10月12日 ハングリー精神

 男は悩んでいた。


 実は今自宅では、まさに電子ジャーがぐつぐつと沸騰しているに違いない。丁度この夜9時頃に炊けるようにセッティングをしてきたから。

 今日のために、昨日食べたチゲ鍋の残りがある。肉も買ってある。

 この日は存分に、それを平らげる。――そのはずだった。


 しかし、現実は違っていた。

 仕事帰り、同僚と、「ちょっと食っていくか!」という調子のいい言葉。これを自らが発していたとは、だれが信じられようか。

 その上、向かった先はボリュームのあるラーメン屋。

 それを、スタンプ2個で大盛り、という有意義なアイテムを用いる事によって、男の胃袋は存分に満たされていた。

 そこで、男は気づいたのである。

 今頃、ホクホクと炊けているであろうご飯の存在に。


 彼は焦っていた。内心を誰にも悟られぬよう、口笛まで吹いていた。


 家にたどり着き、キッチンの換気扇にスイッチを入れた。ガスコンロもスタンバイ、男は、チゲ鍋を再び蘇らせた。

 そして、それらをその胃袋へと流し込んでいく――。


 さて、ここで男は悩んでいた。

 炊いたはずの米、2合は、いったい何処へと消えたのか。

 答えは、神のみぞ知る。

 小説は、一向に進まなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る