絵画の中の女の子 ③
「サトコ!!!」
サトコは、突然背後から手を引っ張られた。
ハッとし振り返ると、息を切らした黒須が睨みつけていた。
「あれ?私、どうして…」
「お前、引っ張られるとこだったぞ。」
黒須は、向こう岸を顎で指し示した。
「そこに、何かいたの…?」
サトコは、ハッと我に帰ると辺りをキョロキョロ見渡す。周りには、不穏な者は居ない。そして、不思議と身体から鉛の鎧が取れたような軽くなったような感覚を覚えた。
「お前、足元をよく見てみ。」
黒須は、懐中時計を前方に照らす。サトコは、灯りが照らされる方角へと視線を移す。
すると、鉄道の向こう側には崖が拡がっておりサトコはそこから落ちる所だった。
「…嘘…!?」
「ここは、霊道だぞ。こんな真夜中に一人でフラフラ来ていい所じゃない。」
「霊道…?」
「ああ。だから、この仕事は引き受けたくはなかったんだ。」
黒須は、顔をしかめると、サトコの手を引いた。
「霊道って、どんなとこなの?」
サトコは、よろけながら黒須の方へと歩いた。
「ああ、そこは…その名の通り霊が出る道さ。あの世とこの世を繋げる通り道さ。そこに、未成仏霊が行き来してるんだ。どこか冥道へと繋がってる出入口がこのあたりにある筈なんだよ。」
「こういう仕事は、何回ほど引き受けたの?」
「ああ。私は、今まで5回ほど引き受けたが、厄介でやりたくはなかったんだよ。どれも、危険過ぎて私もいつ巻き添え喰らうか分からなかった。」
サトコが、幼い頃に描いた絵は周りからいつも不評だった。
自分は、見たものをそのまま描いた筈なのに、周りは不気味がりサトコの描いた絵を頭ごなしに否定した。見えるのに、誰も信じてはくれない。
明るい日向の世界の人間は、影の世界の事など知る事はなく、知った所で拒絶するものだろう。
多数派は正義でありいつも正しい。これが、彼等の常識なのだ。少数派の事など知らなくてもいい。少数派の住人は、多数派に受け入れられる為に本来の自分を捻じ曲げ心を偽り無理して多数派を演じる。そうする事が運命だと分かっていても、今までの人生、自分の中では納得がいかない事が多かった。
「黒須といて、何か、落ち着く。私はずっと自分が変だと思ってずっと孤独だった。自分だけ見えて感じるのが辛かった。」
サトコは、黒須に笑顔を見せた。初めて黒須と会ったあの時から、自分は何か心が救われたのだと、直感でそう思った。
「当たり前だろ。私は、死神だぞ。何年、この仕事をしてきたと思ってるんだよ。」
黒須は、照れくさそうにぶっきらぼうに言い放つ。彼女は、感情表現が苦手なようだ。
すると、その時、サトコは全身に寒く冷たいドロドロしたものが身体を包み込むような感覚を覚えた。
「何か、この辺りゾクゾクするんだけど…」
「ああ…お前の勘は当たってる。ここは、人が来ていい場所じゃない。霊が仲間を集めていやがる。引っ張られたら、最後だ。」
黒須は、眼を細めて辺りを睨みつけていた。そこまで、真剣な眼差しの黒須は、初めて見た。
「やっぱり……私、ずっと具合が悪くて…あの、絵画の少女がさっき、そこにいたの…」
サトコは、ガタガタ震えながら身体を丸めた。霊障が、既に来ているからなのだろうか?これほどまでにゾクゾクしたのは、初めてだ。
「絵画の少女か…?あの子が、さっき踏切にいたのか?」
「うん…」
「私の予想だが……あの旅館全体が霊の溜まり場になってる。いや、もしかして、このあたり一帯が、そうかもしれないな…」
「あの絵に、あの絵に何かあると思う…」
「ああ。多分だが、あの絵は霊の通り道になってる可能性が高いな。」
「あの旅館の従業員は、取り憑かれてるんじゃないの…?女将さん、明らかに変な感じだったし……」
「ああ、まずは、あの旅館から調べてみないとな。明らかに強い霊気を感じる。あの絵画が何なのかを知る必要がありそうだ。早く、こことおさらばしたいとこだな。」
黒須は、眼を細めると懐から分厚い札を取り出しサトコに渡した。
「あ、コレは…?」
「コレは、お前を霊障から護る為のモノだ。無くすなよ。」
「ありがとう…」
サトコは、この辺りの霊気は尋常ではなく強くとてつもなく恐ろしい『何か』が潜んでいるような気がしてならなかった。
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