第19話 研修会 ー壱日目 夜ー




正面玄関にまわったら、玄関の戸に「無断外出禁止」と書かれた張り紙があった。

その戸を通り抜けるのは少し戸惑いがあったし、人の目もあるので、建物の裏をまわってみたら、緑の非常口ランプが照らす戸があった。

確認をしてみると、内側から2つのスライド式の施錠のみだった。しかも、鍵は開いている。


(……さっきの男達だろうか)


裏の戸を開けたら、その先にコンクリートの塀があり、人が抜けれる分のスペースがあった。

正面ほどではないが、人が1人分を余裕で通れる道だ。

成川が先導して進み、そこに立花、俺と続く。

そこを抜けた瞬間、ふと体に何か違和感を感じた。

何かを通り抜けたような不思議な感覚だ。



「……ん?」



何だろうか?そう思って振り返った瞬間見えたモノは――…



「 あーきら! 」



――璃音りののドアップの顔だった。



「うわぁああ!?」



真っ暗な夜道ということもあり、周囲に警戒をしていた。

だからこそいるはずのないモノがいて心底驚いた。

びっくりしすぎて腰が抜けそうだ。



「しーっ!ちょっと犀葉、見つかったらどうすんだよ」


「いや、だって、え、なんでいるんだよ!」


「 だって、瑛の使い魔だもーん 」


「いや、いつから!?つか、なぜ今でてくる!?――むぐっ」



後ろから首に抱き付いてきた璃音。

服装は先日宮司さんにもらった巫女の衣装を着ていた。

驚きと混乱で騒ぐ俺の口を無理矢理塞いだのは立花の乱暴な腕だった。



「うるせぇっつってんだろ結界だよ。あの寮には結界が張っていて璃音は入れない。結界の境界くらい気づけ馬鹿」


「…っ、お、おう」


「 そういうこと! 」



楽しそうに笑いながら、俺から離れて俺の横に並ぶ璃音。

ああ、さっきの違和感は結界の境界か。確かに神社で感じたモノと似ている。

意識すれば納得できた。

というか、立花の奴。俺に馬鹿とか言わなかったか!?

そう意識すると腹が立ってきたので、後ろから睨んでやった。



「ココ、かな?」



そのまま真っすぐ小道を突き当たった先に、一軒の古い家があった。

周囲が煉瓦で囲まれているが、古く崩れている物が多かった。

その中心にある古い建物。洋風の外観に、2階建てで横に広い。名の通り「屋敷」と呼ばれていい物かもしれない。

こんな物が伊勢にあるって、どうなんだよ。



「ひえー…これは怖い」


「ああ、いるな」


「ここからだと……3人かな」



すんすんと成川が鼻を鳴らす。

匂いでわかるって犬かよ。そう思いつつ、俺も屋敷を見る。

確かに空気は5月なのに寒気がするほど冷えきっている。

ふと2階の窓を見る。無人のため部屋は真っ暗で何も見えない。

しかし、その瞬間――闇の中の何かと、確かに目が合った気がした。



――にぃ



「……っ」



無人の家の筈なのに、確かに俺と目が合い、笑みが深まった。そう感じた。

途端にぞくぞくと悪寒が全身を支配する。

なんだ、一体なにがあの屋敷にいるんだ。



「うわぁぁあ!?」



突然、叫び声が聞こえてきた。

どうやら屋敷の中から聞こえたようだ。



「っ、どうする?」


「どうするって行くに決まってるだろ」


「ほら、行くぞ犀葉!」


「 こっち開いてるよー 」



ああ、俺の同期達は男前すぎる。

成川に背中を押されて、俺は璃音が見つけてくれた壊れた塀の隙間から中に入った。

屋敷の戸をゆっくりと押すと、戸はぎぃと重い音を立てて開いた。

ますます俺の不安を煽る音だと思いつつ、家の中を覗き見る。

勿論灯りはついておらず、窓から差す月の光のみが家の中を照らしている。

外観の通り、家の中も洋館のようだった。広い玄関ホールに、正面には階段がある。

無人の家ということもあり、埃臭い。



「怖ー…」


「負の心を持つと寄ってくるぞ」


「いつもの空元気はどうしたんだよ、犀葉」


「わ、わかってるよ!」


「うわっ!っ、テメェ!なにをっ!いってぇ」



突如上から聞こえてきた声に、びくりと肩を揺らす。

なんだ、なにか揉めているのか?

その疑問とほぼ同時に、無意識のうちに俺の足は階段へと向かっていた。



「おい、犀葉!」



後ろで立花の声が聞こえたが無視をして先に進む。

玄関の正面にあった階段を螺旋状に駆け上がると、部屋を結ぶ廊下に出る。

そこには――5人の男達がいた。



「おい、どうしたんだよ!」


「それはテメェだろ!」



2人の男が中心で揉めているようだった。

1人は馬乗りになり、暴れる両手を地面に押さえつけている。

残りの3人のうち、1人は尻もちをつけたまま、残りの2人も掴みかかっている2人に慌てて駆け寄っている。



「……なんだこれ」



あまりの光景に茫然と立ち尽くす俺。

そこに、成川と立花も駆け寄ってきた。



「おい、津堅!正気に……っ、戻れって!」


「お前がな!」


「青山!手を貸すぞ!」


「目崎!足を頼む!」



3人に両手両足を掴まれた男。

暗かったが、窓から差す月の光で顏はぼんやりと見えた。

揉める4人の中に入る勇気がなかった俺は、近くに尻もちをついたままの男に尋ねることにした。



「大丈夫か?」


「……っ、…霊が…」



ガタガタと震える男。

両手で頭を抱えたまま俯き、落ち着いて話をできる雰囲気じゃなかった。

今、「霊」と言ったよな?

つまり、「此の世ならざるモノ」がいるのか…?



「霊障か」



そう呟き、ポケットから塩水を取り出した立花。

俺も同じく塩水を取り出して、視線は4人から離さずに一呼吸。まずは状況を確認する。

取り押さえているということは、あの掴まれている人物が憑りつかれているのか?

暗い上にはっきりと顏が見えないので、俺は目を凝らすように集中させた。



「おい!俺じゃねぇよ!」


「手荒なことして悪いな、津堅!今からお前を正気に戻すからな!」


「ちがっ…」



1人の男がポケットから取り出したのは、液体の入った小瓶だった。

男は小瓶の蓋を開けて、押さえつけられている男に液体をかけようとする。

その時、馬乗りになっている男の口が、不自然なほど弧を描いたのがはっきりと見えた。

そくり、と悪寒が俺を襲う。



「おい!憑りつかれてるのは、乗っている男だ!」


「……え?……うわっ!?」


「 ヒヒヒ! 」


「そのまま頭下げとけよ!」



俺の言葉とほぼ同時に、乗っていた男が勢いよく顔を上げて、小瓶を持っていた男に掴みかかる。

しかし、それを制したのは駆け寄った成川の蹴りだった。

勢いのまま蹴られたせいで、乗っていた男は地面に転がり落ちる。



「大丈夫か!?」


「ああ、悪い…」



成川は小瓶を持っていた男、俺と立花は馬乗りにされていた男と足を押さえていた男の2人のところに駆け寄った。

俺と立花の方の2人は大丈夫らしい。怪我はないが、状況に唖然としている。そんな感じだった。

ゆらりと憑りつかれた男が起き上がる。

瞳孔が開き、まるで肩に力が入りきってないかのように両腕を垂らしたまま起き上がる。



「……青山」



小瓶を持っていた男がそう呼んだ。

しかし、誰がどう見ても異常行動を起こしているようにしか見えなかった。

完全に霊障だ。目の前の男は「此の世ならざるモノ」に憑りつかれている。

ゆっくりと起き上がった男は、まっすぐ俺達を見据える。

その瞳はらんらんと輝いているようだった。



「 ァ、ハハ!待ってたよ!ゲームをしよう!キミたちの中にボクが隠れるゲーム! 」


「はぁ?」


「 ボクはキミたちの中にしか入らない。それを見つけたら、キミたちの勝ちだよ。負けたら、体はボクがもらうね 」



まるで愉快犯だ。

ケラケラと笑いながら俺達1人1人を指差していく。

まるで、よく子どもの時にやった「だれにしようかな」と言われているようだった。

ああ、此処に来てからずっと鳥肌が止まらない。嫌な気配もどんどん増していく。

ゆらりと青山という男に靄が纏っているのがはっきりと見えた。



「 『かくれんぼ』、スタート 」


「――ふざけるなァ!」



突如そう叫んだのは、先程小瓶を持っていた時に襲われた男だった。

ポケットから取り出したのは、白い紙。

その紙を地面に置いた瞬間、その男の前に宙に浮いた液体が出現した。

液体はゆっくりと形を変えて、鋭く尖ったものに変形していく。



「おい!それ、仲間だろーが!」

 


俺が青山という男に視線をに向けると、ニタニタと笑ったままだ。

その表情に恐怖心はない。逆にその表情がさらにこちらの恐怖を煽る。

恐怖と混乱で男が式神で液体を発射した瞬間、ふと憑りつかれていた青山という男の体の力が抜けた。



「やめろ!」



咄嗟に駆け寄る。

あんな鋭い針を受けたら、死ぬかもしれない。せめて僅かでも動かせられれば!

そう思いながらも駆け寄ったが、どう考えても回避する時間がない。

ぎゅっと目を瞑り、衝撃に備えたが――それは自身の体を襲うことはなかった。



「 瑛。大丈夫? 」


「璃音!」



それを弾いてくれたのは璃音のようだ。

俺と式神を飛ばした男の間に立ち、右手首をまっすぐ前方に立て、首だけ俺の方に向いて声をかけてくれた。

璃音が守ってくれた、そう脳が判断した瞬間、俺は璃音に駆け寄った。



「璃音!怪我は?」


「 ふふ、ないよ。やっと役に立てたね、お兄ちゃん 」


「ああ、兄の面目丸つぶれだよ」



璃音に怪我がないと知り、ほっと息を吐く。

そして、俺は倒れている憑りつかれていた男に視線を向ける。

目を凝らすが、先程のように靄はない。

嫌な気配もこの男からはしない。

すると、成川と立花も駆け寄ってきた。



「ほんとにムチャしかしねぇな。はい、塩水」


「悪いな。――祓ひたまへ 清めたまへ」



そう言って、男に塩水をかけていく。

苦しむ様子をもないので、この男からは先程の霊は確実に離れていると判断してもいいだろう。

本当は邪気祓いができる神社に行くのが一番なのだが、今の状況では無理そうだ。

すると、4人の男達が俺達に歩み寄ってきた。



「おい、お前らは何者だ?邪気祓いを知っているなんて、どこの神社だ」


「開口一番にそれかよ。仲間の心配しろよ!」


「そして自分から名乗れ」



俺達の汚い言葉遣いに「お前ら、柄悪すぎだろ」と笑う成川。

いや、お前も失礼だよ、そう心の中で突っ込む。

すると、先程一番最初に押さえつけられていた男が、少しだけバツが悪そうにしつつ口を開いた。



「さっきは助かった、ありがとう。俺達は楓彩八幡宮そうさいはちまんぐうの者だ。俺は津堅つがただ」


「楓彩…?」



その言葉に反応したのは、珍しく立花だった。

ちらっと視線を向けると、眉間に皺を寄せて俯く。

なんだ、どうしたんだ、コイツ。

そう思いつつも、自己紹介を聞いていく。


一番最初に押さえつけられていたのが「津堅」、少し癖のある短髪に背も高い。奥二重瞼の少しつり目。名前と風貌が一致していない。

次に足を押さえつけていた男が「目崎」。背は俺くらいで、坊主頭に生気のない瞳。

次は憑りつかれた仲間に対して式神を使った男が「相良」。体格も良く、背も高い筋肉男。

部屋の端で震えていたのが「湯田」。背は俺よりも低く、小柄。小動物系。

最後に憑りつかれていたのが「青山」。背は俺くらい、他の特徴は、先程の印象が強すぎてわからない。



「お前らの奉職先は?」


「俺達は、桃華八幡宮だ」


「……桃華、」



俺が言葉を発した瞬間、明らかに雰囲気が変わった。

なんというか、俺達を見る瞳の色が変わったと言うべきか。

まるで仇を見るような目だ。



「じゃあ、立花さんの…」


「立花?」



そう首を傾げて、立花に視線を向けると、立花が珍しく俯いていた。

いつもなら「なんだよ、睨むな」とでも言いそうなのに。

すると、津堅は立花をじろじろ見て、見下すように鼻で笑った。



「ああ、キミのいろんな話はよく聞いてるよ。会えて良かった。よろしく」


「あ?」


「おい、やめろって」



怖い顔をしたまま津堅に歩み寄り始めた立花の肩を掴むが、すぐに払われてしまった。

しかし、諦めずにもう一度肩を掴んだら、今度は引いてくれた。

それにほっと息を吐く。こんなところで喧嘩をしたらほんとにマズイ。

そんな俺達を見て津堅は、にやりと笑みを深めた。



「桃華八幡宮って言ってもたいしたことねぇな。式神もまともに使えないのに、よく邪気祓いの一之宮いちのみやなんてよく言うよな」


「それも楓彩八幡宮に譲ったらいいのにな」



「一之宮」というのは、その地域、環境で一番格が高い神社を意味する言葉だ。

つまり、桃華八幡宮は、邪気祓い界での一番大きな神社ということか。

へえ、人気も出るわけだ。そう他人事のように納得した。

そして、目の前の男達を見る。神主なのに、なんて小さい男なんだろうか。小学生かっつーの。



「……よくわかんねぇけど、お前らみたいなのが一之宮にいたら、神社界も世の末だな。神主として、見本になる器じゃねぇもんな」


「なんだと?」


「あーはいはい!人の神社の悪口を言うのは終わり!こんなとこでもめてどうするんだよ!」



俺の言葉に、小さく笑ったのは立花だ。

それと同時に、楓彩八幡宮の男達が睨んでくる。

それを止めたのが成川だった。



「せめて場所を変えてくれ」


「はは、成川、悪いな」


「……チッ、とりあえず、此処から出るぞ」



成川の一言で我に返った俺達は、半端駆け足でその屋敷から出た。

眠ったままの青山は、相良が背負っていく。

先に楓彩八幡宮の奴らが行くので、ついていっているようで、少し不満だったが、仕方ない。

帰り道は一緒なのだと自分に言い聞かせて、俺達は再度裏口からこっそり中へと入る。

そのまま各部屋へと向かった。






もーいいかい




まーだだよ ふふっ




もーいいかい







――もういいよ はやくボクをみつけてね







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