677錠.救済
そこに救いはあるか
私がゆっくりと近づいてきた
コツ
コツ
足音をたてて
硬いガラスの上を歩いてきた
その顔は
微笑んでいる
優しく
哀れむように
『可哀想な私』
私は私とは違うほっそりとした指が綺麗な手を私にのばした
そうして
私の涙をそっとぬぐう
『大丈夫よ』
私は笑みを深めた
その目はとてもくらい
『大丈夫なの』
笑ったまま
『だってあなた、』
笑ったまま
『まだまだおちていけるわ』
私はうずくまった私から離れて
くるり
とんっ
裾を翻して
踊るように足を踏み鳴らした
応えるように
ガラスがひびわれる
赤い
赤い光が滲み出した
『ほぉら、よく見て』
私は藍色に塗られた爪が目立つ人差し指でガラスの下を指し示す
無数の段差
見覚えのある人たちが見上げてくる
『待ってるのよ』
私でも私でもない
たくさんの
『何故かって』
言わないで
『だってあなた、』
言わないで
『また来るって言ってたじゃない』
私がゆっくりと近づいてきた
コツ
どんっ
背を押され
赤い光に沈む階段へ転がり落ちる
歓迎するように
開かれたひびの中へ
私の足を掴み
這い上がる気力がほしい
『いってらっしゃい』
私は薬指に銀色の細い指輪をした左手をふっている
誰の贈り物
その姿を私は茫然と見上げた
『どん底がどこなのか』
段ばかりだと思っていたけれど
導くように手摺がある
『わかるでしょ』
知っている
『だってあなた、』
知っている
『行ったことがあるのだもの』
私は私に問いかける
「何度も傷を抉る意味があるの?」
『きっと救いがあるわ』
「傷を抉った後の救済は」
『とても幸福を感じるでしょうね』
「幸福がいるの?」
『いるわ』
「どうして?」
『だって私たち、』
「まだ生きていたい」
私は私にそう告げた
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