霊感のある神主サマ

胡夏

第壱章 はじめまして 邪気祓い 兎姉妹の章

第1話 初めまして






「犀葉くん、おめでとう」



皇学院大学 学生課。

その窓口にて、学内でも有名な美人の先生に、笑みと共に茶封筒を渡された。

ダブルの幸せに本当に夢ではないのかと自身の頬を抓る。うん、痛い。夢じゃない。

先生にお礼を言って、学生課を出る。気持ちは完全に有頂天だ。

本当は昼食を食堂で済ませ、図書館で卒論を進めてから帰るつもりでいたのだが、学内掲示板で見つけた自身の名前にその考えは消えていた。

駐輪所まで歩を進ませ、辺りを見回しつつ誰もいないのを確認し、学生課からもらった封筒の封を開けた。



――― 犀葉 瑛  合格



「うおっしぁあ!」



自身の名前と結果を何度も確認して、俺は恥ずかしげもなく喜びの声を上げた。


大学4年 夏、今日。


大学生の2大難関である、就職試験に無事合格したのだ。










4月。

俺は、犀葉さいば あきら。今年で23歳。

残りの難関の1つ、卒論の提出を終え、俺は無事に皇学院大学 神道専門科を卒業した。

卒業後は引っ越し作業に追われる毎日だった。

在学中に少しでも荷造りしておけばいいのに、卒論の解放感で浮かれて毎日遊んでいた。

後に悔いると書いて後悔と読むのだと言葉の意味を改めて理解する。うん。

本日より奉職先の神社に行かないといけないのだが、準備が終わったのも昨日の深夜だ。

まあ、電車で寝れるだろうと思っていたのが安易だった。

いろいろとあって、全く眠れなかったのだ。



(……あー。くそっ、眠い)



欠伸を噛み殺しながら神社への道のりを歩く。

場所は試験の時に来たからもう覚えていた。

神社は山の上にある為、長い階段を登っていく。緊張と合わせて寝不足のせいもあり、足取りは重く感じる。

入口を象徴する大きな赤い鳥居の前で一礼し、境内に歩を進める。




「ん?」



そこでふと違和感。

嫌な感じではないが、空気が変わった、そんな気がした。

以前面接を受けた時は、そんなことなかったのになぁと思う。

まあ、気のせいだろう。そう自身を納得させ、足を進ませた。



「こんにちは、犀葉さん」


「こ、こんにちは!」



石畳をまっすぐ歩いていき、まずは右手にある手水で体を清める。

右手で柄杓を持って水を掬い、左手にかけて、右手にかける。そして、左手で水を受けて口を漱ぎ、その左手を流し、最後に持ち手を流す。

その後、持ってきたハンカチで手を拭いていると、建物の入口に1人の巫女が立っていた。

一般的な巫女衣装である白衣に緋袴、長い髪を後ろでまとめ上げている清楚系美人という感じだ。

そんな女性に、初対面でいきなり名前を呼ばれたことに驚き、言葉に詰まる。

言葉を噛んだことへの羞恥心で悶えている俺に、巫女は二つ折りの紙を手渡し「中へどうぞ」と促した。



(ん?なぜ、紙?)



疑問に思いつつ、靴を脱ぎながら紙に書かれた内容を見る。



『イヌが部屋まで誘導します』



イヌ?犬か?

敢えて紙に書いて渡す意味が分からない。犬ってなんだ。動物持ち込みオッケーなのか?

そう思いながら、意味を聞こうと振り返るが、そこに先程の巫女はいなかった。

とりあえず「イヌ」を探すか。


中に入り、左右を見渡す。

広い廊下なのに、誰もいない。動物すらいないよ。

つーか、イヌってなんだよ。



――ちりん



深いため息が零れたと同時に、ふと鈴の音が聞こえた。

咄嗟に勢いよく顔を上げると、廊下の端に白くて小さい生き物がいた。

あれが、イヌだろうか。

そう思いながら、生き物がいる右の廊下へと歩いていく。

右の廊下を曲がれば、次は左、右、右。複雑に入り組んだ中を生き物頼りに進んでいく。

うわー、帰り道がわからなくなりそうだ。

最後に右の曲がり角を抜けたところで、今度は小さな生き物が廊下の真ん中にいた。

いや、戸の前にいるのか。そう認識した時、その生き物が消えるように部屋の戸へと消えた。

文字通り、吸い込まれるように「消えた」のだ。



「……うわー、まじかよ」



こういうことには慣れている方だ。

昔から霊感があったようで、所謂「此の世ならざるモノ」と呼ばれるものが視えていたのだ。

小学生の頃、教室にいた子どもの霊を、他の子に教えたことから気味悪がられ、それから自分が異質なのを知った。

今後は誰にも言わないと誓い、今まで視えることは誰にも言ってこなかったし、関わろうともしなかった。

関わらなければ、何も起こらない。そんな感じに、そういうものを避けてきた。

一目でわかるのだ。――ああ、アレは生き物ではないな、と。

理由を求められると迷うのだが、まあ雰囲気が違うというのが、一番自分の中でしっくりきた回答だった。

なのに、何故だ。ここまで気づかないなんて。



「入れってことだよな。信じるぞ、ワンちゃん」



眠気なんて、いつの間にか飛んでいって、緊張のみが体を支配している。

イヌが消えた扉の前で立ち、深呼吸。

ああ、悪い気配はしない。ココは神社だ。大丈夫。

そう自分に言い聞かせ、戸を3回ノックした。



コンコンコン



「……どうぞー」


「失礼します」



緊張の面持ちのまま、戸を開ける。

そして、ゆっくりと部屋の中を覗いた。



「犀葉さんですね?」


「はい!」



部屋の中には5人の男がいた。

右手側には、学校でも使うような長机が置いてあり、そこには2人の青年が座っている。

緊張するように俺を見つめるので、雰囲気的に俺と同じ新入社員という感じだろうか。

左手側には、残りの3人だ。1人は俺とあまり年が変わらなそうな青年で、黒髪の短髪で黒縁眼鏡。

残りの2人は40代くらいの人だった。片方は黒の短髪で細い銀縁の眼鏡をかけ、もう1人はスキンヘッドの男性だ。

そのスキンヘッドの男が、書類と俺を見比べながら言葉を発した。



「全員揃ったようだな。その席に座ってくれ」



男が指さしたのは、俺から見て右側の端の席だった。

言われるがまま長机のパイプ椅子に腰かける。

俺が椅子に腰かけたのを確認し、銀縁眼鏡の人がゆっくりと話し始めた。



「ようこそ、桃華八幡宮へ。合格おめでとう。私は、瀬田 徹せた とおる。役職は禰宜ねぎだ。隣は、」


「私は、柴崎 篤しばさき あつしだ。同じく禰宜ねぎだ」


「僕は祿郷 稜ろくごう りょう権禰宜ごんねぎです。よろしくお願いします」


「この3人で君達の研修を進めていくからよろしくね」



禰宜ねぎ権禰宜ごんねぎというのは、神社の階級だ。

会社で例えるのなら、部長とか、課長みたいか感じだ。

禰宜ねぎさんのうち1人は厳しそうな人だが、残りの2人は優しそうだ。

柔らかい笑みでそう話す禰宜ねぎ――瀬田さんに、少しだけ安心する自分がいた。

やっぱり未知なる環境には緊張するし、不安も出てくる。それが、少しだけ和らいだ気がしたのだ。



「じゃあ、君達の自己紹介もお願いしようかな。自分の名前と簡単な自己紹介をしてね。僕から見て左から行こうか」



ゲッ、俺じゃねぇか。

全員の視線が俺に向き、俺は脳をフル回転させて内容を考えながら立ち上がる。

身体を少しだけ左側に傾け、ゆっくりと言葉を発した。



「僕は、犀葉 瑛です。実家は滋賀県です。えー、……よろしくお願いいたします!」



最後に一礼し、席に着く。

つい大学生のノリを思い出して何か面白いことをしなければと考えてしまい、結局簡変な挨拶になってしまった。

あー、完全に変な奴と思われた。言葉にも詰まったし恥ずかしい。

1人で頭を抱えて落ち込む俺を見て瀬田さんは小さく笑い、その視線を俺の隣の席へと移した。



「はい、では次」


「はい。僕は" 立花 光毅たちばな こうき"と申します。『邪気祓い』を学ぶため、志望しました。よろしくお願いいたします」



うわー、丁寧な挨拶だな。

そう思いながら話す彼を観察する。

綺麗に整えられている短髪の黒髪、背丈は俺と変わらないだろう。つり目気味の三白眼のせいか、眼差しはきつく見えるかもしれない。

なんか、固そうだ。俺と性格が合わないような気がする。



「はい、最後」


「はい。僕は" 成川 晴久なりかわ はるひさ "と申します。実家は島根県の神社です。よろしくお願いいたします」



あれ?聞いたことがある声だ。

そう思いながら振り返ると、本当に知っている人だった。

というか、同じ大学の同期だ。うわ、今まで全く気付かなかった。

短髪癖毛で、俺よりも少し背が低く眼鏡をかけている。

大学の授業の実習では名前順で2つの班に分けられることが多く、あまり関わりはなかった。

じっと見つめていると、気づいた成川も俺を見てにっと笑う。

ああ、気づかなかったのは俺だけなのか。



「よし、3人の名前はわかったね。今日からよろしく」



瀬田さんの言葉とほぼ同時に、戸からノック音が聞こえた。

「はい、どうぞ」と柴崎さんが返事をすると、ゆっくりと戸が開く。

その顏を認識して、俺は慌てて姿勢を正した。


入ってきたその人こそ、この桃華八幡宮のトップ―――



「自己紹介は終わった?」



――羽賀 知子はが ともこ宮司なのだ。



「お疲れ様です、宮司。今、自己紹介が終わりました。何か一言あればどうぞ」



腰まである長い黒髪。凛とした顔立ちの中の、二重瞼の大きな目が俺達を捉える。

顔だけでなく立ち振る舞いもすらりと綺麗なこの女性は、日本では数が少ない女性宮司なのだ。



「改めまして、こんにちは」


「こんにちは」


「宮司の 羽賀 知子です。仕事内容に関しては、禰宜から聞くと思います。私からは1つだけ……。皆さん、" 一期一会 "を大切にしてくださいね」



" 一期一会 "

一生に一度しかない出逢い。



「私達神主にとって、神社に来てくださる参拝者は同じですが、参拝者にとっては神主はその時貴方だけです。来てくださった方、一人ひとりを導けるように、見本になる言動を日々心がけてくださいね」


「はい」



透き通る綺麗な声は、俺の耳から心へと染み渡るように入った。

「一期一会」よく聞く言葉だが、意味をしっかり理解すればなんて良い言葉だろう。

うんうん、俺の座右の銘にしようかな。

そう一人で勝手に頷いていると、ふと白い何かが俺の前に落ちてきた。



――くぅん



狐、だろうか?

白い毛並みに、赤の紋様、くりっとした目は小動物を連想させる。



「うわっ?!」


「いや、反応遅いでしょ」



3秒ほど小動物としっかり見つめ合ってから驚いた俺に、祿郷さんは笑う。

その小動物は、再度小さく鳴くと机の上を走り、宮司の元へと戻った。



「……狐、ですか?」


「いいえ、イヌよ。案内役をさせていたと思うけど」


「えっ?!」



さっきのイヌ?!

記憶を辿ってみると、身軽に走りまわり、戸の前ですっと消えたあの動物に似ていた。

悪い感じはしなかったが、"生き物"ではないだろう。



「えーっと、この生き物って…」


「今時の言葉で表現すると、使い魔ってところかしら。まだ説明の途中だったの?」


「邪気祓いに関してはまだしていませんよ。それに、犀葉くんは"知らない側"の人でしょう」


「ああ、そうだったわね」



犀葉君"は"ってことは、あとの2人は知っているのだろうか。

疑問に思い隣を見ると、立花は俺をちらりと見ただけで、成川はうんうんと頷いていた。

俺の頭の上には「?」の疑問符しか出ていない。まったくわからない。

そんな俺に柴崎さんが説明をしてくれた。



「簡単に言うと、この神社の"邪気祓い"は除霊等も兼ねている」


「……除霊って幽霊を祓うってことですか?」


「簡単に言うとそうなる」



うわー、なんかすごい神社に来てしまったみたいだ。

関わるとろくなことがなかったから、今まで見ないふり、聞こえないふりのオール無視を決め込んでいたのに。

だけど、視える俺が選んだってことは、コレも何かの縁なのかもしれない。



「表向きは普通の神社と一緒。大体の人には除霊と言う必要もないし、知る必要もない。だから、まとめて"邪気祓い"と表記しているの。学生の時には学べなかった知識が多くて覚えるのは大変だけど、頑張ってくださいね」



イヌの使い魔を肩に乗せて微笑む宮司は、やっぱり見惚れてしまうほど綺麗だ。

自然と新人三人の声が揃い、返事が静かな部屋に響く。

そんな俺達を見つめていた瀬田さんが何度も頷きながら言葉を発した。



「うんうん、良い返事だね。困ったことがあれば、先輩達に頼りなさい」


「先輩に聞く前に、まずは自分で考えてみるということを忘れないように」


「はい!」



宮司さんも禰宜さん達も良い人だ。

肩に入っていた力が抜けて、自然と仕事への意欲が湧いてくる。

無意識のうちに膝に置いた手で拳を握っていた。


(よし、頑張ろう)


そして、話し終わった禰宜さんが祿郷さんに視線を向けて、言葉を促す。

それに祿郷さんが困った表情を一瞬したかと思えば、俺達の方を向いてにやりと笑った。



「最初は血反吐を吐くと思うけど、頑張ってね」



その言葉に、うっと思わず声が漏れる。

でしょうね。そんな簡単なことではないのはわかっている。わかっているけど、不安にさせないでほしい。



「はい!」



他の2人は反射的に返事をしていたらしい。

返事をした後に俺の声が聞こえなかったことに疑問に思い、視線を向けてきた。

宮司さんと禰宜さん達は笑みを崩さず俺に視線を向けてくる。

祿郷さんはニヤニヤと俺を見つめる。くそ、一瞬遅れただけだし!



「……っ、はい!よろしくお願い致します!」









―――俺の、社会人生活の第一歩が今此処で始まった。















「 ――くらい こわいよ 」



少女のか細い声が、静かな闇に響く。



冷たい

寒い

怖い

寂しい

悲しい



負の感情が心を支配する時、自身を包む何かが反応するようだった。



大丈夫だよ


目を閉じてしまおう


耳を塞いでしまおう


―――ボクタチに身体を預けてごらん?



何重にも混ざった変な声だが、優しい口調に安心できた。

そこで、私は足を止める。

このまま目を瞑り、自身を包む何かに「お願い」をしたら、少しの間は落ちつくことができる。


嫌なことも、楽しかったことも、何も考えなくても済む。



「……ねえ、あいたいよ、―――、」



呟いた" その名 "は静かに虚空へと消えた






























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