魔性の堕天使 ③

「さあ、崇めましょう。」

牧師は、不気味なまでに柔らかな声で少女を招き入れた。  

「では…」

牧師は祭壇に少年を横たわらせると、鈴を鳴らす。音の波は緩やかに拡がる。そして、辺りは樹木が生い茂り建物内を満たしたのだった。


最近、施設内の女の子の様子が変だ。


サトコはその子に声を掛けても、彼女はウントもスンとも言わず、いつも決まった時間に真っ直ぐ何処かへ向かう。


そして、その女の子は決まった時間に戻ると顔色は青ざめやつれているのだ。

何が、あったか尋ねると満面な笑顔で今日起きた事を話すー。


友達と遊び疲れていると思っていたが、あかねは、何処かしらに邪気のような不穏な空気を漂わせていた。


あかねは、無理はしてない様子であるが、サトコは彼女の見た目と言動のギャップに矛盾を感じるようになったのだ。

「あかねちゃん、今度、私も一緒について行っていい?」

サトコは、不安げになりあかねの顔を覗きこんだ。

 すると、あかねは顔を濁らせる。

「ダーメ!秘密なの!」

「あかねちゃん、さあ、そろそろ夕飯の時間よ。手を洗って。」

台所から藤巻の声がした。そこから、ザクザクと硬い物の切れる奇妙な音がした。

  

サトコは、直感で悪霊か魔物の仕業だと思い、次の日こっそりあかねの後をついていく事にした。


しばらく真っ直ぐ歩くと、あかねは急に姿をくらました。


「あかねちゃん…」


サトコは困り果てると、仕方なく通信機で黒須に連絡を取ることにした。


しかし、繋がらないー。


電源は、満タンに入れてきたばかりである。


サトコは、頭を抱えると辺りは霧に包まれ目の前に教会がそびえ立つているのが見えた。

 サトコの身体は、自然と教会へて向かい扉を開けたのだった。


「あの…」

扉を開くと、中から女性の牧師が出迎えてくれた。

「おや、また、迷える仔羊がいらっしゃいましたね。」

「違います…ここに、あかねちゃんが来てますよね?毎日通ってるって…」

サトコは、ハッと我に返り激しく首を振って恐る恐るあかねの事を尋ねた。

「ああ、その子ですか?その子なら、いま、幸せな一時を過ごしてますよ。」

牧師は、口元を緩ませると大聖堂の端のベンチでぐったりしているあかねを見つけた。

 あかねは、ベンチに座りながら笑っていた。向かいに木々が生い茂っており旗から見たら奇妙な光景であった。


「あなたは、何を求めますか?幸せな家庭ですか?それとも、青春ですか?」

牧師は、穏やかな声でサトコに話し掛けた。

「ふ、ふざけないでください!最近、あかねちゃんが変なんです。連れて帰りますからね。」

サトコはそう言うと、あかねのそばまでに歩き身体をゆすった。

「あかねちゃん…あかねちゃん…」

しかし、あかねの目にサトコは映ってはおらず何もないところでブツブツ呟きつづけている。


「では、貴女も幸せな一時を過ごしますか?」

 牧師は、鈴のような物を携えシャンシャン鳴らした。

「…え…?」

 音の波動が波のように広がり、サトコは、その瞬間現実と幻の区別がつかなくなった。


中学の教室で、サトコはみんなに囲まれて誕生日プレゼントを貰っている。陽気で賑やかな朝である。サエコもその場にいて、サトコを祝福してくれる。サトコは、プレゼントの中身を確認すると、中からぬいぐるみが出てきた。

「わあ、ありがとう。ユリベア大好き。ずっと欲しかったの…」

そこには、朗らかで楽しい日常があった。

 

そして、場面は変わりサトコは、ベットの上にいた。


アラームが午前七時を指しけたたましく鳴り続ける。サトコはアラームを消すと、制服に着換え鞄に財布や教科書、スマホや筆記用具を詰める。


そして、下の階からベーコンが焼かれる香ばしい匂いにつられ、サトコは階段を降りた。

「おお、サトコ、おはよう。」

父親が新聞を拡げて、コチラを向く。父親は、脚を組む癖や髪を掻きむしる癖がある。

「おはよう。サトコ、何時まで寝てたの?遅刻するよ。」

母親は台所で、三人分の弁当を作っている。

「おはよう。」

サトコは、席に座ると味噌汁を飲んだ。味噌汁は暖かく体の芯まで染みわたるー。ベーコンに箸をつけ、ご飯を書き込む。どれも温かく心から熱いものが込み上げてくる。


ご飯を食べ終わると、洗面所に行き身支度をする。

「サトコ、これ持って行きなさい。何やってんの?」

母親は、サトコに弁当を渡すとセーラー服の襟を直した。

「ありがとう。」

サトコの口元が緩んだ。

サトコが、玄関を出ると

門の前でサエコがいた。

「サトコ、おはよう。」

二人で自転車を漕ぐと、高校の門まで入った。

「おい、お前ら、遅刻だぞ!」

角刈りの厳つい体育教師は、声を張り上げた。


二人は廊下を歩き、教室に入る。各教室から、明るい声が響き渡る。

「サエコ、サトコ、おはよう。」

クラスメイトが明るく出迎えてくれた。

「ねえ、ねえ、体育祭なんだけど、出し物何にするかと、あと予算考えないとなんだよね…だけど、みんなマチマチで考えまとまんないよ…」

ムードメーカー的なポジションの女子が、アンケートをペラペラ捲り困り果てていた。

「まず。来る人が喜ぶ物を考えよう。そして、みんなが満足するように。待って、私いい案考えてきたから。」

サエコは、微笑みかけた。

「やっぱ、学級委員長は違うよねー。」


みんなで談笑する。



 そこには、普通の人が当たり前に感じているであろう、ごく普通で幸せな日常があるー。




ートコー!

ーサトコー!

すると、何処からか、自分の名前を呼ぶ声が響いてきたー。

空からだろうかー?

しかし、空には誰もいないー。


ー何…?邪魔しないで!


サトコは苛立ち首を激しく横に振った。


ーサトコ!

自分の名を呼ぶ声は、益々強くなってくるー。

「うるさい!邪魔しないで!」

サトコは、声を張り上げた。

 すると、周りはキョトンとしサトコを見ていた。

「サトコ…?」

「ごめん、何でもない…」



「あ、私、いいの思いついたんだけど…」

グループの内の一人が、

「何、何…?」

再び朗らかな空気に戻る。


樹木のが生い茂る大聖堂の中で、黒須はサトコの身体をゆすった。

「サトコ、サトコ、おい、しっかりしろ!」


「では、あなたにどんな幸せを与えましょうか?」

牧師は、鈴を携え黒須に詰め寄る。

牧師の目は、金色になり白目は黒くなっていた。肌は浅黒くなり樹木のような材質になっている。


黒須は、眉間に皺を寄せギッと牧師を睨みつけた。

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