第10話 “ファーストインプレッション”
それはもう、今日って実は祝日だったかと錯覚するぐらいの静けさだった。
「
確かに真条はそう言った。転校の理由を
確かに、SNSはおろか、街を歩けばすぐさま芸能事務所にスカウトされそうな
更に教室に入ってくるなり、開口一番に文句があるかときたものだ。
――こりゃ腕っ節にも相当な自信があることの
とにかく、ただものではないのは確かだ。
前方の席に座る
面白い奴だといいな。なんて、フラグを立てるからだと進之介は思う。どうやら、退屈しないどころじゃ済みそうにない。
それはそうと進之介は気がついたことがあった。
あの真条、時折、腕時計に視線をやっているのだ。緊張、あるいは単なる癖か、それともよほど時間を気にしているのだろうか。
「そ、それはつまりどういうこと?」
さしもの千紗も、動揺を隠さず真意を尋ねる。
真条は、やはり時計に目をやると、
「だから、将来の
臆面もなく、そんなことを言う。仮に誰かに言わされてるとしても、よくそんなことを言えると逆に感心してしまう。
まったく。
それで活気付いている女子陣も大概だ。仮に進之介や他の奴らが今の発言をしようものならば、大ひんしゅくを買いそうなものだ。
しかしながら、真条が口にした時は、なぜか不思議な爽やかさがまとう。
これが、いわゆるイケメンの魔力か。まったく世の中、不平等なもんだと進之介は内心つぶやき、
「では、こっからみんなの質問を受け付けるよー」
「ほーい、趣味は?」
お調子者の出席番号11の
「身体を動かすのが好きだから、テニスとかサッカーとか、あと妹たちのために作る料理とかが趣味って言えば、趣味かな」
スポーツマンじゃん!! しかも家庭的とかぁ、真条くんの手料理食べたーい、パスタ作って欲しーい!!
ここはアイドルのライブ会場かってぐらいに黄色い声が飛び交う。そのうち名前書いたうちわを取り出しそうな勢いだった。
妹というワードが出たので、茶道部、
「はい、真条くんって妹さんいるの?」
「ああ、うん、俺の宝物」
腕時計を見ずに、くしゃっと笑う真条にクラスの女子の8割方の目がハート形になるのがわかった。実際、今のは野郎である進之介から見ても、ドキっとする笑い方だった。
宝物とか、そんな屈託なくクサいことをよくもまぁ言えるもんだと思う。
そのイケメンスマイル1つで空気が
好きな食べ物は。どこに住んでるのか。前の学校はどうだったか、などなど。
個人情報も真っ青な質問だらけだったが、相も変わらずしばしば時計を見ながら真条は答えていく。
そして、
「はーい、チシャリン‼︎」
「はい、コニタン‼︎」
質問の雪崩が落ち着くと、面食いの
「はーい、真条くん、どんなタイプの子が好きなんですかー?」
一応、好みをヒアリングしておくかという魂胆が見え見えだぞ小西。あと、ブレザーのボタンが弾け飛びそうだぞ小西という男子勢の思惑など知らずに、ついに先ほどの
「このクラスの中に、気になった子とかいる?」
男子一同が、顔に似合わず策士だな小西と声には出さないものの賞賛する。実際、クラスの空気が変わった。男女を問わず、この問いに対する返答が気になっているのだ。
さて、どう受ける真条、と。
× × × × × × × ×
後悔とは先に立たないのです。何故ならばそれは、後になって悔やむものだからです。
ここまで来ると、もう引けない。もぅマヂ無理……、取り戻せない。キタクしょ。
まったく、どいつもこいつも人のプライバシーとかをまったく考慮せず、質問してくる。その度、言い淀む訳にもいかず、もはやスピーチライター麻倉さんに身を
いやもう、どんな転校生像になってんだこれ。料理は多少ならともかく、テニスとかサッカーもほとんどやったことないんだけど。よくあれって試合でラブフォーティ!とか言ってるけど、あれはフォーティさん、愛してるって意味? フットサルってサルみたいに毛深い脚のこと?
パスタも材料費+手間賃くれるなら作ってやっても構わないが、真条家スタイルは
ちゅーか、もう俺のことはいいからー、俺の宝物の
はぁ、適当に文章読み上げるだけとはいえ、大人数を前だととにかくキツい。まだ終わらないのかと切望していると、ようやく教室に落ち着きが戻り始める。
そして、ついに次でラストねーと前園さんが告げる。こ、これはもう解放されると考えてよろしいのか。いいんですねっ。
ホッとしたのも束の間、ラスト質問者の手が上がる。はいはい、もういいわ、流す感じでいくから答えやすい質問にしてくださーい、頼みますよ。
「はーい、チシャリン‼︎」
「はい、コニタン‼︎」
いわゆるアニメ声に視線を流せば、椅子に収まらないサイズの女子がいた。なにあれ、人間ハムだろ……ブレザーのボタンの悲鳴がここまで聞こえるぞ。
ま、まぁいい、体型は昔のことを考えれば俺も大差ない。わかる、わかるぞ。か、身体が言うことを聞かないの助けてっ、というやつだ。気づけばバリボリ何か食ってる、お腹が空いてない時間がないというわがままボディ仲間だ、そう考えると仲良くなれそうな気がするわ。チャーシューアンドボンレスとしてコンビ組むまであるぞ。いや、ない。
さて、その仮称ボンレスさんは、あろうことか、
「はーい、真条くん、どんなタイプの子が好きなんですかー?」
プライベートなことを聞いてきた。恥を知れボンレス。
「このクラスの中に、気になる子とかいる?」
なななななんということを聞くのだ。この女は。お
だがしかし、なんか答えなきゃいけない流れを感じる。
しかし、そこでブルッと振動が走る。もぉー大好き。さすがです。安心して答えるよ、
『充電してください』
……あ、なるほど、充電してくださいって言えば、いいのね。なんか全然、まったく、ちーっとも、答えになってない気がするけど大丈夫? 俺心配。
ってか、あれ、あれー? なんか画面の表示が消えてる。ウンともスンとも言ってないぞー?
待て待て焦るな基。大抵、家電というのはチョップで直ると相場が決まっている。サイズ上、デコピンになるが、とどのつまり衝撃こそが重要なのだ。
よみっがっえーれー!、よみっがっえーれー!とデコピンするが、中指が痛くなるだけだった。
コンマ2秒の沈黙の後、悟る。
——渡す前に充電しとけやと。
そして、残ったのはジーっという視線の矢にさらされているこの状況である。やばい、凄いこの無能時計、床に叩きつけたいのに出来ない。
というか孤立無援じゃないですか。四面で楚歌。万事さんが休すってるよ。
一言で言うと、クソ、や、ば、い。
どうしよどうしよと脳内はパニック状態になるも、とりあえずここはごまかすでもいいから答えないと不自然な間が生まれてしまう。
うお、足震えてきた。
よ、よし、ひとまず、好きなタイプは巨乳でーすとか言っとけばバカウケに違いない。違いないはず。ウケる要素しかないし。
「きょ」
俺が口を開いた瞬間、皆が前のめりになった。そのグイグイくる感じに怖くなり、すぐ後頭部へ手をやり、
「わっかんなーぃ」
笑ってごまかそうとして、ちょっと最後噛んだ。いやーだって、わかんないよね。実際、好きなタイプはとかね。うん。自分不器用なんで、熱血硬派なんで。面白味なくて、誠にすみません。ひよったとか言うな。
首から下は滝汗状態になっていると、皆の様子がおかしいことに気づく。ざわ……ざわ……という表現しか出来ないくらい、隣の席の奴らと声を潜め言葉を交わしている。おのれら帝愛グループか。
……そして、一斉といってもいいぐらい揃って教室の片隅へと顔を向けた。
その視線の先には、一人、自分の世界にこもるように頬杖をつき、文庫本の薄い紙をリズムよくめくる、黒髪ロングの姿があった。
なんかあそこだけ空間が違うな。高嶺の花ってやつ? 邪推するなら、我関せず、下界の者は勝手に騒いでなさいという神聖な雰囲気すらまとっているように感じる。っていうかHR中に堂々と読書とは度胸あるな。
しかし、うん、こうして見ると、そこだけイラストとして、萌え絵にしてもらいたいくらいだ。け、決して見とれてなんかいないんだからねっ。
ただ一つ解せないのは、何故、急にクラス中がロングの方を見だしたのかということである。男がチラチラ見たくなるのはわかるけど、女の子はどうして、ここは百合の花園なの?
ふと、気まぐれに顔を上げたらしいロングは、自分がいつの間にか視線を集めていることを知る。
そりゃ当惑するよな。俺もしてますよ。それでも再びページに目を落とすが、30秒くらいの間があき、ついにロングは本を閉じて、
「……何かしら」
原因を尋ねた。
すると、またもや整然とクラス中が今度は俺を指さす。ひ、人を指さしてはいけませんって教わらなかったんですかあなたたち。失礼ですよっ。
てか、え、え、俺、何かやってしまったんでしょうか。
解説求むと神に願うと、その願いが通じたのか。先ほど前園さんの幼なじみ云々の時に立ち上がった男子が見かねたようにロングに振り返り、
「黒木、告られたぞ」
何言ってんだコイツ。
耳と頭のおかしい触れちゃダメなタイプの人なの? うわ、こわーい。近づかないようにしとこう。でも、その割には気まずいというか
なんというか、もうロングさんなんか言ってやれ。ほら、今朝みたいに生きていて恥ずかしくないの的なご
「ごめんなさい」
い、いやいや、なんで謝られたの俺。近づくだけで謝られた昔を思い出しちゃったぞ。
いや、待とうよ。
だから、なんでみんな一斉に目を伏せて、ドンマイみたいな感じになってんの。
……え?
え?
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