EX ぞくちょうのおしごと!

「ダス君、本当に大丈夫?」

「大丈夫だって言ってんだろ。ちゃんと仕事の内容は頭の中に入ってる」

「本当かなぁ……」


 ただでさえ今回の仕事はチンピラなダス君には不向きな仕事だし、当然ながらそんな仕事にやる気があるようにも見えない。

 私だってちゃんと出来るか不安な仕事なだけに心配は絶えなかった。


「はぁ……じゃあ、もういちど仕事の内容を確認するか」

「そうしよっか。私も自分の方が心配だし」


 息を整え、私は自分自身に覚えさせるように記憶を掘り起こす。


「今回の仕事は護衛任務。対象は──」

「アイリスだろ?」

「アイリス『様』だよ?」


 今回は以前のようなほぼ身内しかいないような護衛任務じゃない。アイリスちゃんをいつものようにちゃん付けや呼び捨てなんかしたら結構な問題になるはずだ。


「へいへい、アイリス様アイリス様」

「……本当に気をつけてよ?」

「俺はどっちかってーとお前のほうが心配なんだかな」


 確かに私も心配だけどダス君ほどじゃないと思う。


「ま、仮に間違ってもお前は大丈夫だろうし、別にいいっちゃいいが」


 ?それはどういう意味なんだろう。公式の場以外はそんなに畏まらなくてもいいとは言われてるけど、流石に公式の場じゃそういう訳にはいかないはずなんだけど。


「それで、護衛の舞台は『悪魔の種子』に纏わる事件すべてを乗り越えた事に対する祝勝会。ベルゼルグだけでなくいろいろな国の王族貴族が出席しているパーティー」

「あの国以外の……だろ?」

「うん。……ダス君の故郷の国はそもそも悪魔の種子による被害がほぼゼロだったから、不参加らしいね」

「一体何をどうやったら被害ゼロになるんだか。アクアのねーちゃんの非常識さのおかげで人的被害はほぼなしになったが、司令系統はどの国もめちゃくちゃになってんのに」


 いろいろあって誰かが苦労した結果か。死魔によってめちゃくちゃにされた世界は、人の生き死にという面では軽微な被害で落ち着いた。

 けれど悪魔の種子によって出た被害はそう簡単な話だけではない。

 無理矢理とはいえ互いに争った人同士の亀裂は当然残っているし、一部には自ら悪魔化し敵対した人もいる。自由気ままな冒険者はそれほどでもないけれど騎士や兵士といった人たちの連携には大きな障害が残った形だ。

 それらにどのような対処をしたかは各国によって様々だけど、どのような対処であれ弊害が出るのは当然だ。


「ま、あの国の事については今は関係ないか。で? 場所と護衛対象は確認できたが、誰から守ればいいんだ? それは聞いた覚えがねぇぞ」

「…………あれ? 言ってなかったっけ?」

「言ってねぇな」


 …………。まぁ、そんなこともあるよね。


「というか、ちゃんと分かってるって言ってたのに……」

「どうせその辺りは貴族かどっかの王族の配下の暗殺者って相場が決まってるからな。誰が親玉かは護衛の仕事にはそこまで影響しねぇよ」


 知ってるにこしたことはないがなとダス君。やっぱりというかそんなにやる気はないらしい。


「襲撃してくるのを予想されてるのはジャティス王子派の子飼いの暗殺者だって」

「あん? ジャティス派の子飼いがなんでアイリスを殺そうとするんだ? あいつもベルゼルグの王様もシスコン親バカだってのに」


 本当この人大丈夫かな……。王子や王様をシスコンや親バカ扱いって掴まって処刑されても文句言えない気がするんだけど。いや、一応昔一緒に戦ったことある知り合いらしいのは聞いてるけど。


「それを説明するには今現在アイリスちゃんが王位を継ぐことが主流になってることを説明しないといけないかな」

「はぁ? 第一王子のジャティスを差し置いてアイリスを王様にするって? 誰だよそんな馬鹿なこと言いだしたのは」

「ベルゼルグの王様と第一王子ですかね……」


 私もその話を聞いたときは本当に頭抱えたんだけど。


「なんでそんな馬鹿なことをあいつらは言いだしてんだ……」

「どこかの勇者様が魔王を倒してお姫様を娶る権利を手に入れたかららしいよ?」

「はぁ?…………、あいつらまさかアイリスを嫁に出したくないから王様にしようとか馬鹿なこと考えてんのか!?」

「考えてるみたいですね……」


 カズマさんが手に入れたのは姫、王女を娶る権利だ。女王様を娶る権利じゃない。つまりアイリスちゃんが王様になれば御伽噺から続く勇者が姫を娶る話にはならない。


「そりゃ、ジャティスを擁立してた奴らもアイリス殺そうとするわ。王様になる勝ち馬に乗ってたと思ってたのにいきなりなくなるんだから」

「私は少し意外だったけど。ベルゼルグもその辺りはドロドロしてる派閥争いがあったんだなって」

「これくらいは他の国に比べれば可愛いくらいだと思うがな。つか、親バカとシスコンに素直に従う奴らというのもちょっと問題あるだろ」


 まぁ、方法はちょっと擁護できないけど、アイリスちゃんを王様にするのが正しいとは私も思わない。それをアイリスちゃんが望んでるとも思えないしね。


「ま、アイリスを殺すって方法取るのは流石にアホだと思うが」

「だよね。アイリスちゃんを殺せるはずないのに」


 元からその作戦は破綻してると思う。


「ん? それは違うだろ。そういう計画があるって事は殺す方法はちゃんとあるんだろうよ」

「え? あのアイリスちゃんを?」

「そりゃアイリスは人類最強クラスに強いが、パーティーの場じゃ鎧や聖剣も持てない。人がたくさんいりゃ魔法も使えない。その状況ならアイリスを殺せる奴はそれなりにいると思うぜ?」


 …………確かに、パーティーって場所じゃ言うほどアイリスちゃんも無敵じゃないのかな? ドラゴンがいないダス君同様、どのような状況でも最大パフォーマンスを出せるって訳じゃないのは言われてみればそうだ。

 考えてみれば護衛の任務が私たちに来るって事は、そういう可能性が多少であれあるということだし。


「じゃあ、アホだって言うのは?」

「仮に成功したら親バカとシスコンに派閥ごと潰されるの目に見えてんじゃねぇか」

「…………つまり、成功しても一緒ということ?」

「というか、こうして俺らに護衛任務が来てる時点で既に失敗して詰んでるようなもんだな」


 …………、なんていうかいろいろ残念な人たちなのかな?


「それに、仮にバレなかったとしても、この国の最大戦力の一人であるアイリスをこのタイミングで殺すのは本当にアホだよ」

「…………、そう、だね」


 それはきっとあの国との戦争を見越した話だ。


「なんにしても、俺らはアイリスを守ればいいんだな」

「うん。それで単純な護衛任務と違って問題があってね?」

「問題? なんかあったか?」

「うん、私が言ってなかったのもあるんだけどね?」


 普通は言わなくても気づくなぁと思ってたんだけど、この調子だとダス君は意識してなさそうだ。


「私たち…………というか、ダス君は今回のパーティーの主賓だからね?」

「…………は?」

「当然だよね? 死魔を倒したのはダス君とドラゴンたちなんだから」


 ハーちゃんやミネアさんを連れて行くのは『人化しているドラゴン』なんていういろいろ問題ありまくる存在だったから無理だったけど。特にミネアさんは本当に上位ドラゴンになっちゃってるし。

 代表してダス君がパーティーに参加するのは当然の帰結だろう。


「聞いてねぇぞ! 俺はアイリスの護衛だっていうから借りもあるし渋々来たってのに!」

「うん。だから私も嫌だけどアイリスちゃんの護衛だから仕方なく来てるのかなぁと思ってたんだけど」


 面倒くさそうではあるけどそんなに憂鬱そうにしてないからちょっとおかしいとは思ってたんだよね。


「本当ダス君は自分の事となると無頓着というか……抜けてるところあるよね?」

「それはお前にだけは言われたくねぇが……」

「それで? 今更断るとかは言わないよね?」

「…………断れるわけねぇだろ。アイリスの護衛は必要だし、王族貴族の社交場にお前だけ行かせるのは不安だ」


 ? もしかして、ダス君が割と素直について来てたのはアイリスちゃんの護衛ってことだけじゃなくて私が心配だったから……?


「ふふっ……そっかそっか。じゃあ、そろそろ行こっか」

「ちっ……何笑ってんだよ。本当に仕方なくだからな! あとで黙ってたこと覚えてろよ!」

「どう考えても私はそんなに悪くないから覚えてませーん」


 死魔関係の祝勝会だって言うのに自分が主賓だと気づかない方がおかしいもんね。

 くすくすと笑う私を不機嫌そうに睨んでるダス君と一緒に。私はパーティー会場へと向かうのだった。





「んー…………やっぱり、ダス君ってまともな格好して真面目な顔してたら文句なしでかっこいいよね?」

「なんでお前は一言多いんだ」

「だって、ダス君が普段からカッコいいのってあんまり嬉しくないし」


 女ったらしなダス君とか正直見たくないんだよね。


「そーかよ。お前はいつも通り可愛いぜ」

「それもあんまり嬉しくないなぁ……」


 こう、特別な格好してるからいつもより可愛いとかそういう風に言われたい。


「めんどくせぇ……」

「ふふっ……でも、そんなダス君が私は好きだから安心してね?」


 私が好きになった人はどこまでも不器用だけどその奥底にはちゃんと優しさのある、そんなろくでなしさんだ。


「へいへい。…………じゃ、入るか」

「うん」


 控室で正装に着替えて。いよいよ私たちは貴族王族が集まるパーティー会場へと入る。正直私もダス君も場違い感凄い気がするけど、これも族長としての仕事だ。友達であるアイリスちゃんを守るために気合を入れていかないといけない。


「とりあえずあれだ。貴族連中の相手は俺がするから、お前はアイリスとかレインとか以外は後ろで黙っとけばいい」

「え? 流石にろくでなしなダス君が前に出るのはやめといた方がいい気がするんだけど……」


 それは、私も貴族や王族に相手するマナーが完璧とは言わないけど、チンピラなダス君よりはマシなはずだ。


「はぁ…………お前、俺が誰だったか忘れてるだろ?」

「誰って…………ドラゴンバカでろくでなしでチンピラな私の旦那様だよね?」


 実はバニルさんが化けてましたとか? んー……でも、魔力の感じからしてそれはないか。


「その顔は完全に頓珍漢な事考えてる顔だな……」

「えっと…………何を言いたいか分からないんだけど?」


 一体全体ダス君は何が言いたいんだろう?


「本当にお前はろくでなしの俺を好きになったんだな。…………趣味悪すぎて引くわ」

「なんでいきなり貶されてるか分からないんだけど!?」

「別に貶してなんていねぇよ」

「引くとか言ってるのに貶してないとか言われても困るんだけど……」


 でも確かに今のダス君の表情に暗い色はない。よく分からないけど嬉しがってる時の顔だ。


「ま、とにかく任せろ。紅魔の族長の夫として恥ずかしくない働きはしてやるからよ」



 そう。私は忘れていた。私の旦那様がかつて何と呼ばれていたのかを。そして何の仕事をしていたのかを。




「おお! ライン殿! 久しぶりですな。この度は死魔の討伐、国を代表して感謝を」

「お久しぶりです、バルドセル王。……姫様と一緒に一度しかお会いしたことのない私の事を覚えてていただき光栄です」

「はははっ、稀代の英雄の顔と名前を忘れるはずもないでしょう」



 最年少ドラゴンナイトにして王女付きの騎士。隣国の英雄の元貴族。

 それが今はろくでなしになってしまった私の旦那様のかつての姿だ。


「今はダストと……ダスト=シェイカーと名乗っております。また覚えていただけたら嬉しく存じます」

「ふむ? シェイカー家は取り潰しになったと聞いておりますが……」

「はい。ですので『家』ではなく単なる姓です。元より私以外血縁のいなかった家ですが、だからこそその名前だけは背負って生きようかと」

「貴殿が望むなら我が国で『シェイカー家』の再興も可能ですぞ。ライン殿……いえ、ダスト殿の功績を考慮すれば侯爵でも文句を言うものはおりますまい」


 …………すっかり忘れてたし今もこの光景が信じられないんだけど、ダス君の生い立ちを考えたら礼儀作法は叩き込まれてるはずなんだよね。下級とはいえ貴族の家系だって話だし、王女の護衛の騎士となればこういった場に連れていかれる機会も多いはず。ブランクがあるし完璧というわけじゃないんだろうけど、少なくとも私の目には問題がるように見えないし、私がこれより上手に対応ができるとは思えない。

 いや、本当誰この人?って感じだし、なんだか王様っぽい人がダス君の事を評価してるのも、違和感が凄いんだけど。

 でも、冷静に考えればこの対応が普通なんだよね……。


「バルドセルの。抜け駆けはやめてもらおうか。ライン殿もいきなりの話に困っておるだろう。…………ところで、ライン殿。実は私には嫁いでいない年ごろの娘がまだいまして……」


 あの? 妻の前で堂々と縁談持ってこないで欲しいんですけど?

 …………と、横からやってきたまた王様っぽい人に言いたいけど、他国の王様にそんなこと言ったら外交問題になりそうだし下手なことは言えない。つらい。


「申し訳ありません。バルドセル王、ハースト王。ありがたいお話なのですが、そのお話を今の私は受けるわけにはいかないのです。ご報告が遅れましたが私は結婚していまして…………ゆんゆん」

「は、はい! お、お初にお目にかかります。私、紅魔の里で族長をしております、ゆんゆんと申します!」


 ダス君に目配せされ、私はあわてて前に出て頭を下げる。

 うぅ……緊張しすぎてちょっと声が大きくなりすぎた。二人以外にも何事かとこっちを見てる人がいるし恥ずかしい。


「ほぉ! 貴女が高名な紅魔族の族長ですか! なんともお美しい女性だ。是非とも友達としてお近づきになりたいですな」

「確かに可愛らしい女性だ。私も是非とも友達になりたいところだ」

「えっ? ええっ!?」


 た、他国の王様が私の友達!?そんなことありえるはずが……。


「ははは、バルドセル王もハースト王も落ち着かれて下さい。妻は人見知りでこのような場にも慣れておりません」


 混乱する私を隠すように王様二人の前に出るダス君。その様子は自然でいつものような荒々しい所作が本当に嘘のようだ。


「それは失礼した。ですが、友達になりたいという気持ちに嘘は──」

「──それに、今回のパーティーの主賓は僭越ながら私のようで。……主賓を無視してその妻にばかり構われるのは少し問題があるのではないでしょうか?」

「う、うむ。もちろん貴殿を無視するつもりなど……のう? ハースト王」

「そ、そうだな。この場の主賓はライン殿。もちろん分かっている」


 何故だが慌ててる感じの王様たち。特に慌てるような事はなかったと思うんだけど、どうしたのかな?

 それにダス君もちょっと話してただけなのに過保護というか………いや、まぁ、うん。いきなりの話しすぎて困ってたしありがたいのはありがたいんだけど。

 でもせっかく友達が増える──


「(おい、ゆんゆん。お前はもういいからアイリスとレインの所へ行っとけ)」

「え?でも……」


 正直この状況でダス君と離れ離れになるのは嫌というか…………。

 いや、うん。別に心細いとかそう言うことはないんだけどね? ダス君が王様や貴族の人たちに失礼なことしないか心配なだけで。


「(お前今回の仕事忘れてるだろ? 俺はこんな感じだし、出来るだけお前はアイリスの傍にいてやれ)」


 そういえば、今回の仕事はアイリスちゃんの護衛だった。ダス君が敬語使ってるのが天変地異レベルの出来事ですっかり忘れてたけど。




「(つか、ぶっちゃけお前が傍にいると面倒)」



 ………………………………………………

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 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……


「ゆんゆんさん? 大丈夫ですか?」

「はっ!? あ、あれ? レインさん? いつの間に来たんですか?」

「いえ、来たのはゆんゆんさんで私は動いていませんが…………」

「…………えっと、はい。すみません、ちょっと頭が動いてなかったみたいです」


 あのダス君に面倒とか言われたのがショックすぎたらしい。それはもちろん戦闘面じゃまだ少しは邪魔扱いされても仕方ないかなって思うけど、まさかこういう公的な場でチンピラなダス君に邪魔扱いされるとか欠片も想像してなかった。


「本当に大丈夫ですか? まぁ、ゆんゆんさんはこういう場は初めてとの事。貴族王族の対応に苦労するのは仕方ないでしょうが」

「? いえ、さっき王族の方と話させてもらいましたけど、結構友好的でしたよ?」


 なんか友達になれそうな感じだったし。


「…………、なるほど。だからダスト殿はゆんゆんさんだけを私の元に向かわせたんですね」

「? どういうことですか?」


 もしかして、ダス君が私を邪魔者扱いした理由がレインさんには分かってるのかな?


「その王族の方たちは、ダスト殿と話している時よりもゆんゆんさんと話している時の方が友好的ではなかったですか?」

「んー…………そうだったような?」


 少ししか話してないからきっちりと判断は出来ないけれど。ダス君と話してた時より私と友達になりたいと言ってくれた時の方が熱が入ってたような気はする。


「やはりそうですか。……まぁ、普通に考えればそうなりますよね」

「どういうことですか?」

「つまり、ゆんゆんさんは他国の王族や貴族にとってとても魅力的な存在ということですよ」

「え…………そんなこと言われても私はダス君一筋だし困っちゃいます」


 もしかしてダス君が私を面倒だって言って追い払ったのも嫉妬してくれたから? だとしたらそれは嬉しいな。


「いえ、そういう意味ではなく、外交するうえでゆんゆんさん…………紅魔族の族長であるゆんゆんさんと交友を結べるのはとても魅力的という話です」

「?? あんな変人たちの集団の族長である私と交友結ぶことが魅力的?」


 アクシズ教徒に比べたらかわいいくらいだけど、あの里の住人は本当非常識な人ばかりだ。そんな里の族長してるからって交友結びたいってなるかな? むしろ私なんかアクセルの街で紅魔族ってだけで敬遠されてた節があるのに。


「まぁ紅魔族の方に変な方が多いというのは否定できませんが……」

「少しは否定してくれてもいいんですよ?」

「えっと…………アクシズ教徒の方に比べたら常識的ですよね」


 それは全く否定になってません。


「とにかく。多少変人とはいえ紅魔族がもたらす益は凄いんですよ。単純な戦力で行ってもあの国の『騎竜隊』と二分にする最強集団。それだけでなく魔法で作られた豊潤な農作物、魔力が込められた高性能な武器防具に他の追随を許さない高性能な魔道具の数々と経済的にも強大な影響力を持つ…………それが紅魔の里です」

「えっと…………それ本当に紅魔の里の話ですか?」


 確かにそう言われてみれば里にある武器防具や魔道具ほど高性能な品は王都でも見かけないけど。でもあんな変人がすんでるの以外はどこにでもありそうな里がそんなすごい里のはずが……。


「だから、以前にも言いましたよね? ゆんゆんさんは自分やダスト殿の特殊性を理解してくださいと」

「言われましたけど…………えぇ……本当に?」


 他国の王族が友達になろうって言ってくるほどの影響力があの里にあるの?

 …………え? 私そんな里の族長なの?


「そ、そんなことより、今日はレインさんとアイリス……様だけなんですか? クレアさんやダクネスさんは……」

「現実逃避気味に話を変えましたね。…………クレア様は暗殺を企てた貴族を追い詰めてます」

「あー…………クレアさんはアイリス様が大好きですもんね」


 今がどの段階かは知らないけれど、最終的に企てたというジャティス王子派の貴族は痛い目見るのは間違いなさそうだ。


「それでダスティネス卿ですが…………勇者様がこのパーティーに参加するのを必死で止めてもらっています」

「カズマさんをですか? 別に参加させてあげてもいいと思いますが……」


 今回が死魔討伐を記念してのパーティーならカズマさんパーティーも十分以上に参加する権利があると思う。


「前回のパーティーでベルゼルグ史上最悪の汚点を作っていなければもちろん参加してもらいましたが……」

「何をしたんですかカズマさんは…………」


 もしかしてアイリスちゃんを王様にしてまでカズマさんに嫁がせないようにしてるのはその件が影響してるのかな?


「ある程度分かっていたことですが…………カズマ殿に権力を渡したら碌なことになりませんね……」

「あー…………まぁ、少しは私も想像つきます」


 お金や権力がない時のカズマさんは凄い常識的な人なんだけどね。今は既にお金を使いきれないくらい持ってて…………それでいて勇者というある意味唯一無二の権力を持っている。

 こういう場じゃ厄介な人だろうなぁ……。実際お金と権力に見合った実績はあるだけに本当に。




「はぁ…………でも、そっかぁ……せっかく友達が増えると思ったのに目当ては私自身じゃなくて私の立場だったんですね」

「あ、現実逃避は終わったんですね」


 まぁ、いつまでも現実逃避してても仕方ないですしね。ちゃんと自覚するところは自覚してないと今後もダス君に『面倒』言われちゃうし。


「んー…………でも、やっぱり違和感がありますね。私に紅魔族の族長としての立場があるのは分かりましたけど…………それでも、ダス君より私を優先するのは変じゃないですか?」

「…………え?」


 これでも族長だ。紅魔の里がどれだけ特殊か……相対的にどれだけの価値があるかは分かってなくても絶対的にどれだけ価値があるかは分かっている。その上で私の価値がダス君…………最年少ドラゴンナイト以上だとは思えない。


「ダスト様の異常さはゆんゆん様や実際に公爵級悪魔と戦ったものにしか分からないと思いますよ」

「アイリスちゃ………様。」

「ちゃんでもいいですよ? 近くに他の国の方はいらっしゃいませんし。…………それに、この場ではそう呼んでもらった方がいろいろ都合がいいですしね」


 一通り挨拶をしてきたんだろうか? 少し疲れ気味の様子のアイリスちゃん。都合がいいって何のことだろう?


「アイリス様? ダスト殿が強いことは私もよく分かっていますが、それでも紅魔の里の戦力や経済力より優先されるものとは流石に思えないのですが……」

「まぁ、どんなに強くても、里の影響力を考えればそれを超えるほどの価値を見出すのは難しいでしょうね…………常識的な範囲では」


 レインさんの言いたいことは分かる。仮にダス君とドラゴンたちが紅魔の里の総勢より強いとしても、戦力だけで戦力と経済力両方含めた影響力を超えるのは難しい。

 でも、紅魔の里で生まれ育ち、魔王討伐を経験した私が。勇者パーティーや公爵級悪魔、不死の王や勇者の国のお姫様、そんな世界最強クラスの存在と友達である私が。その背中を追いかけようとして一度は絶望した…………それが私の旦那様だ。


「公爵級悪魔は『天災』…………そんな表現すら生温く感じる存在でした。相性もあるのでしょうが、それを差し引いても…………『切り札』抜きで公爵級悪魔を滅ぼしたダスト様は間違いなく『天災』ですよ」

「……もしかして、アイリスちゃんもダス君の『切り札』を知ってるの?」


 私を守るためにダス君が手に入れた『切り札』。エンシェントドラゴンとの契約の約束を。


「知りはしませんが…………想像はついています。だからこそ私は────っ!」


 銀色の光。頭上から突如振ってきたその刃をアイリスちゃんはレインさんを連れて避ける。


「ふん……流石は聖剣の王女様と言ったところか。だが、無手であり足手まといが多数いるこの場で避け続ける事は出来ないだろう?」

「さぁ、どうでしょうか。そもそも避ける必要もないかもしれませんよ?…………レインは下がっていなさい」

「ですが、アイリス様!」

「もう、大丈夫ですから」


 アイリスちゃんとレインさんのやり取り。それを横目にしながら私は自分のやることをして、そして終える。


「ダス君!」

「おう、後は任せろ!」


 私は魔法で『子竜の槍』を取り出し駆けてきたダス君に渡す。

 ……後はダス君に任せて私は──


「最年少ドラゴンナイトか。お前の存在は当然知っているが…………だが、お前も一緒だ。この場では俺に勝ち目はない」


 暗殺者の武器は短刀2本。騒ぎで距離を取っているとはいえ人の多いこのパーティー会場で戦うと考えれば槍のダス君が不利なのは確かだろう。人がいなくなるまで暗殺者さんが大人しく待ってくれるはずもないし。


(……というか、むしろ見学してる…………?)


 我先に逃げ出すと思ってたんだけど、王族貴族の人たちは逃げ出さずに護衛の影に隠れてこっちを観察してる。正直邪魔だしいなくなってもらいたいんだけど…………何か残る理由があるのかな?


「さぁな。やってみないと分かんねぇだろ。…………こいよ、ダスト様が相手してやる」

「英雄風情が舐めるな! 光に溢れた生温い道を歩んできた貴様らに闇を這いずって生きてきた俺の邪魔が出来るものか!」


 挑発するダス君に銀色の光が襲い掛かる。その速さは私が知ってる人の中でも上位…………速さだけなら近接戦闘を得意とするミツラシさんやアイリスちゃんを越えてるかもしれない。


「おーおー、怖い怖い。成功しても死ぬ任務をやってる奴は覚悟が違うね」

「馬鹿にするな! くっ……これを避けるとは流石だな」

「これくらいで褒められてもな…………死魔はもっと速かったぜ?」


 公爵級悪魔より速い人間がぽこじゃかいられても困ります。


「だが────こうすれば避けられまい!」


 ダス君が避けの動作をした隙に暗殺者はその横をすり抜ける。その刃はアイリスちゃん──


「──ま、避けられるんじゃそう来るよな」

「だ、ダスト殿……」


 ──のさらに後ろ。レインさんだ。避けられる可能性の高いダス君やアイリスちゃんが庇うざるをえないレインさんを狙う……それは確かにこの状況じゃ定石に近い。

 でも、その定石はかなり効果的だろう。


「あんまり動くなよ、レイン。じっとしてたらどうにかしてやるから」

「馬鹿な…………長物のの槍で何故、俺のナイフを捌ける」

「何故って言われてもな…………くぐってきた修羅場が違うんじゃね?」


 それが普通の相手だったらだけれど。『子竜の槍』を……ドラゴンの力を借り、槍を操るダス君を相手にするには定石では足りない。すぐ近くでレインさんを庇いながら、ダス君は銀閃を槍を使って器用に捌いている。


「修羅場だと? 英雄として輝かしい道を生きてきた貴様に裏の世界を今日まで生き抜いてきた俺が修羅場の数で劣っているなんてことがあるものか!」

「そーだな。今の俺が英雄かは置いとくが、表の世界をずっと生きてきたのは否定しねぇよ。お前みたいな裏家業の人間がどんな生き方してたかなんて知らねぇし興味もない」


 だが、とダス君は、


「俺やあいつが歩んできた道が温いだけの道なんてのはいくらでも否定してやる──よっ!」


 強く打ち2本のナイフを弾き飛ばす。回転しながら飛んで行ったナイフは、


「おみごと、です」


 アイリスちゃんがそのまま回収した。

 …………あの? 回転して飛んできてるナイフを、しかも刃の部分を直接キャッチするとか危なくないかな? いくら強いといっても自分がお姫様だってちゃんと覚えてるのかな。


「さて、ゲームセットだな。この距離じゃ新しいナイフ出す前にお前を倒せる」

「ふ……ふふっ…………流石は最年少ドラゴンナイトと言ったところか」

「聖剣持ったアイリスは今の俺より強いけどな」


 終わったかな? ここから暗殺者がアイリスちゃんを殺す方法はもうなさそうだ。



「だが、任務だけは果たせてもらう!」


 それはきっと『爆発魔法』だろう。会場全体を巻き込んで自分事アイリスちゃんを魔法で殺そうとした暗殺者は、


「っ!? 何故だ!? 何故発動しない!?」


 いつまでも発動しない魔法に困惑の声を上げる。

 …………ふぅ、上手く行ったみたいだね。


「負けたと見せて油断したところを魔法でボンか。悪くねぇ定石だな」


 そう、使い古された定石だけれど、定石とは有効な手だからこそずっと使われてきたものだ。勝負が決まったと思う瞬間ほど人が油断するタイミングはない。


「でも、残念だったな。俺の嫁さんの前で魔法使いたきゃせめて『爆裂魔法』でも覚えてくるんだな」

「『マジックキャンセラ』だと!? スクロールでも『爆発魔法』を消せるものなど存在しないはずだ!」


 まぁ、普通にポイント稼いでたら不可能なレベルだよね。

 初級魔法を消すのに20ポイント。中級魔法消すのにさらに20ポイント。上級魔法消すのにその上20ポイント。爆発魔法やライトニングブレアのような最上級の魔法を消すのには40ポイント使った。才能がよほど有り余ってる人やスキルポーションなしではマジックキャンセラだけにスキルポイントを費やしても無理な領域だろう。

 ちなみに爆裂魔法を消すにはここからさらに100ポイント消費しないといけないらしい。極めるのに200ポイント使うとか誰かこの魔法極めた人いるのかな。


「まぁ、そうだが…………うちの嫁さんも頭のおかしい親友同様に人間辞めてきてるからな」


 流石にめぐみんに比べたら普通というか…………あなたが言いますかそれ?


「ま、ご苦労さん。──後は任せるぞ、レイン」

「ほ、本当にあっさり倒されますね、ダスト殿」


 みねうちをして暗殺者を気絶させたダス君は、警備の兵から渡された縄を使って手際よくその体を縛って動けなくする。


「地獄で死ぬほど悪魔と戦ってなきゃ負けてたかもしれねぇけどな」


 まぁ、確かに鈍ってる頃のダス君じゃちょっと厳しい相手だったかもしれない。今のダス君でも普通の槍だけで勝てたかどうかは微妙な所だろう。

 …………本当、条件次第で全然強さが違う人だなぁ。


「よ、アイリス。無事か?」

「だ、ダス君!? アイリスちゃんの事はアイリス様ってちゃんと呼んでって言ったよね!」


 今も、他の王族や貴族は会場内にいる。王族を呼び捨てなんてしてたらベルゼルグの信頼問題に……!


「それをお前が言うか。…………ま、別にいいだろ? アイリス」

「はい、ダスト兄さま。私とダスト兄さまの仲ですから」

「に、にににに、兄さま!?」


 いつの間にダス君の事をそんな風に呼ぶように!? 


「ゆんゆん姉さまも本当にありがとうございます。…………この状況です、いつも通り、そしてさっきのように呼んでもらってもいいですからね?」

「ね、ねねねねねねねね!?」

「何を壊れてんだこのぼっち娘は」


 はぁ、とため息をつくダス君。なんでそんなに冷静なんだろう。


「(ありがとよ、アイリス。合わせてくれて)」

「(いえ……こちらとしても都合がいいので)」

「(本当、お前もしたたかというか…………カズマに似てきたよな)」

「ええ、大好きなお兄様ですから」


 …………本当、二人して何の話をしてるんだろう? こしょこしょ話してて聞こえないんだけど。




「ということでレインさん。二人は何を話してるんですか?」

「…………、直接聞けばいいのでは?」

「だって、ダス君に聞いたら呆れられそうだし、アイリスちゃんは忙しそうだし……」


 こんな時の知恵袋なレインさんだ。


「私も警備の指示で忙しいんですが…………はぁ、なんで私が本来二大貴族の方がするような仕事をしてるんでしょうか……」


 優秀だからじゃないですかね? 性格も含めたらというか…………性癖のマイナスも含めたらあの二人より普通に優秀だと思いますし。


「周り人はいませんか。…………まぁ、簡単に言うと他国に示したのですよ」

「示したって……何をですか?」

「ベルゼルグとダスト殿やゆんゆんさんとの仲が強固であることをです」

「ん…………ああ、だからダス君の事を兄さまとか私の事をね、ねね姉さまだなんて呼んだんですね」


 普段はこんなに仲良くしてますよって主張してたんだ。


「ダスト殿としても今更他国の勧誘は煩わしいのでしょうね。利害の一致というものでしょう」

「まぁ、ダス君貴族や王族は嫌いだっていつも言ってますもんね。…………いえ、レインさんやアイリスちゃんはもちろん別ですよ?」

「心配せずとも私も一般的な貴族やベルゼルグ以外の王族は苦手なので配慮しなくてもいいですよ」


 …………レインさんもやっぱり苦労してるのかな? 苦手じゃないアイリスちゃん相手でも結構大変そうだし。


「それに、今回の件で正直嫌いになりましたしね」

「? 何かありましたっけ?」

「確証はありませんので言えることは。でも、今回の王族や貴族の方の動きを考えれば確信はあります」


 …………そういえば、暗殺者の乱入なんてのがあったのに多くの王族貴族は逃げ出さなかったっけ? もしかしてそれって──


「──何をいつまでもつまんねぇ話してんだよ。帰るぞ、ゆんゆん」

「ひゃん! い、いきなり背中をつーっってしないでよ、ダス君!」

「んだよ、胸揉んだ方が良かったか?」

「いいわけないでしょ! というか、騎士さんモードはもういいの?」


 まだ貴族や王族がこっちに視線を向けてるのが分かる。


「パーティーは終わったからな。もう主賓としての仕事は終わりだ」

「そっか…………流石にこの状況じゃパーティー続けるわけにはいかないよね」


 だとしても、他国の目があるのにチンピラさんモードになっていい理由は分からないけど。


「……なんだよ? 怒ったと思ったらいきなり嬉しそうな顔しやがって」

「んーん? 別に何でもないから気にしなくていいよ? それより、帰るんでしょ?」


 ダス君の腕に抱き着きながら私は思う。

 思って……結局口にすることにした。


「やっぱり、私いつものダス君の方が好きだな」

「そうかよ。やっぱりお前趣味が悪すぎるぜ」


 いつも通り口が悪い旦那様と一緒に。私は族長として初の大仕事を終えるのだった。

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