第31話 “たぶんメイビーきっとそう”
少し時計の針を戻そう。
基たちがコンビを結成し、それぞれが足にバンドを巻いているときに白峰のもとに千紗がやってきた。
「おいすー、みねくんはこの組み合わせ、どうみる?」
「うーん、悩ましいところだけど、」
そう前置くと、
「一つは問答無用で運動神経いい順かつ、」
「かつ?」
小首をかしげる千紗。
「映え重視って感じかな」
真面目くさった顔で白峰がそういうものだから千紗は軽く吹き出してしまう。だが同時にうなずける話でもある。
「まぁたしかにね。あたしもそういった噂はよく聞いてるし」
「そんな前園さんが持っている話が聞きたいな」
自分から聞いといて出し渋るのはフェアじゃないだろう、頷きを返して千紗は、
「まぁ裏を取っているってわけじゃないんだけど、センソーでも特別種目って花形も花形だしね。入学希望者とか学校関係者やメディアもいっぱい見に来るし、対外的なイメージをすっごい学校運営の偉い人達も気にしてるって」
「なるほどね……うん、でも、」
白峰の言葉は言わなくてもわかった。実際過去の特別種目の選抜者たちの写真などを見てみるとあからさまなくらいに顔が整っている人が多い。中には今じゃ大御所俳優やアナウンサーになった卒業生もいるというからむべなるかな。
ネットでこの企業は顔採用、だって新入社員たちの顔を見れば一目瞭然。そんなことが度々話題になるが、結局表立ってないところでどこもかしこも似たようなことはあるのだろう。だって雑誌のモデルを見てみればいい、今こそ多様性だのなんだのと叫ばれているが結局あこがれを喚起するには読者よりはるかに上位の存在をクールに描く必要があるのだ。
文筆業の端くれを標榜する千紗としては認めたくないところだが、筆を執っていくら数千、数万の美辞麗句を並べるよりか写真一枚をペって貼ったほうが伝わる。それがビジュアルの破壊力だ。それに、
「実際あれだしねー」
準備を終えて、スタートラインに立ったメンツを見れば火を見るより明らかだった。
実際やっている本人らは必死とは言え、二人羽織と同じくはたから見ている分には非常に滑稽な姿である。ましてや即興で組まされたコンビゆえ息の合う合わないは当然のように発生する。
言わんこっちゃないと言わんばかりに、最初に土屋と尾原コンビが足をもつれさせて転倒した。その拍子に土屋の手が尾原の胸を鷲掴みにしてしまい、男子陣の絶叫と、女子陣の悲鳴が青空に広がっていく。
そして、一発、小気味よい音も。
嫉妬の怨嗟と最低不潔キモのコールを背に受けながら、
「やりすぎだろ……」
「あ?」
刺すような一言で封殺しようとしてくる
「乙女の純情を鷲掴みにされたんだ。それくらいで済んだことに感謝しなよ」
「不可抗力って言葉知ってるか……?」
「出たよ、あたし往生際の悪い男嫌い」
危うく往生しかけるところだったんだから仕方ねぇだろうという抗議の弁を心で押し殺し、歯を食いしばる。どこまでいっても今の自分は悪者だろう。それくらい当たりどころが悪かった。ただせめて、
「……どんなやつでも同じ構図になると思うけどな」
ため息交じりに今の騒動で開いてしまった前方をゆく他のメンツとの距離を見やれば、まさに生形・麻倉コンビが先行していた真条に肩口からタックルし、ついでに足を引っ掛けるという卑劣な行いが振るわれた瞬間だった。
口を呆けたまま、ようやく目の焦点が合い、その後の真条の動きをスローモーションで追いかける。
転ぶと思った瞬間、真条は御崎の両肩を掴む。そのまま身体をねじらせ、御崎が下敷きにならぬよう真条はとっさに大地と御崎の間に自分を滑り込ませたのだ。
結果として残ったのは、大地に仰向けに横たわる真条の胸に収まった御崎という構図。
お調子者なら口笛をピュウと吹く芸当だったが土屋はあいにくと口笛が吹けなかった。見守っていたクラスメイトたちもどうやら普通にスマートに受け止めてしまった真条に囃し立てようにも立てられずに微妙な表情をしている。
無言で尾原の視線が自分と真条を往復したことで、土屋も『俺が悪うござんした』と無言で降参を伝える。これが格差社会かと、教科書からでは得られない学びを噛み締めつつ真条・御崎コンビを抜かすのだった。
「……チッ、どうやら上手くやりやがったようだな基」
「たしかに。あれじゃ物足りないってもんですよ。ましてや土屋さんのセクシャルハプニングの後ですからね、パンチに欠ける」
先頭をゆく生形・麻倉コンビ間ではそんな会話が交わされていた。ちらと後ろを振り返れば、嬉し恥ずかしな光景が広がっているかという期待を裏切るように器用に御崎を受け止めた基の姿があったからである。
「しかし、麻倉がまさかこっち側だと思わなかったぜ」
ニヤリと悪そうに笑う生形に対し、葵も実に悪そうな顔で、
「そりゃあもう、私は基に早いとこ彼女を作ってもらいたいんですよ」
「はっ、よく出来た幼なじみだな」
このコンビ奇妙な点で息でも合うのか足取りがよどみない。運動神経がお互いよいというのもあるだろうが、それを言ったら他のコンビも同様だ。お互いの
事実として、走り出す前の密談からして話が早かった。
――麻倉、基に彼女を作ってやりたいから手伝え。
――おけまるです。ちなみにどんなことやるんです?
――あん? そんなのあの二人を適当に転ばせばうまいこといくだろ。漫画で読んだぞ、そういう恋のはじまり方。
――うーん、さすが生形さん。雑の極みですが、一理ありますので乗っかりましょう。
話はこれで終わりである。生形が何を考えてそう行動しているのかは知らないが、渡りに船がやってきたら乗るのが麻倉葵だ。使えないなら途中で降りるまで。
「まっ、本当なら、基と黒木コンビに仕掛けたかったんだが組み合わせじゃしゃーねぇよな」
「それなですね。また黒木さんの『最低』が炸裂することを期待してたんですけど、」
もう一度、ちらと振り返れば、こちらを必死の形相で追いかけてきてる基と御崎の姿がある。
「意外な伏兵ってやつか」
「大当たり屋
「あん? お前も知らなかったのか?」
そこには幼なじみのお前ですら、というニュアンスが含まれている。それを敏感に感じ取ると葵は、
「基は昔から好きなタイプとか語らないんですよねー、シャイボーイ気取りだから」
「なんだそりゃ、あのツラでシャイボーイは冗談キツいだろ」
「イッツノージョーク。悲しき現実デース」
言葉自体は冗談めかしても、真面目なトーンで言うものだから生形は渋い顔を作る。過去どういう人生を送ってきているのかはまだまだ知らないがあいつはあいつで苦労してるのかもしんねぇなと勝手に同情を寄せ、一肌ぬいでやらねぇとなとプラスで余計なお節介をしていくことを決意する。
「なのでどうぞ一つシクヨロです、生形さん」
「ったく、言われなくてもわかってるわ。あいつはイイやつだからな」
にぶちんの生形ではなく、単なるアホチンなのではないかと内心葵は思うものの、表情にはおくびにも出さない。バカとはさみもなんとやらだ。
が、その表情が曇ったのは、トップで問題が散らばる封筒エリアにたどり着いたときだった。
『問題:
この式が成り立つのはどんなときか。答えがそれぞれわかったらかわいく叫ぶこと
(1)2-7=7
(2)5-2=15
(3)6-9=28』
一読して、口元に手を当てて葵は思考する。間違いない、これは、
「あかちゃん~~」
「……あの、つかぬこと生形さん、今の吐き気を催すような声は?」
「おう、問題読んだけどよ。こんなん式デタラメだからな、とんちをきかせろって話だろ。つまり、この式が成り立つのは算数を習ってねぇ時期だ!」
「なるほど、それで」
「あかたん~~」
感情が消失し、胃袋がひっくり返りそうになる。この中途半端に頭の回るバカから一刻も離れたかった。しかもこの男、さっき解答はもう少し進んだ茶屋先生の前のエリアでという話を聞いていなかったのか。全員に向けて全力羞恥プレイをかますならまだしも、せいぜい隣にいる葵にしか拾えない声量でやられるのは控えめに言って地獄だった。しかもたぶんというか絶対に答え違うし。
「あるいは、ようしょうき~~~」
手をフリフリさせながら言うな。どこをとは言わないがツブしてやろうかと思う。葵は問題に集中しようとするが隣のおぞましい生物に集中力をかき乱されてしまう。
その隙に、動いた影が――基・御崎コンビだった。
転んだタイムロスを必死に取り戻したのか、二人は問題を読むなり飛び出すように前方へ進み出す。
あっと思う間に、それは始まっていた。
「――あなたさえ許してくれるのなら、」
その一節だけで、誰もが息を飲んだ。
「私はあなたの隣人にも看護師にも、家政婦にもなります。寂しいときは話し相手に、退屈なときは本を読んだり、散歩を一緒にしたり、」
そうそれはまるで映画の一場面のようで。
主演を務める御崎・ルグラン・
ふと誰かが思った。
同じ人種とは思えない高い鼻とそれによって整ったEラインの横顔はそのまま女性誌の表紙に使えそうで、
というか、なんというか、ありがとうございますという言葉しか出てこない。
澪亜と基。今二人は、時と場所を越え、19世紀のヴィクトリア朝のイギリスにいるのだと。
なんと尊い光景だろうと。
「あなたの目となり手となります」
中には感受性強めな女子が涙ぐんですらいる。
演劇に興味ないであろう脳筋男子も、集中して見入っていた。原作はどんな話なんだろうと思っていた。小説は苦手だがストーリーが知りたかった。
「だからそんな悲しい顔をしないで。命ある限り、私はあなたを一人にはしません……!」
真実の愛が口にされ、辺りは沈黙が支配する。誰も何も発することができない。
謎の感動。陳腐な言葉で表すならそうとしかたとえようがない。だがそれでいて満足感すらある。
「……え、あ、いやこれは違くて!」
何が違うのだろうかと誰もが思った。そのまま二人とも幸せになってくれと思った。
だからこそ、その発言は、
「す、好きだから!!」
演技と現実の境などなかったように、秘められた思いを相手にぶつけたのだと生暖かく受け止められて、
「——大丈夫、俺はわかってる」
全部わかってるとその相手が優しく微笑むのなら。
点と線が結ばれる。
実に親しげな挨拶を交わし、唐突な二人三脚にも息を合わせて対応し、転びそうになればとっさに自分が怪我することもいとわず男が女を守り、倒れ込んだ二人は同時に顔を朱に染め、およそクイズの解答と思えぬほどに熱の入った愛の言葉。
そして、納得感はあるがやや作為的に選抜されたと思しきメンバーと組合わせ。
——ああ、そういうことか。だからこの組合わせか、と。
——この二人って、
と一同はニヤニヤしながらお似合いだと拍手を送る他なかった。
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