第6話「悪意を穿て、重なる力」

 燃え、焼け、落ちる。

 すでにその場所はボロボロに崩れ、元の施設の体を成さないものになっていた。

「……皆、いないの……?」

 紅に染まる中、ひときわ鮮やかな髪がはっきりと目に入った。

 身動きの取れない自身から離れ、手の届かないところに行こうとしている。


 こんなやつが、わたしになにをしたか。

 わたしがいま、どんなにいたいか。

 ぜんぶぜんぶ、あいつのせいだ。


 殺す殺す殺す殺す殺す殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。


 恨みをぶつけんばかりの瞳、その視線。仲間だった肉塊を探す目の前の少女は、それに気づけないでいる。

「……キヒャ、ヒャヒャヒャ……!」

 感覚がない左腕。己の身体がどうなっているかすらわからない。

 ただ、今は憎かった。目の前に映る真紅の怨敵。

「―――イレェヴン……ッ!!」


 Flamberge逆転凱歌 第6話 「悪意を穿て、重なる力」


 はあ、はあ、と隠しようのない大きな息が階段を上っている。

 普段体力が要される仕事についているかどうか。単純に男女の差もあるが、すでに足元がふらついている由希子は俊暁に先導されてようやく階段を登れるといったところだった。

 単純に何階分全力で駆けただろうか。地下倉庫への道が深すぎて、どこまで出口かもう覚えていないのが正直なところ。

「は、はひ、ま、だ……」

「……もうすぐだ、ほら」

 俊暁の返す言葉に上を見上げる。既にへとへとだった由希子の目の前に広がったのは、先ほど通っていた通路。

 ようやっと階段の終わりが見えた……必死に足を動かし、たどり着いた途端。

「……だ、だめ、も、無理、れす」

 糸の切れた人形のように、その場に倒れこむ由希子。

 既に額は汗でぐしょ濡れになっており、傍から見ても体力の限界に来ていた。

「ったく。ここまでなら……」

 あと少し移動すれば、じきに出られるだろう。動けなくなった由希子に背中を差し出す……おぶる形となり、女性一人の体重を上乗せされながら何とか外へと歩み出す。

「……だっこじゃないんですか」

「言ってる場合か」

 冗談を言えるくらいなら、少しばかりは落ち着いただろうか。半ば呆れながら俊暁。暫く互いに無言になり、足音と互いの息遣いが聞こえるだけの空間。それを裂いたのは、か細い声だった。

「……大丈夫、でしょうか」

 やはり気がかりなのか、不安そうに言葉を漏らす由希子。

「……ナルミか」

「ええ」

「信じるしかないだろ、広瀬を」

 そういわれてしまえば、幼いころから一緒だった由希子としては黙り込むほかない。涼の力は由希子こそ知っているのだ。


 だが。―――だからこそ。

「……さっきのりょーちゃんの声、私初めて聞いたんです」

 あんなに必死そうな声は聴いたことがなかった。まるで、すでに『その危険性を知っている』かのような声色。

 不安は焦燥となる。だが、今の彼らにそれを解消する手立てはない。ただ二人にできることは、皆の無事を祈るだけで。



 どれほど打ち合っただろうか。涼とフォーティンの打ち合いは、どちらの優勢ともとれないある種の均衡を保っていた。

 一見崩れたような体制から、瞬時に間合いを詰め獰猛な一撃を浴びせるフォーティンに対し、涼は的確にそれをいなし、反撃に移ろうとする。

 しかし涼の拳が届く前にフォーティンは飛びのき、再び変則的なタイミングで襲い来る。


 結論から言えば、ペースを乱される涼の方に不利がつく打ち合いであった。

 明らかに人の身ではない重い衝撃、間接的ながら肉体への負担をかけ徐々に追い詰めていく。対して有効な負担をかけることができていない涼は、フォーティンのペースに乗せられるがまま。

「―――ッ!」

 しかし、変則的とはいえ、異様な瞬発力からくる無茶苦茶な体制からの一撃とはいえ、そこには何らかの癖が存在する。

 一瞬低くかがむような体制をとったフォーティン。瞬間的にイメージしたのは、そこから潜り込むように懐に飛び込む―――。

 横合いから蹴りつけるように、自身の直感を信じ全力で足を横薙ぎに振り切る。


 はずだった。

「キヒッ」

 思考はとうに読めていたと言わんばかりに、右側から振りぬこうとした脚は容易に掴まれる。

 そこからは互いの読み合いの勝負。どこまで、どの手まで互いの手を構築できているか。膂力と反射が追い付けばあとは理論と直感の構築となる。

 足を掴まれることも読めていた涼は、即座に両手を床に突き、その勢いでフォーティンの顔面を蹴りつけようとする。が、それを間一髪で避けながら、掴んだ足から涼の体を大きく振ろうとするフォーティン。

 打ち合っていた場所は機体整備用の足場。ここから体をモノのように振られれば、手すりに大きく叩き付けられる形となるのは容易に想像できた。

 大きく振られる身体、背後に迫る手すり……頭部でも叩き付けられてしまえば、生身の人体である涼はひとたまりもない。

 刹那、手すりを掴むことで何とか衝突を回避。だが、それを『せざるを得ない』のは涼自身も分かっている。

「げぅ……ッ」

 衝撃とともに身体が打ちあげられるような感覚。

 手すりで止まるのを相手は見越し、腹部を目がけて思いきり蹴り上げられた。

 こみ上がる吐き気、苦痛。しかしそれでも、必死に頭を展開させなければフォーティンを止めることは叶わない。

 蹴り上げるときに、フォーティンは手を離していた。故に手すりを軸に身体は回転する形になる。回転を見計らい手を離すことで、身体は後方に投げ出される。

 体制を整え着地。しかし、それを悠々と視認できるフォーティンは涼が距離を取ったのを確認し、すでに手すりを踏み台にしていた。距離を詰めて飛び込んでくるのは明白。


 しかし、涼はここで自身の行動が悪手だったことに気づく。

 背後には先程調査途中だった紅の機体。ここで避ければどうなるか。機体を失うわけにはいかない。飛び込んでくる以上、敵の突撃は単純に防がせてはくれない。

 駄目駄目尽くしの状況の中、ひとまず一撃を受け止めるために両腕を交差。

 飛び込んでくるフォーティン。受け切れるだろうか。受けたとして、フォーティンの選択肢は無限にある。どうする。どの手を取る。


 ―――その結果は、眼前に突如現れた巨大な金属塊に覆い隠された。


「がっ、あァ……!?」

 気づけば、悲鳴とともにフォーティンは大きく吹き飛ばされ、壁に激突していた。

一瞬遅れて金属塊に視線を移す。

『おねーちゃん!』

 声のする方向を見れば、開いたコクピットからサムズアップをするナルミの姿。

金属塊は、今上に乗っていた機体そのもの。その腕が、飛んできたフォーティンを弾き飛ばしたのだった。

 気づけば、腕に巻いていた腕時計状の機材の表が点滅。意識を向ければそれはホログラムとなり、フランベルジュと共に新たな機体の姿を映しだした。

 SLG-02 ツヴァイドリル。上に突き出た両肩部を持つ、深紅の機体だった。

「なるちゃん!」

 涼が乗っていた位置は胸部の上。そのまま直下のコクピットにするりと乗り込む。

「全く、無茶をして……! 捕まったらどうするつもりだと思って!」

「ごめんなさい。おねーちゃんがあぶなかったから……」

 自身が狙われかねない身だと知っても、涼のために幼い身で手を尽くしてくれたナルミ。ぽむぽむとその頭を撫でつつ、フランベルジュとは違って設置されているコクピットシートに座り、ナルミを膝の上に乗せる。

 こうなればフォーティンも手出しできないだろう。

「おねーちゃん! ツヴァイがおはなししてくれるって!」

 表示されるモニターの左側には、もう一つの機体が映り込み、アクセス中のポップアップが記されている。ナルミの打った手から、残った2機は両者とも意志を持つ。ならば、この場を脱するのみ。

 施設の床、脚部のロックごと移動を始める。施設の壁の一部が開けば、展開する道の先に映るのは海水。エネルギーの力場で遮られているため、海水が入り込む心配はない。

「―――行くぞ! ツヴァイ、リンケージ!」

 涼の宣言と共に、意志を汲み取り煌めく緑のカメラアイ。点火するブースター。

 今、エネルギーの膜を、潜り抜けて、第二のSLGが外界に飛び出すのだった。


「……さて」

 建物の外。入り口近くのスペースにて、俊暁と由希子は二人でライズバスターに乗り込み、現状報告を済ませたところであった。

「応援は割けない、か」

 思案。当然と言えば当然だが、この事態に警察が動くことはなかった。

 今の広瀬涼は一般市民から見れば期待のヒーローだが、上層部にとっては平穏を乱しかねない上に何につくかもわからない不安要素。秩序を乱しかねない相手にわざわざ手を差し伸べるような真似はするはずがない。

 俊暁に下った命令は『監視の続行』。人命重視を優先した現場の判断でどうにか誤魔化している状況だ。

「頼むぜ、広瀬」

 こうなれば、広瀬涼が自ら乗り越えてくれるしかない。

 乗り込んでいくことを考えたが、正直戦闘バイクでは大きすぎて通路に突撃できない。かといって、由希子を一人きりにはできない。


 思案の最中、ふいに鳴る警告音。

 モニターに目を通した直後、迷わずアクセルを踏む。

「ふぇ!? ど、どうし―――!?」

 後部座席に搭乗していたグロッキーな由希子が急加速に文句を垂れようとした直後。その言葉は爆発音にかき消される。地面に着弾したのは紛れもなくミサイル。

 急ぎ後部カメラをONにして、予測地点の反応をレーダーと共に探る。後方に控えるそれは、丸みを帯びたフォルムに幾多もの脚部を持った、例えるならば白銀の甲虫から後部をそぎ落としたかのような機体。

 異常な速度で接近してくるそれは、明らかに施設を攻撃対象に設定していた。

「い、今建物を壊されたら!」

「あのタイミングで攻撃ってことは、少なくとも……敵じゃねえか!」

 ライズバスターを狙ったにしろ、研究施設を狙ったにせよ。間違いなく、その機体の行動は俊暁や由希子にとって不利益になる。

 無論、内部にいる涼やナルミに対しては言うまでもない。

「やるしかねえ! ナビ頼む!」

「わかってます!」

 疲れなどと言っていられる状態ではない。

 アクセルを吹かし、俊暁が操縦する最中、コンソールを叩く由希子がシステム管理を担当する。

「ミサイルポッド転送!」

 戦闘バイクの後部、車輪のカバーの上に唐突に表れる装備。転送処理を行って一秒と経たず、適切な向きで角型のミサイルコンテナがその姿を現す。

 後方から追走する敵に対し、バイクの動きで直線的な火砲は不適切。ならば選択として正しいのは、向きに関係なく敵に狙いを定められるミサイル。

「効いてくれよッ」

 ハンドルを握りながら、ターゲッティングの瞬間、設置されたスイッチを迷うことなく押す。

 長方形のポッドの前面が開けば、ポッドの左右等間隔に配置された4対のミサイル。一基につき8発、それが二基で16発。

 そこから上部に打ちあがるように発射されたミサイルは、目論見通り白銀の機体を追尾しその軌道を変え始める。勢いの乗ったそれは微調整を重ねながら―――着弾。

 普段ならこれで、やったか、の一つでも言いたいところだが、そうは許してくれなかった。確信する間もなく突っ込んでくるそれは、目に見えた外傷などなく、平然と追跡してきていた。

「くっそ、ノーリアクションかよ!」

「どうします!?」

 問答している間に、敵の装甲が縦に割れるかのように真っ二つに分割される。そこから覗く連装砲。

 敵のサイズはライズバスターの4倍はゆうにある。そんなサイズの機体に装備されている砲撃を受ければひとたまりもない。


 ならば。

「やるしかねえだろ!」

 握っていたハンドルを、外側に開くように持ち上げれば、変形するハンドルは上部にボタンの付与された操縦桿となる。モニターに表示される入力受付表示。

「キャンセル!」

 迷わず両方のトリガーと、上部のボタンを押しこみ続ける―――2秒ほどで受け付けが完了し、自動的に車体が跳ね上がる。

「あ゛ーっ!? ちょっと、折角のコマンド!」

「押せねえよ!?」

 変形コマンド省略の隠し操作―――といえば聞こえはいいが、本来こちらの方が自然な操作法である。

 文句を垂れている間に、後部車輪が二つに割れ、車輪横のパーツが伸び、転送された膝から下のパーツとともに脚部を形成。車輪はそのまま足裏に平行な形に固定されると、内蔵されたローターが生きる形となり、浮力を得る。

 機体前部が分割されれば車輪は肩を形成。転送された精密マニピュレーターがそのまま腕部を形成する。

 胸部となる部分を覆っていた装甲は後部にずれ込み、位置を調整したコクピット部を包み込むように展開。気づけばそれは、二対のローターによって地表を飛ぶ一機の小型ロボットとなっていた。

「突破する!」

 火砲が火を噴く。しかし細かい空中機動が可能となったライズバスター―――否、ライズブレイザーを捉えることは叶わない。

 木の葉の揺れがまるで意志を持ったかのように、ブースターとローターで敵の照準を縫うように抜ける。

 火砲を一度でも潜り抜ければ十分だった。

 機体比でバズーカと見まごう如き大きさに見えるレールキャノン。耐え凌ぎ、転送により手にしたそれを構える。

 瞬間―――ドゥッ!!

「どうだよ!」

 炸裂音と共にその一撃は敵の火砲に届き、連装砲の一つを潰した。

 通常の機体ならば拳銃サイズであろうそのレールキャノン。無論熱量も衝撃も相応だが、敵の無防備な武器を叩き落とすには十分。


 しかし。

「ちょ、わっ!?」

 由希子の悲鳴も意に介さず、変形したハンドルグリップとペダルを以て再び機体制御に入る俊暁。

 これだけ回避できて、潰せた火砲は一つ。レールキャノンを撃つにも電力供給が必要。その間敵の攻撃を耐え凌がねばならない。

「他に何か武器!」

「ま、待って落ち着かせて……!?」

「無茶言うな!?」

 とはいえ、普通の機体が相手だったらここまで苦戦はしないだろう。

 唐突に現れた甲虫状の機体は、自らを大きく上回るサイズで、堅牢な装甲と爆発的な火力を誇る。

 一発喰らえば即半壊、敵へのダメージ極少数。一発も喰らえない状態で敵の攻撃をいなしつづけなければ生き残れない。単刀直入に言えば、とにかく相性が悪い。

「どうする……!?」

 耐え凌いでいる最中、唐突にレーダーの反応音。

 目を通せば、反応はライズブレイザーの背後に広がる海。

 水面を突き抜けて現れたのは、深紅のボディ煌めく新たなる戦士だった。


「―――Wake up, FLAMBERGE!!」

 水上に突き抜けようとする涼が真っ先に行ったのは、フランベルジュへの呼びかけだった。

 その呼び声を機材越しに感知したフランベルジュ。万一のためにファルコーポの地下格納庫に安置されていたそれは、いつでも射出が可能な状態を整えていた。

 格納庫からレールを伝い脚部ロックと共に打ち上げの区画に立つフランベルジュ。3,2,1―――カウントとともに電磁カタパルトにエネルギーが充填。

 次の瞬間、開いたハッチから垂直に打ち上げられ、ファルコーポに設置されたカタパルトタワーを駆け上がる。カタパルトタワーは対象の機体を周囲に送るためのものであり、主に緊急輸送や本社からの発進のために使用されるもの。

 タワーの内部はある程度までは垂直に進むようになっているが、徐々に進行方向に合わせベクトルを変化させ、最終的に目的の方向・角度に打ち上げる方式となっている。今、施設最上部を潜り抜け、打ち上げの速度をある程度保ったまま、フランベルジュは自らの意思でカタパルトタワーの発射口を潜り抜け、主の元に駆けた。


 水上にツヴァイが出て数秒、目にしたのは減速をしつつ対岸を蹴り飛び出すフランベルジュの姿。迷わず涼はコクピットを開け、その身を乗り出す。

 海原の半ば、ツヴァイの元に駆けたフランベルジュは、ぴったりツヴァイに寄り添う形で静止した。

「なるちゃん、ツヴァイと離れてて!」

 そう言い残しながら、迷うことなく涼は、コクピットからコクピットまで、数メートルの距離を跳ぶ。

 意志を汲み開いていたコクピット、差し出されたフランベルジュの掌部を蹴って機体に入り込む。体制を整えればリンケージシステムの機能開始表示。


 しかし、いざ目の前の状況に駆けようとしても、『足が動かない』。

『広瀬! 海から来てる!』

『振り払ってりょーちゃん!』

 二人の通信の声も虚しく、フランベルジュは海中から現れた「腕」に掴まれたまま、脱出したはずの海原に引きずり込まれてしまった。


「……ッ、フォーティンの仲間か!?」

 海中に引きずり込まれて感じる身の重さ。足がとられていることもあり、上手く動けないでいた。

 フランベルジュと一心同体の涼も、異様な足の圧力に思わず歯噛みして。

『キヒャヒャ……!』

 そこに追い打ちをかけるように響く声。先程聞いたのと全く同じものだった。

「フォーティン!? いつの間に脱出を!?」

 振り下ろした時点で、フォーティンはまだ壁に叩き付けられたまま動けない状態だったはず。そこから余裕があったとしても数十秒。

 機動兵器を用意していたとしても、そこにたどり着き、乗り込み、どれだけ時間がかかるか。ましてや追い付くなど。

『有り得ない―――なァんて、そう思ってンでしょ! ばァーッッかじゃねえ!?』

 憎たらしく耳障りな声はキンキン響く。すっかりフォーティンが態勢を整えている証拠だ。

 そうしている間にも、脚にかかる圧力は強まっていく。

 今まで目に見えた損傷になかったフランベルジュだが、今自らを引きずり込まんとするその巨躯、脚部を離さない、まるで蟹の鋏のようなクローは圧力でねじ切らんとする。

『アタシゃまだ海の底だよ。そこからでも、イレヴンちゃんを殺ァるには』

 ねじ切るだけに飽き足らず、底まで引きずりおろすフォーティン。その機体は、まるで血に飢えた闇のように黒と赤に染まっていた。

 引きずり込まれ、底に叩き付けられ、漸く全貌が見える。

 人の上半身を巨大な甲殻の塊に生やしたかのような異形。下半身の流線のようなフォルムの前方には巨大な二対の鋏と砲口が見える。

 人型の域を完全に放棄したようなそれは、まるで神話のスキュレイ。

『十ゥ分なんだよ!!』

 やがて、四肢を脚と同じようにクローで固められたフランベルジュはその背を砲口に晒すように持ち上げられる。

 ここまで無防備な状態で、敵の攻撃をいいように受けたら……通常兵器では相手にならなくとも、このパワーではただで済むとは思えない。

 砲口に充填されるエネルギー。近距離の相手ならば確実に破砕できる衝撃砲。

 相手は完全に海中に特化している。これを打ち破るには、この状況であの悪鬼に対し攻勢に出るしかない。


 どうやって。

 四肢を奪われた以上、頼みの接近戦も、必殺のファングバイトもブラスターファングも全て封じられた。選択肢がない。

 どうする。コクピット内でフランベルジュ同様、雁字搦めにされた涼の目に入った一つの情報。

「……フランベルジュ!!」

 迷うことはない。全てをフランベルジュに託し、運命の瞬間まで抗う。

『死ィねェええよォおおおおッ!!』

 しかし未だ絡め取られたフランベルジュ、勝ちを確信し打ち抜かんとする背後の異形。海中に一瞬、閃光がほとばしり―――。


 撃ち抜かれたのは、赤黒の異形の方だった。


『な……何ィいい!?』

 驚愕するフォーティンの声が聞こえる。砲口を焼かれた異形は衝撃もありシステムが一時的に不全になり、拘束が緩む。

 無理やりその拘束から抜け出し、距離を取って背後を振り向く。

『何だよ、何だよそれ! メタ張ってんのォ!?』

「私が聞きたい」

 声を荒げるフォーティンの声に、状況を脱した当人も困惑の残る声で返す。


 それもそのはず。

 今フランベルジュが放った光は、本来ブースターやバックパックの設置される背部、逆三角のフォルムを形成する背部の中央から発せられた。

 本来人型ロボットの攻撃対象は前方であり、前方に攻撃できるように武器を設置するはず。しかし、フランベルジュの放った光、『バックブラスト』は文字通り背部に砲口が設置されていたのだ。

 普通なら有り得ない、予想外の場所によるエネルギーキャノンのほぼ接射。

 海水による激しいエネルギー減衰を考慮してなお、そのエネルギー砲はフォーティンの機体に損傷を与えていた。

『だったら前から潰ゥす!』

 とはいえ、状況はマイナスが多少回復した程度。

 復旧を終え、再びその速力を以てクローがフランベルジュを狙う。その動きは明らかに異形の方が上回り、下手に手を出せばその隙を絡め取られてしまう。

 窮地を潜り抜けたところで、窮地の連続であることに変わりはない。

 一対一でこの状況を乗り越えるのはさすがに苦しい。隠し芸のようなバックブラストも、遠距離で狙えないような状況であれば二度は使えない。


 そう、一対一であれば。


 この時、フォーティンの意識は完全にフランベルジュに向いていた。

それを絡め取り、今度こそそのパワーで破砕せんと迫っていた。

 故に。

 自身の上方から流れるように襲い来る、深紅の流星のようなそれに気づくのが遅れてしまった。

 機首に掘削用のドリルを二基構えた戦闘機が、渦を残しながら突撃、伸ばしていたクロー、一基のアームを的確に抉りぬいたのだった。

 この場に動ける機体といえば、最早考えうる可能性はひとつ。

「……なるちゃん!?」

 ナルミを託したとばかり思っていたツヴァイドリル。

 その言葉が正解であることを証明するかのように、水中でその形を変え振り向くそれは、確かにあの時の深紅の機体。まるでバックパックとアーマーで身を覆うように変形したそれは、バックパックの砲塔2基と、それと一体化した肩部巨大アーマーに身を包んでいた、先程一緒に脱出した機体と一致していた。

「どうして戻ってきた! 狙われるぞ!?」

「ううん。ツヴァイがおねーちゃんたすけるって」

 声を荒げた直後、ナルミの言葉ではっとした。

 確かに、機動兵器の操縦をナルミが行ったと考えるのは少々無茶が過ぎる。

 SLGに意志があるのならば、その意思が突き動かしたと考えるのが妥当。


 ならば。

「……行くぞ!」

 海中の機動性に優れたツヴァイが来てくれるならば、これ以上ない打開策になる!


『……ちィ!』

 面倒そうに舌打ちをしたフォーティン。異形の下半身の左右側面外装を開けば、夥しい量の魚雷発射口。

『ぜェんぶ沈めよォォ!!』

 十、二十―――数える暇もないほどに一斉に発射される魚雷。

 距離の空いたそれを絡め取るかのように襲い掛かる。

「ツヴァイ!」

 変形する深紅の機体。その航行速度ならば振り切れるはず。声をかけると、それはフランベルジュを機首の間に挟み込み、急加速で航行を始める。

 パイロットの身体にかかる負荷は若干強いが、これならば。

 急上昇についてこれず、いくつかの魚雷は二機を見失う。

「力を……貸してくれ!」

 願う涼に答えるかのように、挟み込んでいたツヴァイがその機首の間隔を緩める。

 振り落とされるかと一瞬思ってしまうようなそれだが、その実は全く違う。胴体部の端、人間でいう肩甲骨のあたりに存在するコネクタが、ツヴァイから伸びたコネクタを受け止める。

 二機が一つになった瞬間。

 涼の手元に感じる、何かを掴んだ感覚。フランベルジュの腕部がツヴァイの肩アーマーにあるグリップを掴んでいた。

 フランベルジュに存在しなかったバックパックがツヴァイの存在により補われる。

二機合一。一つとなったフランベルジュを抱えたまま、ツヴァイは海面から勢いよく飛び出した。

 それを待っていたかのようなアラート。

 一瞬それに目を移すと、未だ粘っているライズブラスターを他所に、陸上の甲殻の砲塔がこちらに狙いを定めていた。まるでフランベルジュの動きを完全に把握しているかのように。

 しかし、それに捉えられるフランベルジュではない。今のフランベルジュは、深紅の刃と翼を携えた『フランベルジュ・ランサー』。

 イルカのように身を翻すと、放たれた砲撃の追い切れない速度で再び水面に突き刺さる。

 機首からまるで生えるように現れる生体金属製のドリル。ツヴァイの二基の砲塔から放たれる衝撃砲の連射。

 フランベルジュを追ってきた魚雷が、ドリルに阻まれ、衝撃砲に落とされ、次々と迎撃される。

 遂に眼前まで迫ったスキュレイ。ツヴァイを信じ、駆け抜けるフランベルジュ。

 馬上の騎兵が敵を貫くように、二基のドリルを手に、真っ直ぐに―――。


 突進力に任せての突進、それは愚直すぎた。

 その機首は容易く、残ったクローに挟み取られる。

『愚直なんだァよ!!』

 馬上の槍も、鋭いドリルも、元を止められては敵を貫通しえない。

 そのままねじ切ろうとするフォーティン。だが、コクピット内で涼は、むしろ時が満ちたかのように不敵に笑っていた。


 フォーティンの失念はたったひとつ。合体した二機を『一機』として計上していたことだった。

 合体を解除し、スキュレイはクロー二基が塞がった状態。残るクローは一基だけ。

 不意を打って飛び出したフランベルジュを止めるには、あまりに頼りなかった。

「ファング―――バイトォッッ!!」

 本命の一撃が、拳に宿した牙が、異形の甲殻を噛み砕いた瞬間だった。


 地上では、未だに甲虫型とライズブレイザーの競り合いが続いていた。

 攻撃の隙が大きいからか、未だに決定打を受けることはなかった。しかし決定打が欠けていたのはライズブレイザーも同じ。

 あれでもない、これでもない。初戦で突然現れた相性最悪の相手に対し、あれでもないこれでもないと武器を換える様は、ポケットから道具を探す国民的漫画キャラのようにも見えるが、決して笑える状況ではない。

「……これは!?」

 いいかげんじれったく、つい声を荒げてしまう。それほどに埒が明かない状況だった。俊暁が説明を受けた武器はこれで6本目。スナイパーライフル。最初に手にしたレールキャノンと比べても明らかにそれは小さい。

「安心してください。破壊力なら今はこの武器が一番です!」

 本当にこれで大丈夫なのかと疑いを隠せない俊暁に、胸を張って営業モードの由希子。実際に話を聞いてみると―――やはりというかなんというか、俊暁の表情があきれ果てたものに変わる。

「ほんっとお前変態だな」

「はあ!? 言うに事欠いて女の子を変態ですか!?」

「ほんと無茶苦茶な武器作るなってことだよ! できんのかよ本当に突破!」

 期待した俺が馬鹿だった。そう言いたげに天を仰ぐ。もうそろそろ駄目かもしれない。いいかげん避け続けるのも限界だ。


 ―――しかし、そんな彼らの背後で大きな水飛沫が上がる。そこから跳ね上がる二つの影。

「やったのか、広瀬!」

 紅交じりの機体同士。白の交ざる方がフランベルジュなのは明白だった。赤黒の機体は見たこともない。

 それは脚部の代わりにブースターを取り付けたかのような機体。三本爪を纏めたかのようなプラズマキャノンを二基、腕部マニピュレータの代わりに備えた。

 四肢全てが人型のそれではない異形だった。

『……! が本体だ! とりつかせるな!』

 地上の敵を確認した瞬間、叫ぶ涼。しかし、脚部のブースターを思いきり吹かせたその異形は迷うことなく、真っ直ぐに―――俊暁が今まで相手をしていた甲虫型に向かう。

 見ればその甲虫型、機体上面に展開した武器を格納しようとしている。

 それを見た瞬間、俊暁に直感が走る。

「こいっつ……!!」

 自身が今説明を受けた武器のトリガーを引く。一発、二発……可能な限り。しかし、いくら撃てども撃てども、その甲虫型が損傷するような印象はない。

『ばーかばーか! そんな豆鉄砲効くもんか!』

「ちょ、豆鉄砲って言うに事欠いて!」

 フォーティンの挑発に真っ赤になって反論する由希子。しかし、彼女と同乗している俊暁は、むしろ笑みすら零していた。

「じゃあだな」

『なァにを馬鹿な! そう? お前から死にたい? じゃァ先に死ィね!!』

 完全にその一言でスイッチの入ったフォーティン。腕部の砲塔を両方向けつつ、甲虫型が上部にコネクタを展開。

 涼が相対した異形の下半身は、この本体の強化パーツだった。強大な下半身を付け替えることで本格的な攻勢が可能になる。

 甲虫型の能力を把握はしていないが、少なくとも先の水中の下半身を考えると、地上に適したものであることは間違いない。阻止するべく駆けるフランベルジュ・ランサー。しかし、もう間に合うタイミングではない。

『甘い甘い! お前らみたいなあァまちゃんにこのスキュレイが止められ―――』


 その言葉は、彼女の示した「スキュレイ」の唐突な爆発で遮られた。


 合体しようとしたコネクタが爆発で吹き飛び、大きく崩れる態勢。

 少なくともコネクタは吹き飛び、即座に合体できる状態ではなくなった。

 それどころか、甲虫内部で二、三吐き出される爆発音。唐突に起こった事態に、涼も、フォーティンも呆然とする中。


には邪気を払う力があるって、婆ちゃんが言ってたぜ?」

 ドヤ顔で勝ち誇る俊暁が、全てを物語っていた。


『ちィ……次はこうはならない!』

 涼達に背を向けて飛び立つスキュレイ。それを深追いする気はなかった。

 甲虫型の下半身は、隠滅でもするかのように自爆。ひとまず当面の危機は去った、そう思わずにはいられなかった。

「……ふぃー、何とかなったか」

「役に立ったじゃないですか、MDボム」

「勝手な略し方やめい」


 MDボム。正式な名を、ミスディレクション・ボムという。

 敵の推測を外し、己の術中に嵌めることからその名をつけられた。

 豆鉄砲の正体は遠隔起爆式の小型爆弾であり、主に宇宙での損傷の補修用に使われる粘着性の高い物質で覆われている。

 カプセルのような状態で発射し、敵に命中するとトリモチのような中身が敵に付着。あとは任意のタイミングで起爆させることで、相手の不意をつきつつ、サイズに似合わない破壊力をダイレクトに与えるという武器である。

 無論、ただでさえ弾速も遅いのに着弾して爆発までタイムラグが生じ、真っ当な射撃武器として使えるものではない。

 しかし今回は、甲虫型の機体が砲塔を格納しコネクタを出し、悠々と合体しようとしていたのが大きく響いた。

 狙い放題である上に、格納した砲塔にMDボムが付着していたため、機体内部とコネクタ部で爆発を起こし、そのまま内部機器やコネクタを損傷させたのだった。

 敵を侮り隙を晒したフォーティンは、やすやすと俊暁に付け入らせてしまった、というのが答えである。


「……ともあれ、これで邪魔はなくなったわけだな」

 ひとりごちる俊暁。あれだけ派手に襲い掛かってきた敵を漸く撃退できたのだから、ため息の一つでもつきたくもなる。

「ですねー。やっとこれでナルミちゃんを探せます」

 相槌を打つ由希子。二人はナルミがツヴァイに搭乗していることを知らなかった。しかし、それに気づくような様子も見せず、涼の表情は曇りを隠せないでいた。

「広瀬?」

『……あ、ごめん、何?』

 聞かれて、漸くはっとして顔を上げる。思わず口調も砕けるほどに。

「りょーちゃん、ナルミちゃんは?」

『え、なるちゃん? さっきからずっと……』


 その言葉に、嫌な予感がした。

 さっきからずっとナルミが喋っていない。

 フランベルジュ・ランサーの航行はパイロットに負荷を感じさせた。

 それは女性とはいえ、広瀬涼がしっかり成人して身体ができているから。

 未だ未成熟な子供では、その負荷をどう感じるか。


 すなわち。

『ぎぼぢわるい』

『わ゛あああああああ!?』

 おそらくツヴァイが見かねて出したであろう通信から出たナルミの表情はすっかり青ざめていた。

『な、何か袋! 袋出して!』

「いいから広瀬はそいつ降ろせ! 急いで!」

「ああもうあれでもないこれでもない……!!」

『ぅ゛ぇ゛』

『待って待って待ってえええええええ!?』

 どんなに超人的な力があっても、どんなに優れた閃きを持とうと、どんなに開発の腕があっても。

 この中に誰一人、子供の面倒を見られる人間がいなかった。

 それだけで、張り詰めた空気も簡単に崩れてしまうのであった。



 Flamberge逆転凱歌 第6話 「悪意を穿て、重なる力」

                         つづく。

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