第14話「立ちふさがる壁」


 状況は最悪だった。

 

 突然乱入してきた男達に制圧された孤児院。

 銃を片手に、子供たちを抱えて、銃口を突きつけ。

 入ってきたら子供たちを殺す。怒号のように男達は宣言し、幼子の命を人質にとった。

 

 広瀬涼は、部屋の端に押し込められ、男の数名に見張られている中に居た。

 奴らは己のことを、ただの少女だと思っている。

 不意を突けば或いは。

 少なくとも、子供たちを助けられれば警察も動けるに違いない。

 

 部屋の隅に押し込められる状態で、話声などあげられるわけがない。

 やるしかない。

 一人で、この場を逆転させる。それ以外に、この場を鎮める方法はない。

 

 少女は、決意を固めたまま、一人その時を待っていた。

 

 

 Flamberge逆転凱歌 第14話 「立ちふさがる壁」



「……ん、ぅ」

 ふいに目が覚める。宿でのらんちき? が終わった後の自然解散、一夜を呑んで食って過ごした各々はちゃんと己の割り振られた部屋で眠りについていた。

 今この部屋には、ろくに飲まない酒でグロッキーになっていたひなたと、それを落ち着かせながら腕枕をしていたレイフォンの二人しかいない。

 何とか一晩寝て落ち着いた。無防備な寝顔を見ていると、少し安心する。

 ゆっくりと起き上がろうとした時……がさ、と頭の後ろで音がしたのを感じる。

 何か紙がこすれあうような音。けだるそうに、その擦れる方向に手を伸ばす……何かの本だ。

 おもむろに、それを手に取ってみる。見てみる。


「に゛ゃあああああ!?」

 爽やかな朝に、温泉宿の2、3部屋を貫通するような悲鳴が響き渡った。

 

「ひなた!?」

 真っ先に起きてきたのは涼。

 突然の叫びに反応して起きてきたのはいいが、急ぎすぎて浴衣の胸元がはだけかけ、ちらりと見えそうになっている。

 ……そして、光景を見て、真っ赤になったひなたと、その手元に置かれた雑誌を見て、全てを察した。

 

「ちげーって! 俺紙より電子派だし!」

 真っ先に容疑者として疑われた俊暁、必死の弁明。

「酔って犯行に及んだ可能性は?」

「ねーし! てか弁護士が警察めいたことやってどーすんだよ!?」

 朝っぱらから、食堂での一幕は周囲からあまりに浮いていそうなものだった。

「というかお前ら揃って俺のことをなんだと」

「セクハr」

「もういいです」

 本気で臍を曲げている俊暁に、流石に疑いすぎたと思いながら周囲に目を配る。

 

 朝のコーヒーを嗜み騒動見物の姿勢に入るトーマス。

 既に日課の端末チェックに移行しているパーシィ。

 微妙に意識しているひなたの横で、納豆の食べ方に悪戦苦闘しているレイフォン。

 目玉焼きを食べている最中、半熟のせいか黄身が口からこぼれるナルミ、それを慌てて拭く由希子。

 特に変わった様子はない。

「じー」

 ただ、ずーっとジト目でアルエットの方を凝視している総一だけは違った。

「なにかねそーくん」

「やったのアルエさんっしょ」

「だって愛する二人はぁー、少しでも進んでもらいたいって思うのが、おねーさんごころじゃない?」

「そんな単語初めてきいたわ」

 呆れ果てる総一と全く同じ気持ちを涼は抱いた。

「だいたいそんなおカタいことばっかやってるとカレカノできないぞい?」

「聖職者がそれを言うな」

「もー涼までそんなこと言うー。あんたもいい男見つけてしっぽりしなさいよぅ」

「はあ!?」

 まーた混沌としてきた。

 ひとりごち、真っ赤になる涼とアルエットのじゃれあいを遠い目で見ながら、ふいに総一が視線を横に逸らすと……そこでは、いつもはしないような難しい表情で、端末と睨み合っているパーシィがいた。

「どしたんスか」

「いやさ、これ」

 パーシィは、己が見ていた端末の画面を皆のほうに向ける。

 

 そこには、一人の男がいた。

 黒髪を七三分けにし、常に笑顔を絶やさない、黒のスーツに赤と青の派手なストライプネクタイの男。四十代くらいだろうか。

 渡邉 務わたなべ・つとむ。名前だけならば聞いたことがある人間もいるだろう。24時間営業の小売店『スマイルマーケット』の業務でエルヴィンに乗り込み、トップを握った男。通称を『トムナベ』。

『渡邉さん、労働組合を提訴したと聞きますが。仮にあの噂の弁護士と当たったらどうされるおつもりですか?』

 その言葉に、知人の注目は一斉に広瀬涼に集まる。

 彼女は最早エルヴィンに於いてパワーバランスそのもの。企業が提訴するにあたり、単純に壁として立ちふさがる存在である。

『簡単なことです。いくら彼女が強くてもそれは一人の力。

 一人が世界を動かすことなど夢物語。私は従業員の力を貸してもらい、今この場にいるのですから』

 いつも崩さない笑みのまま、あの広瀬涼にさえ、はっきりとここまで言い切ってしまう。それはパフォーマンスなのか、それとも。

 

「……朝っぱらから、こんなん見る羽目になるとはな」

 げんなりした様子で、麦茶をぐいっと一飲みする俊暁。

「しかも朝っぱらからセクハラ疑われた直後に」

「それはほんとごめんなさい」

 広瀬涼の平謝りはなかなかレアな光景である。

 しかし毒づいた割には、俊暁の思考は意外と冷静であった。

「で、こいつ何を以て広瀬でもどうにもならないって踏んだんだ?

 実際直接戦闘でフランベルジュを倒せるわけでもない」

 振り返る俊暁の指摘は正しい。フランベルジュの力は、エルヴィンの現在の環境そのものであるといえる。

 どんなに訴訟を展開したところで、広瀬涼が前に立たれれば己の理論を振りかざせなくなってしまう。

 彼女がデビューした時点で、うかつに訴訟を下せば痛い目を見るのは訴訟を出した側になる。

 そう考えれば、彼女に力を持たせたのは正解であるといえるが。

(……だとすれば、何故広瀬が選ばれた?)

 ここまでピンポイントに、状況が作られたことがどうしても疑問になる。だがそれは本題から逸れる、俊暁はそう思い直して疑問を横に追いやった。

「何か来てないか見てみる」

 懐から携帯端末を取り出し、電子メールでも届いているかどうか調べる涼。

 そこには二件、仕事のために作られたアカウントにメールが届いていた。

 

 一件は、仕事の依頼。

 件の小売店で働いていた従業員の労働組合による、弁護の依頼である。

 

 もう片方は―――スマイルマーケットの本部。つまり、渡邉務から来ている。

「どうだ? 広瀬」

「ッ!?」

 俊暁の言葉にはっとなり、思わず端末を隠そうとする。

「『何でもない』は無しだ。何かあるんなら、此処に居る俺達全員が聞く権利はある。そうだな?」

 その手首をとって、俊暁。振り払おうとした涼も、言葉に周囲の反応を伺う。

 

「……どうやら、無関係という話では済まされないようでね」

「同じ状況だったら、情報共有は社会人の基本でしょ?」

 トーマスが己の端末を周囲に見せる。そこには、同じく渡邉務からの依頼メッセージが来ていた。パーシィもそのノリに同調する。

「ほっとくと涼は閉じこもっちゃうからねー。言いなさいよ」

「そうなんスか? ……まァ、できることがあるかも分からねェけど、俺も一応」

 アルエット、それに続き総一。

「俺も聞きたい」

「まあ、こいつもこう言ってるし。アタシも……その、アンタに借り返したいしさ」

 相変わらず愚直なレイフォンの声に、踏ん切りがなかなかついていなかったひなたも、照れくさそうに言葉を選びながら。

「おねーちゃん?」

「……りょーちゃん。見せて?」

 状況が分かっていないナルミをよそに、由希子が最後に、はっきりと問う。

 

 ここにいる誰もが、心は同じだった。

「……涼でいい、ひなた」

 根負けしたように、端末を皆に向けて公開する。

 既にある程度文面をスクロールした場面、涼が問題を感じ取った文章が表れていた。

 

『既に労働団体から貴女に依頼が届いていると思われますが、その依頼を拒否する、または受けても途中で棄権して頂きたく思います。

 三日後に労働団体が大規模デモを行い、それに被せて決闘審判が行われますが、此処で私達の正当性を証明することで、無用な争いを抑えることができ、社会のあるべき姿が保たれることになります。

 互いに無用な労力を避けるために、賢明な判断を願います。

 

 なお、この話は機密情報とさせていただき、外部に話が漏れた場合、然るべき手段を取らせていただきます。』

 

 それを見せた涼の表情は、浮かないものだった。

「……それで、皆に迷惑をかけたくない、って?」

 真っ先に口火を開いたのは、由希子だった。

「駄目。そんなの絶対駄目よ。それで危険になるのりょーちゃんじゃない。

 あの日助けられなかったら、りょーちゃんが代わりに死んでたの忘れたの!?」

 必死な言葉。

 

 由希子はその目で見ていた。

 子供たちを助けるために一人で飛び出した涼の姿も。

 彼女を庇い、その命を散らした一人の青年の姿も。

 だからこそ。

 

「一人で行かせない。理不尽にりょーちゃんが叩かれるためにこんなことやってるわけじゃない!」

 譲れない。これだけは。

 何のために今ここにいるのか。

 食いつくように凝視。絶対に一人で関わらせない。

「……大筋シャッチョさんと同意だな。その文面保存しておけ。これで実際動きがあれば、それは脅迫になりうる文面だからな」

 続いて俊暁。流石に警官なだけあり、この手の話には不快感を隠そうともしない。

 由希子の言葉で、兄の死を思い出したのならば猶更。

「勿論、俺達も話に乗らせてもらいますよっと」

「あちらさんの事情分かってれば、機体の乗り手に相応しい行動はとれるしね」

 渡邉務の方から依頼を受けていたトーマスにパーシィも同調する。

「全く。あの頃からちっともなんだから」

「……で、手伝いってどーやるんスか。俺みたいな素人でもできる奴?」

 呆れながらも手を貸すアルエット、何もできなくとも何かしようとする総一。

「そうだよ。あれだけの軍勢で何とかなったし、皆で何とかしよう!」

「……敵対してたアタシがやるのもなんだけどさ。涼が困るならやるしかないじゃん?」

 レイフォンの勢いに、言葉選びで逡巡していたひなたも頭を掻きながら。

 

 反応は変わらない。みんな揃って、広瀬涼の力になろうとしている。

「ありがとう、皆」

 微笑みかける涼に、皆こくりと頷いて答え。

「がんばろー!」

 ナルミの突き上げた拳に、一同で拳を天に掲げる。意志を合わせるように。

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 準備期間は3日。無用な連絡は避け、集まった10人で可能な限り状況を想定し、作戦を練った。

 それぞれできることを模索し、情報を可能な限り交換し。

 

 時は満ちた。各々が配置につき、可能な限り状況を整えた。

 あとは、やるだけ。

 

「……で、俺達とチームを組むのはあんたか」

 顔合わせをするトーマスとパーシィ。彼らは想定通り、渡邉側の依頼を受け、残る一人はクライアントが直接雇う。

 トーマスが手を差し出す相手は、スキンヘッドに褐色の男ゴードン。

 理性的でありながらノリのいいトーマスとは対照的に、彼は全く二人と取り合おうとしなかった。

「せめて握手くらいどうだい」

「……」

 パーシィの呼びかけにも無言。全く取り合う気はなく、とりあえずポジショニングの確認をする。

「まあ、いい。今回はこちらが二人がかりで抑える。アンタにはカバー頼めるか?」

「……」

「せめて会話のキャッチボールしなよ、本番でトチったらどーすんの?」

 ひたすらに沈黙を守るゴードンに対し、顔を合わせて呆れる二人。

 

「クライアントの意向は絶対だ」

 しかし、唐突にその沈黙が破られる。

「俺はそれを達成する。それだけだ」

 それだけ言って、またも無言を貫く。

 色々言いたいことはあるが、既に時間も押し迫っている。

(やれやれ、お目付け役ないし処刑人ってワケね。こいつは厄介だな)

 予想より遥かに危険な状況にある。

 確かに、二人のやろうとしていることは依頼と相反することであり、それを承知でこの依頼を受けた。

 ゴードンはあくまでクライアントが雇った者であり、クライアントを優先する。

 言外にこう言っているわけだ。―――逆らえば殺す。

「あーあ。早く試合にならないかなぁ」

 パーシィの最もなぼやきを他所に、時計の針は進む。こういうときに限って、時間の進みは遅く感じられる。

 

 

「……これは?」

「決闘審判が終わるまでつけていただきます。意思表示のようなものです」

 広瀬涼の前に現れた黒服。差し出したのは首輪だった。

「何の意思表示だ」

「あなたのやることが、大勢の命と引き換えであるということです」

 次いで黒服が取り出した端末を操作すると……そこには現在進行形で、デモに参加している大勢の民衆の姿がある。

「今、有志がこの首輪をつけてデモに参加しています。これをこうすると」

 黒服は、もう一つのプラスチックケースに同じ首輪が入っているのを見せ、閉じて適当に虚空に放り投げる。

 おもむろに、最中ボタンを押す。

 

 そのケースの中で響く破裂音。爆発四散したそれが周囲に破片を散らし、中から現れた首輪が焦げ破損していたことから、どれだけ威力があるかを思い知らせるには十分だった。

 

「……民衆を人質にとった自爆行為と」

「人聞きが悪い。そもそもあなたが秩序を守ってくださればそれでいいのです」

 黒服の表情に、逃げ道がないことを悟る。どちらにせよ、生殺与奪は握られている。ならば。

 

 人々の為に命を懸ける覚悟はある。あとは己が、一人でないことを信じて。

 その銀色の首輪を手に取り、己の首に着用する。

 

 

「……ほんと、大丈夫なんスかね」

 ぼやく総一。観客ひしめく会場の中、アルエットとナルミの二人とともに観客席に。所謂保護者的なポジションに収まった。

「なんとかなるでしょ」

「なんとかなるってあーた。俺等ほぼみそっかすじゃねーっスか」

 無理もない。特殊な能力も技術もない以上、やるべきことは必然的に限られている。

 狙われやすいナルミの御守り以外に出来ることはないのだ。

「涼の事情を少しでも和らげるのも仕事でしょ」

 あくまで正論で諭すアルエットの言葉に、根負けして溜息をつくしかできなかった。

「ニーサン」

「だからやめーや」

 張り詰めている中、ふいにナルミの言葉が注意をひく。

「なんか、おかしくない?」

「は? どういうことだよ」

「わかんないけど」

 漠然とした不安。それを和らげるようにか、腰に乗せるようにナルミを抱きしめるアルエット。

「大丈夫よ。全部なんとかなるから」

 よしよし、と落ち着かせるアルエット。一方で、漠然とした不安、その言葉が総一の中でどうにも気がかりになっていた。

 

 

『皆様、大変お待たせいたしました。これよりスマイルマーケットと労働組合の決闘審判を開催致します』

 場内アナウンスと共に、床がせり上がり、リングの中に現れる6機の人型ロボット。

 しかしそれは、単なる処刑場にしか過ぎなかった。

「いいですね。これでこそエルヴィンというものでしょう」

 通常の観客席よりさらに高い位置に存在する、リングを一望できるVIPルーム。渡邉務はその一室にいた。

 大手の人間ならば、高い金を払うことでたとえ被告だろうとVIPルームで観戦することが可能となる。

 この景色から見られるのは、期待の新人、社会を覆すチャレンジャーが無残に散るところ。

 

 かつて共に戦った仲間に、広瀬涼を倒させる。

 ゴードンはスマイルマーケットの手の内の者。その気になれば、裏切り者を始末する権限もある。

 もしそれでも粋がるようならば……その時は、民衆が犠牲になるだけ。

 それか機体の不調による爆発という形で、広瀬涼を始末すればいい。

 警察にも連絡はさせていない。いつでも民衆を殺せるという意志表示をしているからだ。

 

「あなたには旗印になってもらいますよ、広瀬涼。この世で優先されるのは、正しいことより、社会の理念に適合しているか否か、ということをね」

 不敵に笑う。まるでそれは、世界の支配者にでもなったかのようなもの。

 だがそれは、ある意味で間違いではない。現に彼は『小売店チェーンの代表取締役』として社会の一部を握っている。

 単純な戦力だけで、彼を落とすことなど不可能。

 そこにいることこそが権力であり、弱者を従わせることができる。弱者は永遠に這い上がってこれず、ただ歯車になるのみ。

 それを分からせるには、民衆の味方としてわかりやすい存在を砕くこと。

 

 つまり、広瀬涼の失墜、もしくは死である。

 

 

 SLG3機の前に立ちはだかる機体。

 見慣れたBMM2機は、それぞれ今回の戦闘用にカスタマイズされたもの。

 パーシィのBMMは、やはりミサイル多めで、肩、脚、バックパックと重装。さらに腕にはグレネード、射撃武器もガトリングガンと、とことん実弾に拘った装備。

 トーマスはレーダーと狙撃用レーザーのバックパックこそそのままだが、取り回しのきくレーザーガンやパルスキャノンを追加装備した万能型。

 それぞれベーシックな白を基調に青のペイントが成されている、そのままの存在。

 

 一方、見慣れない一機はBMMより一回り大きい。

 巨大な丸っこい肩アーマーに小さめの腕、ガタイのいい印象を受ける。

 ダークグリーンで彩られたそれは、異形と言って差し支えなかった。

 

「あれが、残る一人か」

 対峙しながら、涼はぼんやりと作戦を思い出す。

 トーマスとパーシィは予定通り枠を埋め、残り一人。これだけはどうしようもなかった。

 本当に気を付けなければならないのは、このゴードンという男の機体。

 いざとなればどうにでもなる。が、無理やり強行突破すると自身の身が危ない。

 自分一人ではどうしようもない。しかし、これを見逃したら、押しつぶされて泣く人々が増える。

 

 力だけでは何も守れない。

 現に、戦う力があって尚、大事なものがこの手から零れ落ちていった。

 だから、力を社会に作用させて守る方法を探した。

 その答えが、訴訟を退けることで訴訟側が有利になることを防げる『弁護士』という仕事だった。

 故に、この依頼を避けて通ることはできない。

 

 絶対に負けない。それだけではいけない。

 本当に大切なものを守れる、どんな困難をも超える存在にならなければ。

 そうしなければ、かりそめの希望を抱いた世界は再び絶望に叩き落とされ、人々は立ち上がることができなくなってしまう。

 

「皆……お願い」

 己の希望は、仲間たちに託された。

 

 ―――そして、試合開始の時。

 

「やってやりますよっと!」

 真っ先に動いたのはトーマスとパーシィだった。

 挟み込むように移動し、取り囲む構え。お得意の包囲戦術。

 四方を固められた会場では、あまり高速で突っ込もうにも会場外に出てしまう可能性が高い。故に海上リングにおける戦いでは、変形戦術を取るのは難しい。

 それは今この状況のフランベルジュ達にとっては逆に幸運だった。

 取り囲まれ、狙い撃ちにされる。この状況は、ツヴァイに乗って、或いは合体して全速離脱という手を取りづらいという意味であり。

 

「そらそらぁ!」

 一見、取り囲まれてミサイルを連打されながら、レーザーやパルスキャノンでハチの巣にされているように見える。

 しかしデビュー戦と違うのは、彼らは意図的にその状況を作り出している。

 致命傷になる部位を避け、派手な撃ちあいを演じる。それは武器を使った殺陣に通じるものがある。

 あとは、この撃ちあいを演じるようにツヴァイが背部のエネルギー砲、ドライがミサイルや手持ちのロングキャノンを用いて応戦する。

 残った課題は、不確定要素であるゴードンだった。

 

「―――ッ!」

 涼の取った行動は、真っ先にゴードンを叩くこと。

 それは二人と二機が時間を作っているうちに、不自然さを怪しまれないように自身が目立つという意味合いもあった。

 狙うはダークグリーンのゴードン機。装備しているブレードアーマーのブーストを全開に、右拳を振り上げ、殴打の体勢。

 まずは攻撃が通る基準を把握し、適切な戦術をとればいい。そのための接近戦。

 

 しかし、殴打しようとした瞬間、何かに受け止められる。

 視線がその方向に泳げば、違和感の正体は巨大な肩アーマーにあった。

 ゴードンの機体は巨大な肩アーマーが特徴的。そう初見では感じるだろう。

 そのアーマーの正体は、巨大な隠し腕。アーマーに偽装することで、この巨腕を武装化し、文字通りの『隠し腕』としての運用を可能にした。

 その隠し腕は、本来なら一回り大きな機体のために用意されるサイズ。合体していない今のフランベルジュの出力と対等に渡り合うことができる。

 元々可動式シールドとしての運用も可能なこの巨腕の耐久性・耐用性がこの事態を生み出した。逆に言えば、このくらい尖っていなければフランベルジュと渡り合えないということだが。

 そして、もう片方の腕には短距離用のショックカノンがハードポイントに装備されていた。

 ガンッ……!! 衝撃が機体を叩き、大きくよろめかせる。

 機体自体へのダメージは本当に軽微。だが、突き抜ける衝撃は中の涼自体が吹き飛ばされかねないようなもの。

 

 対策されている。直感で感じた瞬間、別の銃撃が機体を襲う。

 今度はなんだ。考える間もなく、着弾したその弾頭が放つのは―――電撃。

 

「ぁぐぅぅ……っ!!」

 全身が焼かれるような感覚。間違いない、この男は確実にフランベルジュを、広瀬涼を打倒しに来ている。

 加えて、下手に手を出して速攻で叩こうものなら、デモに参加している多くの人々が……。

 

 このままでは終われない。今耐え凌ぐことが、皆を守ることに繋がると信じて。

 ただただこの瞬間を耐えきることだけが、残された選択肢だった。

 


 Flamberge逆転凱歌 第14話 「立ちふさがる壁」

                         つづく。

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