第二十三話 P祭り(前編)

「うっしゃ! 四匹めー」

「むぅ、カイトに追いつかれた」


「ララも来たにゃ~。にゃにゃにゃっ、プリスマの三連釣りにゃ!」


「お前、釣りのセンス反則的だろ。やっぱり釣りスキルを隠しもっているんじゃねーか」

「ただの実力にゃ」


 俺らはいま湖上で釣りを楽しんでいる。魔道船の甲板は喫水が高いので釣りには不向きだが仕方ない。今日は街の漁船が全て出払っているのだ。


「ふぁあああ」


 やっぱりまだ眠いたいな。日が昇ると同時に船着き場へと出立したのだ。といっても敷地内にプライベート港があるからすぐなんだけどね。


 本来なら今頃は東の港町へと黙々と歩を進めているところだ。だが、飛空艇化するこの船を使えば一日あれば目的地に到着できる。なので、暫くゆっくりできることになったのだ。


「カイド!?」


 なぜこんな朝早くから釣りに勤しんでいるのか。それは今日がお祭りだからだ。年に一度のターウォ祭、通称プリスマ祭りと呼ばれている。街全体が屋台などの出店で溢れかえるのだ。


 普段は超という名のつく高級魚。庶民の口に入ることは滅多にない。しかし今日だけは違う。街をあげた一大イベントとあって漁師も今日一日はボランティアで魚を獲るのだ。そして出店する屋台に無償で提供される。


「カイドォオオオ!?」


 観光客はカナン国中から集まってくる。国外から来る人も少なくない。その数は十万人を超えるとも言われている。この異世界の人口は地球の十分の一以下ということを考えても馬鹿でかい催しであることがよくわかる。


 当然、この数の観光客たちに刺身や焼き魚、煮魚など魚そのものをメインとする料理では賄いきれない。このため鍋物や焼きそばの具にするなど味の引き立て役として使うのだ。それでも庶民価格で幻の魚を口にできるのだ。みな大いに満足して帰っていくという。


「イダッ、イダダダッ!?」


「よし、私はこれで六匹目よ! カイト、ぼーっとしていると差が開くわよ」


 祭りと聞いたら心が踊るのは日本人の宿命だろう。俺の一存で急遽屋台を出店することにしたのだ。シェフの腕も抜群だしね。しかし直前になってからのエントリーだ。漁師からプリスマを分けてもらうことは期待できない。買うと超高い。なので自ら釣っているというわけだ。


 ちなみにこの湖では誰でも漁をしていいわけではない。魚種と漁獲量に応じた漁業権が設定されている。C級が最低でS級が最高だ。プリスマはA級からだ。A級は漁獲量が制限されていて一日三匹まで。Sランクはなんと無制限だ。


 なお、S級の資格を新たに取得するのは不可能となっている。現在の保有者に大金を支払って譲渡してもらうか、相続するかしかない。屋敷を買ったら同時にS級の漁業権まで譲渡されていた。さすが元公爵邸。


「ヒィイイイ!?」


「カイトっち、水がなんか真っ黒に変わったにゃ!?」


 ん? オーグが何をしているかって? 餌だよ餌。プリスマって実は肉食らしい。意外だよね。そういえば姿焼きを食べた時に鋭い歯がついていたような気がする。大抵は自分よりも小型の魚や貝や蟹を食べるようだ。時には水面に浮かぶ水鳥さえ食べることもあるそうだ。


「ギャァアアア!?」


「「オーグ(っち)!!」」


 先日の魔道船の試乗時にオーグが湖に落ちたのを覚えているだろうか。溺れているオーグを引き揚げたら全身にプリスマが食いついていたのだ。といってもオーグのHPはすでに常人の範疇を遥かに超えているから傷一つ負ってなかったけどね。

 試しにロープで体をぐるぐる巻きにして浮き輪とともに湖へポイっとしたのだ。案の定、熟練の漁師じゃないとなかなか釣りあげれないと言われている幻のプリスマが入れ食い状態だ。まあ、主にララの釣果だが。どうやらプリスマさんは豚肉の臭いがお好きらしい。でもまあ、さすがに可哀想だよな。噛まれると痛みは感じるようだし。屋台に出す分の量は十分に確保できたことだし、そろそろオーグを回収しようか。


「って、あれ? オーグがいないぞ」


 俺は首を傾げる。さっきまで声が聞こえてた気がするけど。


「ちょっと! いまの見てなかったの!?」

「おっきーなプリスマ?に喰われたのにゃ!」


「へ?」


 ガクンと甲板が揺れる。そして、ゆっくりと魔道船が動き始めた。オーグと船の艫とを結んでいた魔道ロープがギンギンに張っていた。このロープはオーグが馬鹿力で暴れても切れない代物だ。


「おーすげー! フェリーサイズを引っ張るってどんだけだよ」


 まるでジョーズだな。さてどうしようか。オーグのステータスから考えてダメージは問題ないと思うが……。溺死されても困るな。


「よいしょっと」


 素手でロープを掴み、ゆっくりと引く。おーこれはなかなかの力だ。かなりの大物だなー。


「なんか黒い島が見えて来たにゃ~」

「あれってもしかしてこの湖の主なんじゃないの?」


 鑑定すると『テラプリスマ』と出た。魚なのにレベルが二十八とか。これ魔物じゃないのか。悠久の年月をかけて育まれたその身は上質な脂が乗って最高、とのことだ。しかし、魚影を見た感じでは甲板に乗せるのはきついサイズだ。ならば……。湖面に背を向けロープを肩にかける。


「どりゃぁあああ!!」


 背負い投げの要領でロープを思いっきり引っ張った。


「ちょ――」

「鯨が空を飛んでるにゃ!?」


 暫くすると遠の方でドシンという地響き音がした。


「よし、狙い通り、うちの庭に落ちたようだ」


 屋敷の方角から悲鳴が聞こえたような気がするが気のせいだろう。



    ****


「水の中こえぇええ、プリスマの中こぇえええ、カイトが一番こえぇええ」


 口の中から飛び出して来たオーグが大泣きしていた。ちょっと罪悪感。


「オーグ、お前が(餌となって)釣ったプリスマは最高級に美味いらしいぞ」

「ほんとだカ! 好きなだけ食べていいダか!」


「ああ、こんだけあるんだ。お前が食っても全然平気だろう」

「やったダ!」


 涙を拭って笑顔に変わる。どんだけ単純なのだろう。


「ララも食べるにゃ!」

「お前はほどほどにしとけ」

「なぜにゃ!?」


 だから牙を剥くな。どんだけプリスマに執着しているんだ。


「祭りでも美味しいものたくさん食べるんだろ」

「あ、そうだったにゃ!」


「主、これはまた見事な釣果で」

「ああ、ところでメイドたちが着ているそれは?」


法被はっぴでございますが、違いましたでしょうか?」

「いや、まったくもってそうなんだけど……」


 祭りといえば法被だろ!と俺は確かに昨晩そう言った。しかし一日でこれを作ったというのか。青が基調の膝丈サイズの羽織。所々に複雑な白い模様が織り込まれている。そして背中にはしっかりと『祭り』の文字。どこからどうてみても日本の夏祭りで使用される法被だな。俺はお前に日本語なんて教えた覚えはないが?


「執事として当然の務めでございます」


 片手を胸にあて、流れるような礼をする。あ、思い出した。


「おい、お前らもさっさと法被に着替えてこい」

「「「わかったわ(ダ)(にゃ~)」」」


 ルシアたちは階段を駆け上がり各自の部屋へと向かった。


「みなさんは出店の準備をよろしくお願いしますね」


 使用人たちは俺に一礼すると屋敷を出て行った。さて……。


「人払いもお済みになりましたところで、ご用件は何でございましょうか?」

「察しが良くて何よりだ」


「遅くなってしまったが、主としての最初の質問だ。お前は何者だ? なぜこんな所にいる」

「私めは今も昔もこの屋敷の執事でございます。ですのでこの屋敷にいるのは当然のことかと存じます」


「そうじゃないコールマン、なぜお前は鑑定でステータスが見れない」

「それは主様がまだ発展途上にあるからだと愚考いたします」


 この俺を発展途上呼ばわりかい。


「闇の精霊なのになぜ具現している」

「年の功ですかな」


 のらりくらりと躱しやがって。


「お前、もしかしてミヤロスの使いか何かか」

「いえ、ミヤロスは我が愚妹でございます」


「はあ!? お前も神だったのか!」

「いえ、私は主様の永遠のしもべにございます」


 男を、しかも爺に対してそんな趣味はねーよ。


「会話にならないな」

「申し訳ございません。いつか全てを……」


 下を俯く執事のコールマン。


「まあいい、神だろうが妖精だろうがきっちりと執事の仕事をしてくれたらな」

「ありがとうございます。誠心誠意これからもお仕えさせて頂きます。では、わたくしめも出店の総監督として準備にかかります」


「おう、シェフには苦労をかけるがよろしくと伝えといてくれ。つーかあんなもん捌けるのか」

「わたくしめが少し手を貸しますのでそれは大丈夫かと」


「そうか、なら頼む」


 詳しくは聞かない。こいつならなんとかするのだろう。優雅に礼をして執事が去って行った。

 

「あれ、カイト。まだ着替えてなかったの?」

「ああ――」


 後から声をかけて振り向いた俺は言葉を失う。


「ねえ、に、似合ってるかな?」

「凄く可愛い……」


「えっ!?」

「あっ――」


 ゴールドヘアーのエルフが青の法被を着て、頭に鉢巻を締めている。新鮮な格好だ。でも本当によく似合っていた。欧米の美少女が着たらこうなるのかな。下はミニのプリーツスカート。透明感のある白くてすらりと伸びる生足が……。


「ちょっと! そんなにマジマジと見ないでよ!」

「ご、ごめん」


 ルシアが顔を真っ赤にしていた。どうしよう。可愛すぎて抱きしめたくなる。


「いちゃつくのは人気の無いところにして欲しいにゃ~」

「おお! ララもよく似合っていて可愛いぞ!」


「えへへ~」


 法被を着てくるくる回る猫耳偽幼女。こっちはエロさはなく、純粋にただ可愛い。


「こら、あんまり暴れるな。ずれちゃってるぞ」


 ずれた鉢巻を直してやる間もララは鼻歌まじりだ。祭りの売り子をやるとはりきっている。こう見えても一国のお姫様だからな。売り子なんてやるのは初めての経験だろう。ただし、それを見た獣人たちが卒倒しないことを祈る。まあ、どうせすぐに飽きて食べ歩きに出ちゃうんだろうけどな。


「屋台売れるといいな」

「絶対あれは売れるわよ」


「超絶美味しかったにゃ! また屋台で食べるにゃ」

「身内だからってズルはさせないぞ。ちゃんと並びなさい」

「そんにゃぁ」


「オラも準備できたダ!」


 大きなリュックを背負ったオーグが階段を下りて来た。


「お前、ダンジョンにでも潜るのか?」

「屋台の食べ物すべてを制覇するダ! 食べてると売り切れてしまうダ。だから全て買ってから食べるダ!」


 お前はフードファイターにでもなるのか。そして何店舗あると思っているんだ。街全体が出店で埋まるほどなのに。まあオーグのことはどうでもいいか。


「さーいくぞ!」

「その前にカイトは着替えしてきてね」


「お、おう……」


 さあ、最初で最期のロージェン世界の祭りを満喫しよう。

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