Rainbow

ミヤギリク

邂逅(1)

 そこは、果てしなくつ大海原だった。



黒髪の少女が、






海が広がっている。


















女はふる震えながら尋ねた。

「あなたは、何者なのー?」

 少女は一瞥すると、無言で立ち去った。





夕暮れの空は真っ赤で、異世界のような彩りを見せていた。町は赤、青、黄、緑など、煌びやかな浴衣が町を彩る。着物を着た女たちの繊細な笛の音が鳴り響く。半被を着て熱っ気を帯びた男たちが汗を流しながら、山車の上で団扇を仰いでいる。そんな中、白田サトコは大雑把に束ねた髪に、くたくたの半袖とジーンズ、微かに土がこびりついたスニーカーという、場にそぐわないラフな恰好をしている。左手には、飲み物の缶が沢山入ったビニール袋をぶら下げている。サトコは右ポケットから携帯を取り出すと、仲間に電話を掛ける。

「もしもし、桜庭さん?白田ですど・・・、皆さん、今どこなんですか?」

「えー、白田ー!?あ、今ーーーで、―ーーだから、ちょっと待ってて。」

はっきり向こうの声が聞こえるが、人込みでかき消されうまく聞き取れない。移動するにも身動きが取れない状態だ。

「すみません、ちょっと人ごみで・・・」

サトコが言い終わるや否や、電話はがシャリと切れた。サトコはここ、1時間以上前から、待ちぼうけを食らっている。何度もメールをしたが、返信が来ない。サトコはため息をつくと、暇つぶしに携帯をいじることにした。まったく、何が楽しくてこんなのに付き合わされるのだろう。サトコは祭りについてきたことに後悔をした。


「キャーーー!」

 急な悲鳴にサトコはのけ反った。後方では人々が縦横無尽に逃げ惑っているのが見える。サトコも逃げようとビニール袋を持つが、人にぶつかり缶がゴロゴロ転がり出てきた。気配を感じ振り向くと、暗かった視界がいきなりまぶしく照らし出された。


 


 とある不気味な森は果てしなく雑木林が生い茂っていたー。昼間なのに真夜の如く暗く静かで、微かに梟の鳴き声が聞こえてくる。まるで魔女の呪いにかかったかのような森である。その小道を少し通りぬけると案山子がぐったり下を向いて立っている。表情はどこか虚ろである。その奥には小さな畑と古びた丸太小屋があった。小屋の脇には錆びれた看板や材木などが乱雑に置かれてあった。小屋の前で一人のヤンキー風の女がしきりにドアを乱暴に叩いている。

「おい、黒須、いるか!?」

扉がキーキー音を立て、奥の方から、痩せた長身の女が出てきた。

「なんだよ・・・、こんな時間に。ちゃんとインターホン鳴らせって言ってんだろ。」

黒須はけだるげに瞼をこすり、あくびをしている。

「こっちは、ずっと残業続きで・・・勘弁してもらいたいぜ。まったく。」

ヤンキー風の女は、相当イライラしている様で、

「もう、10時をすぎてるよ!そろそろ時間だぜ。」

と、足踏みしながらまくし立てている。黒須はタバコを灰皿に置き、呑気にコーヒーをすすっている。

「青木は今日から、自殺霊担当だってな。このご時世だもんなぁー。ーで、私はどいつの担当なんだっけ。」

黒須が鞄から書類を取り出し、ページをめくった。

「ほう。こりゃあ、相当若い。18手前だとよ。ーで、こいつの死因は・・・」

青木がハッとし、せかせか話し始める。

「それどころじゃないぜ、この前アリアがまた復活したってよ。」

黒須が眉間にしわを寄せ、マグカップをテーブルに置いた。

「ちょっと待て。奴は110年程前に時雨が浄化した筈じゃなかったのかよ。あの化け物、出てくるとかなり厄介なことになるぜ。」

青木が、ため息をつく。

「大体、上層部の連中、無責任過ぎるんだよ。曖昧な情報ばっか与えるもんだから、こっちがとばっちり食らう羽目にー。」

黒須は遠くを見るような目をし、煙草にライターの火をつける。

「仕方がないさ。私と時雨の様な者に関してはねー。」

青木は溜め息をつき、ボソッと話す。

「大体、あんたらは死者に肩入れし過ぎなんだよ…。」

 その時、インターホンの鳴る音がした。黒須が扉を開けると、そこにはげっそり痩せ細った女が、ゼーゼー息を切らしてよろめいていた。

「時雨!」

黒須が抱き抱えると、時雨は苦しげに声を振り絞る。

「上層部が襲われた…、もう、皆食い殺された…。奴が来る…、ごめん、私のせいで…。」

時雨の身体は徐々に干からびていく。

「バカ、しゃべるな!」

黒須は慌てて時雨の胸に手を当てる。そこから火花のような光線が緩やかに波打つ。時雨は必死に声を振り絞る。

「多分、効かないと思う。奴の呪いは破れな、いよ…。」

効かないー。時雨の身体は一瞬に粉と化した。

 




 白田サトコはいつもの時間に起きて、いつもの時間にに顔を洗い、いつもの時間にごはんを食べ、歯を磨き、そしていつもの時間に学校へ向かう。最近手足の痺れがひどいー。左半身が思うように動かせない。ズキズキ頭も痛む。その上皆、自分を無視や嫌がらせをしているような気がする。誰も挨拶もしてこなく、しても返さないのだ。食事の時もサトコの分だけ用意されてない。この前も、部屋に自分の写真が飾られてあり取り払おうとしたら、写真立てはビクリとも動かなかったのだった。職場や学校でも同じ嫌がらせを受ける。それは、この前の夏祭りの後からずっと続いていたのだった。

 今日は、幼馴染のサエコの命日である。ちょうど四年目にあたる。サエコは明朗かつ聡明で、サトコとは正反対な人物であった。サエコは美少女で、華があった。サエコの周りには常に人がいた。サトコでさえもサエコの近くに行くと、雑念が浄化され、心地良くなる。サエコはサトコの怒り、哀しみ、迷いを全て受け止める。そんなサエコは健気であったが、謎の死を遂げ、帰らぬ人となった。サエコの直接の死因は分からない。ただ、サエコは自殺したのではないかと、言われている。サエコは何をするにも完璧であったから、毎日が退屈すぎてへきへきしていたのかもしれない。もしかしたら、サエコにとって自分は足枷であり、それが彼女の重荷になっていたのではないかとサトコは悩み苦しんだ。もっとサエコのことを理解してあげればと、今でも後悔している。

 サトコは勤務場所の工場へ向かう。サトコはゆっくりゆっくり深呼吸をしながら、自転車をこぐ。通勤途中、時折高校生を見かけると心臓がグサリと突き刺さる。サトコは今年でちょうど18になる。サトコは親に捨てられた身である。サトコは親に公立一本だけ受けさせられた。しかしサトコは勉強に適性がなく精神的な疲労もあり、学力は相当落ちぶれていた。そんなことからサトコは公立落ち、中学卒業共に夜間の学校に通いながら、昼間は働いている。複雑な家庭環境からサトコは人間不信になり、周りと距離を置くようになった。その上、口下手で不器用であった。職場では孤立し、居場所がなかった。やる仕事も単調な作業ばかり押し付けられ、暇な毎日である。子供のころは、色んな夢を思い描き、サエコとあれこれ語りあった。しかし、そのサエコはもういないー。どうして神様はサエコを死なせ私を生かしたのだろう。何で私から色んなものを取り上げるのだろう。神様は理不尽だ。サトコはそう思いながら、ただひたすら自転車を漕ぎ続ける。早くこんな牢獄のような生活とおさらばしたいと思いながらも、臆病者なサトコは逃げ出す手段が分からなかった。早くこんな地獄から抜け出したいが、新しいことに恐怖を感じているのだった。

 広々とした休憩室で、従業員の賑やかな話し声が飛び交っている。寒空の朝日が容赦なく差し込む。外からは鳥たちの元気なさえずり声が聞こえてくる。サトコは朝日に背を向け、いつもの椅子に腰を降ろした。サトコの左斜め向かいの席で、女がポツンとコーヒーをすすっていた。歳は20代後半から30位だろうか。色白かつやせ細っており、まるでマネキンのようである。右頬には薄っすらと火傷のような跡があり、それを前髪で隠している。髪は無造作に後ろで束ねている。いつも黒のセーターにジーンズを着ている。彼女は生き返った死人のような独特の雰囲気があった。

 時間が近づき、サトコは着替え仕事についた。サトコは重い足取りで、現場のリーダーの木村恵美子の所に行く。木村が今日の作業内容を指示している。サトコはこの女が苦手だった。各自持ち場に移動し、作業を開始する。サトコはただ黙々と紙袋に商品を詰め続けた。作業が終わり、休憩に入る。サトコは自販機で紅茶を買い、すすった。太陽が執拗にサトコを照らしている。時々泣きたくなることがあった。しかし、どうあがいてもこの惨めな毎日が続き、日に日にそういう思いは薄れていった。サトコの心は鉛の塊となった。

 休憩を終え、サトコは木村の元に行く。木村はカチャカチャ執拗に機械をいじっていた。どうやら故障したみたいだ。近づくと、前に新入りが割りこんできた。サトコは感じ悪いと思いながらも、次の作業工程を尋ねた。

「すみません・・・、作業終わったんですけど・・・」

しかし、木村は山田の方を向き、ぶっきらぼうに話した。最近こんな調子が続く。木村は嫌な女だが、仕事の時は流石に無視はしない人だった。

「山田、黒須の所から、螺子をもらってきて。」

「あの・・・、黒須さんってどういう人ですか?」

木村はイラついた様子で話す。

「痩せ細ってて、右頬に痣がある人よ。」

(ああ・・・、あの人か。)

新入りは言われるがまま、黒須の所に行った。なぜか理由は分からないが、サトコの胸はざわついた。山田の後についていくことにした。奥の狭い部屋に入ると黒須が一人で黙々と部品の洗浄を行っていた。

「すみません・・・、螺子を欲しいのですが。」

黒須は無言で棚の上にある箱を手渡した。サトコは一瞬、彼女と目があった。彼女は軽くこちらを睨んでいた。何かを伝えようとしている気がした。とてつまない重力で押しつぶされるようなそんな圧迫感があった。サトコは息苦しくなり、足早に立ち去った。

 今日も仕事が定時に終わり、サトコは施設に帰る。こざっぱりした古臭い居間の隅で、猫が丸まりうとうとしている。台所から、カレーの匂いがする。施設の子供がカレーを運んでくる。子供は無邪気な笑みを浮かべカレーを頬張るる。この笑みを見るたびにサトコの胸から何か熱いものがが込み上げてくる。しかし、サトコは弱みを見せまいと、無理にツンと澄ます。サトコはカレーを黙々と食べ、シャワーを浴び、床につく。毎日毎日救いようがない毎日の繰り返しーーー。

 

  しかし、そんな日常は今夜打ち砕かれる事になるーーー。


 

 サトコの意識は遠くなっていき、何処かにフワリと吸い込まれる感覚がした。

 

「おはようー」

懐かしい声がする。目の前にはサエコがいたー。しかし、サトコにはそれが当然のように感じられた。

「学校遅れちゃうよ。」

サエコが急かす。

サトコは昼間は働いている。高校生ではない。

しかし、サトコは普通に制服に着替え鞄を持つ。寝癖を梳かし、自転車を漕ぐ。空気が何故か新鮮に感じられた。二人は自転車をこぐ。

 サトコは言い出しづらそうにくぐもった声を絞り出した。

「ごめんね…、私のせいでだよね…」

 サエコはきょとんとした顔をした。

「え、何の事?』

『え…、だって私のせいで、辛くて自殺したんでしょ……?」

「そんな事ないよぉ~、サトコで嫌な思いした事なんてないんだよ?むしろ、感謝してるよ。」

 サエコは微笑む。

「ずっと一緒にいてくれてありがとう。先に死んでごめんね。私が何かお詫びをしなくちゃね。」

「…………………」

 サトコは安堵の涙を流した。

サエコの栗色の髪が風になびいている。川の土手には野球少年達が汗だくでジョギングをしている。そして長閑な田園風景を目にする。何より風が心地よい。校門をくぐり、教室に入る。サトコの後ろの席にサエコが座る。同年代の若者が黄色い声をあげ、はしゃいでいる。チャイムが鳴り響き

、先生が教室に入る。皆一斉に席に戻る。ーーーと、激しくベルのような音が鳴り響く。教室がざわめく。ーーーそこで元の世界に戻った。

 翌朝、サトコは気持ちが良かった。まぁこれが現実だと、サトコは半ばがっかりしたのだった。

 でも、夢の中にサエコが出てきた!サトコの脳内で作り上げた都合のいい夢の中でも、再会して誤解を解いたという安堵感があった。

 サトコは工場に向かう。工場内ではざわめきたっていた。近くにいたがたいのいい女があわてふためき右往左往していた。恐る恐るくぐもった声で、サトコは訊ねた。

「何かあったんですか……?」

女はサトコを無視し、

「まさか、サトコの呪いじゃないでしょうね…。あんなことがあったから嫌がらせを…。」

と、声を震わせる。

サトコはカチンときた。これはあんまりだ。

 そこは狭い作業部屋だった。入り口付近には黄色いテープが貼られており、立ち入り禁止の看板がぶら下がっていた。此処で作られた食材が無数にストックされており、辺り一面に白い煙が舞っている。蛇口の水滴が虚しくピタピタこだましている。その奥では、三人の女が倒れていた。ふと、サトコの頭の中でキーンと音が突き抜けたー。

ーデジャブだー。最近見たような…。

 沢山の野次馬が見物に来ている。

「もう、死んでるのよねぇ。」

「やっぱりあの子が仕返しに来たのかしら。」

と、ため息混じりに話している。

 急な事態にサトコの脳は混乱し、追い付けないでいた。




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