最終話 ──祝福を!
──ダスト視点──
「……でだ。リーン、お前そろそろ離れろ」
戦いが終わって。今なおリーンは俺の腕の中にいる。
「ん……もうちょっと…………ダメ? 次にこうしていられるのがいつか分からないし、そもそもないかもしれないんだしさ」
「気持ちは分かるがダメだ」
戦いが終わった今。こうして抱き合ってるのは誰がなんと言い訳しようが浮気だろう。
…………、離れたくないって気持ちは本当痛いほど分かるんだがな。
「けち。ろくでなしのチンピラのくせにまともなこと言って恥ずかしくないの?」
「どんな罵倒の仕方だ。……いや、自分でもどの口が言うんだとは思うが」
一昔前の俺なら間違いなく『これハーレム行けんじゃね?』って悪だくみを始めてることだろう。そして多分失敗する。
「それでもやっぱダメなんだよ。俺は確かにろくでなしのチンピラだし、贔屓目に見ても屑野郎だが…………あいつに悲しい涙を流させる奴にだけはならないって決めたんだ」
「そっか…………うん。それなら仕方ないね。あたしも、あの子を泣かせたくないし…………何よりあたしが好きなダストも、そんな不器用なあんたなんだから」
少しだけ寂しそうに、けどそれ以上に嬉しそうに。俺から離れたリーンは笑っている。
「…………、お前もしかしなくても試しやがったろ?」
「さあ? まぁ、もしもバレなきゃいいってあの子のこと裏切ってたら親友としてファイアボールぶつけたかもね?」
「理不尽すぎるだろ……」
「そう? でも、あんたがあの子を裏切らないなら何も問題ないでしょ?」
そりゃ、こいつが俺にとってどうでもいい女なら何も問題ないが、そうじゃないんだから問題ありすぎる。これでリーンがまな板じゃなければ我慢できたか自信がない。
……まぁ、そんな感じで不満はいくらでもあるが、今のリーンの笑顔を見てたら文句を言う気は失せた。
多少寂しさが見えても、ここまで嬉しそうに笑うリーンは本当に久しぶりだったから。
それに、俺には今すぐでも抱きしめてあげないといけない奴がいるから。リーンと楽しい軽口を続けるわけにもいかない。
「はぁ…………本当あんたって分かりやすいって言うか、そういう所はいつまでも変わらないよね」
「何の話だよ?」
でも、こいつを置いていくのもなんだか後ろめたくて。話を終わらせないといけないのに、その言葉はなかなか出せなかった。
「あたしはもう大丈夫って話。だから、気にせず行って」
「…………悪い」
そして、そんな俺の気持ちをリーンはお見通しだったらしい。
「別に今のダストに悪いとこなんてないでしょ? それはあんたの数少ない美徳なんだからさ」
「……そーだな。じゃ、ありがとよリーン」
謝罪ではなく感謝の気持ちを伝えて。俺はリーンの気遣いに甘えさせてもらった。
「……『人化』」
傷ついた2頭のドラゴン。その姿を俺は人へと変える。
人化したミネアは比較的余裕がありそうだが、暴れまくって本能が封印された影響かジハードは意識を失っているみたいだ。
「ふぅ…………、お疲れ様、ライン。なんとかなったわね」
「ああ。お前がジハードを守ってくれたおかげだ」
ミネアがいなければ『本能回帰』を使っても最初の段階で止められてた可能性が高い。単純なステータスやスキルでは測れない強さを持つミネアは本当俺には過ぎた相棒だ。
「この子もシェイカー家の子だからね。先輩としてもお姉ちゃんとしても守ってあげるのは当然よ。たとえこの子が私なんかより強くなるとしてもね」
「そうだな。おまえはそういう奴だよ」
だからこそ、俺は死ぬような思いをしてでも最速でドラゴンナイトになろうとしたんだ。
「ん…………らいん……さま?」
ジハードの傍に寄ったところで。うっすらとその瞼が開く。
「おう。ダスト様だぜ? 一応、体の方は大丈夫そうだな」
傷だらけなのは確かだが致命傷のようなものは見当たらない。
これならジハードがその気になればすぐに治せるだろう。
問題は──
「ごめんなさい! らいんさま、ごめんなさい!」
──心の傷だ。
涙をこぼしながら。ぎゅうっと俺に抱き着くジハードは御免なさいという言葉を繰り返す。
「……なにもジハードは悪くねぇよ。お前のおかげで俺はまだ人間でいられてんだ」
「ごめんなさい! わたしのせいでらいんさまにひどいことをさせた!」
震える小さな体を出来る限り優しく抱きしめてやる。でもその口から謝罪の言葉が止まることはない。
本能に飲まれている間のこと。俺はその間のことを覚えてないが、ジハードはきっちり覚えているんだろう。
あの本能に飲まれて戦っていたのなら、普段の俺なら絶対しない、俺自身が許せないようなことをしているのは想像がつく。
「それでも…………ジハードは何も悪くないんだよ。悪いとしたらお前に本能を解放させた俺だ」
俺がジハードに謝る理由はあっても謝られる理由はない。
そして俺はジハードに謝るつもりはなかった。本能を解放した事。それは確かにいいことばかりじゃなかったが、大切な奴を守れたことに違いはないのだから。
ジハードに酷いことをされたつもりもなければ、ジハードに酷いことをしたつもりもない。何か悪いことがあるとしたらそれはジハードの本能に耐えられなかった俺の不甲斐なさだろう。
だから俺がジハードに伝えないといけない言葉は謝罪じゃない。
「……ありがとな、ジハード。さっきも言ったがお前のおかげで俺は人のまま大切な奴らを守ることができた」
もしもジハードが本能を解放しなければ、俺は『切り札』を使うしかなかっただろう。だが今の俺に『切り札』を使うことに対する覚悟があるかと聞かれれば微妙だ。
必要があれば……使わなければあいつらを守れないってなら使うだろうが、使わなくて済むんなら使いたくないのが本音だった。
使えば確実に皆を守れて…………こうしてジハードを泣かさずに済んだってのにな。
「……なぁ、ジハード。お前は自分のことが嫌いか?」
泣きながら謝り続けるジハードに俺は問う。
「…………きらい、です。あんなこわくてみにくいものがいるなんて」
「そうか…………まぁ、そうだよな」
自分の嫌な部分と初めて直面して。それを受け止められる強さを今のジハードは持っていない。いくら賢いといっても生まれてからまだ数年……数百数千の生きるドラゴンにしてみれば本当に赤子と一緒なのだから。
自分自身を嫌うのも仕方ないのかもしれない。そして自分を嫌う気持ちってのは俺もよく分かる。そして一度そうなってしまったそれを変えるのは難しいことも。
「……じゃあ、ジハード。俺はお前と契約するドラゴン使いとして一つの命令をする」
「めい…れい……?」
こんな時になんだろうとジハードは謝罪の言葉を止めて困惑の色を顔に浮かべる。
「ああ。お前これから先、シェイカー家のドラゴンとして、一族をずっと守って生きていけ。仕えて支えて…………自分のことを好きになれるまでそうやって生きていくんだ」
「ん……あるじやらいんさまがいなくなったあとも?」
「ああ。俺の子どもやそのまた子供を守れ。自分のことを好きになれるまでは離れることを許さない」
「ん……よくわからないけど、わかりました」
自分のことが嫌いな奴を好きにさせるのは難しい。俺はジハードの親のつもりだが、親の立場ではそれを変えられない。主人、相棒としての立場でもそれは一緒だ。出来る奴もいるんだろうが、俺がそんな器用な奴じゃないのは自分がよく分かっている。
でも、そんな俺のおかげで嫌いだった自分を好きになれたと言ってくれた奴がいた。
あいつのおかげで、こんな俺でも捨てたもんじゃないんじゃないかと思えるようになった。
「そうすれば、きっとお前は自分のことを好きになれる…………そうしてくれる相手に出会えるから」
俺は誰よりもドラゴンが好きだから。きっと俺の子どももそれと同じかそれ以上に好きになってくれる。
だから、きっと出会えるはずだ。俺があいつに出会えたように、いつの日かジハードも。
「寝ちゃったわね」
「ああ。少しは落ち着けたみたいだな」
スヤスヤと眠るジハード。いつも以上に無理した上に旦那に大分傷つけられたんだ。傷は治したが、休息が必要だろう。
そういや、いつの間にか旦那がいねぇな。エンシェントドラゴンは相変わらず上空にいるし、アクアのねーちゃんやリーンはカズマたちとなんか喋ってるが…………てか、いつの間にかカズマたちこっちに来てんのか。
「ほら、ジハードの面倒は私が見てあげるから。ラインは挨拶でもしてきたら?」
「そうだな。悪い、ジハードのこと頼むわ」
見ればカズマたち以外にもアイリスや魔剣の兄ちゃんの姿もある。地獄にまで来て助けてもらったんだ。礼の一つくらいはしとくべきだろう。
俺はミネアにジハードを預けてあいつらの元へ走った。
「これで借りは返したからね」
「いきなりなんだよミツルギ」
「僕の名前はミツルギだ! どうして君たちはいつもいつも間違える…………って、あれ?」
「あってんじゃねーか。で、借りって何の話だよ?」
会っていきなり切れてる魔剣の兄ちゃんを適当になだめながら俺は聞く。借りを返したとか言われてもこいつになんか貸しを作った覚えはない。
いや、ボコボコにされた恨みとかならあるが。それのことじゃねぇだろうしなぁ……。
「…………、別にキミが覚えてなかろうが気にしてなかろうがどっちでもいいよ。とにかくこれが貸し借りはなしだ。もしもキミが僕と敵対するなら容赦なく倒させてもらうよ」
「そーかよ。別に今のところ俺にお前と戦う理由はないから安心しろよ」
将来的にはどうなるか分からないけどな。俺の立場はいろいろ複雑だし。
「いつまでもそうであることを祈るよ。キミは強すぎる。貸し借りがなくなかったとはいえ、今の僕じゃ勝てないだろうからね」
「あん? 俺、魔剣の兄ちゃんの前で強い所見せたことあったか?」
直接喧嘩したときは負けてるし、アクセルに魔王の娘たちが来た時こいついなかったよな。一緒に戦ったエンシェントドラゴンの時はあのざまだしなぁ。
「昔の僕では分からなかっただろうね。でも、今なら君の強さが分かるよ」
「ふーん……魔剣の勇者様も強くなってるって事か」
「その言い方はやめてくれ。僕は勇者になりそこなった男だ」
相手の力量を見極めるのも一つの強さの証だろう。向こう見ずだったこいつは剣の腕はともかく、そう言った機微には疎かった。だからこそカズマにはずっと勝てなかったんだろうが…………真の勇者にはなれなかったことで、こいつの中で何か変わってるのかね。
「とにかく、僕は強くなるよ。もしもキミがベルゼルグに仇名す存在になっても倒せるくらいに」
「おう、頑張れよ。今回は世話になったからな、応援くらいはしてやる」
まぁ、本人はなんか借りを返して貸し借りなしとか言ってるし、言葉以上の応援する気はないが。
なんてーか…………やっぱりこいつとはそりが合わねぇんだよなぁ。
「それじゃ、僕はもう行くよ。アクア様に挨拶をしてこないといけない」
「あいよ。じゃーな、多分今夜は祝勝会でもするからお前も一応来いよ」
考えておくとだけ言い残してミタラシはアクアのねーちゃんの所へ向かう。
「あの魔剣使いの方は強くなるでしょうね」
「リリス。お前の見立てでもそうか?」
歩き去るミツラシの姿を見送りながら。俺は後ろからするリリスの言葉に問う。
「ダスト様は強くなるために必要なものは何だと思われますか?」
「才能と努力と経験ってところか?」
細かいことを言い出したら他にもいろいろあるだろうが大きなところはそんなところだろう。
「はい。そしてそれらに並んで必要なもの。それは明確な目標です」
「…………そんな大層な目標のつもりはないんだがなぁ」
リリスが言いたいことは分かるが、どうにもそれを認めるのはむず痒い。
「人の身で公爵級悪魔を倒すことが大層な事でないと?」
「ドラゴンの力を借りて、な。ドラゴンは最強の生物でドラゴン使いと一緒なら最強の存在だ。俺自身はブースターでしかねぇよ」
「ドラゴンとドラゴン使いといえど、上位種でもないドラゴンに公爵級悪魔が倒されるのは前代未聞なのですが……」
つってもジハードの固有能力はどう考えてもチートすぎるしなぁ。それを制御するのは大変だけど、俺の強さというよりはジハードの強さだろう。
「まぁ、なんだ。その辺の話は面倒だから置いとくとしてだな…………リリス、お前の抱いてる幼女は何だ」
どうせこれ以上問答を重ねても話はまとまらない。なので俺はリリスの姿を見てから聞きたかったことを聞くことにする。
「ナイトメア。私と同じ夢魔です」
「で? そのナイトメアとかいう夢魔がなんでリリスの腕の中でスヤスヤ眠ってんだ」
ちょうど人化したジハードと同じくらいか、それよりも幼い姿だ。ただ、リリスとは違い完全な精神生命体なんだろう。体は透けていて魔力を込めなければ触れもしない感じだ。薄くなってるウィズさんみたいだな。
「友達なんです」
「おう、お前に友達がいたという事実に死ぬほど驚愕してるが、欠片も質問の答えになってねえな」
「ダスト様は気にしないでください。これは完全に悪魔の領分です。この子の事はバニル様と相談して決めますから」
「リリスがそう言うなら気にしねぇが……」
このタイミングだ。おそらくはこのナイトメアってのは死魔の軍勢の一柱だったんだろう。死魔が滅びたことで自由の身になってはいるんだろうが……。
「そうしてもらえると有難く。…………それよりも、ダスト様ににあそこで落ち込んでいる子のことを気にしてもらえれば」
「あー……ロリーサね。まぁ落ち込んでるだろうとは思っていたが」
案の定か。
「しゃーねーな。一人だけぽつんと突っ立って構ってオーラ出してるから行ってやるか」
「いえ、あの子にそんなつもりはないと思いますよ?」
「つもりはなくても、使い魔にあんな顔されたら主人として構わねぇ訳にはいかねーだろ」
本当、食事の事と言い手間のかかるダチ兼使い魔だ。
「──で? なーんでお前は勝ったってのに暗い顔してんだ?」
「
ロリーサの元に忍び寄った俺はそのもちもちの頬っぺたをいつものように思いっきり引っ張ってやる。
「うぅ…………いきなり辱められました……」
「ただ頬っぺた引っ張っただけだろうが」
痛そうに、そして恨めしそうに頬っぺたをさするロリーサ。
「それで、私に何か用ですか? ダストさん」
「用がなきゃお前に話しかけちゃダメなのか?」
ダチで使い魔で。そんなこいつに話しかけるのに理由はいらない。
「はい……だって、今日の私は主人のお願いも聞けなかったダメダメ使い魔ですから」
「あー……やっぱりそう思ってたか。ま、そう思うように俺とリリスが情報制限してたのもあるが」
「…………どういうことですか?」
「もともと、ロリーサと街の悪魔たちだけで守れるとは思ってなかったんだよ。カズマたち……旦那が連れてくる援軍込みで俺らは防衛するつもりだったんだ」
相性次第じゃ完封できるリリスや存在が壊れてるアリスはともかく、死魔の軍勢の数を考えればどんなにロリーサが頑張っても限界が来るのは分かっていた。
「だからまぁ、元々お前に期待してたのはカズマたちが来るまでの時間稼ぎで、そういう意味じゃお前はちゃんと役目をはたしてだな──って、なんでお前頬っぺた膨らましてんだ」
なに? そんなに俺に頬っぺた引っ張られてーの?
「酷いです! 酷すぎです! そう言うことなら最初からそう言って下さい! どれだけ怖い思いしたと思ってるんですか!」
「悪かったって。でも、そうしなきゃきっと援軍まで持たなかったぜ?」
「……どうしてそう思うんですか?」
「死ぬ気で戦ったロリーサが率いてなお、カズマたちが到着するまでギリギリだったからな。助けが来るって受けの姿勢で戦ってたら押し込まれてたろ」
使い魔の契約でロリーサの戦場がどんな状況だったかは俺も想像がついている。そしてこいつがどれだけ必死で戦ってくれたかも。
「むー……」
「お前の怒りは正当かもしれないが謝るつもりはない。てことで、お前がどうしても怒りが収まらないってんならダチとして一発殴られてもいいぞ?」
それで気がすむなら殴られるくらいどうでもいい。どうせロリーサの細腕じゃどこ殴られても多少痛いくらいで済む。
「そんで、主人としてはちゃんとこっちのお願いを聞いてくれたんだ。ご褒美でいくらでも精気を吸わせてやる」
ゆんゆんのいない所でならだが、いくら吸わせても文句がないくらいにはロリーサは頑張ってくれた。
「ただし、どっちかだけだからな? お前はダチで使い魔だが、今回はダチとしてか使い魔としてかどっちか選べ」
俺としては両方叶えてやっても問題はない。だが、どっちもってなるとこいつは変に負い目を感じる気がする。
今は怒りや不満の方が前に出てるが、さっきまで悩んで落ち込んでいたのは確かで。考えすぎて本当は自分が頼りにされてないんじゃないかとか馬鹿なことを考える可能性はある。
出来るだけそうはさせないように、別なことで悩ませて、負い目を感じさせないようにしてやりたかった。
「そんなの……そんなのこっちに決まってるじゃないですかー! はむっ!」
「まぁ、そうなるな」
一瞬だけ悩んで。いつものように俺の指を咥えるロリーサ。
「はふぅ……
「なんつーか…………なんか悪いことしてる気がしてきたな」
ダチか使い魔か選ばせて、そんで自分の指を吸わせてるとか。
知らない奴らが見たらどう見てもやばい現場のような…………。
「こ、これがクレアが言っていたちょーきょーの現場ですか!」
「違う! ってか、あんの白スーツは一国の王女になんてこと教えてんだ!?」
いつの間にやら来ていた勇者の国のお姫様の言葉に俺は必至で否定する。
姫さんと違って一応正統派お姫様のアイリスにあの変態貴族は何を吹き込んでやがんだ。カズマのこと言えた立場じゃねぇ。
「違うのですか…………残念です…………」
「何が残念なのか欠片も分からねぇ……」
そして、こっちの騒ぎなど知らない感じで一心不乱で精気吸ってるロリーサも薄情すぎる。
「それで? わざわざこっちに来て何の用だ? せっかく愛しのお兄様がいるんだ。しっかり甘えてくりゃいいのに」
「それは、また後でしっかりと。今は先にダスト様へお礼をと」
「礼?」
魔剣の兄ちゃんの借りの事といい、今日は心当たりのないことばかりだな。
「はい。……ダスト様との特訓のおかげで、私は格上の相手でも自分の力を出し切ることができました。ありがとうございます」
「そうかよ。別にあの特訓は交換条件だったし、礼を言われることじゃねーが…………ま、意味があったなら何よりだ」
アイリスが格上だって言う相手がどんな相手だったかはあんまり想像したくないが。
「というか、もしかしてお前アリスの援軍に行ったのか?」
ロリーサの所の援軍がカズマたちなのは爆裂魔法で分かった。こっちに来た時間的にリリスの所には魔剣の兄ちゃんが行ったんだろう。
そしてそいつらより来るのが遅かったアイリスは多分アリスの援軍に行ってたわけで…………あのアリスが使い魔たちと一緒でも勝てなくてアイリスの援軍を必要とする相手……?
「はい。最初は勝ち目が全然見えない相手でしたが、力を合わせて勝ち…………勝ちました?」
「なんで疑問形なんだよ」
「いえ、一応向こうが示した勝利条件は満たしたのですが、その後普通にお茶に誘われたので」
意味が分からんというか…………本当に戦ってたの? お前ら。
「てか、その変な敵はともかくアリスはどうしたんだ?」
先に街に戻ってるとかならいいんだが、なぜか嫌な予感がする。
「その変な悪魔さんと一緒にお茶会の後どこかへ行きました」
「あー……うん。あれだ。俺は何も聞かなかったことにするわ」
絶対首突っ込んだら面倒なことになるパターンだ。
…………多分、首突っ込まなくても面倒なことになるパターンだけど。
「それでダスト様。あの飛んでいるドラゴンさんが噂のエンシェントドラゴンですか?」
「ん? そういやアイリスは初めて見るのか」
「はい。ダスト様がエンシェントドラゴン戦に呼んでくれませんでしたから。せっかくお兄様と一緒に冒険できる機会だったのに……」
「無理に決まってんだろ」
ただのゆんゆんの我儘で一国の王女様を危険にさらすとか…………俺は別にいいけどゆんゆんが心労で死ぬわ。多分レインも死ねる。
「無理を通してお姫様の願いを叶えるのが騎士様の役目なのでは?」
「俺はお前の騎士になった覚えはないからな。そういう今もあったかもしれないが、そうじゃねーんだからそんな役目はねーぞ」
前にレインに色仕掛けかけられたことがあったが、もしも俺があれにひっかかってたら、アイリスの騎士になるなんていうこともあったかもしれない。
でも実際はそんなこと全くない訳で、俺がこいつの我儘を聞いてやる義理なんて一つもない。
……ま、義理というか、借りはあるからこいつが本気で望むなら叶えてやらないといけないことはあるかもしれないが。
「残念。…………それにしても本当に大きいですね。ベルゼルグのお城と同じくらい……いえ、それ以上に大きいです」
「伝説級のドラゴンだからな。エンシェントドラゴンより格が上のドラゴンとかドラゴンの帝王……竜帝しかいない」
地獄の公爵や四大を司る神と同格の生物だ。本当に想像も付かないような歳月を過ごしてきた生きる伝説と言えるだろう。
…………どこぞの宴会芸の女神はそんなエンシェントドラゴンより格上の竜帝にひよこがなるとか言ってたが、どんな幸せな脳をしているんだろう。
『シェイカー家のドラゴン使い。あの『契約』はまだ有効か?』
俺たちが見ているのが分かったのか、それとも機会を窺っていたのか。上空を飛んでいたエンシェントドラゴンが少しだけ高度を落とし、話しかけてくる。
「ああ、その時が来たら頼む」
『そうか。ならばいい』
それだけで話が終わったんだろう。エンシェントドラゴンは次元を超えてその巨体を消す。
……自力で次元を超える生物って本当常識はずれてるよなぁ。
単なる異世界ならともかく、ここは地獄。天界と並んで次元移動が難しい世界のはずなのに。
「ダスト様。『契約』とはなんのことですか?」
「さてな。少なくともお前には関係ない事だよ」
「…………、そうならよいのですが……」
? なんか含みがある言い方だな。多分今の話の意味は想像がついてると思うんだが。
「てか、お前はいつまで精気吸ってんだロリーサ! 俺だって疲れてんだから少しは遠慮しろよ!」
「ああっ!? いくらでも吸っていいって言ったじゃないですかー! 街に帰ったらゆんゆんさんいるんですからもっと吸わせてください!」
「もう十分吸わせただろうが! これ以上は俺が干からびるわ!」
「既に普通の男性なら10回以上干からびてるんだから誤差ですよ! 誤差!」
「そんな誤差があるかアホサキュバス! お前使い魔だったらもうちょい主人を敬え!」
「
「やはりちょーきょー……」
「「
喧嘩しながらもそこだけはハモる俺達だった。
「ダスト!」
ぎゃーぎゃーとアクアのねーちゃんや爆裂娘が煩い場所で。そいつらの面倒を見ていた奴が俺の姿に気づいて手を挙げている。
「……おう!」
その挙動の意味を少しだけ考え、俺はすぐにその手を叩きパンと音を立てる。
それは互いにやり遂げたことを伝える合図。祝いの祝砲だ。
「これこれ。男同士で一度これやってみたかったんだよなー」
「これくらい冒険者ならいくらでもやってるだろ」
変なところに憧れてる奴だな。まぁチート持ちって呼ばれてる奴は大体そうだが。
「普段は恥ずかしさが勝るからな。俺みたいな生粋の現代っ子じゃいろいろ難しいんだよ」
「ふーん……じゃあ今日はどうなんだ?」
「魔王戦以来の達成感がある。むしろ魔王戦はなんで俺タイマンで魔王と戦ってんだ感があったから、純粋な喜びなら今回の方が上かもな」
「そんなものか」
ま、カズマはタイマンとかより個性的なメンツをまとめる方が向いてるのも確かだ。自分の本領を発揮できたという意味じゃ魔王戦より今回の方が良かったってのも分からないではない。
「…………、ありがとよ、悪友。カズマのおかげで、なんとか誰も欠けずに大切な奴らを守れた」
カズマたちが来なければロリーサはきっと残機をすべて失うまで戦っただろう。そして俺はそれをさせないために『切り札』を使わずを得なかった。
「なんていうか…………本当ダストってまともになったんだな。出会った時のことを考えると信じられないわ」
「うっせ。そういうお前は変わってねー…………いや、変わったか」
本質はきっと変わっていない。でも、カズマは確かに変わって……成長している。
じゃなきゃ、魔王を倒せる勇者になんてなれるわけない。
「じゃ、お互いさまって事だな。ダストみたいなチンピラと一緒でゆんゆんは大丈夫かと心配してたが、これなら大丈夫そうか」
「ああ、大丈夫だ。あいつは俺が一生かけて幸せにしてやる」
「…………、ダスト? お前まさか……」
「いろいろあって遅くなっちまったがな」
まぁ、必要な遠回りだったのかもしれないが。あいつらにとっても、俺にとっても。
でも、もう遠回りも終わりだ。遅くなった分も含めてあいつを幸せにしてやろう。
「けど…………地上に帰ったら大変だろうなぁ」
死魔の……悪魔の種子による地上の傷跡は酷いことになっているだろう。覚悟を決めたがいいが、実際に実行するのは落ち着くまで無理かもしれない。
「ん? もしかして『悪魔の種子』とかいうので悪魔化した奴らのこと心配してるのか?」
「心配ってーか……まぁ、いろいろ大変だろうなとはな」
冒険者やら騎士やら。そいつらがごっそり悪魔化していなくなったんだ。まだ悪魔として生きてるならいいが、レギオン化された奴は魂だけの存在になって死んだも同然だ。
知らない奴らの死に心を痛めるほど殊勝な性格はしてない俺だが、望んで悪魔化した奴はともかく、巻き込まれただけの奴には同情くらいするし、現実的に国が機能するかとかの心配はする。
「その辺は別に心配しなくてもいいぞ」
「は? 心配しなくていいって……どういうことだ?」
未曽有の大惨事クラスのはずだが…………まるっと解決する方法がなんかあるのか?
「なぁ、ダスト。『異世界転生』って知ってるか?」
──ゆんゆん視点──
最初にかける言葉は決まっていた。
「おかえりなさい」
「ああ……ただいま、ゆんゆん」
ボロボロの服。それがどれだけ険しい戦いをダストさんが乗り越えてきたか物語っていた。
そんな戦いから帰ってきた…………帰ってきてくれたことに私は嬉しさで胸がいっぱいになる。
「…………生まれたんだな」
「はい。元気な女の子です」
泣き疲れたんだろう。今は静かに眠っている私たちの娘の姿を見てダストさんは優しい表情をする。
その表情が私に向けられていないことがちょっとだけ寂しくて。
私の娘をこの人はちゃんと愛してくれるんだと信じられるのが嬉しくて。
きっと私はダストさんと同じ表情をしていた。
「なぁ、ゆんゆん。疲れてるのは悪いがちょっとだけ身体を起こしてくれないか?」
「? はい──って、わわっ、いきなりどうしたんですか?」
ベッドから身体を起こした所で。ダストさんは私を強く抱きしめてくる。
「ダストさん……?」
「悪い、少しだけ待っててくれ」
「? はい……」
別にダストさんに抱きしめられる事は少しも嫌じゃないから悪いことなんて何もないんだけど。
「そういえば、リーンさんやハーちゃんはどうしたんですか?」
「少しだけ席を外してもらってる。終わったら呼ぶ」
「そうですか」
うーん…………リーンさんやハーちゃんにも早く私の娘を見せてあげたいんだけどなぁ。
それにリーンさんがちゃんと決着をつけられたのかとかも聞きたいし。
「…………先に言っとく。あいつとはちゃんと『決着』つけた」
「っ……そ、そう……ですか……」
それはどんな決着だったんだろう。気になるけど、それを尋ねる言葉は怖くて紡げなかった。
「だから、今から言うのはそれを踏まえての言葉だ」
「はい……」
大丈夫だと信じてはいる。でも、もしもこの温もりが失われるとしたら……。
自分が望んだ決着のはずなのに、今更になってその答えを聞くのが怖い。
「結婚しよう、ゆんゆん」
「…………え?」
その言葉がいきなりすぎて。その意味が飲み込めない私に、ダストさんは今度は顔を見つめ合わせて──
「俺と結婚しろ、ゆんゆん」
──そうはっきりと…………プロポーズをしてくれた。
「俺はろくでなしだし、いろいろ迷惑はかけるかもしれない」
ああ──、と思う。私の目をしっかりと見つめて言葉を紡いでくれるダストさんを見て。
「でも、ドラゴンと槍の腕に関しちゃ誰にも負けない自信がある」
私はやり遂げたんだと気づく。
「そして、それと同じくらい、お前を幸せにすることにかけても」
それは、長かった日々の終わり。
「だから、ゆんゆん。お前は…………ゆんゆん=シェイカーになれ」
「あ、それはお断りします」
このチンピラ冒険者さんを更生させる日々が終わった日。
「あ、あのなぁ……お前、俺がどんだけ覚悟決めて──」
「──でも……はい。私を幸せにしてください」
それは、長く続く日々の始まり。
「私をダストさんの傍にずっといさせてください…………あなたの妻として」
ぼっちな私とろくでなしなドラゴン使いさんが夫婦となった日だった。
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