哀愁のレコード ①
サトコは助手席で、黒須の運転する車に軽く項垂れていた。精神的な披露と肉体的な疲労が二重に押し寄せ、どっしりした高密度の重い胸の痛みも感じた。
車はしばらく走ると、森の外へと出た。
「これで、君とはお別れだ…」
黒須はそう言うと、車を停め助手席のドアを開けた。
「黒須…」
サトコがそう言いかけるが、胸に言葉がつっかえて出ないでいた。
「サトコ、ついでに私といた時の君の記憶も抜いとくー。霊障に合わないようにする為だ‥」
黒須はそう言うと、サトコの額に手を当てた。
「待って…!」
サトコはわけも分からなく、急に声を荒らげた。
ふと、黒須の被っていた帽子が強風に飛ばされた。
そこでサトコは黒須の顔を初めてしっかりと見た。長身で落ち着いた印象とは裏腹に、少女の様な顔立ちをしていた。黒須の目は金色に光っていた。
額は段々熱くなり、青磁色の光に包まれサトコは眩しさに目を覆った。
サトコが目を覚ますと、そこは真っ白な空間が拡がっていた。自分は病院のベッドで身体中が石のように硬くなっていた。
「サトコ…」
自分の周りを施設の施設の人達が自分をお見舞いに来てくれていた様だった。
「サトコちゃん、無事でホントに良かったわ。」
寮母の藤巻が、目に涙を浮かべている。
彼女は、自分にとって母親のような存在であり、いつも献身的に支えてくれている。
「藤巻さん、私はどれくらい寝てた…?」
「五日間だよ。」
藤巻は、そう言うとお茶の準備を始めた。
「…え、たったの…!?」
サトコは驚いた。自分は随分長く寝ていた様な感覚がしたのだ。
三日後ー、サトコは再び職場で仕事を再開する事になった。
職場は不思議な事に何もなかったかのような日常を取り戻していた…
更衣室に向かうと、桜庭と木村、ともう一人の社員に遭遇し、サトコの胸はざわざわした。三人は駆け寄り、涙混じりに声を高ぶらせている。
「白田~!心配してたんだよ…」
「そうそう…ずっと来ないし、この先どうなるんだと…」
「そうそう…ホント、無事で良かったよね…」
明らかに3人はわざとらしかった。彼女達はサトコの事を本当に心配しているのではなく、サトコが死んだら自分達のせいだと言う、罪の意識から開放された安堵感もあったのだった。サトコはそれを感じ取ったが、それを表に表す事なく軽く返事をし、ロッカーのドアを開けて制服に着替えた。
とあるショッピングセンターの一階の突き当りで、赤いトレンチコートを着た中年の女がラジオを抱えてベンチに座っていた。女は落ち着いた雰囲気を漂わせており、口に赤いリップを付けていた。時刻は9時45分位になっていた。終了のメロディーが館内全体に拡がっていた。
すると、ラジオの中からバブルを連想させるようなノリノリなロックの曲が流れてきたのだった。
目の前のロッカーがカタカタと、激しく音を立てていた。そのガタガタは次第に強くなっていくー。
すると、ロッカーから、テープでぐるぐる巻になったマネキンが姿を現した。そのマネキンは昭和のレトロな雰囲気を連想させるものだった。
「進一…進一なの…?」
女がラジオを抱きながらベンチから立った。
「…ごめんね…こんなに老けちゃった…31年ぶりね…」
女は涙を流している。
その不気味なマネキンは、ギコギコ音を立てながらゆっくり女に近寄るー。
「…ひと、み…か…?」
マネキンはギコギコ音を立てながらボソボソ話す。彼の身体の関節から、所々にキシキシとテープと針金の音が漏れてくる。
「…そうよ。ヒトミよ。覚えてくれていたのね…」
女はそう言うと、マネキンに近寄りハグをする。
「ヒトミ…会いたかったよ…ずっと探していたんだ。」
「…そうなの…?」
ヒトミは涙を流した。
「ヒトミ…俺達、ずっと一緒だよ…」
その不気味なマネキンは、口をぎこちなく動かしヒトミを強く抱きしめた。すると、館内全体の電気がバチバチと強い音を立て、激しく点滅し、そして暗くなった。
館内にはホタルのヒカリが流れており、ラジオのロックの曲は不快な不協和音を旋律させていたのだった。
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