第44話 追憶 ~窓辺の風景~
しかし・・・
私は必死に、愛子のことを思い出そうとしましたが、
「・・・・・・」
なぜか何も思い出すことができませんでした。
愛子のことを考えれば考えるほど、なぜか瑞歩のことが思い浮かび、彼女が今九州で何を思い、どう過ごしているのかが気になり始めました。
おそらく私の思考回路は、過去へと通じるラインが混線しているのか、それとも愛子へとつながるラインが完全に遮断されているかのように、愛子のことを思い出すことができませんでした。
もしかすると、私が知らなければならない真実というのは、愛子の思い出を抱えたままでは、理解することも、受け入れることもできないとでもいうのでしょうか・・・
それはまるで、自分自身の精神を正常に保つために、無意識に防御本能が働いて、愛子へと通じる全ての記憶を消去しはじめているかのように感じました。
はたして、私は本当に真実を知らなければならないのかと、この期に及んでまだ尚、逃げ道を模索し始めようとする卑怯な自分を発見し、つくづく自分の事が嫌になりました。
しかし、今は自己嫌悪に陥っている暇などはなく、ありのままの自分を受け入れた上で、前に進まなければならないのでしょう。
私は『白鳥の里』を読み始める前と同じように、深く瞼を閉じました。
すると、不思議なことに愛子のことを何も思い出せずにいたのに、先ほどよりも雨脚が弱くなったおかげなのか、ひとつだけ記憶が鮮明に甦りました。
愛子と二人でよく聴いていた、歌を思い出したのです。
SING LIKE TALKINGの『追憶~窓辺の風景~』という歌が、ざわめく程度の雨音に混じって、微かに聴こえてきたような気がしました。
追憶 ~窓辺の風景~
歌 SING LIKE TALKING
作詞 藤田千章 作曲 佐藤竹善
外はいつの間にか土砂降りに濡れて
青褪めた記憶を呼び戻していく
あの頃は若過ぎたなんて
口にしてしまえば終わりになるけど
振り返らず出て行く背中を止めもしないで
煌めいた夏の日差しだけに縋り付いている
雨音までも聴こえない
めぐらせた通りに運ぶ風向きも
ほろ苦く残った夢の後味も
本当の手応えといえば
積み重ねたことが高く見えるけど
立ち尽くし留まる面影は儚い灯り
今日でさえやがて窓を伝い落ちる雫だと
知らされるとき
目に映る美しい出来事に心から
動き出せたことだけ忘れないで
振り返らず出て行く背中を止めもしないで
煌めいた夏の日差しだけに縋り付いている
聴こえたのなら
立ち尽くし留まる面影は儚い灯り
今日でさえやがて窓を伝い落ちる雫だと
目覚めたのなら・・・
まだ間に合う
振り返らず出て行く背中を止めもしないで
煌めいた夏の日差しだけに縋り付いている
聴こえたのなら・・・
私は瞼を開き、再び『白鳥の里』を読み始めました。
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