絵画の中の女の子 ⑦

その軍服姿の少女は、人間の姿をしているが人間ではない。100年以上の間、 ずっと歳を取ってはいない。

外見は10代半ばくらいだろうかー?しかし若者特有のあどけなさやフレッシュ感は全くなく、荘厳とした落ち着きをみせていた。それどころか、パイプを咥えて煙を吹かせていたのだ。

少女は、土砂降りの中を平然と立っていた。傘を刺してはおらず、服や髪はまったく濡れてはいない。

周りは、少女が見えてないようだった。

少女は、抱えていた分厚い本を拡げるとぶつぶつ呪文を唱え指をクルッと回した。


すると目の前の空間に亀裂が

生じ、赤い円陣が出現した。

少女は、その摩訶不思議な円の中に入った。

「ふう…ここが、臨界という所か…」

少女は、年寄り臭い佇まいで制帽を被り直し円の中に足を踏み入れた。



サトコと黒須は、ひたすら草原の一本道を歩き続けた。

サトコは、黒須がさっきからずっとピコピコ鳴らしている無線型の測定器が気になっていた。

「黒須、さっきから何持ってるの…?」

「ああ、これか?これは霊波を測定する機械だよ。旅館にいた時、こっそり測ってたんだ。あの、女将さん、取り憑かれてそうだったから。」

黒須は、時折内緒にする事がある。秘密主義なのだろうかー?黒須は、何か重要な事を抱えている。サトコは、黒須との間にバリアのような硬い膜がある感覚を覚えた。サトコは、何処かしらに胸棒が突っかかるようなざわざわしたものを感じてしまうのだった。


すると、辺りの靄は徐々に強くなっていった。そして、2人は森の中へ入っていった。


歩いていく度に、サトコは強い吐き気や目眩に襲われた。さっきから、人の泣き叫ぶ声や赤子の声、憤怒の雄叫び……サトコは、強く耳を抑えて頭をもたげた。

しばらく歩くと、遠くの方から人の姿が見えてきた。

そこには、防空頭巾やもんぺを身に纏い丸くうずくまり怯えている少女、バブルを彷彿とさせる派手な格好の女や、ごく普通の真面目な雰囲気のサラリーマンなど、あらゆる時代を彷彿とさせる者達が、悲しみ怒りさ迷っていた。


奥の大樹の側で、女の人がぐったりともたれているのが見えた。サトコは、その姿を見ると再び胸がざわつき始めた。

そこには、幼い頃に自分を捨てて出ていった母親の姿があった。

「お、お母さん……、何でこんな所に…?」

サトコの心は、驚きと、懐旧、憎悪の感情とがぐしゃぐしゃに目まぐるしく入り交じっていた。

「お母さん、何でそこに…?」

サトコは、母親に近づくと再び問いかける。

しかし、母親はじっとサトコを睨みつけるだけで無言でブツブツ何かを呟いていた。

「サトコ、五分だけなら待つぞ。しかし、それを超えたらタイムリミットで永遠にこの森に閉じ込められてしまう。」

黒須は、懐中時計を確認するとついている丸いボタンを押した。ストップウォッチ機能でもついているのだろうかー?

「…」

サトコは、足を止め固まった。

「どうする?」

「待って。もう一度話をしたい。」

心臓がバクバク音を立てる。過去に自分に当たり散らし、そして自分を施設に預け蒸発した実の母親がすぐ目の前にいる。

サトコは、ゆっくり母親に歩み寄る。手は、汗で塗れぐっしゃりしていた。


サトコは、恐る恐る母親に話しかけた。ここで、話し出来るうちに母親の気持ちを聞き出したかった。サトコは、もう逃げないと決めたのだ。

「…お母さんだよね?」


母親は、サトコの声に軽くのげぞるとじっと顔を上げてサトコを睨みつけている。


「……」


「…お、お母さん、私だよ。サトコだよ…何で、こんな所に居るの…?」

サトコは、自分の母親の気持ち大体分かっていた。母親は、自分に大して一ミリも愛情が無かった。

「お母さん、だよね…?」

サトコは、再び問いかける。


すると、母親は鋭い眼差しで自分を睨みつけ奇声を発した。サトコは、そのガラガラとした獣のような雄叫びに強い不安を覚えた。

「…お母さん、私を覚えてる?」

サトコは、再度尋ねてみた。しかし、母親は鋭い形相をすると再び奇声を発しサトコに小石を次々と投げつけてきた。


急激に様変わりした母親に、サトコは絶句した。

覚悟はしていたのだが、ここまで薬物でもやっていたのだろうかー?精神疾患を患ってしまったのだろうかー?

確かに、憎くて仕方なかった親だが、いざ、自分の母親がすっかり訳も分からない状態になっており、サトコは唖然としショックで涙が溢れ出てきた。



絶望を感じ、自分なんて生まれてきたのが間違いだったのではないかと、思わざるを得ない。

「……」

サトコは、母親に背を向けた。

そして、黒須の隠れている木の側まで歩いた。母親は、未だに奇声を発し小石を投げつけてきた。


「駄目な魂なんて、存在しない。皆、ちゃんと意味があるんだよ。あんたは、他人を想いやれる優しい心を持っている。お前は、今まで耐えて頑張ってきたんだ。だから、お前の幸せを願っている人が現れる筈だよ。」

黒須は、強い口調で言った。

サトコは、その言葉に涙が溢れ出そうになった。

「…そうだね。」

サトコは、震えた声で答えた。


自分は、沢山苦しんできた。

負を沢山背負ってきた分、これから幸せが待っている筈だ。

まず、自分がこれからどうしたいのかが一番大事なのだ。

サトコは、涙を拭い前を向いて歩いた。

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