第十七話 初めてのダンジョン
薄暗い洞窟にカタカタカタと骨のあたる音が反響する。
「あら、随分と歓迎してくれるのね」
ルシアを囲むスケルトンナイトは十体を超えていた。どれもレベル24から26の強敵だ。それでもルシアには焦ったような素振りはなかった。彼女は右手を掲げ言葉を紡ぐ。
『炎の精霊よ、我を囲む死霊を業火で焼き尽くせ! 出でよサラマンダー!』
ルシアの前に巨大な何かがゆらゆらと現れた。燃えるような赤い皮膚を纏った大蜥蜴だった。ゆっくりと大きな口を開く。歯のない腔内はさらに深紅に近かった。チロチロと細長い舌が揺れ動く。それが見えたのも束の間、すぐに喉の奥から火柱が走った。
大蜥蜴は自らの頭部をゆっくりと一回転させ、三百六十度方向全てに業火のブレスを吐きつける。スケルトンは一瞬で真っ赤に染まり、すぐにボロボロと崩れ落ちていった。一回転できる首ってどういう構造なんだろう。精霊だからいいのか?
「おお? 熱くない。不思議だな」
ルシアも至近距離で火のブレスを被っていたが何ら影響がないようだ。俺の傍にまで少し飛んで来たが、若干熱いかなと思う程度だった。どうやら敵味方を区別しているようだ。こっちは圧勝だな。
そして俺は洞窟の奥を見やる。そこではオーグが双頭のトロルと対峙していた。といっても今回は三匹同時に相手取っていた。ん? なんかオーグの輪郭ばぼやけているな。よく見ると青い揺らめきに全身が包まれていた。あれは闘気か。
「覚悟するダ!」
ダンという地面を叩く音がした。同時にその場からオーグの姿が消え去る。一拍遅れてトロルの突き出た巨大な腹が文字通りはち切れた。その中心にはぽっかりと大きな穴が開いていた。
「まじか……。肉弾戦とか止めようぜ」
トロルの極太な首が立て続けに切断されていく。手刀でだ……。こちらも圧勝だが、見ていて気持ちの良い物ではなかった。
「はぁ、さすがに疲れたわね」
肩で息をするルシア。陶器のような白い額に薄っすらと汗を浮かべていた。
「ぜぇぜぇぜぇ……。オラ、もう動けないダ」
「お前ら飛ばし過ぎなんだよ。そしてオーグ。お前はキモイから近づくな」
「ルシアちゃん、カイトがまた虐めるダ!」
オーグがルシアに助けを求める。
「ごめんなさい。オーグ、こっちに来ないでくれる」
「ええっ!? ぞ、ぞんな……」
オーグが地面に手をつき項垂れる。ポタポタと地面を濡らすのは涙ではなく緑の液体だ。全身が緑に染まっていた。そりゃそうだ。全ての魔物を素手で倒していたのだから。トロルなんて腹を突き抜けていたし。胃の内容物ももろ被りだ。ほんとバッチい奴だ。
いま俺らはダンジョンの地下二層にいる。ルシアもオーグもレベル1からリスタートだった。といっても前のレベルからステータスは引き継いでいる。対してダンジョンのモンスターは地下一層でもLV20から25だった。なのでレベルが上がる上がる。気づいた時にはステータスが凄いことになっていた。最近数値がインフレだ、バブルだ。このままでは俺の存在が薄くなる。助けて神様! って奴が全ての元凶じゃねーか!
「やったわ。レベルが19になってる」
「オラも同じだ。昨日までの自分とは別人のようダ!」
「この分ならカイトの足手纏いにならないで済みそうね」
「んダんダ。オラもっと強くなっで魔王倒すの手伝うダ」
「いや、お前らスペックはすでに英雄に片足を突っ込んでるぞ」
「そういうカイトもなんか剣の性能あがってない?」
「んダ、なんかそれを振る度に黒いモンが飛んでいたダ」
「ん? ああ……」
俺は右手に握るオブシビダンソードを見やる。
「なんか黒さが増したよな」
「禍々しいわよそれ。まさか呪われていないわよね?」
俺もおかしいなあとは思っていたんだよね。軽くひと振りするだけで斬った魔物とは別の場所から悲鳴があがるのだ。遥か前方にいたトロルだった。見ると、みな全身が真っ黒に変わっていた。一瞬で炭にまで燃やし尽くしたのかと思ったが違った。
ゆっくりと闇に呑まれて消えていくのだ。後には何も残らない。そう何も。食用可だったり素材が有効利用できる魔物だとしても関係ない。討伐部位すら残らない。なんてこった。
そして魔物とはいえ断末魔の苦し気な叫びを延々と聞かされるのは気持ちがよいものではない。どうせ出るなら黒い刃にして欲しかった。それが飛んでいって魔物を両断してくれた方がどれだけすっきりするか。ルシアのいう通り呪われていたら嫌すぎだな。
俺は改めて武器を鑑定してみる。
□オブシビダンソード:鑑定阻害(神)、闇属性(神)、視認阻害(中)、万物は闇へと還る(神)、光を断つ者(神)、???
「……」
「急に黙りこくってどうしたの?」
「またアイツかよ!?」
畜生、属性が神になってやがる。ああそういえば、あいつ闇を司る神とかいってやがったな。あと光を断ったら駄目だろう! 俺は魔王か何かか。こうなってくると鑑定不能なキーワードが気になって仕方ない。万物は闇に還るか。うん、次に会ったらあいつに斬りつけてみよう。
「今度は急に叫んで……。頭でもどこかにぶつけたのかしら」
「ちが、ああっ!?」
嘘だろ! 昨日は職業付与に行ったので職業欄しか見ていなかった。なんてことだ。俺のスキルにまでルシアとオーグについていた『創造神の寵愛』に似たようなものが付けられてた。ただし『創造神の無限の寵愛』と……。おい、無限ってなんだよ、逆に怖えよ! 何だよお前はストーカーかよ!
その代わりといってはなんだが『十二神の加護』が『十一神の加護』に減っていた。何の慰みにもならないがな。愛は加護を超えたのだろう。
「あー! カイトだ!」
少し遠くから、聞き覚えのある声がした。どうやら勇者パーティが到着したようだ。
「よう、思ったより遅かったな」
「いや昨日ね。ちょっと……」
そう言ってユーキが後ろを振り返る。ララがさっと視線を逸らしていた。ただその手はお腹を押さえてさすっていた。
「あれ? まさかお口に合わなかった?」
「ううん、すごく美味しかったよ! あんな美味しい食べ物なんて日本でも食べた事なかったよ!」
まあ、普通の高校二年生は金目鯛の煮付けなんてほとんど食べる機会がないか。
「なら、あれか……。食べ過ぎか?」
「うん。なんか財務担当の人が顔を青くしていたのが印象的だった」
「どんだけ食ったんだよ」
「で、朝になったらお腹壊しちゃったみたいで。出発が予定よりも二時間も遅れちゃったよ」
「にしては追いつくのが早かったな。さすがは勇者パーティといったところか」
「それはちょっと違うかな。相当危険なダンジョンって聞いていた割には魔物がほとんどいなかったからさ」
「あ……」
そうだった。刈り尽くしたんだった。ヒャッハーが原因に間違いないな。俺は犯人を見やる。ルシアは斜め上を向いて口笛を吹いていた。なに、その古臭い誤魔化し方。オーグはキョトンとしていた。だめだこいつは何もわかってないな。
「カイト、そちらが仲間の人たち? 紹介してよ」
「そうだな。お前らちょっとこっちにこい」
一人一人自己紹介していった。俺はステータスを含めて全員知っているのですごくつまらなかった。ただ、互いの警戒心は少し薄まったようだ。時間を割いた意味があったようでなによりだ。
「ま、負けた……」
ルシアが涙目で呆然としていた。両手は自らの存在しないものを押さえていた。そもそも勝負にさえなってないから。勝負するならそこの『肩凝り知らず』な魔道王と競い合え。そう言いたかった。挟み撃ちされるから言わないけどね。
「ねえ、カイト。話が違うじゃないか」
「は? なにが?」
「二人ともかなりの手練れじゃないか。元日本人だからってそこまで謙遜しないでよ。そこまでいくと逆に嫌味だよ」
「たしかにそうですね。お二人ともまだお若いですが私共にすぐにでも追いつきそうな雰囲気を感じます」
「あ、ああ……」
揺れる胸を目で追いながら俺は答える。これはまさか目を逸らせない呪いではないのか!? こちらに気をとられている間に相手を殺ろうというのか。なんて恐ろしい。
ちなみに謙遜じゃなくて昨日までは真実だったのだ。今さっきでレベルが鰻昇りしただけだ。はあ、どうせならスタイルも追いついてもらいたいものだ。ちらりと横目でルシアのそれを見る。
『炎の精霊よ、我の前に立つはだかる不浄なる心を持った――』
「ルシア待て!」
「なんで?」
「なんでじゃねーだろ。こんなところでそんな危険なものを呼び出すな」
「大丈夫よ。清廉潔癖であれば一切ダメージは受けないから」
だから止めたんだよ!
「凄いね。ルシアさんは精霊を呼び出せるんだ。これなら僕達と一緒にもっと下の層にまで潜れるんじゃない?」
「まあ、確かにそうだな」
ルシアとオーグも真剣な表情で頷いていた。いまさら覚悟を聞く必要はなさそうだ。
「じゃあ、ご同行させてもらいましょうかね」
「やった! これで少しは趣味の話に付き合ってもらえる」
あー確かに、ラノベやゲームの話をしてもこっちの住人にはさっぱりだよな。
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