第8話「希望の証明」
目の前には、夥しい血。
警官の怒号、取り押さえられる犯人。しかし、だからといって進んでしまった時を止められる人間はいない。
犯人にも、警察にも。―――自分自身にも。
はらはらと流す涙が、床に落ちる深紅に伝播する。
今、目の前にいる命が尽きようとしている。
「死なないで……生きて、お願い……!」
あとは救急隊員が、事態の収拾後突入し彼を救うだけ、それで終わると信じたかった。必死に彼の意識を持たせようと、できることは声をかけることぐらいだった。
ふいに、血の気の引いていく手が、自らの頬にあてられているのを感じた。
嫌な予感がした。消えてしまいそうな命。もう何を言いたいのか自分でもわからない。
いやだ。死なないで。それだけで頭がいっぱいだった。
「……大丈夫」
ふいに、優しい声が聴こえた気がした。
「君が守る未来に、俺は『居る』よ」
微笑みかけた少年は、それから、言葉を口にすることはなかった。
―――彼が、角川朝輝が残した、最期の言葉。
享年17歳、搬送先にてその短すぎる生を終えた。
Flamberge逆転凱歌 第8話 「希望の証明」
曇り空。あいにくの天気となってしまったが、それでも熱気は止まない。
エルヴィンの娯楽たりえる決闘審判だが、今回人々が集まるのはスタジアムではない。
エルヴィンの一角には、かつて事故により崩壊した区域が存在する。再開発するか否かの議論が成された結果、この土地は再開発されず、決闘審判に都合のいいステージへと流用されているのだ。
その区画の四隅には、中継モニター設備などを含めたエネルギーバンドによるリングを維持する施設があり。
「おいひいけどぱさぱさする」
「飲み物と交互じゃないとからっからになりますよ」
由希子とナルミは、その観客席でポップコーンをつまんでいた。完全に観客席でスポーツ観戦のような体制である。今回二人は、被告側に関係こそあれど基本的には部外者。通常の手段で取得した一般席でモニター観戦という立場に居た。
しかし、周囲には人、人、人。
満席どころか後方には立ち見の人間がおり、如何にこの決闘審判が人々に注目されているのかが窺い知れる。
「……俊暁さん?」
「何だよ」
その中で、珍しく難しい表情で黙りこけていた俊暁に、ふと声をかける由希子。
「ちゃんと話はできたんですか?」
「……いや」
問いかけに首を振る。既に由希子は涼から直接、事のあらましを聞き、俊暁に問いかけていた。
「結局進展なしですか」
「こっちもデリケートな話なんだよ」
デリケートな話と切り捨てるのも無理はない。彼にとっては実の兄。広瀬涼にとっては―――。そんな話、本番前に切り出せるわけがなかった。
格好つけているわけではない。お互いに大切だった人の話、だからこそ。交わらなかった道なれど、お互いにその重さは経験してきた。
だからこそ、口に出せなかった。
今日も、控室で会った時に一度、話を交わす機会があった。
それでも、お互い気まずい沈黙が流れた末、実際に話をしたのは一言だけ。
『終わったら、話がある』
涼も頷いただけで、それ以上話が進むことはなかった。
「……ちゃんと、話してくださいよね」
「わかってる」
どうしても、由希子との会話も気まずくもなる。
決闘審判のルールは、特に提案がない場合は多人数戦で行われるが、一方がルールを突き付けることも可能。そのルールを呑まずに交渉をすることも可能だが、今回は『挑戦状』として送り付けられた以上、それを受けない選択肢はなかった。
大切な物の生殺与奪は、あちらに委ねられている。
故に今回は、フォーティン側の提案する特殊ルールを呑むこととなっている。
一つ、互いに参加する人間は一人。ただし、自立機動、ないし参加者の遠隔操作で2機以上が戦闘に参加することは許可される。
一つ、人間が乗る機体=リーダー機が破壊された方が敗北。
一つ、参戦する機動兵器の基準は問わない。
いくらでも抜け道のあるこの提案。SLG2機と合流したことで、涼は3機編成でこの苛烈な戦いに挑むことができる。
対するフォーティン。条件を提案したということは、何かしらその穴を突く用意があるはず。それに今回は、前回のように他人が介入する余地はない。
「だいじょーぶ」
しかし、一方でナルミの目は真っ直ぐモニターを見つめていた。
「おねーちゃんは、まけない」
「お前本当そればっかだな」
その自信の根拠が知りたい。
ナルミが関わると言えば、SLGによるものではないかと簡単に予測がつく。
だが、そのSLGを以てしても一筋縄ではいかなかった相手。しかも完全にルール無用ときた。
「あのね、ナルミちゃん? 今回は相手も本気で強くて……」
「だいじょーぶ」
一点張り。
どうしたものかとナルミを挟み顔を見合わせる俊暁と由希子。
何故こんな幼い子供が、SLGの謎の鍵になっているのだろうか。
二人があれこれ悩んでいる最中、ついに観客席から歓声が上がる。始まろうとしている、今までとはレベルの違う一戦が。
歓声にかき消され、二人は聞くことができなかった。
「おねーちゃん、みんなのこえをきいてあげて。そうすれば―――。」
並び立つ両雄。
訴訟の正当性を問う一次裁判を終え、誰もが予想した通り、この決闘審判という舞台に辿りついた。
沸き立つ一戦が女性同士というのも目立つ要員の一つではあるが、そこはさほど重要視されていない。
広瀬涼。
鮮烈なデビューを果たし、一対三という不利を決闘審判初戦で鮮やかに覆して見せた、逆転の申し子。
スーツ&スラックス姿で凛として立つ彼女の背後に降り立つ三機。
白い四肢に紅を宿し、シンプルながら纏まったフォルムの『フランベルジュ』。
黒をポイントに入れた深紅のボディ、変形すると言わんばかりに突き出た両肩の流線状のアーマー。『ツヴァイドリル』。
誰もが初めて戦いを見るであろう、甲虫の羽が四角くなったような巨大バックパックを宿し、両肩の突き出た長方形状のアーマーでフォルムの印象が造られた青の機体『ドライフォート』。
対して、脚を持たず代替のブースターで空を舞い、腕を持たず大体のクロー式プラズマキャノンで敵を焼く異形の機体。
登録ネームが『アーセナル・コア』であることから、先日の『スキュレイ』は合体先の名称なのだろう。
対抗して己の後方にそれを呼び寄せたのは、金髪に血のような紅の瞳をアクセントにした狂気の女―――フォーティン。
「遠隔操作か」
「さァね」
短く言葉を交わす。ルール上、複数の機体を操作するには、機体が独自に動くか、機体を遠隔操作するしかない。
郊外での戦闘時、フォーティンは『まだ海の底』と言っていた。ならば何かしらの手段で遠隔操作をしていることは間違いない。
「どォせ死ぬ奴に何言ってもさァ」
「それは、どうかな」
途切れ途切れの会話。対戦相手とわざわざ長いおしゃべりをしてやる道理もない。
全ては一戦にぶつければいいのだから。
「絶対に負けない」
「それは……無ゥ理、だねッ!!」
時間になる。両者、弾けるように後ろに跳び、愛機の身体を伝いコクピットに滑り込む。
コクピットの中で、涼は感じる。いつもよりリンケージが早いし、しっくりくる。
目の前には廃墟となったビル群、その中央に立つ己とフォーティンの機体。何を仕掛けているかわからない。しかし、絶対に勝つ。それは誓いだった。
試合開始のカウントダウン。ここからでは中継は聞こえない。ただ己の結果のみが行き渡り、実況音声とともに公共の電波に乗る。
5,4,3―――ただ音だけが聴こえる中、心はシンと静まり返っていた。
(私達が過ごした大切な場所。朝輝さんが守ってくれた場所。
お前に、消させはしない)
そして、カウントが0になった瞬間、速攻で火砲が火を噴いた。
戦闘の火蓋を切ったのは、アーセナル・コアのプラズマキャノン。それと交差するように放たれた、ドライフォートの一撃だった。
ドライフォートの背部バックパックには、自身の全長に迫るほどの長大なレーザー火砲がマウントされていた。
迷うことなくそれを二挺構えての射撃。アーセナル・コアの放ったプラズマキャノンとニアミスして、互いに元いた場所をかすめる形となった。
機動戦の開始。可変するツヴァイを視認し、涼はツヴァイの上に乗る。機動戦ではフランベルジュは高速機に追い付くのは少々難しいが、いきなりフランベルジュ・ランサーになるのも、それは既にフォーティンに知られている手。
アーセナル・コアを合体させる前に倒す。それは理想だが、フォーティンがそれを許してくれるとは思えない。
高度を高く取ろうとするアーセナル・コア。対し、ツヴァイに乗って高度を上げ、それを追う。
仕掛けてくるならば恐らくここだ。遮蔽物のない空中に飛び出せば、地上に隠れている相手から己を狙えるだろう。
敢えて己を囮に、アーセナル・コアと合体する子機をいぶり出すつもりだった。
「―――ッ!!」
刹那、気配を感じた瞬間ツヴァイから飛び降りる。ツヴァイも空中で人型に変形することで大きくバランスを変え、位置をずらす。
放たれた大火砲は空を切り、地上に隠れていた小型要塞のようなソレが露わになる。以前現れた地上用の子機が損傷したせいかはわからないが、一回り小さく、まるで蜘蛛のように大量の脚を抱えたモノだった。
その背には二連装のレーザーキャノン。あれに狙われたのか。だが、それを本命と言えるのだろうか。フランベルジュが得意とするのが地上戦であれば、わざわざ付き合うような装備で挑むだろうか。
―――その一瞬の思考が、判断を若干遅らせた。
「ぁう……ぐっ!?」
衝撃。身が、思考が揺らぐ。
かろうじて反射的に受けることはできたが、無防備な状態で受けたならばひとたまりもなかっただろう。それは自らを超える大質量。本命ははるか上空、ずっと反応を消し浮遊していた。
確かに空中のチェックは地上に比べると甘い、その上空中戦を盛り上げるべくリングアウトの判定も緩い。絶好の隠し場所とはいえ、それを受けて先手を打たれたのはあまりに大きかった。
態勢を立て直したときには、既に遅かった。
弾丸のような子機の外装が変形し、空中で機体を支える四本脚に。
現れた『胴体』に嵌まり込むようにアーセナル・コアと一体になるそれは、まるで四足の獣に人の胴体が生えたかのような。
『キヒャ―――ッハァ!!』
その突撃の速度はまさしく脅威。四本脚がそのままブースターとなっているためか、制御をきかせながらの突進は的確に地表に居るフランベルジュをクローで掠め、廃ビルに叩き付ける。
「ぐ、ぅ……!?」
『どうだいりょーちゃん、テメェがぬるま湯浸かってる間、こっちは地獄だったんだよ……!』
ギリギリと力が籠る。プラズマキャノンの照準にもなる三本爪の長大なクローは、フランベルジュを縫いつけたままギシギシと音を立てて。
「……誰がぬるま湯だ。八つ当たりに付き合う道理はない!」
振り上げた脚。その拘束はすぐに取れるようなものではない。今の位置から、異形の怪物―――アーセナル・タウルスを叩くことは敵わない。
しかし、フランベルジュはその脚を、迷うことなく後方に叩き付けた。
続けて放たれる炸裂音。何かが後方を抉る機械音。
脆くなった廃ビルは、穿たれた部分から上が、ばき、と折れる。ツヴァイ、ドライ双方から放たれた攻撃がビルの方を破壊したのだ。
そのままドライの肩部装甲が開けば、展開した装甲部から大きなミサイルがむき出しの状態で露わになる。
宙に放たれれば、真っ直ぐタウルス目がけて突き進むミサイル。
『チィ』
廃ビルだったもので受ければ、ビルの体を成していたそれが一気に崩れる。クローで突き刺し固定していたものが、刺していたビルの破壊により脆くなる。
「これなら!」
無防備になったアーセナル・コアの身体に蹴りを入れる。
バランスを崩したことで拘束が緩くなり、蹴りを入れた勢いでアーセナル・タウルスから離れる。吹き飛び、離れたところに滑り込むようにフランベルジュを拾う影―――ツヴァイだ。
そのままツヴァイに先導され大きく高度を取り……ツヴァイの背を蹴り降下する。
「行くぞ、フランベルジュ!」
語りかけられたフランベルジュ、ひときわそのカメラアイが輝くと、新たな情報が開示される。視認したそれを、フランベルジュを信じ、行使する。
相手を上回る高度から落下しながら、アーセナルに向けた脚はエネルギーを帯びて赤熱。相手を噛み砕く『牙』となり、猛進する!
「ブラスター・ファングバイト!」
『させねェェッ!!』
黙ってはいられない、アーセナルも急加速し逃れようとする。だが距離が短すぎる。直撃コース。
しかし、フォーティンにもフォーティンで大きなアドバンテージがあった。
突如放たれる、再びのレーザーキャノン。しかしそれはフォーティンの側からではない。地上からの的確すぎる援護射撃だった。
「くッ」
そのまま弾き返すフランベルジュ。だが勢いが相殺され、さらに逸れたことで余裕ができた。先程拘束を剥がされた時の負担が祟り、異常の発生していた左腕のクローを、生贄とばかりに突き出す。
溶解、破砕、爆発―――。
しかし力の向きを逸らすことができたアーセナル・タウルスは、左腕のみを犠牲に窮地を乗り切ることができた。
「損じたか!」
すぐさま追う体制に入る。しかし、上空から強襲したせいで、高度を保つこともできず一旦地上に脚をつけてしまう。
『……やァっと、かかった!』
すぐさま次の行動に移ろうとするフランベルジュ。それを襲ったのは、先ほどから違う場所からの衝撃だった。
「!? これは……!?」
広瀬涼には、一つ目論見違いがあった。
空中に出ようとしたフランベルジュならびにツヴァイを狙い撃った、蜘蛛状の敵機は、一機、二機どころの話ではなかった。
四機、五機、六機……ビルの影から、地面の裏から。それは既に地上を制圧し、蠢いていた。
「こんな数の遠隔操作を? ……それも同時に!?」
それらは合体が目的のものではない。最初から地上制圧用の子機だったのだ。
だが、仮にイメージしてもそれらは最低十数機はある。先程の的確な攻撃も、AI操作で何とかできるものとは考えがたいものであった。
『ところで、イレヴンちゃんよォ』
勝ち誇った声とともに、今度は熱と質量を持ったプラズマキャノン。
衝撃とともに、足場にしていたビルまでも崩れ落ち、大きく吹き飛ばされる。その落ちた場所、四方には先程の子機が囲むように待ち構えていた。
『テメェが生身でそんだけ動けるように、アタシらも弄られてるわけよ』
挑発するような声色。対戦相手との会話は、決闘審判が娯楽である都合上、任意でオープンになっている。
『アタシができることは、機械とのリンク。要はコイツ等ぜェんぶ、アタシの「手足」ってわけよ』
言葉とともに、的確に放たれるプラズマキャノンの乱打。
ツヴァイ、ドライも周囲に見えない。見えないということは、己と同じ状況に陥っているのだろうか。
事実、人工知能や既存プログラミング、外部干渉といった要素を排した場合、ここまで単独で多くの機械を操作、そして的確に対象を狙うことなど不可能。
並列的にロボットを動かし、的確に対象を攻撃する。空間把握や指揮系統も合わせて発達したものであろう。
『だァから……死ねよッ!!』
囲まれながら四方八方からの乱撃を受ける最中、ふいに気が付けば、真上をとったアーセナル・タウルスの脚が己に向けられているのが分かる。
脚の内側には、20m級のロボットが持ちえない超大口径キャノン。エネルギーの充填を感じる。逃げ場はない。どうする。どうする―――。
いつから、雨は降り注いでいたのだろう。
室内故に気づけていなかったが、空は既に雨模様。まるでこの戦況を現しているかのようだった。
「なんなの、これ……」
ひとりごちる由希子。フランベルジュが負けるはずがない、そう信じていたのに。目の前に広がる光景は、昔からの友人がただ、機械的な暴力に圧倒されていく場面だった。
「……広瀬。広瀬涼」
気持ちが落ち着かないのは俊暁も同じこと。
あそこまで強く、優しく、そして激しく。誰よりも鮮烈だった彼女が、成すがままに打ちのめされていく。それでは何も変わらない。何も変えられない。
「こうなるために、兄貴は死んだのかよ。違うだろ?」
兄の死は、残った少女に、後に絶望を味わわせるためのものだったとは思えない。
「やだよ……負けないでよ、りょーちゃん」
「勝って帰れよ、広瀬涼―――……!」
必死に願う。二人の心は、バラバラの言葉で、一つの方向になっていた。
小さな、本当に小さな祈り。願い。声援。
「とどくよ」
不意に、優しく、それでも力強く声を響かせたのは、ナルミだった。
「ぐっ、ぁぐ……!」
火砲の照射に晒される。焼けるような熱を感じる。フランベルジュの苦しみが、己にまで反映されるような気がして。
膝をつきかける。いくら生体金属が未知のものであっても、どれだけ耐えられるかわからない。
意識が遠のいていく。勝たなければ。勝って皆の希望を繋がなければ。昏くなっていく視界、それでも必死に、やみくもに手を伸ばして。
―――勝ちたいか。
ふいに、声が聴こえた気がした。
―――私の意思は、君に委ねている。望めば、その力を与えよう。
霞がかっていた思考が、急にクリアになる。
―――君は、もう『答え』に辿りついている筈だ。
ゆっくりと、ゆっくりとではあるが、立ち上がる。
そう。薄々、フランベルジュの違和感については考えていた。
先日の戦闘で、フランベルジュが放った背部のエネルギー波。
先程放った、脚部で放つファングバイト。
そもそも、意志を持つロボットが三つどうして揃ったのだろうか。
偶然ではない。引き合い、呼び合って事象は今此処に揃っている。
広瀬涼には、揃った事象のトリガーを引ける『可能性』がある。
『可能性』は束ねられ、引き合う『意志』により揃った。最初からこの為に、フランベルジュの仲間は『広瀬涼を呼び、引き合わせた』。
真なる力、その『可能性』は今、此処に宿っている。
全ては、神崎ナルミと出会った時。ならず者の襲撃を退けた時から始まっていた。
彼女も、フランベルジュも。弱きを助ける意思と、確かな強さを持っていた『広瀬涼』という存在を、強大な力を託すに足りる存在として認めていたのだ。
立ち上がった涼、前方に掲げる左腕。今左腕に嵌めているこの機材に、『フラムトリガー』の名を刻む。
燃え盛る炎の引鉄。立ち上がり、大きな熱量となった炎は、弾丸の雨霰などに消せはしない。右手の人差し指と中指を突出し、束ねてフラムトリガーに刻ませる。自らの意思を炎とする引鉄を引くように。
「ツヴァイ、ドライ―――リンケージ!」
理不尽に負けぬよう、精一杯張った声が、トリガーとなって波紋を呼ぶ。
「……な、なァんだ?」
突如エネルギーを纏い、光り輝くフランベルジュに、周囲が驚きを隠せない中、やはり誰よりも目を見開いたのはフォーティンだった。
続けていたタウルスからのエネルギー砲の照射も、子機からの火砲も、一切を受け付けず、弾かれる。
「エネルギー解放? そんなんいつまで持つか―――!?」
驚愕。振り向けばそこには、同じエネルギーを纏いながら、既に見慣れぬ一つの機影があった。
ただ限界までエネルギーを解放しても、無理にエネルギーを解放してバリアのように使用したとして、元々そんな機能もない理不尽がたとえSLGとて長く続くわけがない。
しかし、何かが違った。絶対に何かが違う。それで終わるわけがない。
必死にそれを妨害しようと、備えたレーザーを乱射。それだけではない。機体下部に備わっていたミサイルを惜しげもなく全力で放ち、勢いを削ごうとする。
止まらない。止められない。真っ直ぐにフランベルジュに向かったその機影は、フランベルジュが飛び乗ったのを確認し、遥か直上に駆けていった。
「……やっぱり、そうだったんだな」
機影に救われ、空に駆けあがる機体。単純な事。ツヴァイを前方にして、後部にドライがドッキングした簡易的な変形合体。
SLGの真価は、単騎での性能に非ず。意志を束ね、力を合わせることで、無限の可能性を引きずり出す。
以前ツヴァイに助けられたフランベルジュ・ランサーも、フランベルジュに備えられていたいくつかの機能も。
今こうして助けに入った巡航形態『ソードライン・フォートレス』も。
全ては、この一瞬のため。降りしきる涙のような雨を、陽光を覆い隠す暗雲を突き抜け―――
「クロスリンケージ! フル・ドラァァイブッツ!!」
渾身の叫びとともに、届けられた意志が、声援が、『定められた奇跡』を具象化する。爆発的に膨れ上がるエネルギーが、光の柱となって天地に轟き、暗雲を引き裂く。
ドライフォートの巨大なバックパックが大きく展開。その装甲は巨大な脚を形成し、胴体から切り離された脚部が、大腿部を収容していたスペースとドッキング。
胴体からせり上がった装甲が頭部を覆い隠し、空いたスペースに肩部装甲が詰めるように嵌る。
変形したツヴァイの機首一対が外れ、露わになる接続部。
ドライフォートと同じ方向を向くように飛ぶフランベルジュ。頭部が180度回転し、胸部だった場所が大きく開く。背部に畳まれた両腕部の大腿として、腰部からせり上がってきた脚部がドッキングする。
胴体、胸部、フランベルジュのそれだったものから露出したコネクタが、下半身を成すドライ、バックパックを成すツヴァイと結合し。
フランベルジュの脚部だったものは、脚の付け根が肩アーマーのようにツヴァイから分離した装甲を着込み。つま先と踵が大きく開かれ、そこから姿を現す新たなる両の掌。
前後逆を修正するように、180度回転するコクピット内、再びリンクがつながるように、身体中を温かい感覚が駆け巡って。
手を握る。
爆ぜたエネルギーフィールド、それはリンクの証として、生体装甲を赤と黒に染めて。元々のカラーリングを書き換えるそれは、三機の力と意志が合一し、広瀬涼に力を託すことを意味していた。
両の腕を空にかざせば、生体金属が形作る新たなる『兜』。己に被せば、フェイスを防護するように展開するマスク。
意志を持つ三機の仲間は、今ここにひとつの、炎の巨人となりてその真意を世界に知らしめる。
「逆転合体! エール―――フランベルジュ!!」
声援受けし、翼持つ炎の巨人。
放った波動は暗雲を切り裂き、再び地面を陽光で照らす。独立都市エルヴィンに、否、世界に、新たな奇跡が現実となって顕れた瞬間だった。
「あれは……!?」
広がる陽光の中、照らされ輝く炎の巨人は、観客席からもはっきりと確認できた。
「あれが、SLG……フランベルジュ、なの……?」
人型ロボット同士の合体機構は、実現しようとするとあまりに複雑怪奇で、浪漫を求めても誰も実用化しようと思わなかったもの。
できてせいぜい、フォーティンがやるような子機と親機の合体。ここまでフォルムを大胆に変えた合体など、あまりに非現実的で、有り得ないもの。
それはまさしく奇跡の体現だった。
「―――知っていたのか!?」
驚愕するので精いっぱいの由希子。一足先にはっと気づいた俊暁は、思わずナルミを振り向く。
その答えは。
「にひ」
完全にその『奇跡』を待っていた、満面の笑みだった。
この瞬間。
その場で見ていたエルヴィンの誰もが、新たなる奇跡の誕生を視認していた。
「マジかよ、これって……!?」
「まぶしいじゃない、涼」
被告用の席。ただ結果を待ち続けていたポインセチアの代表席。
はしゃぐ子供達に囲まれながら驚愕する少年、そして巨神を眩しそうに見つめるアルエット。
「やっぱ賭けにならないって言ったろ」
「だな。にしても、とんでもないことしてくれるよ、ホント」
オフの日に、クラブで観戦に興じていたトーマスとパーシィ。
中継を見て外を確認、降りしきる雨と、その中でも刺している一筋の陽光を目視で見上げて。
「……やっぱり。君なら、辿りついてくれると思ったよ」
カストロと名乗っていた銀の髪の人間は、何処かのビルの上でその光景を見て、笑みを浮かべていた。
『―――……ざっけてェェ!!』
こんな。こんなふざけたことを見せられて、黙っていられるか。所詮こけおどし、単なる演出に過ぎない。
ブースターを吹かし、その巨人にミサイルを放ちながら突進する銀と黒色のタウルス。しかし、エネルギーフィールドが消えたと思い片腕で放ったプラズマキャノンや、着弾するミサイル弾頭が生み出した結果は、予想をはるかに超える事態であった。
確かに、明確に着弾したはずだったそれは、何かしらダメージを与えていた今までとは違い、動じる様子も、装甲に傷がつく様子も、一切がなかった。
『ッ!?』
その様子を見て、涼は静かに口を開く。
「フォーティン。お前が他人の幸せを踏みにじるなら、私は全力でそれを砕く」
エールフランベルジュの脛―――ドライのバックパックだったもの―――から展開されるレーザー火砲。ドライの手持ちだったもの。
まずい。そう思ったフォーティンは必死に航行の軌道を変える。
だが。その火砲が放たれた瞬間、自分の予測以上の事態であったことを思い知る。
全力で、余裕を持って回避したにも関わらず、その両脛の火砲から放たれたレーザーは機体を掠め、後方のビル群近くに着弾。
『ッ!? ば、馬鹿な……一撃で!?』
だが、もともと包囲していた子機のほうはどうだ。
4機とも今の、たった一撃が直撃しただけで損壊、沈黙どころか……焼け焦げ、溶解していた。それに気を取られていた瞬間。
目の前には、既に炎の巨人が居た。
合体して得られた出力は、フォーティンの想像以上のスピードをフランベルジュに与え―――質量に関しては、言うまでもない。
次の瞬間、衝撃とともに水平に飛ばされたことで、フォーティンは一瞬遅れて己が蹴り飛ばされていたことを初めて知覚した。
『ば、馬鹿な……!? アーセナル・タウルスが蹴り飛ばされるなんて一度も……ッ!?』
続く砲撃が機体を掠める最中、視線をフランベルジュに向ける。
ツヴァイのバックパックがそのまま残った火砲がアーセナルを追撃する中、腰のアーマーから飛び出した二つのグリップを掴むエールフランベルジュ。
グリップを掴んだ瞬間、右手側は掘削するドリルのように、片側は穿孔機の刃のように螺旋を描き、生体金属の刃が展開する。
「リヴァースドリル!」
突撃。
『……っ、く、そォがァァッ!!』
加速力と、ドリルの穿つ衝撃で、大きく機体が揺れる。穿たれる。ダメージからの復帰で精一杯のフォーティン。先程から必死で、無事な子機には攻撃をさせているものの、フランベルジュは全く意に介さない。
「ウェストドリル!」
そして、レイピアのように放たれたもう一方のドリルは、アーセナル・コアの脚部からタウルスまでを貫通。そのまま高度を下げ突き落とせば―――。
『がッ……!? く、クソッ、動け、動けェェ!!』
地面に縫いとめるように刺さったそれは、アーセナル・コアの分離機能ごと、タウルスの動きを封じ込めた。それを見下ろしながら、ゆっくりと高度を下げるそれが、フォーティンには悪魔に感じられた。
『ちくッしょう、アタシが、こんな、二度も、本気で、クソォォ……ッ!!』
完全に、詰みに入った。
悔しげに脱出装置のボタンを叩けば、背部から脱出ポッドが放たれ、パイロットは保護される。
判断は間違っていなかったと、直後にフォーティンは思い知る。
「ブラスター―――ファング、バイトッッ!!」
マニピュレーターにエネルギーを纏わせた、今までとは格の違う必殺の一撃は、アーセナル・タウルスを穿ち、その背にあったいくつかの廃ビルにすら穴を開ける。
化け物はどちらだ。毒づくフォーティンも、最早広瀬涼を否定する力を持たない。
ただ恨めしげに、脱出ポッドの中から、その巨神の姿を目に焼き付けていた。
波紋のように押し流される暗雲、開いていく陽光。
今の己がどのように評価されているか、それを知る由はない。
ただ一つ確定していることは、フォーティンに敗北判定が点灯し、広瀬涼の勝利が確定したこと。
エールフランベルジュのコクピットから顔を出し、空を眺める涼。その陽光の広がりは、己の周囲に立ち込めた暗雲が払われたことの、証左のように感じられた。
「……朝輝さん」
この輝きが、彼の願いの生きる未来に繋がると、今は願う。
Flamberge逆転凱歌 第8話 「希望の証明」
つづく。
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