第23話 小っちゃくても勝てるんです!⑥
森先輩がドリブルを止めて胸の前でボールを抱える。膝を柔らかく曲げて、しなやかに高く跳躍する。
しまった! 3ポイントシュート。
慌ててブロックに跳んだがボールは私の手に触れることなく、キレイなループを描いてリングの中へ吸い込まれた。
「っしゃあ!」
「佳代子、ナイッシュ!」
力強いガッツポーズを見せる森先輩の周りにチームメイトが集まり、ハイタッチをかわす。
先ほどまでの暗い雰囲気を一気に吹き飛ばしてしまうかのような、鮮やかなシュートだった。ゴテショの選手たちの表情がみるみるうちに明るく変わっていく。コート上の選手だけでなく、ベンチにいる選手たちまで息を吹き返したかのような盛り上がりを見せていた。
「インサイドだけじゃなかったみたいね」
「3ポイント一発で雰囲気変えられちゃった。応援の生徒まで盛り上がってる……」
ポイントガードの森先輩にアウトサイドからのシュートがあることを持田さんも薄々は感じていたみたい。
マユちゃんの言うように、試合を観戦しているゴテショの生徒まで、さっきの3ポイントで熱狂していた。
「第3ピリオド、1ゴールでもいいからリードして終わりたいんだ。最低でも同点で。第4ピリオドにつなげるために!」
「ええ、分かっているわ」
「私、頑張るよ!」
持出さんとマユちゃんが笑顔で答える。
「ハルちゃん、もう少しだけインサイドで頑張って。杉浦先輩をしっかり引き付けて欲しいんだ」
「うん! やってみる」
胸の前で両手の拳を握り締めたハルちゃんが答える。
「ウメちゃんは――」
「速攻で先頭突っ走ればいいんだろ? あとはハルのフォローしながら、アウトサイドにパス回す、だろ?」
「……ファイナル・アンサー?」
「……ファイナル・アンサー」
「……正解っ」
「うざっ」
面倒くさそうなリアクションをとるウメちゃんを見て、みんなが笑い声を上げた。
「オフェンス1本、いくよっ」
「オー!」
決着の第4ピリオドは刻々と迫ってくる。それまでに、私たちはもう一度流れを呼び込まなくちゃいけないんだ!
そのあとも森先輩が3ポイントを連続で決めてゴテショは勢いに乗った。インサイドの攻撃力は杉浦先輩を中心に盛り返しつつあった。
そんな中、ハルちゃんがディフェンスで奮闘してくれたおかげで、失点は最低限にとどめる事ができた。ハルちゃんのディフェンスリバウンドからの速攻でウメちゃんが確実に得点を返した。
ゴテショは引き続きマンツーマンディフェンスで、外からのシュート対策をこうじたが、すでに息が上がっている7番と8番の動きには全くキレが無く、持田さんとマユちゃんはマークを振り切りアウトサイドのシュートで得点を重ねた。
ハルちゃんもゴール下で面を取り、積極的に攻める姿勢を見せたが、半分はディフェンスの意識をインサイドに向けさせるためのプレイだった。ハルちゃんは実際、杉浦先輩を相手にポストプレイでシュートを決めているため、十分に囮としての機能を発揮した。そしてもう半分の目的はオフェンスリバウンドだ。持出さんとマユちゃんのシュートが落ちたときのフォローをするため、ハルちゃんはゴテショのプレイヤーと比べたら小さい体を必死に張って、インサイドで頑張ってくれていた。
第3ピリオド残り2分、得点は56対53でゴテショのリード。
森先輩に抜かれないように、必死にディフェンスする。
森先輩が7番へパスを出し、さらにローポストの杉浦先輩へパスがつながった。
振り向いて後方のハルちゃんを確認した杉浦先輩が左にターンする。そこから右へドリブルインするが、ハルちゃんの厳しいマークをかわすことができない。
「戻せ、直子!」
カットインで私を振り切った森先輩が切り込んでいく。
ゴール下で攻めあぐねた杉浦先輩がパスを出す。
追いついた私がボールを受け取った杉浦先輩の前に立ちはだかる。
シュート、打ってくる!
若干、速めのモーションでジャンプシュートの体勢に入った森先輩に合わせ、ブロックに跳んだ。
シュートフォームを崩して放たれたボールがリングに当たって跳ね返った。
「リバウンド!」
「リバンッ」
私と森先輩の声が重なった。
インサイドではスクリーンアウトをする杉浦先輩と大竹先輩、そして2人の内側で体を張るハルちゃん。
ボールに向かって跳躍するハルちゃんは2人の高さを超えて手を伸ばし、ガッシリとリバウンドをもぎ取った。
着地したハルちゃんが持出さんへボールを渡す。
持出さんからパスを受けた私はゴールに向かって一直線に、渾身の力を込めてボールを投げる。
「行っけー!」
「バッカ! どこ投げてんだよー。っしゃあ」
相手コートを電光石火のように走り抜け、速攻を決めたウメちゃんがガッツポーズを見せた。
残り時間、1分37秒。得点56対55。
ゴテショのオフェンス。
さっきまでゴール下で面取りをしていた杉浦先輩がハイポストまで上がってきた。森先輩からのパスをフリースローラインでキャッチする。そのままターンした杉浦先輩がゴール下の大竹先輩へパスを送る。ディフェンスのウメちゃんを力強いドリブルで押しのけ、大竹先輩がゴール下シュートを決めた。
「みんな、ワリィ」
「ドンマイ、ウメちゃん」
すまなそうな表情のウメちゃんにタッチしてみんなで励ます。
杉浦先輩、上手にハルちゃんを引きずり出したな。
ハルちゃんは大竹先輩にもブロックを2回お見舞いしている。
ゴテショインサイドは、ゴール下でのハルちゃんのディフェンスをかなり警戒しているのだ。
残り時間、1分22秒。得点、58対55。
点差は3点、少し厳しくなってきたな。
1ゴールでもいい、何とか逆転して第4ピリオドにつなげたい。
コウジョのオフェンス。
カットインでマークを振り切った持出さんへパスを出す。
ヘルプでディフェンスについた8番に止められ、持田さんがマユちゃんへパスを出す。
3ポイントラインの外側でボールを受け止めたマユちゃんが、フリーでシュートを放った。
「ハルカちゃん、リバーン!」
ボールが指先から離れた瞬間にハッとした表情のマユちゃんが、着地と同時に叫んだ。
ボールがリングに当たり、ボードに跳ね返って落下する。
ゴテショのゴール下にはセンター杉浦先輩を筆頭に、170センチオーバーが3枚。
スクリーンアウトで外へ押し出されていたハルちゃんが、離れた位置から助走をつけて飛び込む。
杉浦先輩と大竹先輩の後ろから真上のボールに向かって右手を伸ばす。
空中で2人と接触しながら、ハルちゃんが指先でボールを弾いた。
着地した杉浦先輩と大竹先輩、そしてハルちゃんが再び跳躍してボールに向かって腕を伸ばす。
不利な位置、悪い体勢という条件を跳ね除けて、ハルちゃんがリバウンドを勝ち取った!
「陽子ちゃんっ」
サイドの私にハルちゃんがパスを出す。
「もう1本!」
アウトサイド、私の後方へ移動していたマユちゃんへボールをつなぐ。
すかさずマユちゃんは3ポイントの体勢へ。
ディフェンスのブロックは間に合わない。
真上に跳躍したマユちゃんが美しいフォームで3ポイントシュートを放った。
手からボールが離れると同時に、自信に満ちた明るい表情を見せるマユちゃん。
ボールは放物線を描きながら、リングの中へ吸い込まれた。
「マユ、ナイススリー!」
「キャッ」
ウメちゃんからけっこう強めにお尻を叩かれ、マユちゃんが飛び上がる。
「マユちゃん、1回目の3ポイントのとき、打ったあとに外れるって分かったの?」
「えっ? ああ、そうかも知れない。何となくだけどね。この試合の第3ピリオドからなんだけど、確実にシュートが決まる感じがするときと、しないときがあるの。へへへ」
マユちゃんは照れた様子で汗をぬぐい、大きめの黒縁眼鏡をかけ直した。
「そう言えば、私もあるわ。3ポイントシュートはまだ分からないのだけれど、ミドルレンジのシュート、特に得意な角度から打ったときは決まるか外すか、指先の感触で何となく分かる気がするわ」
うちのシューター、マジで頼もしっす。
それだけ練習したってことだよね。
毎朝7時前から練習して、お昼も練習して、部活では練習終わったあとも1時間近く自主練して……。
持出さんとマユちゃんがアウトサイドから決めてくれるから、インサイドのハルちゃんも生きてくるんだ。
そしてコウジョにはとっておきがもう1人――。
マユちゃんの3ポイントで同点に追いついた私たちは、そのあと森先輩のミドルシュートで2点を返されるも、持田さんが得意なミドルレンジ45度からのシュートを決めて第3ピリオド終了を迎えた。
得点は、60対60の同点。
「さあ、追いついたわ。流れは、うちに来てるわよ」
渡辺先生の声は普段よりも大きく、私たちを励ましてくれているように感じる。
「どうしたんですか? これから逆転というときに、浮かない顔ですね」
米山先輩が新しいドリンクを補充したスクイズボトルを手渡しながら私に尋ねる。
「ホントは第3ピリオドで逆転したかったんですよね。へへへ」
「そう簡単に、シナリオ通りにはいかないものですよ。切り替えていきましょう!」
「はいっ」
渡辺先生が言うように、第3ピリオドで同点まで追い上げた今の私たちには勢いがある。試合を観戦している御殿場商業の生徒たちも、光城学園に流れが来ているとそんな風に感じているに違いない。でも、それは少し違う。
ハルちゃんが杉浦先輩を相手にポストプレイで得点し、アウトサイドからはマユちゃんと持田さんがシュートを決めた。ゾーンディフェンスが破られ、大黒柱の杉浦先輩が不調をきたしたことにより、流れは完全にコウジョへ変わるはずだった。
しかし、森先輩がアウトサイドからシュートを決めたことにより、ゴテショのインサイドプレイヤーに、勢いが少しずつ復活してきたのだ。
そういう意味でゴテショにも今、流れがきていると言っても間違いではない。
私たちが押していることに違いは無いのだけれど、第4ピリオドを残して現在は同点、何が起こるかは分からない。
「おーい、飯田。めずらしく難しい顔してるな。そろそろ時間だぞ。次でラストだ。なんか言っとけ」
フツー、こういう場面では監督が声をかけるところじゃない?
なんか言っとけって……。
「みんな、次は第4ピリオドだよっ。ラストなんだよ!」
「知ってるっつーの。んで、具体的な作戦は? 小っちゃい監督」
「ウメちゃん、全員やっつけて!」
「……」
みんなが沈黙したあとに、ため息をついた持田さんが口を開く。
「ウメ吉を中心にオフェンスするということでいいわね?」
「イエス・アイ・キャン!」
「陽子ちゃん、その答えかた、間違ってる……」
マユちゃんが苦笑いしながら、ずり落ちた眼鏡を直した。
「あと、速攻も最後まで続けるよ。チャンスがあれば、持出さんとマユちゃんもガンガンシュート狙ってね。ハルちゃんは、ディフェンスとリバウンド集中でお願い」
「ええ、わかったわ」
「うん、頑張るよ」
コウジョのシューター2人が同時に頷く。
「私、オフェンスリバウンドも頑張るから、みんなドロ船に乗ったつもりでシュートしてね」
ハルちゃん、それ沈むから……。
「結局、戦術は無いんだな。いくらアウトサイドからシュートが決まるからって、攻めが単調になればやられるよ。ゴテショのインサイドはまだ完全に死んだわけじゃないし」
第1ピリオドからずっと口を閉ざしていた滝沢先輩が、ここにきてはじめて声を発した。
「おおっ! 私たちのこと心配してくれてたんですね、滝沢ちゃん」
「うっせー、飯田。心配なんかしてねーし。って言うかその呼び方やめろ」
ぶっきらぼうに言いながら、滝沢先輩が視線をそらした。
「滝沢ちゃん先輩、心配してくれてどうもありがとです」
ハルちゃんが微笑みながらペコリと頭を下げる。
「いや、だからそういうんじゃなくて。私はただ……」
「プフッ。滝沢ちゃん先輩。プフフッ」
「チッ。笑うな文香」
口元を押さえて吹き出す持出さんに滝沢先輩が舌打ちした。
「まあまあ、怒らないで。秀美もずっと夢中になって応援してたじゃん」
「そうそう。みんな、秀美の声、聞こえたでしょ?」
井上先輩と横井先輩が意外なことを口にする。
あ、そういえば滝沢先輩の声、聞こえたかも……。
「ば、バカッ。余計なことしゃべってんじゃねー! こいつらがトロいから指示出してやっただけだ」
滝沢先輩は顔を真っ赤にしながら大きな声を出した。
照れているのか怒っているのか分かんない。
両方かな?
「滝沢ちゃん、第4ピリオドも見守っていてください。戦術みたいなレベルの高いものじゃないけど、コウジョのとっておきのオフェンスで必ず勝つから」
「……分かったよ。まあ、なんて言うか、頑張れば。あと、滝沢ちゃん言うな」
滝沢先輩のムスッとした表情と言葉の中に、私たちへの精一杯のエールを感じて嬉しかった。
「さあ、第4ピリオド、コウジョの総力出し切るよっ。コウジョーッ、ファイッ!」
「オーッ!」
今日4回目の円陣を組んだ私たちは、気持を1つにしてコートに入った。
第4ピリオド、最後のジャンプボールもハルちゃんが衰えない跳躍を見せて勝ち取った。
「カヤちゃんっ」
マユちゃんが受け取ったボールをウメちゃんへつなぐ。
ウメちゃんが一瞬で大竹先輩を抜き去り、ゴールへ向かってドリブルで一気に駆けていく。
「止めろ、直子!」
森先輩が叫んだ。
杉浦先輩がハルちゃんのマークから少し離れてゴール下で待ち構える。
ハイポストでストップしたウメちゃんがシュートの体勢に入った。
ローポストで待ち構えていた杉浦先輩が、慌てて距離を詰めてブロックに跳ぶ。
杉浦先輩のブロックは間に合わず、ウメちゃんが放ったミドルシュートが決まり、軽快なネットの摩擦音を響かせた。
「ウメちゃん、ナイッシュー!」
「よっしゃーっ」
ウメちゃんが力強いガッツポーズを見せた。
「1本シュートを決めたくらいで大げさよ、ウメ吉。今まで仕事をしていなかった分、しっかり働きなさい」
「どこのお嬢様だよ。アタシは、ブン吉のメイドじゃねーっつーの」
「はっ! カヤちゃんがメイド……黒ギャルメイド! 新ジャンル開拓だよ、ハルカちゃん」
マユちゃんが鼻息を荒くする。
「ドロ舟に乗った黒ギャルメイドのシュートだね!」
ハルちゃん、つっこみどころ満載過ぎるから……。
第4ピリオド開始早々、ウメちゃんのミドルシュートが決まり、コウジョは良い雰囲気が作れた。
「7番、ミドルシュートあるよ。チェックしっかり」
森先輩がチームに注意を促す。
「さあ、オフェンス1本!」
「オー!」
杉浦先輩の呼びかけに、ゴテショは声を1つにした。
第4ピリオドに入り、ゴテショのインサイドの決定力は明らかに低下していた。完全なスタミナ切れが理由である。パワーとスピードの衰えた大竹先輩と7番は、ウメちゃんと持出さんでも抑えることができた。ゴール下まで入り込むことの出来ない大竹先輩と7番は、確率の悪いミドルシュートを打っては外し、そのたびに私たちは速攻でシュートを決めていった。
ハルちゃんのディフェンスに強い警戒感を抱いているせいか、杉浦先輩の決定力も5割といったところで、ゴテショオフェンスの中心は森先輩のアウトサイドからのシュートへ移行していった。
そんな森先輩もやはり体力は消耗しているわけで。
「直子、リバーン!」
森先輩がシュートを外した。
大竹先輩と7番は、ウメちゃんと持出さんのスクリーンアウトで外側へ押し出されている。
ハルちゃんと杉浦先輩が横に並んだ形でボールに向かって跳躍する。
杉浦先輩よりも高い位置に手を伸ばしたハルちゃんが、リバウンドをもぎ取った。
「ハルっ」
名前を呼ばれたほうへハルちゃんがパスを出す。
キャッチしたウメちゃんがコートを電光石火のごとく駆け抜ける。
「止めろっ」
杉浦先輩が叫んだ。
7番と8番、そして大竹先輩を抜いたウメちゃんがゴールに向かって直進する。
素早く戻った森先輩がハイポストで待ち構える。
「来いよっ、黒ギャル!」
右から切り込むウメちゃんに森先輩がついていった。
ディフェンスを振り切れない。
「だからっ、アタシは黒ギャルじゃねーっつーの!」
ウメちゃんが右手でドリブルしていたボールを一瞬で背中側へ。右手のスナップで突き出したボールを左手でキャッチして、森先輩を置き去りにした。
華麗なバックビハインドから、ウメちゃんがドライブを決めた。
「直子、ドンマイ」
「クソっ」
八つ当たりのように、森先輩はチームメイトの手を乱暴に振り払った。
第4ピリオド、コート上で誰よりも速く、そして誰よりもシュートを決めているウメちゃんが一番目立っていた。
ウメちゃんのドライブをゴテショのディフェンスは誰一人として止めることができなかった。
残り時間5分、ウメちゃんが大竹先輩を抜いてミドルシュートを決め、コウジョが逆転した。
得点は、72対70。
ゴテショのオフェンス。
森先輩が3ポイントを外す。
リバウンドを取ったウメちゃんが、そのまま単身ドリブルで走り切り込んでいく。
追いかける森先輩を振り切ってランニングシュートを決めた。
「っしゃー!」
「ウメちゃん、ナイッシュー!」
ウメちゃんと力強いハイタッチをかわす。
その直後、ゴテショは森先輩がミドルレンジからのシュートを決め、得点は74対72。
コウジョのオフェンス。
ウメちゃんへパスを送る。
「7番止めろっ」
森先輩が叫ぶよりも早く、ゴテショのディフェンスはダブルチームでウメちゃんを止めにかかった。
「止めてみろよっ」
ウメちゃんが1歩で大竹先輩の横に並ぶ。
2歩目でダブルチームを抜き去り、ゴールに向かってドリブルする。
「直子っ」
森先輩の声を聞き、杉浦先輩がハルちゃんから離れてウメちゃんのディフェンスにつく。
ミドルポストまで切り込んだウメちゃんがジャンプシュートの体勢に入る。
杉浦先輩が間合いを詰め、タイミングを合わせてブロックに跳んだ。
ウメちゃんはシュートフォームのまま両手を上に掲げるが、バールは1バウンドしてゴール下のハルちゃんの手元へ。
「カヤさん、ナイスパス!」
杉浦先輩のディフェンスをウメちゃんが引き付け、フリーのハルちゃんがゴール下シュートを決めた。
「ナイッシュ、ハル!」
息ピッタリのコンビネーションを決めた2人が、ハイタッチをかわす。
残り時間、4分20秒。得点は、76対72でコウジョのリード。
杉浦先輩が悔しそうに顔を歪めた。
「ふざけんなよっ! ダブルチームで抜かれたら意味ねーだろーがっ」
「ちょ、ちょっと佳代子、試合中だよ。まずいって」
怒鳴り散らす森先輩を大竹先輩が必死になってなだめる。
「そんなに言うなら、カヨちゃんが止めればいいじゃん。って言うかさ、カヨちゃんだって止められないから私らがダブルチームでついてんじゃん」
「はあ? そのダブルチームが抜かれてっからキレてんだろーがっ! バカかあんたは」
口答えする7番に、森先輩の怒りはいっこうに治まる気配はない。
「でもさ、あの7番の動き、フツーじゃないよ。5番のジャンプ力も半端じゃないけどさ、7番のドライブ速過ぎるでしょ。あんなの見たことないよ。まるで、インハイ予選で三島学園とやったときの……」
大竹先輩が言葉を詰まらせた。
「さあ、オフェンスだよっ。自分達でテンション下げてどうすんのよ。こっから逆転すんでしょ」
杉浦先輩が精一杯明るい声でチームを励ます。
「チッ。あんたら、辛気臭いんだよ。やられたらやり返せ、バカ」
捨て台詞を吐きながら、森先輩がドリブルを始めた。
森先輩がチームに悪態をついたあと、ゴテショは攻守共に大きく崩れた。
イライラした状態の森先輩はアウトサイドからのシュートを外し、それに比例するようにインサイドの攻撃力はさらに低下した。
コウジョの速攻に対し、走って戻るのは森先輩と杉浦先輩の2人だけで、他の3人はただ呆然と立ち尽くすだけだった。それに腹を立てた森先輩がさらに荒れて、ゴテショのチームの雰囲気は悪くなる一方だった。
「何で戻らねーんだよ! 走れよ、バカ!」
「そんなこと、言ったって……」
「もう、無理だよ。カヨちゃんだって、分かってんでしょ?」
声を荒げる森先輩に対して、7番と8番は戦意を喪失した表情で静かに答えた。
得点は10点差でコウジョがリードしていた。
残り時間、1分15秒。
「やられっぱなしは、嫌いなんだよっ!」
杉浦先輩からボールを受け取った森先輩がドリブルで走り出す。
3ポイントラインから少し離れた位置でストップすると、そのままジャンプシュートを放った。
森先輩が意地を見せて3ポイントを決めた。
残り時間、1分10秒。得点は、84対77。
コウジョのオフェンス。
ハイポストでボールを呼ぶウメちゃんにパスを送る。
ウメちゃんが素早いターンからドリブルインで大竹先輩を抜く。
その先には、杉浦先輩が待ち構えていた。
杉浦先輩の正面でストップしたウメちゃんがシュートフォームへ。
「させるかっ」
タイミングに合わせて杉浦先輩がブロックに跳んだ。
高い!
ウメちゃんは跳んでいなかった。
シュートフェイクで杉浦先輩のブロックをかわし、ステップインで一歩踏み込んでジャンプシュートを決めた。
その俊敏かつ軽やかなステップインシュートに、コート上のプレイヤーだけでなく、観戦しているゴテショの生徒たちまでが魅了され、歓声を上げた。
「クソっ」
杉浦先輩が声を出して悔しさをあらわにする。
でも、ウメちゃんだって今の杉浦先輩のようにすごく悔しい思いをしたから、今があるんだ。
三島南高校との練習試合で、ウメちゃんは得意のドライブを完全に抑えられてしまった。あの時ウメちゃんの無力感と悔しさはどれほどのもだっただろうか。試合のあと、ウメちゃんは学校の屋上で、米山先輩に抱かれながら大粒の涙を流した。あの日から、彼女は必死で自分の武器を磨き続けたんだ。
ミドルシュートやフェイクにターンの練習、ステップインやインサイドのハルちゃんとのコンビネーションなど。
ドリブルで抜いたあと、攻撃のパターンを増やすことによってシュートの決定力を飛躍的にアップさせたのだ。
今のウメちゃんを止められるプレイヤーは、ゴテショにはいない。
残り時間、57秒。得点は、86対77。
ゴテショのオフェンス。
森先輩がインサイドの杉浦先輩へパスを出す。
ターンでディフェンスのハルちゃんをかわし、杉浦先輩がジャンプシュートを放つ。
横からブロックに跳んだハルちゃんの指先がボールにかすった。
軌道の反れたシュートはボードに当たり、跳ね返ったボールを持出さんが拾う。
「速攻!」
持出さんからパスを受け、ゴール目掛けてダッシュする。
2線速攻の形で、右サイドをウメちゃんも走っている。
ゴテショのディフェンスはただ1人、待ち受けるのは森先輩のみ。
森先輩は私とウメちゃんの距離を測りつつ、ミドルポストから動かない。
スピードを緩めずに左から切り込む。
ここからじゃ、ウメちゃんへパスは出せない。
私が森先輩を抜くしかない。
一瞬スピードを緩める。
右足を踏み込んで体を右に向けながら、前に左手でドリブルする。
詰め寄った森先輩の重心が左へ移動した。
すかさず、ボールの方向を変えながら体の進行方向を左へ戻す。
左手ドリブルを斜め前に突き出して、森先輩を置き去りにする。
決まった! インサイドアウト。
そのままレイアップシュートで得点を決める。
「陽子ちゃん、ナイッシュー」
「カッコよかったよー、陽子ちゃん」
戻ってきた私をマユちゃんとハルちゃんが大喜びで迎えてくれた。
「今日一番のキレ具合だったわ。ジョークもあれくらいキレがあれば面白いのに」
持出さん、一言多い。
「さあ、最後しっかり止めるよっ。そしてもう1本決めるよっ。ウメちゃん!」
「アタシかよ!?」
「ウメ吉以外、いないでしょうに」
「そうそう、カヤちゃん」
「うん、うん。トドメだカヤさん!」
ハルちゃん、侍じゃないんだから……。
「っしゃー! もう1本!」
「オーッ!」
気合を入れたウメちゃんの声に、私たちは拳を振り上げた。
ゴテショは大竹先輩がミドルシュートを外し、ウメちゃんが速攻で得点を追加した。
そのあとゴテショがシュートを決められないまま、試合終了を告げるブザーが体育館に鳴り響いた。
得点は90対77。
光城学園の勝利!
森先輩をはじめ、ゴテショのプレイヤーは無言でうつむいていた。
整列して礼をすると、試合を観戦していたゴテショの生徒たちから拍手が起こり、その音は体育館に響き渡った。体育館の外でも拍手が起こり、皆が私たちの健闘を讃えてくれていた。
周囲の意外な反応に驚いたけれど、「ナイスファイト、コウジョー!」とたくさんの生徒が声をかけてくれて、すごく嬉しかった。
喜ぶ私の前に森先輩が詰め寄ってきた。
「今回は、たまたまだ。お前らみたいなチビッ子が勝てるはずねんだよっ! 運が良かっただけだ。次は――」
「小っちゃくても勝てるんですっ!」
私の大きな声が体育館中に響き、森先輩だけでなくゴテショのチーム、コウジョのみんな、そして観戦していた生徒たちまでびっくりさせた。
「なっ、何だよ、いきなり」
「それから、次も練習試合をよろしくお願いしますっ。では」
「おいっ、なに勝手なこと言って。おい、ちょっと待てよ」
私はぺこりとおじぎをして、勝利に盛り上がるコウジョのベンチに向かって歩いた。
小っちゃくても絶対にあきらめない、気持ちを1つにして大好きなバスケに向き合う頼もしい仲間たちのもとへ――。
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