第29話 “ユニール”


 

 外国の文化って素敵。


 思わず句点をハートにしてしまいたいぐらいだったものの自重する。つかの間の天国から気づけば現実のさなかに俺は落とされていた。嫌だ、現実とかいうイベントボス強すぎるだろ。今まで勝てたことないんだけど。


 「お試しコンビ決定」とかいう謎のノリオワードを反芻はんすうする間もなく、男女問わない悲鳴と怒号が熱波のようになって俺を襲う。


 ——なにやってんだぁ!そこ変われ!チェンジ!ウィキャン!

 ——うわぁーん、御崎みさきさんとうらやまけしからん氏ね!

 ——御崎さんだけずるーい、あだすも挨拶的なベーゼしたい!

 ——ひゃー、はじめんほんとにネタに困らない男!

 ——真条、き、君ってヤツは、僕の、いや公衆の面前で破廉恥はれんちだぞ!


 やばい、俺の責任ではないのにこの喧噪。どうしよう。


「ほっほーん、いきなりやりますねぇ、は」


 麻倉さんまで、ニヨニヨしながらさっきまでのはじめ呼びは消え失せて、わざわざいつもの調子に戻している。絶対わざとだこれ。


 やりますも何も、俺が勝手にやられただけなのですが。と弁解したいものの、やぶ蛇な気がして躊躇してしまう。


 対し、かたわらでたなびく金糸のような髪を、ヘアゴムでポニーテールにまとめながら、み、御崎みさきさん、ルグラン? まぁ御崎さんでいいのか? どれが名字なのかよくわからんけど。とりあえず御崎さんは、

 

「なによ、挨拶しただけじゃないの。『礼に始まって礼に終わる』ってこの国の文化クュルテュールでしょう?」


 便利な言葉だよ、文化だからしょうがないね。よそはよそ、うちはうち。郷に入りては郷に従え。ヤックデカルチャー。リリンの生み出した文化の極みだとぼくは思います。


 内心、頷いていると不意に背筋が凍るような感覚を覚える。このプレッシャー、何奴。


「…………」


 もはやゴミを見る目ですらなかった。


 こっわ、クロロンさん、冷え冷えだよ、キンッキンッに冷えてやがるとかそういうレベルじゃなくなっている。なんか知らんけど勝手に好感度が下がっていってるっぽいのなぜ。バグなの? 運営対処はよ。


「どーでもいいけどさー、早くはじめましょーよ」


 すっかり蚊帳かやの外にいたもう一人の女子——たしか尾原おはらさんとかいったか。尾原さんは肩のストレッチをしながら、主張する。


 そしてまことに失敬ではあるが、彼女も普通にクラスで上から数えた方が早いくらいにはかわいい子だった。ベリーショートの髪はあたい運動神経よいです感をかもしだしている。


 いやさ、もうこれ顔採用してるだろ。


 ノリオ。ネットで叩かれるぞ。ってかやばいな、この並んでいる4人を改めて見ると、みんなお顔つおい。対し、男子もいったん俺はさておくとして、気持ち顔面偏差値高い気がするぞ。


「はい、まず今から呼ぶ組み合わせでそれぞれ二人一組になって」


 茶屋先生の進行により、告げられた組み合わせは、まず①俺と御崎さん、②生形と麻倉さん、③神林とクロロンさん、④土屋と尾原さんというものだった。


 クロロンさん、神林にも冷凍視線ビームしてくれんかな。俺が許す。やっちゃってください。バラは草だから、こうかはばつぐんだと思う。


 しっかし、いったい二人一組になって何をさせられるというんだ。相性なんてわかるもん? 占いでもするの? ○○の母的な人を今回青空スタジオ(校庭)にお呼びしているってわけか。


「今回の特別種目がクイズ&謎解きレースということもあって、いったん組んでもらったけど最終的なペアについては私や牧先生、それぞれのクラスのみんなの反応を見つつ総合的に判断するわ」


 じゃあ呼ばれなかった大多数のヤツらは見てああだこうだ言ってればいいだけの簡単なお仕事……ってコト!? わァ……ぁ……ズルすぎるだろ、俺もそっちが良かった。安全圏から責任の降りかからない範囲で批評家様をすることほど楽しいことはそうないぞ。


 そんな俺のめんどくさそうな表情を悟ったのか、ビシッと人差し指を突き出すノリオ。


「クイズ&謎解きレースと聞いて、求められる要素はなんだと思うYA!」


 は、無茶ぶりが過ぎるだろ。えーと、


「はいぃっ! 幅広い知識と逆に知識にとらわれない柔軟な思考力、そしてコンビで行動するならば同程度の運動能力です!!」


 俺が口を開くより先に、また誰に指されたわけでもないのに、天高く右手を掲げながらまくしたてるバカがいた。顔までうるさいわ。


 神林、こいつ初期ハーマイオニーかなにか? そんなに挙手にめちゃくちゃ力入れなくてもいいと思うんですけど。


「もちろん、それもある。だが最も大事なものがあるはずだYO。真条、答えるYO」


 いやもう神林の回答でよくない? それ以上求めんなよ……というのをグッとこらえる。別にここでセンコーに反抗的な態度をとって良いことなど一つもねーェンだヨ。が、浮かぶ答えがない。脳味噌と背中に汗がにじむ。


「…………」


 ノリオ、じっと俺の顔から目をそらさず、それを見守る周囲の図。これは確実に俺が返答しない限り終わらない地獄の空気。だ、誰か、助けて。


 いや、考えろ基。諦めるな基。このラッパー気取りの教師の考えそうなことをイメージしろ。————投影トレース開始オン



 ついに、訪れる。ひらめき。キタコレ。これしかあるまいて。




「——クョ、コラボレーション」




 若干噛んだが、静まり返ったグラウンドに俺の言の葉が舞う。はい、お疲れ! じゃ、そういうことで! 俺スベってねーから!


 だがしかし。華麗に消え去ろうとしたかった俺をよそに、グラサンの向こう側でノリオの瞳が光った、ように感じた。


「そう、正解だYO。コラボレーション。すなわち互いにリスペクトある協力こそ、HIPHOPにせよ体育にせよ、どの界隈にあっても大切なことに違いない」


 すげぇとってつけたような解説なんですけど。ただ恥ずかしい。まったく正解した気がしないの気のせいですか。


「というわけで二人三脚競争しながら、謎解きに挑戦してもらう」


 はい、意味不明です。もうやだこの学園。ええい、ワシは家に帰らせてもらうからな! いいか誰一人も近寄るんじゃあないぞ! 遺産はワシだけのものだ!


 声に出せない抵抗むなしく、茶屋先生が小さいカゴからバンドを取り出し手渡してくる。


「まぁなんでもいいけど、ハジメよろしくね」

「……え、あ、はい、うん、おう」


 向こうからしたら何の気なしに俺の隣に立つ御崎さん。なにこの距離感。もういっちょ外国式挨拶って、な訳ないか。いやちょい待ち、二人三脚ってそういうこと? そりゃそうだよね、お互いの足をバンドで結ばないと二人三脚じゃないもんね。


 見るなと言われてもないが、勝手に目が吸い寄せられるように御崎さんのハーフパンツから伸びる足へ向く。産毛うぶげどこ行った。もはや芸術品ではないかこれ。鑑定団で値がつくレベル。


「ねぇ、なにかおかしい?」


 いかん、ガン見してしまっていたわ。セクシャルハラスメントで訴えられないようにフォローしとかんと、手にお縄を頂戴してしまう。


「あ、や、別に、おかしいとこはなんもない。凄いしなやかで綺麗な足をしてたからね、ハハ、気になっただけだ、うん」


 冷静にキモいことを言っている自覚もあるが知らんがな。これが精一杯です。


 ってか、どちらかというとそんなおみ足を日の下にさらしてるほうが悪いんじゃないでしょうか! く、悔しい、これでは大和魂が……。


「あ、ありがとう」


 え、なにその、そっぽ向きながらしおらしい顔。頬こそ紅潮してないものの、おずおずと言わないで。一見、強気そうな顔とギャップあるから。


 このまま俺のマインドシェアが持ってかれそうなところ、スタート地点だとノリオが数メートル先を指で示す。た、助かった。


 そこまで無言で移動し、ちょいちょいと御崎さんを手招く。隣まで来るのを待つと、できるだけ心を無にして、お互いの足首をバンドで結んだ。もちろん生足部分なんぞ絶対に触れないよう細心の注意を払った。俺でなきゃ触っちゃうね。ちなみに手が震えかけたのはオトコのナイショだぞ。


 周囲を見回せば、他の組もバンドを着け終えたようだった。おい男子陣、もっと俺のようにドギマギせんかい!


 ——などと思っていると、何やらゴニョゴニョと密談を交わしていた麻倉さんと生形コンビがやがてうなずき合うと、二人して俺に向き直り、


「まぁ任せとけ」「任せといて」


 両肩をそれぞれ叩かれる。


 は、何言っとんじゃコイツら。お、俺も仲間に入れてくれよう! 絶対に言えない言葉だけど。仲間に入れてとかプライドが許さないからね。一人でヘーキだもん!


「このトラックは400mあるから一周と言いたいところだけど、半周の200mでゴールよ。まず50m先に何封か落ちている封筒を拾って、その中にある紙に書いてある謎を解いて頂戴。それが正解だったら、レース続行。不正解の場合は、同じ謎に引き続き挑むか、別の封筒を拾い直しても構わないわ」


 茶屋先生の説明に適当に頷いておく。本当はちゃんと聞きたかったが、この至近距離で美少女と足の一部分だけとはいえ肌を重ねているのである。むむむ無理からぬことでござるよ。耳に入らんて。


「それでは、よーい!」


 ちょま、心の準備が、



「スタート!!」


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