第26話 自分探しの最中なんです!②

 6月に入ってから夏のように暑い日が続いていたが、2週目の木曜日から梅雨入りしたことにより、気温が下がって涼しくなった。

 セカンドブレイクの練習は順調だった。パスの苦手なウメちゃんも、回数を重ねるごとにタイミングをしっかり掴んで正確なパスが出せるようになってきた。

 ファーストブレイクのあとに飛び込んでくるトレーラー(4人目、5人目)のレイアップシュート、それからトレーラーのパスでアウトサイドからのシュートという2つの形が正確に決まるようになったのだが……。

 荒井先生が監督に就任した日の悪夢が、再び私たちに襲い掛かった。

 というのも、今までで最も多く走らされるはめになったからだ。

 セカンドブレイクの練習は5メン、つまり5線速攻。5人で走るということは、休憩している暇が無いということだ。

 まさしく走りっぱなしの練習だった。

 動きに慣れてきてパスが合わせられるようになると、必然的にスピードもアップするわけで、日を追うごとに練習がハードになっていった。

 セカンドブレイクの練習を開始してから4日目の木曜日、持出さんとウメちゃんは途中で動けなくなるわ、マユちゃんは倒れるわで、本当に大変だった……。

 地獄と化した現実を逃避するため「ハルちゃんの将来の夢は?」と独り言みたいに尋ねたら「……私、チョコバナナクレープになりたい」というあまりにも斬新過ぎる答えをもらい、1番体力のあるハルちゃんでもかなりキツイんだなあ、と改めて思ったほどである。

 単純に「食べたい」と言うのを言い間違えただけなのだろうけどね……。


「陽子ちゃん、これ見て」

「ん? ……ほうしょうさい?」

 金曜日の昼休み、お弁当箱のふたを開ける私の目の前に、ミーちゃんが『豊商祭』と書かれたA4サイズのビラを掲げた。

「うん、豊商祭。御殿場商業高校の文化祭だよ。陽子ちゃん、明日の部活お昼までだよね?午後から行かない?」

 そういえば、ゴテショの顧問の先生が6月に文化祭をするって言っていたっけ。

「練習終わっても、自主練やってるんだよね。それに部活のあとは、疲れるしなあ」

「コスプレのコンテストもあるんだよ。それでね、今人気急上昇中の高校生レイヤーさんが参加するの。マユちゃんとカヤちゃん誘ったら、『キャプテンに聞いてみないと分からない』って言うからさ」

 なるほど。オタクのトライアングルオフェンスというわけね。

 今週の部活はかなりキツかったし、気晴らしに調度いいかもしれないな。

「持出さんとハルちゃんも誘っていい?」

「うん、みんなで行こうよ」

「オッケー。じゃあ、明日の12時半、正門前集合ね」

 ミーちゃんはとても嬉しそうに、笑顔でうなずいた。


 土曜日は基礎練習とセカンドブレイクの練習をこなした後、3on3の試合形式で各々の課題に取り組んだ。

 練習前のミーティングで、私は一時的なポジションの変更を告げられた。

 部室での荒井先生と持出さんのやり取りを聞き、あらかじめ知っていたことだから前向きに受け止めることができた。

 持出さんはそのことについて何も言わなかったけれど、いつもより物腰が柔らかく、笑顔で話す様子を見ると、私の心中を案じてくれているのだと感じた。

 私がフォワードへポジション変更したことにより、持出さんがポイントガードを担当することになった。

 そして、もう1人……。

「真由子、下を向くな! 周りをよく見ろ。おいっ、ディフェンスに背を向けたらパス出せねーだろ!」

「は、はいっ」

 マユちゃんもガードを担当するわけなのだけど、3on3のオフェンス練習で早速大きな壁にぶつかっていた。

 マユちゃんのドリブルは決して下手というわけではない。最近では1on1の練習で、ドライブを決めるシーンも見られるようになってきた。

 しかし、試合形式の練習では視野の狭さやパススピードの遅さ、モーションの大きいことなどが目立ってしまう。

「はい、ストーップ! 真由子、約束事忘れてるだろ」

 荒井先生の大きな声で、私たちは動きを止めた。

「えっ? ええっと……」

「飛鳥がハイポストにいるのに、真由子がドライブしてどーすんだっ。今のはパス入れてからカットインだろーが」

「あっ! ごめんねハルカちゃん……」

「マユちゃん、ドンマイ。ポジション変わって大変だけど、ファイトだよ!」

 うなだれるマユちゃんに、ハルちゃんが優しく声をかける。

 ハルちゃん、私にもその言葉をください。

「マユ、ボール持ったときはまずリング見ようぜ。あと、すぐにドリブルしないのとボール持ちすぎないことな。陽子の受け売りだけどさ。へへへ」

 ウメちゃんが私を見ながら悪戯っぽく笑う。

 そうそう、ウメちゃんが入部したばかりのときにアドバイスしたことがあったっけ。

「真由子はシューティングガード希望だったよな?」

「はい」

 荒井先生の質問に、マユちゃんははっきりした声で返事をする。

「シューティングガードはアウトサイドからシュートを打つだけのポジションじゃないぞ。ポイントガードと同等のドリブルやパスのスキルも求められる。ときに自分から切り込んでチャンスをつくることも必要だ。コウタが試合でどういう風に動いていたか思い出せ」

「……コウタ君の試合での動き。分かりましたっ」

 それで分かったのか!?

 『バスケの王子様』恐るべし……。

「飛鳥、カットイン良かったぞ。あとはシュートだな」

「はいっ」

 これまでゴール下やミドルポストでパスを受けることの多かったハルちゃんは、カットインからボールをもらい、ドライブやジャンプシュートを狙うフォワードの練習をしている。

 オフボールマン(ボールを持っていないプレイヤー)がディフェンスを振り切り、パスをもらおうとする動きをカットと呼ぶのだけれど、これは私も得意なほうだ。

 私の場合、その後の決定力不足が課題なのだけれど……。

 オフェンスとディフェンスを交替しながら各自の課題に取り組み、土曜の練習はお昼に終了した。

「あー、疲れたー。明日は筋肉痛、確定だわ」

「レイちゃんの場合、翌日じゃなくて2日後なんじゃねーの?」

「失礼ね。まだそんな年じゃないわよっ」

 ウメちゃんを睨みつけ、渡辺先生はスポドリをゴクゴク飲み干した。

 今日の3on3は、渡辺先生が入ってディフェンスについてくれていた。普段は米山先輩の役割なのだけれど、先輩は伊豆の実家に帰省していてお休みしていたからだ。

「はあ……」

「ハルちゃん、どうしたの?」

 ハルちゃんが元気のない様子で珍しくため息をついたものだから、みんなが注目した。

「結局ミドルシュート、ほとんど決まらなかったから……」

「大丈夫だよっ。私も全然決まらなかったから。気にしちゃダメさ。ポジティブランニングだよ!」

「陽子、少しは気にしろよっ」

「飯田さん、前向きに走るのも良いかもしれないけれど、最後のポジティブシンキングの間違いじゃないかしら?」

 ウメちゃんと持出さんがつっこむのを見て、ハルちゃんに笑顔が戻った。

 実際、私もミドルシュートの成功率はかなり低い。正直、深刻でどうしたものかと悩んでいるのだけれど、やはり地道なシュート練習しかないのかも知れない。

「今日も、シュート練やってくのか?」

「ううん。今日はもう上がるよ。みんなで豊商祭に行くんだ」

「ん? ホーショーサイ?」

 聞き返す荒井先生に渡辺先生が説明する。

「御殿場商業高校の文化祭ですよ。先週、練習試合で訪問したときに顧問の久米先生が仰ってたじゃないですか」

「おー、そーいやあ言ってたな」

「美智子ちゃんに誘われたの。イベントで有名なレイヤーさんも来るんだよ」

「コスプレコンテストとか超楽しみなんだけどー」

 コウジョのオタクダブルチーム、すでにハイテンションです。

「分かった、時間はとらせないから少し聞いてくれ」

 荒井先生は持っていたボールを渡辺先生にパスして、リングを指差した。

 渡辺先生が、3ポイントラインの数十センチ内側からジャンプシュートを放つ。

 いつもながらキレイなシュートフォームで放たれたボールは、リングに吸い込まれて小気味良くネットの摩擦音を鳴らした。

「ヒューッ」

 ウメちゃんが口笛を吹き、皆が拍手を送った。

 それに対して渡辺先生が両手を挙げて得意な顔で応える。

「今のはお前らがいつも打ってるシュート、両手で構えてそのまま打つツーハンドだよな。渡辺、ワンハンドで頼む」

 再びボールを受け取った渡辺先生がボールを片手で持ち、肘を曲げて額の前で構えた。左手で横からボールを支える。

 曲げた膝を伸ばして真上に跳躍する。

 手首のスナップをきかせて放たれたシュートが、再びリングの中へ吸い込まれた。

「おおおー! レイちゃん、かっけー」

「すごい! レイちゃん男子みたいだね」

「飯田さん、その表現は何だか微妙に感じるわ」

「渡辺先生、『バスケの王子様』のルミカみたいですね!」

「マユちゃん、ルミカちゃんって?」

「えっとね、ルミカは男子バスケ部のマネージャーでね――」

 その設定は少し渡辺先生に似てるかもね。

 先生も駿河中央大学バスケ部の元マネだったわけだし。

「はい、黙れ。それ以上はしゃべるな。お前らが話し出すと確実に脱線する」

 荒井先生が面倒くさそうな顔で注意する。

「んで、シンちゃんは何が言いたかったん?」

「2回目のシュートは主に男子が用いるワンハンドだ。梅沢、違い分かるか?」

 質問されてウメちゃんは「う~ん」と唸りながら首をひねった。

「は~い。ワンハンドは片手で、ツーハンドは両手で打つシュートです!」

「……」

 元気に笑顔で回答するハルちゃんを見て、荒井先生は額を押さえてうつむいた。

 渡辺先生が苦笑いする。

 ハルちゃんの天使な笑顔に免じて私が許す!

「ワンハンドはコントロールに優れ、打点が高いというメリットと、筋力が弱い女子は飛距離が伸びないというデメリットがあります。逆にツーハンドは飛距離が伸びるというメリットと、体をリングに正対させた状態でないと打ちづらいというデメリットがあります」

「持田の言う通りだ。両方のシュートにメリット、デメリットが存在し、一般的に女子バスケではツーハンドシュートが用いられているのが現状だ」

「レイちゃんは何でワンハンド打てたの? しかもフォームがすごいキレイだったよ」

 私が尋ねると、みんなも渡辺先生に注目した。

「星海学園では中等科からワンハンドを教えられるの。ワンハンドシュートの方がドリブルから素早く打てるし、色々な体勢からでも汎用がきくでしょ」

 やっぱり強豪校の指導は一味違うな。

「監督もワンハンドシュートに切り替えたほうがいいという考えなんですか?」

 マユちゃんが尋ねると、荒井先生は首を横に振った。

「メリットとデメリットが存在する以上、どちらが優れたシュートフォームかなんて白黒はつけられない。まずは、試してほしいんだ。大事なことは、キレイなフォームで打つことじゃなくて、確実にシュートが決まる打ちやすいフォームを身に付けることだからな」

「そっかあ。良かったあ……」

 ホッとした様子でマユちゃんが胸をなでおろす。

「3ポイントやミドルレンジから打つことの多い持田とマユは、今のままでも構わない。ただ、ディフェンスを前にしたとき、シュートが打ちづらいと感じたことはないか?」

「確かに、フリーのときはいいのだけれど、厳しいマークをかわしながらシュートまで持っていくときは窮屈に感じることがあります」

 持出さんの答えにマユちゃんも頷く。

「ワンハンドシュートを身に付けておくと色々な場面で応用がきくようになる。そういった意味でも練習してもらいたいんだ。特に梅沢と飛鳥はペイントエリア、つまりゴール周辺でシュートを狙う機会が多いだろ? ディフェンスに体を預けながらシュートを打つ場合、ワンハンドの方が有利になる。ドライブからジャンプシュートや、リバウンドをとってからシュート、ターンからのシュートなんかでもワンハンドの方が素早く対応できるからな」

「なるほどー」

「ワンハンド、いいじゃん!」

 ハルちゃんとマユちゃんが目を輝かせる。

 確かに飛距離を必要としないゴール下やミドルシュートは、ワンハンドで打ったほうが良い気がする。

 シュートフォームを変えなくちゃいけないのは、ちょっぴり大変な気もするけれど。

「ま、そう言うわけだ。来週からでいいから、自主練でワンハンドも練習しといてくれよな。渡辺、頼むな」

「えっ! 私ですか?」

「だってオレ、フォーム汚ねーじゃん……」

 荒井先生の発言に、その場にいた全員が失笑した。

 確かに、私が小学生のとき見たインターカレッジ決勝戦の荒井心は、すごく独特なシュートフォームだった。

 足を大きく引いた状態、つまり体の開いた体勢でシュートを打っていたのだ。

 全ての選手が体をリングに向け、肘を内側にギュッとしめたフォームでシュートするのに対して、荒井心のフォームは1人だけ浮いていてすごく印象に残っていた。

 それでも、彼はあのコート上で誰よりも3ポイントを決めた。「フォームが汚い」と公言しながら、そのシュート力を結果で示してきた荒井心は、バスケ指導でも独特な感性で私たちをときに驚愕させ、楽しませ、そして引っ張ってくれているのだ。

「ありがとうございましたーっ」

「おうっ。体冷やすなよ。豊商祭、楽しんでこいよ」

 ニカっと白い歯を見せて笑い、荒井先生は手を挙げて体育館をあとにした。


 この日の御殿場商業高校の正門には、大きく『豊商祭』と書かれた派手なアーチが飾られていた。

 アーチをくぐったすぐ先で、校内マップやイベントのプログラムなどパンフレットをもらった私たちは、昇降口前に展開されている様々な屋台を回ってお昼ご飯にありついた。

「あっ、たこ焼があるよ」

「おい陽子、フランクと焼きそば食ってからにしろよー」

「陽子ちゃん、両手ふさがってたら、たこ焼き買えないよー」

 ウメちゃんとミーちゃんの制止を聞かず、はためくたこ焼きの旗の元へまっしぐら。

「すみません。たこ焼き1つください。かつぶし大盛りで!」

「ゲッ、飯田! お前、何でいんだよ?」

 驚きの声を上げた目の前の相手は頭に三角巾をつけ、さわやかなグリーンのエプロンを身に付けた森先輩だった。

「あっ、飯田。文化祭、来てくれたんだ。他の子たちは?」

 森先輩の隣でたこ焼きを焼きながら杉浦先輩が尋ねた。

「みんな一緒ですよ。このたこ焼き屋さんて、バスケ部が出してるんですか?」

「そうだよ。たこ焼きは毎年、女子バスケ部の担当なの。ゴテショ文化祭の伝統ってやつ」

「へー、そうなんですか。あ、大竹先輩は? あと7番先輩と8番先輩」

 スタメンの3人がいないことに気がついた私が尋ねると、杉浦先輩が笑い出した。

「ははは。7番は田辺聡子で8番が加藤清美ね。一応覚えといてやって。3人は体育館だよ。今の時間は3on3のイベントやってるよ」

 おおーっ。何だか面白そう。

 たこ焼き食べたら見に行こうっと。

「あっ、杉浦先輩とカヨちゃん先輩だー」

 後ろからハルちゃんの声がした。

「チーッス、カヨちゃん。アタシ、ソースじゃなくて醤油でよろしくー。あとネギ大盛りねー」

「ねーよ、バカッ。たこ焼きはソースとマヨネーズだろが。あと、カヨちゃん呼ぶな!」

「カヤちゃん、愛知ってたこ焼きに醤油かけるの!?」

「名古屋だと、醤油ネギマヨがフツーだし。マユは食ったことない?」

 驚くマユちゃんにウメちゃんが衝撃の事実を伝えた。

 それって、おいしいのかな……。

「なんかおいしそー。食べてみたいなー」

 ハルちゃんが呟くとウメちゃんはなぜか得意げな顔をする。

「あっさりしてマジやばいから。ってことでカヨちゃん、たこ焼き醤油ネギマヨ3つな」

「だから、ねーよっ」

「カヨ、ツッコミ入れてる暇あったら手動かして。みんな、1つずつでいいかな? そこの友達も」

「あっ、はい」

 ミーちゃんが答えると、杉浦先輩が手際よくたこ焼きを焼き始めた。

 みんなから「おーっ」と歓声が上がる。

「去年も焼いてたからね。私もカヨも、福田先輩に教えてもらったんだよ。毎年3年生はクラスの出し物メインだから、2年生が後輩に焼き方教えるのが伝統なんだよね」

 なんかいいなー。

 ゴテショバスケ部の伝統の味は、毎年こうやって受け継がれていくんだね。

 私たちも文化祭でやりたいなあ。

「オラ、金払え。払ったらさっさと散れ。あと、熱いから気いつけろよ」

 ぶっきらぼうに言いながら、森先輩が出来たてのたこ焼きを私たちに手渡してくれた。

「ちょっとカヨ、お客さんに失礼でしょ。ごめんね」

「いえいえ。どうもです」

「時間あったら、体育館にも顔出してあげて。みんな喜ぶから」

 呼びかける杉浦先輩に手を振って、私たちはその場をあとにした。

「森先輩は怖いのか優しいのか分からない人だね」

 マユちゃんが熱々のたこ焼きをフーフーしながら話す。

「ええ、そうね。つまり、怖くて優しい人ということじゃないかしら?」

「何だよ、ブン吉。それ、思いっきし矛盾してんじゃん」

「私は分かる気がするな。ゴテショの1年生は森先輩のこと、すごく慕ってるみたいだったし。ん~、たこ焼きおいひ~」

 ハルちゃんの言うように森先輩は後輩に慕われていた。

 怖いだけでなく、面倒見が良くてリーダーシップがあって、ワルって感じがカッコよく見えるのかもしれない。

「あっ、コスプレコンテスト始まっちゃう。急がなきゃ。えっと、3年生校舎1階の多目的ホールが会場だって」

「よし、行くぞ。マユ、美智子、走れ!」

 プログラムを見ながらミーちゃんが言うと、ウメちゃんは1番に駆け出した。

「私たち、先に体育館へ行ってるねー」

「陽子ちゃん、分かった。イベント終わったら私たちも行くからー」

 マユちゃんは手を振りながら答えると、2人のあとを追って走っていった。

 私とハルちゃんと持出さんは、杉浦先輩に教えてもらった3on3のイベントを見るべく、体育館へと向かった。

 体育館の中は多くの人でにぎわい、イベントは大盛況であることが一目で分かった。

 パンフレットには、『3on3でゴテショ女子バスケ部にチャレンジしよう!』と書かれており、今まさに試合は熱気を帯びているところだった。

 ユニフォーム姿の大竹先輩、そして7番田辺先輩と8番加藤先輩が中学生くらいの男子を相手にしている。

 身長の高い大竹先輩たちが、やはり得意なインサイドを攻めるプレイで得点を重ねる。

 けっこう接触の激しいシーンもあり、力強いポストプレイで大竹先輩がシュートを決めると、観客から「おおー!」という大きな歓声が上がった。

 勝利で試合を終えた大竹先輩たちは観客から沸く拍手に礼をして応え、ベンチに戻って1年生からタオルやスポドリを受け取った。

「大竹先輩。見にきましたよー」

「おっ、飯田。久しぶり……でもないか。先週、試合したばっかだもんな」

 タオルで汗を拭きながら、大竹先輩が愛想良く笑う。

「ギャルスラッシャーと眼鏡シューターは?」

「コスプレコンテストの方へ行きました。あとから来ますよー」

 田辺先輩の質問にハルちゃんが答える。

 しかし、すごいニックネームだな。

 まあ、見た目とプレイスタイルを合わせたものだから間違いじゃないんだけど……。

「男子とも試合をするんですね」

「ああ、中学生だけどね。一昨年までは女子だけだったんだけどさ。ほら、私たちデカイじゃん。小さい女子を相手にするより、男子と試合したほうが盛り上がるんだよねー」

 話しかけた持出さんに、加藤先輩が楽しそうに答える。

 プログラム『3on3でゴテショ女子バスケ部にチャレンジしよう!』の出場資格には女子年齢制限なし、男子中学生以下と書かれていた。

 パワーフォワードの大竹先輩は173センチ、田辺先輩と加藤先輩も170センチ前後の高身長で、中学生男子にもまったく引けをとらない体格だ。

 男子とはいえ中学生がゴテショのインサイドに対抗するのはかなり難しいはずだ。

「先輩たちがずっと試合に出続けるんですか? プログラムに1時間半と書かれていますけど、少し長くありませんか?」

「まずは、エントリーしたゴテショ以外の2チームに試合をしてもらって、勝った方が私たちと試合するんだ。それに、時間の後半は佳代子たちが交代してくれるから大丈夫だよ」

 持出さんの質問に大竹先輩が答える。

「『豊商祭』の3on3、けっこう人気あるんだ。毎年地元の小、中学生とかエントリーしてくるし。もちろん手加減してやるけどさ。それで、シュート決めたとき、めっちゃ喜ぶんだよな」

「そうそう。去年から中学生は男子もエントリーできるようにしたから、ゲームもグッと面白くなったし」

 田辺先輩と加藤先輩が満面の笑みを浮かべながら話す。

 2人とも、とっても楽しそうだ。

「男子バスケ部は、何をしてるんですかあ?」

 ハルちゃんが尋ねたことで、初めてゴテショ男子バスケ部の存在に気がついた。

「男子はバスケ教室やってるよ。小、中学生にバスケの基礎や応用を指導してる。うちの学校、男子少ないから男バスも部員少ないんだよ」

 なるほど。部活で行うイベントや出し物には人員がさけないということらしい。

 確かに、男子バスケ部2名が向かいのコートで、子供たちにバスケを教えていた。

 男子バスケ部の人員は少ないけれど、練習に励む子供達は20人近く集まっており、あちらも十分に盛況と言える状態だ。

 ゲームと違って派手さは無いけれど、男バス部員の指導を受けながら一生懸命ボールに触れる子供達を見ていると、心温まるものがある。

 私も小学生の頃、お父さんにドリブル教えてもらったっけ。

 バスケ教室の子供達の姿がふと昔の自分と重なって、懐かしい感情がこみ上げてきた。

「あの、順番はちゃんと守ってください。まずはこちらのエントリーシートにチーム名と――」

「だから、そーゆー面倒なのいらないって言ってんじゃん」

 受付のゴテショバスケ部1年生と、水色のジャージを身に付けた女子が何やらモメている。

「どしたー?」

 すかさず大竹先輩がベンチから立ち上がり、受付へ駆け寄った。

「大竹先輩、こちらの方が割り込んできて……」

「順番守ってくれるかな。次の試合終わるまで待っててくれる?」

「ゴテショの先輩方は中学生相手に勝ってそんなに楽しいわけ? ま、実力の無いチームだから仕方ないか」

「……」

 ずいぶんひどい言われようなのに、大竹先輩は何一つ言い返さない。

「その言い方ひどいよっ。ゴテショの女バスの先輩たちは私たちと楽しくゲームしてくれてるのに、すごい感じ悪いよ」

 1人の中学生らしき女の子が強い口調で抗議した。

「アンタ、中学だろ? 私、高1。タメ口聞いてんじゃないよ。このジャージ見て、よくそんな口聞けたね。アンタ、三島学園知らないの?」

「うっ……知っています」

 女の子は下を向き、閉口してしまった。

 三島学園、通称サンガク。

 今のスタメンは歴代最強チームの呼び声高く、ウィンターカップ予選静岡県決勝リーグで見事1位に輝いた強豪校である。

 そしてサンガクのエース、速水篠先輩はウメちゃんと浅からぬ因縁がある。

 アルファベットで三島学園と書かれた水色のチームジャージを身に付けた集団が、大竹先輩と対峙する。

 1、2、3……10人以上いる。

 あれ、全部1年生なのかな。

「陽子ちゃん、持出さん、行こう!」

「おい飛鳥、ちょっと待て。部外者のお前らが行くと、余計にややこしくなる。ここは私らが――」

「コウジョのチームジャージ作るときの参考に、もっと近くで見せてもらいたいんです!」

 ベンチに座っていた田辺先輩と加藤先輩がズッコケタ。

 ハルちゃん、今は我慢して。私も興味あるけどさ。

「えっ? 飛鳥、マジで言ってる?」

「はい。本人はいたってマジメに答えています。飛鳥さんはこういう子なので以後、天然毒舌小悪魔という認識でお願いします」

 持出さんがハルちゃんを紹介しながらペコリと頭を下げると、2人の先輩はお互いの顔を見合わせ、苦笑いしてから立ち上がった。

「じゃ、ちょっと行ってくるわ」

「飯田たちはおとなしくしてろよな」

 田辺先輩と加藤先輩も受付へ向かった。

 ベンチの後ろで待機している1年生たちが不安そうに見つめる。

「先輩方、言ってましたよね? 『サンガクは3年が卒業したら弱小だ』って。今から試してくださいよ」

「今、学園祭の真っ最中。ちょっとは空気読めっつーの。あんたら1年の相手は来年のインハイ予選でしてやるよ」

 大竹先輩が背を向けて戻り始めたときだった。

 今、話していたサンガクの子が女子中学生の持っていたボールを奪い、ドリブルでコートに入ってきた。

 さらに2名がそのあとに続き、パスをつないでランニングシュートを決める。

「お前ら、どういうつもりだ? いい加減にしないと叩き潰すよ」

 大竹先輩が低い声ですごみながら睨みつけるが、コートに入ったサンガクの3名は動じない。

「どうぞ、ご自由に。他校の1年相手にボロ負けするゴテショの先輩方の情け無い姿を、ギャラリーに見せつけてあげますよ」

「お前ら負けたら、さっさと消えろ。サト、キヨ、やるよ」

「1年にずいぶんなめられちゃったねー」

「この場にカヨちゃんいたら、ぶちキレてやばかったね。ははは」

 田辺先輩と加藤先輩がコートに入り、3人が並んでサンガクの1年生3名と対峙した。

「なんか、すごい展開になっちゃってる? どっちが勝つの?」

「一般的に見れば大竹先輩たちの勝率が高いと思うのだけれど、強豪校の1年生の実力がいかほどのものか知れないし……飯田さんはどう思う?」

 持田さんの言うとおり、たしかにゴテショが優位に見える。

 身長も高く、体格も勝っており、学年も1つ上で経験もある。

 でも……。

「飯田さん?」

「……バランス、悪くないかな?」

「えっ?」

「ゴテショにはポイントガードもシューターもいないんだよ。サンガクは……」

 女子中学生からボールを奪い、真っ先にコートに入った子が華麗なボールハンドリングを見せ付けるように観客へ披露している。

 身長は160センチのハルちゃんと同じくらい。

 あとの2人は170センチの田辺先輩より少し低い。

 おそらく今ドリブルしている子がポイントガード。

 アウトサイドのシュートもあるかも知れない。

 あとの2人がおそらくフォワード。

 こちらもシュートの射程は分からない。

 サンガクはインターハイ予選で試合をして、ゴテショのスタイルや弱点を熟知しているはず。

 きっとバランスを考慮して、この3人がチームを組んでいるんだ。

「ボール、そっちからでいい」

「それじゃ、遠慮なく。覚悟してくださいよ、先輩方」

 サンガクのチームジャージの3名がオフェンスを開始する。

 気がつくと、さっきの女子中学生がそばに立って、大竹先輩たちを心配そうに見つめていた。

 両手を胸の前で握り合わせ、必死に祈るような表情で試合を見守っている。

 体育館はいつの間にか張り詰めた空気でいっぱいになっていた――。

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