第18話 小っちゃくても勝てるんです!①

 光城学園に入学して初めての定期テストが、水曜日から金曜日まで実施された。「最初の定期テストが高校3年間のテストに大きく影響を及ぼす」と、先生たちから耳にタコができるほど聞かされたこともあり、テスト前からクラスメイトたちの表情はいつもと違って引き締まっていた。

 普段お気楽な私だって、定期テストともなれば必死に勉強する。だって平均点以下だと補習と追試で、大好きな部活が出来なくなっちゃうから。

 そのことをミーちゃんに言うと、「陽子ちゃんらしいね。でも、今回の敵はかなりやっかいですぞ」と鼻で笑われてしまった。

 失礼しちゃうよ。私だって一般入試でコウジョに受かったんだから、ビシっとやれるところ見せ付けてあげなくちゃ。

 そんな風に考えていたのは1週間前のこと。

 終わってみれば、8教科のテストで自信が持てるものは1つも無かった……。

 勉強けっこう頑張ったのに、テストが返される前からすでにダメージ負っちゃってます私。

「こーじょー、ふぁい」

「オーッ!」

「ふぁい」

「オーッ!」

「ふぁい」

「オーッ!」

「……飯田さん、気の抜けた声を出さないでくれるかしら? 士気が下がるのだけれど」

 アップのランニングの最中、持田さんに後ろから声をかけられた。

「陽子ちゃん、体調悪いの? なんだか顔色も悪いよ」

 ハルちゃん超優しい。ユア・マイ・エンジェル。

「気にすんなハル。陽子は体調じゃなくって頭がワリィの。どうせ中間、惨敗だったんだろ?」

「まだ分かんないやい! そういうウメちゃんは、テストできたわけ?」

「マジ余裕。って言うか簡単過ぎて時間余って、超ヒマしてたしー」

 得意げに言うウメちゃんはかなり自信があるように見える。

「ウメちゃんのことだから、ほとんど分からなくて時間が余ったんじゃないのー?」

「バーカ。その逆だっつーの」

「ちょ、ちょっと2人とも、ランニング中だよ。陽子ちゃん、先頭に戻って」

 後ろのウメちゃんに並走していた私の背中をマユちゃんが軽く押した。

「じゃあウメちゃん、テストの合計点で勝負しよーよ」

「おう、のぞむところじゃん。受けてやんよ。ぜってー負けねーし」

「カヤちゃん、陽子ちゃん、もう」

「いくわよ、真由子さん」

「あっ、フミカちゃん」

 いがみ合っている私とウメちゃんを無視して、持田さんが前に出る。

 最後尾のマユちゃんがそれに続く。

「コージョーッ! ファイッ!」

「オーッ!」

「ファイッ!」

「オーッ!」

「ファイッ!」

「オーッ!」

 持田さんの気合のこもった掛け声がアリーナに響き渡った。


 中間テスト明けの今日、私たちバスケ部は駿河市民体育館で練習をしている。

 部活動の再開は来週月曜日からで、土曜日は学校の体育館が使用できなかったからだ。

 荒井先生と渡辺先生は、土日でテストの採点をしなければならいので部活はお休み。監督とコーチの代わりに、顧問の塩屋先生が見てくれている。

 塩屋先生も、荒井先生や渡辺先生と同じ駿河中央大学のOBでバスケ経験者である。

 塩谷先生が私たちの練習をこんなにジックリ見てくれるのは初めてのことなので、ちょっぴり緊張しながらも嬉しい気持ちで練習メニューに取り組んだ。

 ランニングで私の代わりに先頭を走った持田さんは、いつもよりダッシュの本数を増やした上に時間まで延長したものだから、1週間ぶりの部活はかなりハードな幕開けとなった。

「ハア、ハア……ブン吉、マジ鬼だな」

「ハア、ハア……体力の無いウメ吉には調度いい練習よ。ハア、ハア」

「……」

 イヤミを口にする2人の横で、マユちゃんが死体のごとく横たわっている。

「持田さん、今日のランニング長かったね。ダッシュも多かったし」

「ハルちゃんの言う通りだよー。ペースも早かったよー。キツイよー」

「キャプテンが弱音を吐いてどうするの。先々週の練習、最終日にはだいぶ体が慣れてきていたわ。特に飛鳥さんと飯田さんは、十分対応できていた。部活の時間は限られているのだから、さらなる走力向上のためにはペースを上げて時間を延ばすことが必要よ」

 クレームをつけたら、持田さんにいつもの冷静な口調でもっともな理論を述べられた。

 たしかに私たちは、あの地獄のような走りっぱなし&フットワークみっちりの練習メニューに慣れてきていた。

 慣れてきたと言っても、決して楽になったという意味ではない。ちゃんとついていけるようになったというわけでもないけれど、当たり前の練習メニューとして受け入れられるようになったのだ。

 それは思っていたよりも早く、4日目くらいから心に微妙な変化が生まれたのだ。最初の『練習から逃げ出したい』『早く終わりたい』という弱気な感情が徐々に薄れていき、『今日はしっかりついてくぞ』といったプラス思考へと切り替わった。それは、みんなも同じだったのかも知れない。

 実際テスト週間前、部活最終日の土曜には、マユちゃん以外のみんなが倒れることは無かったし、練習メニューにそれなりに対応できていた。

「さあ皆さん、次フットワークいきましょう。ファイトッ」

 米山先輩の声を合図に私たちはフットワークメニューを開始した。

「みんな、よく走っとるのう。よう頑張っとる」

 塩屋先生は白い口ひげを撫でながら、ニコニコ笑っていた。

 塩屋先生の厳しい顔はほとんど見たことないし、ほとんど普段はニコニコ笑っている時が多い。でも、今日の笑顔はなんだか私たちを認めてくれているような、そんな気がしてちょっぴり嬉しかった。


 月曜日と火曜日の2日間で中間テスト8教科全てが返却されたわけで、その内の4教科を補習、追試となった私はかなり凹んでいた。さらにショックを受けたのは、ウメちゃんのテストが全て90点以上のハイスコアであったこと。

「だからー、アタシ言ったじゃん。余裕だって。って言うかさ陽子、英語40点はまずいっしょ」

「うっさい! そんな派手なビジュアルして秀才とか、ウメちゃんの詐欺師! 才色兼備!」

「いや、この見た目は生まれつきだし。しかも、最後の褒めてるし」

 ウメちゃんとのやり取りを聞いて、ハルちゃんとマユちゃんは苦笑いしながら、答案用紙を見比べている。

「笑ってるけど、みんなはどうなのさ!」

「えっと、一応平均点以上だったよ」

「私、けっこうできたよー」

 ハルちゃんとマユちゃんがカバンから答案用紙を取り出して机に置いた。

 ハルちゃんはほとんどが80点以上、マユちゃんも70点から80点をキープしており、いずれも高得点をおさめている。

 持田さんをチラリと見る。

「……はあ。どうぞ」

 ため息をついた持田さんは、少し嫌そうにしながら答案用紙を出した。

 こ、これはっ。オール100点だとー!

「バスケ部のみんなは、成績優秀なんだね。すごーい」

「キャプテンを除いてな」

 驚くミーちゃんの言葉にウメちゃんが付け足す。

「船橋さんが一緒なのだから、教えてもらえばよかったじゃない」

「えっと、一応教えてあげたんだけどね……」

「そう、あなたも苦労がたえないわね」

 同情している様子で持田さんがミーちゃんの肩にそっと手を置いた。

 あなたもって、何さ。

「平均点以下は補習あるんだよね? 陽子ちゃん、部活来れなくなっちゃうね。土曜日も追試だよね?」

「心配いらないよ、マユちゃん。私にとって、何が1番大事なことか分かってるから! 大切なチームの仲間を置いて、1人で補習を受けたりなんかしないよ!」

「いや、そこは素直に受けようぜ」

「飯田さんが現実逃避に走ると、いつもの3割増しくらいで話が支離滅裂になるわね」

 ウメちゃんと持田さんのつっこみでみんなが笑い出す。

「そう、私が今やるべきことはっ。イテッ!」

 頭を本のようなもので強く叩かれ、振り返るとそこには怖い顔をした渡辺先生が立っていた。

「飯田さんがやるべきことは、補習を受けること! 大事なのは土曜日の追試をクリアすること! コーチである私の担当教科の数学で、よく堂々と42点なんて点数とってくれたわね!」

「で、ですよねー」

 教室中でドッと笑いが起こった。

「ほら、あなた達も教室に戻りなさい。もうすぐ予鈴が鳴るわよ」

「はい」

「ウイッス」

 バスケ部のみんなが撤収し、散々な昼休みがチャイムと共に終わりを告げた。


 私は金曜日まで、放課後に1教科ずつ補習を受けてから部活に参加した。補習は1教科につき1時間のため部活時間の約半分削られてしまい、存分に練習ができなかった。

 さらに土曜日に追試が行われたため私は部活に参加できず、朝からテスト問題と格闘するはめになった。

 追試といってもテスト問題は全く一緒の内容で、補習で十分に解説してもらったので、こんな私でも余裕でクリアできるものだった。

 実際のところ県内有数の進学校である学園側として、生徒を留年させるわけにもいかず、こういった救済措置を講じているわけなのだ。

 全ての追試を終えた私は、急いで体育館へ向かった。

 もう練習は終わっているけれど、ミーティングには間に合いそう。それに少しだけ自主練習だってできるし。

 体育館に入ると、練習を終えたみんながストレッチをしていた。

「陽子ちゃん、追試終わった?」

「オー、イエイ! あんな問題、余裕だぜい」

 ハルちゃんにピースサインを送る。

「余裕なら、最初っから平均以上とってくれよなー。練習にキャプテン不在ってどうなんよ?」

「ハイハイ、ウメちゃんすみませんでしたー」

「まあ、いいじゃない。無事に終わったのだから。次回から私たちが徹底的に叩き込めば、こんな事態が起こることも無いわ」

 持田さんは調教師のような口ぶりで、まるで芸の覚えが悪い動物を見るかのように私に視線を送った。

 まったく失礼な。でも、ありがたいかも……。

「インハイ地区予選静岡県大会の試合結果が出ました!」

 タブレットの画面を見つめる米山先輩が叫んだ。

「よし、じゃあミーティング始める。集合っ」

「はいっ!」

 荒井先生の合図で私たちはホワイトボードの前に集まった。

「まず米山、県大会の結果教えてくれ」

「はい。まず皆さん、これを見てください」

 米山先輩がタブレットを指差した。そこには県大会のトーナメント表が表示されていた。

 荒井先生と渡辺先生も私たちのそばに腰を下ろして、米山先輩の話に耳を傾ける。

「静岡県大会は、各地区予選上位校の東部10校、中部11校、西部11校、合計32校を4つのブロックに分けて行うトーナメント戦です。そして各ブロックを勝ち抜いた4校が決勝リーグを行い、優勝と準優勝校がインターハイ出場となります」

「つまりさー、インハイ行くには静岡県で1位か2位にならなきゃってことだよな?」

「梅沢さんの言う通りですね。そして今日、決勝リーグ出場校が決定しました」

「わー、なんかワクワクするね」

 ハルちゃんが高揚気味の声で言う。

「知ってる学校、あるかなあ?」

 マユちゃんが独り言のように呟く。

「ナイナイ。ぜってー無いし。知らない学校聞いて、『ここ強いです』なんて言われてもリアクション困るだけじゃね?」

 まったく興味のなさそうなウメちゃんは面倒くさそうに答えた。

「まずAブロック、藤枝聖心女学院」

「ほら、知らねーし」

「知っているわ。中部地区のカトリック系の女子高で、かなりスポーツに力を入れている学校よ」

 持田さんがタブレットをジッと見つめながら説明する。

 藤枝聖心は私も知っている。そっか、バスケも強いんだ。

「Bブロックは、青葉学園。中部地区1位の強豪校です。Cブロックが浜松愛誠館高校。西部地区1位の強豪です」

「アタシ、全然知らないんですけどー」

「カヤさんは愛知出身だから仕方ないよ。私もあまり詳しくないけど、青葉と愛誠館はテレビで聞いたことあるし、ニュースでも見たことあるよ」

 ハルちゃんの話に、マユちゃんも首をコクコク小刻みに振って頷く。

 たしかに、よくテレビで名前を耳にする学校だ。まさにビッグネーム。

「そして最後、Dブロックが東部地区1位の三島学園です」

 それを聞いたとたん、ウメちゃんが急に立ち上がった。

 両手の拳をギュッと握り締め、どこか遠くを見つめるような目をしていた。

「ブン吉……」

「ウメちゃん」

「あ、ワリィ。先輩ごめん。続けて」

 持田さんと私が手を握ると、ハッと我に返った様子でウメちゃんはその場に腰を下ろした。

「今年の三島学園は歴代最強と言われています。平均身長は171センチで、高さもあります。特に3年生のセンターは181センチの高身長で、全国のセンターの中でもトップ5に入ると言われています」

「ひゃ、ひゃくはつ……」

「飯田さん、とりあえず落ち着いて。全国区のセンターなら、180センチくらいは普通のことよ」

 持田さんは顔色1つ変わらない。

 マユちゃんは驚いて口がぽっかり開いたままになっている。それに気がついたハルちゃんが、笑いながら自分の手でマユちゃんの口に蓋をした。

「そして注目すべきもう1人の選手が、2年生のスモールフォワード、速見篠さんです」

 ウメちゃんの表情が引き締まった。その瞳は、ライバルを目の前にして闘志を燃やすようでもあり、喜ばしくも見える。

 三島学園2年、速見篠さん。かつて彼女は、ウメちゃんの遊び仲間だった。詳しいことは分からないけれど、問題を起こして部活停止処分を受けていたのである。ウメちゃんはバスケ部に入部して、速見先輩と会うことが無くなった。

 速見先輩、部活に復帰していたんだ。

「もしかしてその人、カヤちゃんの知り合いの……」

「ああ、そうだよ。マユにも話したろ。アタシが停学くらってから、2週間くらいつるんでた奴」

「す、すごい選手だったんだね。カヤちゃんはその人に1on1で勝ったんだよね?」

 マユちゃんが興奮した様子で尋ねる。

「でもあれは、アタシがたまたま――」

「総合的に判断すると、ウメ吉の負けね。あのドライブは運よく成功したに過ぎないわ」

「自分で言うのはいーけど、ブン吉に言われると超腹立つわー」

 みんなが声を上げて笑い出す。

「コホン。速見篠さんは1年生のときからスタメンで公式戦に出場し、現在は三島学園のエースとしてチームの中心を担っています。チームの得点の半分は彼女が決めています。ポイントゲッターですね。また、守備力も高くバランスのいい選手です」

「全国レベルのセンターに2年生エースか。火力高そうだな。んで、あとのスタメンは?」

 いつものお気楽な声で荒井先生が尋ねた。

「あとのスタメンは3年生が2人、1年生が1人です」

「ええっ! スタメンに1年生が入ってるの?」

「はい。1年生エースだそうです。速見篠の後継者とも言われています」

 びっくりする私に米山先輩が補足説明した。

「三島学園は東部地区、いえ静岡県の強豪だから控え選手もきっと層が厚いでしょうね」

 渡辺先生が深刻な顔をする。

 先生自身、愛知の強豪校星海学園でプレイしていたわけだから、その当たりは予想がつくのだろう。

「まあ、いずれは倒さなきゃならねー相手ってことだな。ウィンターカップ予選には、おそらく3年も残るだろうし、面白くなりそーだな」

 こんなとき、荒井先生の性格がホントうらやましい。超楽観的というか前向きというか。

 私だってプラス思考な方だけど、現実を目の前にしてビビッちゃうときもけっこうある。

 でも、今の私は1人じゃない。このチームで、絶対ウィンターカップに出場するんだ!

「来週の土日に決勝リーグが行われ、インターハイ出場校が決定します。ちなみに3位と4位は東海大会に出場します。私から以上です」

「米山サンキューな。よし、じゃあ俺から少し練習について」

 荒井先生が立ち上がって、米山先輩と交替した。

「そろそろ、ポジション練習とか? 試合形式もやる?」

「とりあえず飯田はバスケと同じくらい勉強もやれ」

 余計なお世話だい!

「陽子ちゃんも言ったけど、ポジションってどうなるんですか? この前の練習試合のときのままでいくんですか?」

 ハルちゃんが手を挙げて質問した。

「ポジション? そんなもんねーよ」

「えええっー!」

 荒井先生の発言に全員が驚愕の声を上げた。あまりに声が大きかったため、バレー部やバトミントン部、チア部にまで痛い目で見られた。

「荒井先輩、それは一体どういう……」

 渡辺先生がすごく不安そうに尋ねる。

「ざっくり言うと、インサイドとアウトサイド両方の攻撃を身に付けてもらう。そしてボールを運ぶのも回すのも、全員に身に付けてもらう。まあ、オールラウンダー目指そうぜって話な」

「そ、そんな!」

 予想通り、渡辺先生は呆れるのと驚きの交ざった反応を示した。

「いや別にな、150センチの飯田に180のセンターと真っ向からポストプレイで勝負しろって言ってるんじゃねーんだ。各ポジションの基本、動きを学ぶことによって視野が広くなるんだよ。これが一番重要な。そして、どこでボールをもらってもシュートを狙えるようにしたい。全員がどの場所でも、常にゴールを意識してほしいんだ」

「じゃあ、シュート練習させてよー」

「うるせー。練習後に自主練しろ」

 一蹴されてしまった。

「これまで、体力アップのために走り、足腰強化のためにフットワーク中心のメニューで練習してきた。これは来月も継続していくし、走ることに関しては定番とする。ちっちゃいお前らがデカイ相手から点を取るには、速攻が有効的だからな。どこにも走り負けしないように練習だ!」

「うげー」

 ウメちゃんが嫌そうに舌をダラリと出した。

 青ざめた顔のマユちゃんを持田さんとハルちゃんがなぐさめる。

「あ、それからお前ら、今日から3ポイント練習しとけ。全員な」

「えええっー!」

 本日2回目の驚愕。

「よし、これでミーティングを終了する。解散」

「ありがとうございましたー」

 先生に礼をしてから、私たちは自主練習を開始した。

 ボールを抱えて3ポイントラインの外側に立つ。

 膝を柔らかく曲げてからバネのように伸ばし、真上に高く跳躍する。

 打点を高く、手首のスナップをきかせてシュートを放つ。

 ボールはキレイなアーチを描いてゴールへ……。

 かすりもせずに、落下した……。

「よし、いいフォームだ!」

「プハハハ。超ダセー。しかも、何で制服のまま3ポイント打ってんの? うけるー」

「うっさい! ウメちゃんだって届いてないじゃん。着替えてたら時間なくなるから制服なの!」

 すぐそばでは、持田さんが何本目かですでに3ポイントを成功させていた。

 マユちゃんは相変わらずの高確率で気持ちいくらいに決めていく。

「持田さん、すごーい! もうコツ掴んだの?」

「飛鳥さんだって、届くようになったじゃない」

「フミカちゃんはホントすごいよ。私、最初からそんな風に打てなかったよ」

「今は得意な角度だったから、少し遠くてもそんなに違和感は無かったの。他の場所はこんなにうまくいかないわ」

 少し頬を赤らめながら嬉しそうに答えて、持田さんは練習を続ける。

 私はこの日、結局最後まで3ポイントシュートがゴールに届かなかった。

 よし、来週は荒井先生に奥義を伝授してもらおう。


 帰り道、私たちはいつもよりちょっと足を伸ばして、駿河駅南側の商店街を歩いていた。商店街で買い物をするのが目的じゃなくて、この先にあるたい焼き屋さんがお目当てである。

 ミーちゃんが塾の途中に見つけたたい焼き屋さんで、トラックの移動式屋台のお店だそうな。ストリートバスケのコートがある公園のそばでお店を開いており、ミーちゃんによるとクリームが絶品とのこと。

 というわけで、今日の部活帰りのおやつはミーちゃんおススメのたい焼きに決定したのである。

 そのことを米山先輩に話すと、「それは気になりますね。私もご一緒してもいいですか?」と以外にもノリノリでやってきた。先輩はたい焼きが大好物らしい。

「おっ、あれじゃね?」

「ホントだ。『たい焼き』って旗が出てるよ」

 マユちゃんが指差す方向を見ると、たしかに『たい焼き』と白い文字で書かれた赤色の旗が揺れていた。

「美智子ちゃんの話だと、クリームがおいしいんだよね。でも、あんこも気になるよねー」

「私は、あんこが好き。クリームもおいしいとは思うのだけれど、やっぱりたい焼きにはあんこが合うと思うの」

 ハルちゃんと持田さんがたいやきトークを繰り広げる。

「私は、あんこもクリームも、どちらも食べますよ!」

 先輩が一番楽しそうだ。

 結局みんな、あんことクリームの両方を買って食し、そのおししさについ無口になって味わってしまうくらいの代物だった。

 あんこ派を宣言した持田さんでさえ、「クリームたい焼きの概念が覆されたわ」なんて大げさなことを言っていた。

「マジやばくない? あんこもクリームも超おいしんですけどー」

「……ウメちゃん、太るよ」

 ウメちゃんはたい焼きをおかわりして頬張っている。

「アタシ、これ昼飯にするからだいじょうーぶ。おっちゃん、クリームも1つ」

 絶対大丈夫じゃないと思うよ……。

「ねえ、陽子ちゃん。あれ、滝沢先輩じゃない?」

「えっ? どこ?」

「公園でバスケしてる。今、シュート打った人」

 ハルちゃんの言うように、公園のストリートバスケのコートで3on3が行われていた。

 たしかに滝沢先輩だ。チームの2人は、横井先輩と井上先輩っぽい。相手チームは知らない顔だ。

「なんだか変な感じね。相手チーム、やけにあおっているように見えるのだけれど」

 持田さんもジッと試合の様子を見つめた。

 たしかに違和感をおぼえる。相手チームがやけに大声を上げたり、挑発するようなジェスチャーを見せている。

「ほっとけって。滝沢って、中学でブン吉に嫌がらせしてた奴だろ? 陽子から聞いたけど、バスケ部にも絡んできたらしーじゃん。無視無視」

 ウメちゃんが無関心な声で答え、そっぽを向いて4つ目のたい焼きにかぶりついたときだった。

「ネーちゃんっ! ギャルのネーちゃん、助けてっ!」

 公園から走ってきた1人の小学生が、ウメちゃんのジャージを両手で掴んだ。

「ワッ! な、何だよいきなり。あ、お前。バスケしてたガキんちょ。超久しぶりじゃね?」

「いいから、早く来て! ネーちゃん、走って」

「お、おい。待てって」

 小学生に手を引かれ、ウメちゃんが走っていく。

 私たちは顔を見合わせてから頷き、公園のストリートバスケのコートに向かって走る2人を追いかけた――。

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