。

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