第2話 手の震えが止められない
蝋燭の光がぐんと下に下がってから上がった。そして、靴音。聞き慣れたリズムに、メルディナの身体は震えた。
「食事だ」
コトリ、と滅多に使わないテーブルが音を立てる。そばに立てられた蝋燭が、トレーにのったパンとスープの皿を照らす。
「ほら」
トレーを押しやる音は、幾分かざらついている。砂をこするような音に、メルディナは濡れた布を探しかけた。そんなものはどこにもないというのに。
「食べないのか?それとも、もう喋れなくなったか?」
問いを重ねてくるその人の口調にはまだ苛立ちの色はなく、穏やかに微笑んでさえいる。
メルディナは何度か呼吸を繰り返し、口元に笑みを作り上げた。手の震えだけは止められなかったが、そこからでは見えやしないだろう。
念のために後ろに隠してから、メルディナは始めた。
「そんな粗末なもの、私が食べると思って?」
角がある、メルディナも嫌う声が牢の中に響く。
「お前の好みなど誰も聞きはしないだろう。この国にはもう女王はいないからな。伺いを立てる必要はない」
「そういうあなたこそ、王の位を誰かに譲りでもしたのかしら?それとも、私のために人を使うのが惜しくなった?自ら食事を持ってくるなんて」
クスクス、と耳障りな声で笑う。
「私の命もあと僅かということかしらね?」
ため息が聞こえた。
「民の意を汲むのならば、あのときに首をはねるべきだったのだろうな」
「そうね」
メルディナは楽しげに同意してみせた。
「あなたがぐずぐずしているせいで、私は誰も食べないようなパンをかじらされ、毎夜寒さに震える。亡き父上がこれを知ればどう思われるかーーー何て可哀想な私」
「同情を得たいのであれば、まずは態度を改めることだ」
「あら、ここで泣けば情けをかけてくださいますの?」
芝居がかった様子で続ければ、その人は少し不機嫌になったようだった。
「少なくとも、お前よりは寛大な処置だろう?手のひら大のパンと熱々のスープだ。一日三回も与えている。腐りかけた肉や野菜の皮、果物の芯などは混ぜたことはない」
――――嘘よ!そんなはずはないわ?!
メルディナは、そう叫んでしまいたかった。そんなおぞましいことを誰にも命じた記憶はない。
「食事の件については、検討しよう。パンとスープが口に合わないとなれば、さて」
「肉が食べたいわ。パサパサの肉は嫌よ。分厚くて柔らかい肉が食べたいの」
メルディナは動揺を悟られないよう、高慢に言いはなった。その人は、笑った。
「今の言葉を民が聞いたら、お前は八つ裂きにされるかもしれんな。それとも、笑いの種になるか。ただのメルディナが、いまだ女王のように振る舞うと」
震えあがる言葉にも、メルディナは動じなかった。耳障りな笑い声の後に言うだけだ。
「心はすでに八つ裂きにされていますわ。身体も八つ裂きにしたいのであれば、あなたが命じればよいだけのことではなくて?」
「考えておこう」
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