新たなる道標 ②

サトコは、工場から帰ると施設に戻り自室のベットで横になった。


黒須と仕事をしていく事で、サトはパワーをもらったかのような強い刺激を覚えた。その不思議な力は身体の芯からマグマのように湧き上がり、あらゆる事に対して前向きになれ自信が持てるようになっていったのだ。



サトコは、ふと考えることがある。自分は、一体何者でどうしてこうしているのだろうとー。親に恵まれず、見捨てられ、学校でも職場でも上手くいかないー。自分は、煉獄のような場所を、泥濘のような道をひたすら歩き続けている。歩いても歩いても、泥は足にまとわりつき行く先を阻もうとしている。

しかし、それでも自分はこうして生きている。

それは、何を意味し、これから先どう進んで行けば良いのか、どう頭を捻らせ悩んでみても皆目分からなかった。


ふと、サトコは、暖かく優しい温もりのようなものを感じた。

既視感のような甘い声が囁いてくる。


「…トコ…」

ふと、暗闇の何処からか甘く優しげな声が木霊してきた。

「サトコ……」

月夜の暗い空間を、蜂蜜のようなねっとりした甘い声が優しく木霊する。

眼をゴシゴシ擦り、辺りをキョロキョロ伺うも声の主は何処にもいない。



サトコが不思議に思い首を傾げると、いつの間にかすぐ目の前にはセーラ服姿のサエコがいた。

「サエコ…?」

サトコは、ハッとし身体を起こした。

「サトコ、ごめんね。私のせいで、苦しみ続けて…」

サエコは、眼をうるうるさせ申し訳無いような複雑な表情をしていた。そこには、懺悔と憐憫のような意味深な感情が交錯していた。

「サエコ、サエコなの……?」

サトコは、眼を大きく見開きサエコをまじまじと見つめる。

「私よ。サトコ。あなたは、今までよく我慢してきたね。偉いわ。」

サエコは、優しい声でサトコの頭を撫でた。

「……」

「私の為に、今まで苦しい思いを辛い思いをさせてしまってらホントにゴメンなさい。私は、ホントに、何で馬鹿な事をしてしまったのかしら…」

サエコの頬から、涙が滴る。サトコの胸から、水蒸気のような熱いものが湧き上がった。サトコの胸の中は、驚きと歓喜の気持ちで満たされた。

「……」

「いいのよ。サトコ。私は、あなたをずっと見守っているから。」

サエコは、眼を細め優しい笑を浮かべるー。


サエコは、ゆっくりこっちに顔を近付けるー。


サトコは、金縛りにあい身動きが全く取れなくなった。身体に重い鉛のようなものに包まれるかのような感覚を覚えた。



否ー、違うー。サエコは、そういう利己的な人なんかじゃないー!


「サトコ…」


サエコは、目の前まで来るとサトコの布団の上にのしかかって来た。下半身は、押しつぶされたかのような強い圧のようなものを感じた。



ーこの甘ったるい声は…間違いなくアリアだ…!


「あなた、あなたは、アリアなのね…?」

サトコは、上半身をめいいっぱい仰け反らせた。

「あらサエコでも、アリアでも、別に何の違いは無いじゃない?私は私なのよ。」

アリアは、ふざけたかのような悪戯っぽい口調で笑った。

「アリア…何で、何しに来たの……?」

サトコは、困惑と怒りのような感情が入り交じった。

「あなた自身の秘密を教えてあげに来たのよ。」

「秘密……?」

「あなたは、どうやら自分が何者なのか分からないようね。」

「な、何言ってるの?意味分からないよ…。」

「アオイは、黒須のかつての友人だった人よ。今は、煉獄の樹海でずっと眠らされているけどね。」


煉獄という言葉は、黒須から聞いた事がある。



アオイは、黒須の友人だったのか…黒須の大事な過去に関わる重要な人物なのだろうかー?



「アオイは、抜け殻のような状態なの。一応、眠っているようだけどね。」


アリアは、ゆっくりサトコに近づいてくるー。

「嫌だ、嫌だ……私は、そちら側なんかじゃない!」

サトコは、声を震わせる。

「サトコ、来るのよ。」


アリアは、眼を細めてサトコに近付く。


サトコは、眼を丸く開いて戦慄する。

「あなた、アオイの亡くなった双子の妹の生まれ変わりなのよ。」

「生まれ変わり…?」


「アオイには、双子の妹がいた。生き別れのね。」

アリアは、話を続けた。

「どういうこと…?私と、何の関係があるの…?」

何故かは分からぬが、サトコはザワザワした不安なものを感じた。

「ある日、貧乏で可哀想な姉妹ともに遊郭で働く事になった。二人は仲が良く、楽しい時も悲しい時もずっと一緒にいたの。だけど、悲劇が起きた。妹は、客に気に入られ買われていったの。」

アリアは、得意げに話した。

「…だ、だから、」

不安は、益々強くなっていく。

「でも、それが現実なの。そんなある日、妹はいざこざに巻き込まれ殺されたのね。」

「そんな…だって、私には記憶なんか無い!今の私しか分からないから…」

サトコは、声を荒げで激しく頭を横に振った。

「ええ。誰もがそう言うのよ。だって、前世の記憶がある人は極稀だもの。皆、今が充実していれば、それでいいのよ。前世がどんなに悲惨でもね。」

アリアは、サトコに顔を近づけると優しく額を撫でた。

「……」

サトコは、言葉が出なかった。

身体を強く震わせ、脳内の全思考が真っ白になった。


ー何なんだろうー?この奇妙な既視感はー?


アリアは、徐々にサトコに詰め寄る。

「さあ、そこで、どうしたと思う?」

「やめて…」

悪戯げにニヤけたアリアの顔は、すぐ目の前まで迫ってくる。サトコは、ギュッとキツく眼を閉じた。

「前世のあなたは、裕福な家庭に引き取られた。だけど、どうしても自分を買った男が許せなかった。あの男は、表向きは良い人だけど…裏では、強欲で乱暴で色々と酷い人だったのよ。」

「……」

「あなたは、半年くらい我慢して過ごしたわ。そして、あなたはとうとう我慢ができなくて、その男を殺したの。男の胸に果物ナイフでひとつき。」

「……やめて」

「そして、あなたは荷物を纏めて館を逃げた。しかし、3日後捕まったわ。そして、檻に入ったの。そして、その一週間後、男が抵抗した際に出来た頭の傷が致命傷になり、あなたは命を落としたわ。可哀想にね。」

アリアが、徐々に重りのように重くのしかかってくる。

ー否、アリアの身体が重くなってきているようだ。

「嫌だ、嫌だ、そんなのなんか、知らない。今の私は今の私だもの。」

サトコは、再び激しく首を横に振った。ひたすら拒絶し、眼をキツく閉じ続ける。

「でも、それが現実なの。あなたはそれで因果応報にかかりこうして今のあなたがここに居るわけ。」

「嘘よ……」

「あなたの不幸は前世のあなたがばら蒔いた種なのよ。」

アリアは、クスクス嗤った。


その時ー、サトコの頭の中で薄っすらと不確定な記憶のようなものが脳裏を駆け巡った。


それは、稲妻に打たれたような強い衝撃だった。頭の中で、光のバチバチと強い刺激が駆け巡った。


サトコは、意識が眩く真っ白な世界に包まれた。

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