牛丼チェーン『ライク屋』異世界店
味噌汁粉
ドワーフ村店
牛丼チェーンに入ったことのない奴って、どれくらいいる?
まあ、あんまりいないよな。いないって前提で話させてくれよ。
いやさ、俺、ちょっと前からバイトしてるんだよ、牛丼屋で。
で、ひと通り仕事を憶えた頃に、新店舗できるからそこに移ってって言われてさ。
まあ、早い話、その先が異世界だったんだよ。
「らっしゃっせー」
自動ドアの開く音に、俺は条件反射で声を出した。
どやどやと入ってきたのは、五人のずんぐりした、背の低いおっちゃんたちだ。
確かドワーフって言う種族のはずで、おっちゃんの見た目でも俺より若い奴とかがいたりするから、こういう新しい店を見ても警戒心より好奇心が上回る、らしい。
なんか店長がそんなこと言ってた。
「おう、兄ちゃん牛丼頼むわ。とりあえず、ひとりひとつな」
先頭に立ってたドワーフが指を一本立ててそう言い、カウンターの椅子にどっかと座った。
外食ギョーカイがいつから異世界に展開するようになったのか、俺はよくしらない。てか興味ない。
こうやってドワーフのおっさんが牛丼を慣れた顔で食いに来ていることが現実だ。
俺は丼に米をよそって、鍋から具をすくって米の上に盛り付ける。
席の配置とか、日本にあるままなんでドワーフには狭そうな気がするけど、まあ向こうが気にしてないようだから良しとする。つか固定された椅子だから移動もできねぇんで、距離を広げろって言われても困るんだけどさ。
「お待たせしました」
俺も慣れたもんで、さくさくと牛丼を置いていく。
右端に座ってるドワーフが、いぶかしげっていうのか? なんかそんな顔で玉ねぎをつまむ。
「何じゃこの色は。腐っとるんか」
「煮てあるんだとさ。色はショウユとかいう豆のソースのものらしい」
「ソースにしてはとろみがない。けったいなことをするもんじゃな」
真ん中に陣取った、慣れた顔したドワーフが右端の、ひときわヒゲの派手なやつに説明しているみたいだが、右端のヒゲはそれでも微妙な顔をやめない。
「だいたいな、肉は焼くものだろ。しかも牛だと?」
「そうなあ、牛の肉といえば年を食って固く筋張ったやつと相場が決まってるが」
「よくわからん白いのと一緒に、器に入れただけじゃないか。しかも水切りもせずべしゃべしゃと……わしらドワーフは他の種族に比べて丈夫なのは確かだが……雑なもんでいいという意味ではないだろ」
へーい、雑ですんまへんなぁ。
右端につられたか、そのとなりの眉毛が長すぎて目を隠してる奴まで文句を言い出し、さらに左端の、声が高い早口が続いた。
真ん中のはもうかっこみ始めているあたり、文句言いなのはこの客達の日常っぽいなこれ。
左から二番目、赤ら顔のドワーフは瓶を取り出して牛丼にかけようとしたのを、左端に止められた。
「何がどう変質して毒になるかわかったもんじゃない、酒をかけるのは後からでもいいだろ」
「この茶色い液体から、酒の匂いがする。これは酒をかけて飲むもんだと思う」
「いや、食いもんですから」
俺は思わずツッコミを入れてしまった。
いっせいにこっちを見るドワーフたちの視線に一瞬たじろいだけど、まあいいかと思ってざっと説明することにした。ドワーフの多くは牛丼なんてこの店ができて初めて見るわけだし、説明も仕事だって言われてたのを今更思い出したわけじゃないからな、一応。
「えっと、肉を煮込んだのを、煮汁ごと米にかけて食べるんっす。
煮込むのに使うのは、醤油っていう、大豆からつくった奴とか、ちょっとのお酒とか、あとまあいろんな出汁や砂糖っすね」
「砂糖!」
右から二番目、眉毛の奴が片方の眉を跳ね上げて騒いだ。
「砂糖だと! なんと、そんな高級品を使ってあるというのか!」
「あー……そうなんっすかね」
そういや砂糖の袋に『上白糖』とか書いてあるのを見た気がする。上とか書いてあるからには上等なもんに違いないと信じて、俺はテキトーに頷いた。
眉毛はわなわなとふっさふさの眉を揺らす。
「まさか、そんなもんを、煮汁に入れるだなどと……うぅむ、確かに甘い!」
汁に小指を漬けて、それをなめた眉毛はもう見た目から震えている。
大丈夫かこれ。
救急車とか呼んだ方がいいんじゃないか? てか、ここ救急車来てくれんの?
「長老、体に毒ではないですかな? なんならわしが代わりに食べて」
「いや! これしきのことで! わしは大丈夫じゃ、わしの分はわしが食う!」
真ん中の、連れてきた奴がにやにやと眉毛を見る。眉毛は慌てて首をぶんぶんと振ると、スプーンでなるべく汁多めになるように米をすくい、恐る恐る口にした。
「!」
おお、眉毛のドワーフの目が見えた。
衝撃を受けたって感じの顔で、一口、また一口とスプーンを進めていく。
それを見て右端のヒゲが、意を決した表情で丼の中身を口の中に放り込む。
噛み締めた途端に、ヒゲは驚いたような声を上げる。
「ネギか!」
いやネギじゃないだろ、どう見たって玉ねぎだろ。
俺はツッコミそうになるのを自制する。よく考えりゃ玉ねぎだって「ネギ」に「たま」つけてるんだもんな、親戚みたいなもんか。
「火を通した甘みが、こんなにも力強い品種のネギは初めて口にした」
感慨深げに唸る、ヒゲ。
どうでもいいんだけど、箸、使えないんかなあ。いやまあ多分ドワーフたちは見たこともないんだろうってのはわかっちゃいるんだけど、スプーンは見てるこっちが慣れてないっつーか。
俺が教えることはできないし。俺、箸の持ち方悪いんだよ……。
「肉の臭みがせんのは、酒でとばしてあるからだな。柔らかいのも、酒の影響だと思う」
左から二番目の赤ら顔が嬉しそうにそんなことを言いながら、肉を歯で噛みちぎった。
いや牛肉って柔らかいもんじゃねーかなーって俺は思うんだけど。
豚肉とか鶏肉の方がかたいよな?
「砂糖を使っているのにその甘みは引き立て役にさせていると……この、塩よりも控えめで、風味の強い塩辛さは一体何が出す味なのか……」
いつの間にか、左端の早口は丼の中身を食い終わっていた。
ていうか早いなおい。さっき眉毛が口にするまで、真ん中以外誰も手を付けてなかったと思ったんだが。
「おう、にいちゃん。おかわり頼む」
「わしのも頼めるか」
「頼む」
「こっちのもだ」
「はい、すぐに……あ、丼は店のっすから、持ち帰っちゃだめっすよ」
眉毛さん以外、いっせいに追加注文。よく食うなあ。
ところで、牛丼の値段は銀貨二枚、らしい。
さすがに食い逃げされると俺ら店員には太刀打ちできないってんで、注文は銀貨と引き換えで渡すことになってる。
でもこの銀貨、いったいいくらくらいするんだろ?
「この……白いのが、米か。煮た麦に似とるが、柔らかいな」
麦飯ってことだろうか? 一応、うちの店、百パーセント国産米とか言ってた気がするんで、麦は入ってないと思うんだけどな。
「これは穀物だと思う。どうやって作るんだ」
「は? えっと……田んぼに、稲を植えて……」
聞かれたことに思わず答えたけど、俺はどこから説明すればいいのかわからなくなった。
だって、たんぼ? とか言い出されたんだから。
「あー、えー、んー……土を柔らかくして、種じゃなくてちょっと葉っぱがでてるやつを埋めて。そんで、その場所に水を張って育てるんっす」
「なんじゃと……!」
驚愕に目を見開いて、ドワーフたちは目を見合わせて何か耳打ちを始める。
な、なんか怖いなこれ、俺、変なコト言ったっけか?
「あ、種からどうやって葉っぱにするとか俺知らないんで!」
「いや……かまわん。麦と似ていると思ったが、まるで育て方が違うようじゃな。
穀物である以上、実り方こそ似ようが……そのような贅沢な方法、想像もつかなんだ」
眉毛が顔をゆっくりと横に振る。細かいこと聞かれないで済みそうで、俺はほっとした。
でもゼータクって、何でそんな言葉が出てくるんだ?
俺が首をひねっていると、眉毛も丼を突き出してきた。
「もう一杯、頼めるかの」
はい、ご注文ありっとーざーす。
そうして俺が新しい丼に米を入れた時、ドアが開く音がした。
「いらっしゃー……せ……」
首をそっちに向けると、ぞろぞろと。
椅子の数足りるのかって人数のドワーフが、次々と店に入ってきたのが見えた。
「長老、あんたが二杯目を頼むなんて、そうとう美味いもんだったんだな!」
「もう俺達も我慢できん、喰わせてくれ」
「こっちにも、同じやつだ」
「この野菜が多めにできんか?」
「汁が多いのが嬉しいんじゃがの」
「わし酒が欲しい」
次々と注文するドワーフたちに、しれっと赤ら顔が酒を注文する。
「は、はい、少々お待ちを……」
「なに、酒があるのか! じゃあこっちも酒だ」
「こっちにも頼む!」
「酒よりも俺は肉が多めがいい」
「この赤いのは生姜の加工品か! これをもうひと瓶くれ!」
「おおい、わしのはまだか」
「おかわり」×4
……あの、俺、ワンオペなんすけど。
あっちが追加でこっちがサラダで生中が……ええいとりあえず持ってくればいいか!
つか、最初のドワーフたちがまたおかわり要求してるぞ、どんだけ食う気だ?
「しょ、少々お待ちだっさーい!」
俺は、後から読み返して読める自信がないくらいにのたうったミミズのような字で注文をメモ書きをしながら、さっき考えたのと同じことを思った。
ここ、救急車来てくれんのかな……?
ともかくも、俺は次々と丼に米を盛り、具を乗せて机の上に置いた。
「あい、牛丼一人前お待たせっしゃしたー!」
……あ?
電気どっから来てるって……そりゃコンセントからっすよね?
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