第11話 思いがけず




「―――他に心当たりはないかしら?」



妹を探している『此の世ならざるモノ』の女性。

その妹の霊にあったことがあると言われて、身に覚えがあった霊の話をしたら違うと首を振られた。

自分の中で自信があっただけに、もやもやとした気持ちが晴れない。

改めてこの街での出来事を思い出すが、やはり心当たりがなかった。



「……他はないです。すいません」


「そう。まあ、いいわ。貴方といたら会える気がするし、もう少し探してみましょう」



そう言いながら、兎さんはベンチから腰を上げた。

俺もゆっくりと立ち上がり、兎さんについていくことにした。


もしかしたら、この街を歩けば、あの少女の霊にまた会えるかもしれない。

その時に、妹ではないか確認をしてもらおう。



「……いないですね」


「そうね」



それから、3時間ほど街を歩いたが、成果はなし。

先日会ったコンビニの前に行けば、あの少女の霊に会えるかと思ったが、その予想は外れた。

陽もすっかり落ち、電灯と民家の灯りがほんのり照らす道を進んでいく。



「……ん?」



ふと10mほど前に何かを見つけた。

目を凝らすと、小さな黒い靄が電灯の下で揺れていた。

塩水は持ってきていないので、いざとなったらお守りを握りしめようかと考えたが、隣人が頭を過る。

反抗だと考えられたら、本格的に俺の命が危うい。

どうしようかと思いながらも靄に距離を詰めていると、―――突然その靄が逃げるように消えた。



(……俺だから逃げたのか?)



お守りの効力も考えたが、あまりに距離が離れている為、それは考えにくい。

そうなると、やはり可能性的には、俺の隣人である―――兎さんの影響だろうか。

確かに、今日は『此の世ならざるモノ』を1つも見ていない。

いつもなら、黒い靄くらいなら1つや2つ見るのだが、今日はその気配すらなかった。



「……兎さん、聞いてもいいですか」


「なにかしら」


「今日、一度も『此の世ならざるモノ』を見ていないのですが……」



そこから繋げる言葉に悩んだ。

「貴女のおかげですか?」「貴女のせいですか?」「どういうことですか?」なんて言ったらこの人を不愉快にさせないのだろう。

この時ばかりは女性に口下手な自分を恨み、頭を抱えた。

そんな俺を兎さんは察してくれたらしい。



「そうね。私の影響よ。私は『陽』。私といると悪いものは寄って来ないわよ」


「陽?」


「そうね。貴方達でいう『此の世ならざるモノ』は2つ大きく分かれるのよ。『陰』と『陽』。私は『陽』」


「つまり、陰陽五行みたいな感じですか?」


「ええ。人が作った陰陽五行の種別分けは、私達も使っているわ」



陰陽五行の種別分け?

陰陽五行と言われたら、中国の思想であるという知識しか知らない。

首を傾げる俺に、僅かながら目を丸くしたように見えた。

まあ、俺は神主の研修生である「出仕」の身分だ。

邪気祓いの知識は少ない。



「神主なのに知らないの。ますます狙われやすいわね」


「……笑えないです、兎さん」



にぃと笑みを深める兎さんだが、否定できずにいる自分がいる。

だからこそ、今に至る。まさしく今、自分の能力が低かったために、捕まったのだ。

話は戻すが、黒い靄が寄って来ないのは兎さんの影響だったのか。


ということは、あの少女の霊も寄って来ないのでは?


頭の中で疑問がわいたが、ほぼ確信に近かった。

それは、ずっと見つからないわけだ。



「……失礼を承知で言うんですが、『此の世ならざるモノ』が近づけないのなら、見つからないんじゃないですか?」



そう言うと、ぴたりと足を止めた兎さん。

俺も同じように足を止めて、横にいる兎さんの表情を伺う。

兎さんは少し考えるように俯き、くるりと体の向きを変えて俺に向き直った。



「まあ、多くはないけど、寄って来ないのは悪いモノだけよ?」


「……そうですか」



俺の予想している妹さんの霊は、黒い靄を纏っていたと思う。

その証拠に、俺についた霊触は黒かった。

兎さんの表情は、妹さんが黒いモノであると疑っていない。

それは仕方ないだろう。自身の家族が、悪いモノだなんて信じれるわけがない。



「兎さん、提案なんですけど」


「なに?」



今まで見つからなかったのは、運が悪かっただけではないとしたら?


……―――会いたくても出逢えなかったのではないか?


兎さんと一緒に行動していたら、ずっと会えないままな気がする。



「……別行動をしてはダメですか?」


「………」



兎さんの瞳がすっと細まる。

その眼に見覚えがあった俺は、咄嗟に両手を顔の前で左右に振った。



「ち、違います!逃げるなんて思っていないですけど。だけど、普段から寄り憑かれやすい俺が1人で行動した方が、妹さんに会えやすくなるじゃないですか!勿論見つかるまで仕事終わりも探しますよ!約束します!」


「……わかりました」



たっぷりと沈黙した後、意外にも了承を得られた。

思わずほっと安堵の吐息が零す俺に、兎さんは1mほど離れていた体をぐっと寄せてきた。

それに驚き一歩離れようとする俺の腕を掴む兎さん。

表情は変わらず瞳は細まったままだ。

近くで見ると、兎さんの瞳の奥が" 青く "光ったように見えた。



「え、え、ちょっ……」


「目を瞑ってもらえる?」


「は、はぃ!」



返事の語尾が上ずってしまった。恥ずかしすぎる。

そう思いつつ目を瞑り、口もきゅっと閉じる。

恥ずかしい気持ちと、何かされないかという不安が混ざり、全身が強張るのを感じた。



「……っ」



ふと、兎さんの手が俺の額に触れる。

汗をかいてベタベタしていないだろうか、と場違いな考えが過った。



「……――――」



俺に聞こえるかどうかわからない程度で、小さく呟いた兎さん。

その瞬間、ほんのりと自身の額が温かくなるのを感じた。



「はい。終わり」



その言葉の後に、ゆっくりと瞼を開く。

夜道で薄暗いが、笑みを浮かべた兎さんの顔が見えた。



「簡単な加護を貴方に送ったわ。もし、妹を見つけたら私の名前を呼びなさい。あと、このことは他言無用。いつでも見てるから、約束守ってね」


「わかりました」


「よろしくお願いします」



最後の言葉と共に、兎さんに深々と頭を下げられた。

突然の最敬礼のお辞儀に驚いて言葉が出なくて、固まってしまっていた。

お辞儀後、兎さんはゆっくりと頭を上げるとくるりと踵を返して、夜道を歩いていく。

それを俺はぼんやりと見つめていた。


ふと、ほんのりと温かい自身の額に触れる。

今まで、人型では黒い靄を纏う『此の世ならざるモノ』にしか出会ったことがなかった。

この女性はどの階級なのだろうか。


……もしかしたら、神様なのではないだろうか。


そんなことを考えつつ、そこで兎さんを分かれ、帰路についた。





* * *





「………やべえ、なめてたよ」


「なにが?」



時刻は18時。

机に突っ伏しながら呟いた言葉に返したのは成川だった。

まさか聞かれてると思ってなかったので、ギクリとしたが平静を装う。



「大きな独り言」


「……ふうん。なあ、犀葉。最近疲れてるよな」


「あ、ああ。最近朝ジョギングから夜ジョギングに変えたんだよ。まだ慣れてないのかなぁ」



人探しを完全になめていた。……探しているのは、人じゃないけど。

兎さんと衝撃的な出逢いをしてから3日が過ぎた。

約束通り、毎日仕事終わりに探しているのだが、あの少女の霊も妹さんらしき霊も本当に見つからない。

夜道ということで不安もあったのだが、大きなモノに襲われることもなく、塩水とお守りで何とか身を守っている。

会いたくないと思っていたら会うのに、会いたいと思っていたら会えない。

なんかポエムみたいだ、と自分で考えて気持ち悪くなって首を振った。



「犀葉って今日は上がりじゃないの?」


「俺は今日は宿直ー」



そう、今日は数日に一回まわってくる" 宿直 "なのだ。

宿直とは、神社に泊まり、邪気祓いの受付や神社の見回りをする業務だ。

今日一日は神社にいるので探しには行けない。

さすがに今日は仕方ないよなぁと頬杖をつきながら考えていた。

俺も祓い番だったら、いけるかもしれないのに。



「誰と?」


「えーっと、外は山中さんと祿郷さんで、祓い番は瀬田さんと設楽さんだな」


「そっか。お疲れー」


「おう、お疲れー」



喋っている間に、成川はスーツに着替えて、部屋を出て行った。

俺は今は休憩時間だ。宿直と祓い番は17時~18時の間に休憩をとり、夕飯を食べる。

俺は受付なので、夕飯も受付の近くで食べることにした。


(……なんか、変な感じだ)


誰もいない社務所は未だに慣れず、弁当を食べながらも、いつもいる筈の室内をキョロキョロと見回してしまう。

すると、ふと書類棚が目に入った。



「ん?」



そこに見覚えのある文字が見えた俺は、箸を弁当の上に置き、棚のところへ向かった。


" 怪異ファイル "


そうテプラシールで貼られたボックスを下ろして中を覗く。

日付順に並んでいるようだが、ここ10年くらいのモノは西暦で分けられているようだ。

ファイルには上見出しがついていて、そこに簡単な内容が書かれていた。

適当に手前から5つほど前のファイルを取り出してみる。


「境内裏の山道 23歳の女性 きのと霊障れいしょう


そう書かれた文字を見て、以前俺研修の時に山道で襲われた時の記録だと認識した。

中を読んでみると、被害者の欄に「犀葉 瑛」と書かれていた。やはりあの時の記録か。

文字を見る限り、祿郷さんの字だろうか。

そのファイルを再度ボックスの中に戻していると、仕切りに「未処理」と書かれたファイルがあった。

「未処理」のボックスを覗くと、「市街地 少女」と書かれた紙シールが貼ってあるファイルを見つけたので、それを手に取り弁当を食べていた場所まで戻る。



3月8日  18時 18歳の女性 霊触 邪気祓い 「少女に襲われた」と供述


3月14日 20時 20歳の男性 霊障 半狂乱 邪気祓い


3月19日 17時 26歳の男性 霊触 邪気祓い「夜道を歩くと女の子に襲われる」という噂


3月20日 18時 23歳の女性 霊触 邪気祓い 「髪の長い少女」


4月2日  19時 30歳の男性 霊障 異常行動 邪気祓い


4月5日  22時 27歳の男性 霊障 異常行動 邪気祓い


4月8日  19時 犀葉     霊触 邪気祓い 


4月10日 20時 22歳の男性 霊障 半狂乱 「お姉ちゃん」


4月11日 21時 20歳の男性 霊障 半狂乱 「お姉ちゃん」と泣き叫ぶ


4月12日 20時 29歳の男性 霊触 「お姉ちゃん」       



お姉ちゃん、

お姉ちゃん

お姉ちゃん

お姉ちゃん


そこからはこれ以上読み進めたくないと思えてしまうほど「お姉ちゃん」という文字の羅列。

俺が宿直業務の時に聞いただけでなく、それからも襲われ、憑りつかれた人が「お姉ちゃん」と呟いているらしい。

気持ちが下がりそうになりつつも、何とか読み進めていくと、下の方に最近の記述が書いてあった。



4月25日 20時 犀葉     霊触 体に影響あり 「お姉ちゃん」 目的は体を乗っ取ること? 


4月26日 19時 21歳の男性 霊触 邪気祓い 「お姉ちゃん」



この2ヶ月でけっこう襲われているのか。

その中でも、俺の名前が2つあるなんてと自分の不甲斐なさに情けなく思いつつ、もう一度読み込む。

時刻は19時や20時が多いのか。襲われている対象の大体は20代前半の年齢の男性。

場所は供述されていないので、おそらく市街地のままなのだろう。

やはり、俺が襲われたあのコンビニ周辺に出没するのか。



「―――犀葉、お疲れ」



突然後ろから聞こえた声に、びくりと肩を震わせた。



「おふはれさまれす(お疲れ様です!)」


「口に入れながら喋るなよ」



そのまま振り返ると、そこにいたのは、祿郷さんだった。

服装は今から外の祓い番のためか、邪気祓い用の白衣だった。

この白衣は作務衣のようになっていて、七分袖に黒いインナーが中から見えている。

下はズボンだ。行動しやすいように、ズボンの下に絞り口がついている。

ちょっとオシャレな白衣だ。

祿郷さんの手には弁当を持っているので、どうやら今から夕飯らしい。

俺は慌てて自分の弁当を横に退けて、祿郷さんの場所を空けた。



「それ何の奴?」


「え?あ、すいません、勝手に取り出しちゃいました」


「いや、それは別にいいけど。……ああ、市街地の少女のやつか」


「はい。ちょっと気になってしまって」



そんな会話をしつつ、祿郷さんは俺の横の椅子に腰かけて弁当を広げ食べ始めた。

そんな祿郷さんを見ていて、ふと先程考えていたことが頭を過った。



「祿郷さん、聞いてもいいですか」


「なんだよ」


「俺……僕は、外の祓い番にはいつ入れますか?」



祿郷さんは、俺の質問に心底驚いたようで、箸でつまんでいた里芋をぽろっと落とした。

固まったまま10秒ほど経った後、先に沈黙に耐えきれなくなったのは俺だった。



「……えっと、変な質問でしたか?」


「おう。すっごくな。理由は……あの少女の『此の世ならざるモノ』か?」


「……そうです。2回目に出逢った時、あの子は俺に会いたかったと言っていました。それが気になってしまって」



理由は他にもあるのだが、この言葉は嘘ではない。

「お姉ちゃんに、会いたい」そう言った悲し気な瞳が、どうしても頭の隅から離れなかったのだ。

先日の兎さんの件は、話さない限りばれない。大丈夫なはずだ。



「僕の驕りなのは充分わかっています!だけど、僕はもう一度、その少女に会いたいです」


「………」



俺の言葉に、何も答えずに黙ってしまった祿郷さん。

視線は真っすぐ俺を見ているが、何を思われているのかわからない。

真剣な表情の祿郷さんの考えが読めなかった。



「――わかりました」



突如、柔らかな声が室内に響いた。

聞きなれた優しい声に祿郷さんと振り向くと、そこにいたのはこの桃華八幡宮のトップ―――羽賀宮司だった。



「宮司さん、お疲れ様です!」


「お疲れ様でした」



いつもは白衣なのだが、今日は珍しくスーツ姿の宮司さんが立っていた。

普段の白衣も天使のように素敵なのだが、グレーのジャケットとスカート、清楚な白のブラウスのスーツ姿も綺麗だと思う。

すらっとした綺麗な足が見られるのはスーツ姿だけなのだ。

眼福だと拝みたい。



「お疲れ様です。祿郷くん、犀葉くん」


「お茶を淹れますね」


「ありがとう」



急須にお茶を淹れながら、ちらっと宮司さんを見ると鞄を置き、ジャケットを脱いでいた。

それをじろじろ見るのも変だなと思い、スケジュールボードに視線を移す。

宮司さんの予定を見ると、今日はどこかの業者と会議があったらしい。

だから、スーツなのかと納得した。



「どうぞ」


「ありがとう」



お茶を3人分入れて、再度席に着く。

宮司さんはお茶をゆっくりと一口飲み、ほっと息を吐く。

すると、宮司さんの視線が真っすぐ俺に向いた。



「先程の話を聞きましたが、祿郷くん。今日、一緒に行かせてあげてね」


「っぐ!ゴホッ、ゴホッ……本気ですか、宮司さん!」



宮司さんがにこりと微笑み、祿郷さんに視線を送ると、あまりの衝撃だったらしく盛大に咽てしまったらしい。

俺にとっては希望の光に見えたので、思わず目を輝かせる。

そんな俺をちらりと見た祿郷さんは、びしっと人差し指で俺を示した。



「この自分を守る能力も低くて、祓う力もなく、霊力だけ強いなんて、恰好の餌ですよ!?」


「まだ出仕の身なので、祓い番としては同行させません。服装は今着ている作務衣で行かせます。今日は山中くんと一緒よね?」


「あいつだから心配なんですよ!もし何かあったら……」


「祿郷さん!俺に何かあったら自己責任にしてください!餌でもいいです!」



祿郷さんの言葉を遮って、勢いで言葉を発してしまった。

すると、眉間に皺を寄せて左手でガシガシと頭を掻き、大きな溜息を零した。

同行者が祿郷さんだからこそ申し訳ない気持ちもあるのだが、兎さんの約束を守りつつ、身の安全を考えるとこのタイミングであの少女に会いたいのだ。



「決まりましたね。では、犀葉くんには私の式神をつけます。――明朱めいしゅ



そう問いかけるように呼ぶと、宮司さんの横にふわりと出現した白い生き物。

一見狐の姿に見えるが、白い毛並み、顔には赤の紋様、くりっとした目は小動物を連想させる可愛さだ。

俺は見覚えがあった。入社式の日に、神社の中を案内してくれた「イヌ」と呼ばれていた宮司さんの式神だ。



「ありがとうございます!」



立ち上がって宮司さんに頭を下げる。

頭を上げたほぼ同時に、俺の肩に宮司さんの式神が乗った。

思ったよりも軽い。式神だからだろうか。



「祿郷くん。よろしくお願いしますね」


「……わかりました。ほら、行くぞ」


「はい!」



宮司さんに微笑まれ、祿郷さんは一度大きな溜息を零し、二度両頬を自分の手の平で叩いた後、立ち上がり社務所の出口に向かった。

立ったままだった俺も、慌てて祿郷さんの後を追って社務所の戸へと向かう。

戸を出る瞬間、祿郷さんと共に宮司さんに一礼して顔を上げる。



「気を付けてくださいね」


「ありがとうございます!行ってきます!」









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