第9話 空で

──リーン視点──


「あれ? ゆんゆん、こんな所で立ち止まってどうしたの?」


 泊りがけのレベル上げを兼ねたクエストを終えて。報告をしようとギルドに向かっていたあたしは、その手前で何かをストーk……観察してるような様子のゆんゆんを見つける。


「あ、リーンさん。こんにちは。クエストは無事終わったんですか」

「うん。えへへ、今回はレベルが2も上がったんだよ」

「レベルが2つもって…………凄いですけど、結構無茶したんじゃないですか?」

「えーっと…………別にそうでもなかったよ」


 本当は、結構な無茶をしたと言うか…………誰かが大怪我してもおかしくなかったけど。

 それをゆんゆんには色んな理由から言えないし言いたくない。


「…………、あんまり無理はしないでくださいね。リーンさんにもしものことがあったら私もダストさんも凄く悲しむんですから」

「……そうだね、気をつける」


 その言葉にはどこにも嘘のない純粋な好意と心配で溢れていたけれど、今のあたしにはチクチクとした痛みとなって胸を刺す。

 その痛みがみっともない嫉妬から来ているのは自分でも分かっていて、その嫉妬に囚われてたらきっとあたしは言ってはいけないことを言う。


「それで、ゆんゆん。話を戻すけどこんな所で何してるの?」


 だから私は強引に話を戻す。この誰よりも強い心を持った、でも誰よりも傷つきやすい親友に醜い心情なんて見せたくなかったから。


「えっと……あの二人の様子を観察というか、監視というか…………酷いことするようだったら止めないといけないので」

「あの二人って…………って、あれルナさんとダスト?」


 普段とは違うカジュアルな……でも微妙に気合が入ってるルナさんと、いつもどおりの格好のダストがギルドの前で親しげに話している。

 その親しげな様子はいつもの慣れきった塩対応然としたものじゃなく、何を言ってるかは分からないけど、ダストの言葉にルナさんが顔を赤くしたりとまるで恋人同士のような感じだった。


「いえ、ルナさんはそうですが…………って、二人が移動しちゃいますね。私はついていきますが、リーンさんも一緒に行きますか?」

「いや……うん、気になるから一緒に行くけど…………なんで、ゆんゆんそんなに冷静なの?」


 恋人が浮気? してるんだから普通怒って二人の前に出ていくと思うんだけど。


「? まぁ、酷いことしないか心配ではありますけど、別に慌てる必要はないと思いますよ」


 二人を追いかけながらゆんゆんは自然な様子でそう言う。

 ……もしかしてあたし何か大きな勘違いしてる? 流石にゆんゆんのこの反応はおかしい。




「さて、半日だけの姫さん。まずは腹ごしらえだと思うんだが……行きたいところはあるか?」

「えっと……それじゃあ何か甘いものを食べたいです。エスコートしてくれますか? ドラゴンナイトさん」


 追いかけているうちにさっきより距離が縮まったのか。ルナさんとダストが話している内容が聞こえてくる。

 …………こんなに近づいて大丈夫なのかな? まぁ、二人に見つかってもこっちにやましい所はないからいいけど。



「ダメだぜ姫さん。今日は受付嬢じゃなくて半日姫様なんだ。姫様はもっと偉そうにしとかねえと」

「ええと……じゃあ…………、エストコートしなさい、私のドラゴンナイト」

「それでいい。じゃ、行くか。今日のお前は我儘な姫さんだ。横暴なくらいお願いしろよ」



 …………なに、このやり取り。聞いてて鳥肌立つんだけど。


「ねぇ、ゆんゆん。なんかいつものルナさんとダストにしては違いすぎるんだけど」

「なんでも隣国のお姫様と最年少ドラゴンナイトになりきってデートするって話みたいですよ」


 なりきるも何も片方は本物なんだけど。


「でもそっか。そう言われてみれば初めて会った頃のライン兄の雰囲気に近いかも」

「そうなんですか? あんな感じだったんですね、昔のダストさんって」

「そう……かな? うーん、でもライン兄って思っても妙に違和感あるような……」


 ダストに慣れすぎたからかもしれないけど。

 どっちにしろ今のダストがやってると思うとあのやり取りは凄い違和感がある。


「そうなんです? 演技とかそういうのは完璧だと思ってたんですけど…………やっぱりリーンさんはダストさんのことをよく見てるんですね」

「へ? べ、別にライン兄ならともかくダストのことなんてどうでもいいけど……」


 というか、違和感あるって言っただけでなんでそんな話に?




「で? 結局何食べるんだ? 姫さん」

「うーん……仕事始めてからこんな時間に外で食べるなんて殆どないんですよね……何かオススメはありますか?」

「そうだな……まぁ、串焼きとかでいいんじゃないか?」

「串焼き…………帰りに買ってクリムゾンビアと一緒に飲み食いすることが結構あるから物珍しさはないですね」

「お、おう……そんな生活送ってるからお前行き遅れるんじゃねーか? 普通の姫さんなら串焼きは珍しくて食いつくんだがなぁ…………ここは普通に高級なものを食べるか」

「……大丈夫ですか? 私は貯金ならたくさんありますけど、普段は全然使わないから手持ちのお金少ないんです。必要ならおろしてきますが……」

「なんでお前は喋るたびにそう不憫さを匂わせんだよ。まぁ、はお前のそういう所が好きだから良いけど」




「ねぇ、ゆんゆん。ちょっとあいつにファイアボール食らわせていい?」

「駄目ですよ!? なんでリーンさんいきなり詠唱始めてるんですか!?」

「いや、だってあいつ好きとか普通に言ってるんだけど! これどう考えても裏切りじゃない!」


 ゆんゆんというものがありながらルナさんにそんな事を言うとか……! 


「確かに裏切りかもしれませんけど……でも、ルナさんのことは前から気になるって言ってましたし……」

「それは私も知ってるけど、今はもう言っちゃ駄目でしょ!」


 ダストがルナさんに粉かけてるってかセクハラ紛いのことしてるのは今更だ。でもだからといって恋人が出来てから他の女の人に好きだなんて言うなんて…………許されるわけないのに。


「きっと大丈夫ですよ。それくらいのことで壊れる関係じゃないですから」


 そう言って微笑むゆんゆんの顔には強がってる様子は全然なくて…………その言葉を本気で信じているみたいだった。


「あのさ、ゆんゆん。ゆんゆんが友達少なくてこういうことに疎いのは分かってるつもりだけどさ」

「なんでいきなり私の友達が少ないとかそういう話になるんですか!?」

「信じてる信じてないは別にして怒らないといけないことってあるんだよ?」


 ゆんゆんがあのバカのことを信じてるのはまぁいい。実際それだけのことをあたしが知るだけでもダストがしているから。

 ……信じられなくなっても可笑しくないくらい馬鹿なこともしてる気もするけど、それを帳消しにするくらいの積み重ねをあたしが知らない所で二人はやっているんだろう。

 でも、それはそれとして彼女として怒らないといけないこともあるはずだ。信じてるからって何もかも許していいわけじゃない。


「? まぁ、酷いことしてたら怒りますけど…………今の段階で私が怒る権利ってないじゃないですか」

「ないわけないじゃない。ゆんゆんはダストの彼女なんだから」

「?? 確かに私はダストさんの彼女ですけど…………やっぱり今の状況とは関係ないですよね?」

「え? ダストがルナさんと浮気してる状況よね?」


 なんかさっきからおかしいと思ってたけど、まさか……、



「いえ、ダストさんに化けたバニルさんがルナさんとデートしてる状況ですよ?」



 と、思ってたけどそのまさかだったかー……。



「いや、うん。ダストにしてみればなんかおかしいなと思ってたし、あの仮面の人が他人に化けられるのも知ってはいたけどさ……」

「えーと…………あれ? 私リーンさんにあれだバニルさんだって説明してませんでしたっけ?」

「うん、してないね。今にしてみれば説明しようとしてた気はするけど」


 二人が移動して追いかけるからって言葉の途中でやめてたあれで説明した気になってたんだろうなぁ……。


「あ、あの……? リーンさん? 謝りますからそんなに遠いを目をするのは……」

「いや、別にゆんゆんが謝ることはないよ? おかしいと思いながらも気づかなかったあたしの自爆だし」


 一人で騒いでホント馬鹿みたい……。

 大体、ゆんゆんの友達とは言え、二人の関係にあたしがどうこう言う権利なんてないのに。


 ……このいつまでも捨てられない未練たらしい感情を忘れるまでは。




「結局、ゆんゆんは仮面の人の友達として監視してたってこと?」


 楽しそうにデート(?)をするダスト(偽)とルナさんを遠くの出来事のように感じながら。あたしはゆんゆんがストーカーしていた理由を聞く。


「そうですよ? バニルさんって基本的には紳士なんですけど、悪感情のためなら酷いことを平気でしますからね。なんだかルナさん疲れてるみたいですし、酷いことするようなら怒って止めないとって」

「まぁ、あの仮面の人の噂は色々聞いてるし、ダストのことを気に入ってるって時点であれな人なのは想像つくけど……」


 なんでこの子は監視が必要な人と友達なんてしてるんだろう……。


「ふふっ……でもやっぱりリーンさんも好きなんですよね」

「…………、好きって、何が?」

「何が、じゃなくて誰が、ですよリーンさん。それに、聞くまでもなく分かってますよね?」

「…………分からないわよ」


 ゆんゆんの言ってることの意味は分かる。でもそのことをどうして暗い感情を見せずに言えるのか。


「そうですか。まぁ、今はまだそれでもいいです。でも、いつかは絶対分かるって認めてもらいますからね」


 そう言うゆんゆんはどう見ても本気で…………だからこそあたしには理解できない。


「えとですね、リーンさん。私は今幸せなんですよ」

「……、そうなんだ」


 だったら、その今を続ければいいのに。


「でも、きっとその今はずっとは続かないんです。今のまま流されるだけじゃ……甘えてるだけじゃきっと、あの人は遠くに行ってしまうから」

「……………………」

「だから私は頑張らないといけないんです。あの人の隣に立てるくらい強くなって…………本当の意味であの人に選んでほしいから」


 …………、なんでこの子は。



「だから、覚悟してくださいねリーンさん。私はリーンさんに譲ってもらったまま、それを結末になんてしませんから」



 こんなにも強くあれるんだろう。

 あたしは腐っていくダストを見守る…………ううん、見なかったことにしてそばにいることしか出来なかったのに。

 この子はあたしにとってのゴールした後、更にその先を見据えてる。



(本当……敵わないなぁ……)


 心の底からそう思う。でも、きっとこの子はあたしのその答えを認めない。そう今宣言した。


「…………ゆんゆんってさ、たまーに理不尽だよね?」

「え? あれ、私なんかやっちゃいました?」


 失礼なことしましたか、とあわあわするゆんゆん。

 こういう所は出会った頃から変わらないのにね。いつの間にか大きく差をつけられちゃったなぁ……。






「ところでさ、ゆんゆん。あのダストが仮面の人なのは分かったんだけど…………そもそもなんでルナさんのデート相手がダストの偽物なの?」

「さぁ? そこまでは私もよく分からないですけど…………。私もバニルさんがダストさんに化ける所に出くわして、隠れて話を伺ってただけなので」

「うん。それ普通にストーカーすれすれだから気をつけてね?」


 悪気がないのは分かってるんだけどこの子の感覚はいろいろ危ういなぁ……。


「まさか、ルナさんもダストのこと…………ってのは、流石にないか」

「ないと思いますよ? それにルナさんはどちらかと言うとバニルさんの方とフラグが立っていたような……」

「フラグ?」


 なにそれ?


「フラグっていうのは…………なんて言えばいいのかな? 紅魔の学校で習ったことなんですけど、いざ説明するとなると色んな意味がありすぎて難しいです。とりあえずこの場合の意味はバニルさんと良い仲ですよ、とそういう意味ですね」

「ふーん。…………、仮面の人と良い仲というのもそれはそれで問題ありそうだけど」


 それでもダストよりはマシ…………かな? 噂聞く限りある意味じゃダストよりやばい人っぽいけど。


「まぁ、ルナさんとだったら割と上手くいくんじゃないですかね? あの二人結構相性いいので」

「そうなんだ。…………でも、だったらなおさらなんでわざわざダストの格好してるのか謎だよね」

「そうなんですよねぇ……」



 そんなことを話しているうちに。日は沈み始め、あたりを黄金色に染める。


 そんな景色の中、件の二人は町の外へと出て、



「よ、旦那にルナ。約束の時間どおりだな」



 シルバードラゴンを連れた本物のドラゴンナイトと合流していた。




「では、我輩の役目はここまでであるな。後は本物任せるとしよう」


 ダストの皮を抜け出して(一回り以上でかい体が出てきてるんだけどどうなってるんだろう?)、仮面の人はそう言ってその場をさろうとする。


「バニルさん! その……今日は楽しかったです! また、いつかお願いします! 今度は、そのままの姿でいいですから」


 その背中にルナさんはそう声をかけ、


「我輩こそそれは頼もう。我輩も今日は汝の悪感情を美味しく頂けた。…………さぁ、今日の締めだ。汝の心残りを解消してくるがよい」


 仮面の人はそう返していなくなった。

 街へと入る前。隠れるあたしたちをニヤニヤと何か言いたそうな……というか、視線で思いっきりからかって。




「さてと。日が暮れちまう前だ。ほら、さっさと乗れよ」

「乗れと言われましても……どうやって乗ればいいかわからないんですが……」


 シルバードラゴン……ミネアさんの頭に乗るダストに、ルナさんはそう困った様子で言う。


「ったく……世話が焼ける女だな。ドラゴンの背は特等席で乗せてやるだけでもありがたいってのに」


 そう面倒くさそうに言いながらも、ダストは手慣れた様子でルナさんを引き上げ、その後ろに乗せる。

 ……いつの日か、あたしがそうしてもらったように。


「じゃ、飛ぶからしっかり捕まってろよ。落ちても知らないからな」

「…………。そう言って、私の胸の感触を楽しむつもりですよね?」

「半分はそれもある。ま、これくらいの約得はあってもいいだろ。てわけだミネア! 思いっきり飛ばせよ!」


 ダストの指示を受けて大きく羽ばたくミネアさん。その巨体は二人を乗せて茜色に染まってきた空へと一気に羽ばたいていった。


「行っちゃったあのバカ……何がドラゴンの背は特等席よ。下心丸出しで乗せて…………って、ゆんゆん? どうしたの、そんなにむくれちゃって」

「むぅ…………別にむくれてなんてないですよ」

「いや、思いっきりむくれてんじゃん」


 絵に書いた手本のようなむくれ方して。


「…………もしかして、嫉妬してるの?」

「…………だったらなんですか?」

「ううん、別に。ちょっと安心はしたけど」

「安心? 何にですか?」

「ゆんゆんもあたしと同じ女の子なんだなって」


 この子はあたしなんかより色んな意味でずっと強いけど…………それでもあたしと同じ一人の女の子だ。


「もう20近いですし女の子って言えるか微妙ですけどね……」

「……それ言わないで。それ言ったらあたしも行き遅れとルナさんを同情してる場合じゃないから」



 あたしも、もうすぐ20歳の大台かぁ…………それまでにこの気持ちに決着が付けばいいのにな。






──ダスト視点──


「なぁ、ルナ。旦那が言ってた心残りってなんのことだ?」


 茜色の空。背中に約得な感触を感じながら、俺は話の種にそう聞いてみる。


「ダストさんって相変わらずデリカシーの欠片もないですよね。……まぁ、どうせ言うつもりだったから良いですけど」

「うるせぇよ。これでも少しはまともになっただろうが」


 自分で言うのもなんだが。ゆんゆんのせいで自分がわりかしまともな人間にされてる自覚はある。


「そうですね、生ゴミが資源ごみくらいにはなってるかもしれませんね」

「おう、割とマシになってるのは分かるがゴミ扱いはやめろ」


 前にロリサキュバスにも同じような感じで言われた気がするし……お前らの中で流行ってんの?


「で? 結局その心残りってのは?」

「ダストさんに言うのはなんていうか凄いあれなんですけどね……。私が受付嬢になる前の頃ですけど、私、最年少ドラゴンナイトに憧れてたんですよ」

「…………、マジで? え? お前、そんな素振り全然なかったじゃねえか」

「そりゃ、チンピラのダストさんにそんな素振り見せるわけないじゃないですか。実際その憧れはダストさんに会ってその正体を教えてもらうまででしたよ」


 つまりは俺本人に憧れてた時期は欠片もなかったと…………ま、そんなもんだよな普通。


「好きとかそういうものじゃ全然なかったんです。ただ炎龍を倒したという話や隣国のお姫様との噂。それらはあの頃の私にとって凄く心揺さぶられるもので…………、今と違って若かったんだなとか言うならゆんゆんさんとリーンさんに有る事無い事吹き込みますからね」

「…………言わねえから話進めろよ」


 あぶねぇ……喉のそこまで言葉が出かかってぜ。


「とにかく、あの頃の私は憧れてたんですよ。最年少ドラゴンナイトがこの街で冒険者をしていると噂に聞いて、自分がギルドの受付という職につこうと思うくらいには」


 そういや、こいつが受付嬢になったのは俺が冒険者になった頃とほぼ同時期だったか。


「……ま、実際に会ってみたらこれで、会うたびに酷くなっていったから、憧れはすぐに廃れていきましたけどね」

「おう、振り落とされたいなら素直にそう言えよ」

「ただまぁ、それでも憧れていたのは確かで…………それが受付嬢になろうと思った原点ですから。心の何処かに何かが残っていたんでしょうね。ダストさんがゆんゆんさんと付き合い始めたと聞いて、ショックだったのは確かです。前にも言った通り9割はダストさんに先を越されたのが原因ですけど」


 1割くらいはその何かが原因だったと。


「だから、ダストさん。もう私は大丈夫ですよ。バニルさんとデートして……そして最年少ドラゴンナイトに空を連れて行ってもらえましたから。あの頃の私の憧れはちゃんと消化……昇華出来ました」

「そうかよ」


 背中にいるルナの顔は俺には見えない。でもその声はいつものルナだ。だったらもう大丈夫だろう。

 こいつが一筋縄じゃいかない強い女だってことは長い付き合いの中で思い知らされてるから。


「まぁ、あれだ。ルナ、俺はお前のことダチだって思ってる。だからなんだ……空に連れて行って欲しいときはいつでも言えよ? 気晴らしにならいくらでも付き合ってやるからよ」


 本当にこいつには世話になった。俺が曲がりなりにも冒険者なんてものを続けられたのはこいつが苦労しててくれたからってのは分かってる。

 だから俺はこいつが望むならドラゴンの背特等席に乗せるだろう。


 ルナは俺が認める数少ない対等なダチだから。



「くすっ……言ったでしょう? ダストさん。私はもう大丈夫だって。気晴らしならバニルさんにたくさん付き合ってもらいますから、ダストさんはあなたが大切に思う人をもっと大事にしてください」

「ま、お前がそう言うなら別にいいけどな」


 …………でも、この背中の感触はちょっともったいねぇなぁ。ま、この感触を覚えてロリサキュバスに頼めばいいか。


「なんか邪なこと考えてませんか? 本当に言いつけますよ?」

「別に考えてねえよ。どうやったらそんなにでかくなるのか考えてただけだ」

「とりあえずリーンさんの方に胸のことで有る事無い事言いふらしますから覚えててくださいね」

「すんません、ちょっと胸の感触楽しんでただけなので許してください」


 あいつ胸の話になると最近洒落になんねえんだよ……。いやでかくならないあいつの胸を散々からかった俺が悪いんだが。






「それじゃ、ダストさん。今日はありがとうございました」

「今日はって言っても俺は最後だけだけどな。礼なら旦那にまた言っといてくれ」


 空の散歩を終えて。暗くなった街の入り口で俺はルナとそんなやり取りをする。


「はい、そうします。私はもう帰りますけど、ダストさんはどうしますか?」

「そんなもん聞かなくても分かってんだろ?……お前の助言を早速実行するさ」

「ふふっ……やっぱり最近のダストさんはまともになってるかもしれませんね。そろそろゴミ系統からただのろくでなしにランクアップしても良いのかもしれません」

「それでもろくでなしなのな……」


 まぁ、ゴミ扱いよりはましか。


「じゃ、気をつけて帰れよ。俺みたいなろくでなしがこの街にはたくさんいるからな」


 キースとかキースとかキースとか。


「ダストさん並みのろくでなしはこの街でもキースさんくらいだから大丈夫ですよ。それに私は問題児たちを毎日捌いてるギルドの受付嬢ですよ?」

「…………そうだったな」


 元気になったこいつをどうこうできるやつがいるとしたらバニルの旦那くらいだろう。





「さてと…………じゃ、隠れてる二人はそろそろ出てこいよ」


 ルナを適当に見送って。ひと伸びした俺は城門の影に隠れる二人に声を掛ける。


「ゆんゆん? リーン?」


 だが、声を掛けても二人は姿を現そうとしない。仕方がないと隠れている場所に足を運び覗き込む。


「って……何だ? なんでお前ら不機嫌そうな顔してんだよ」


 まぁ、ゆんゆんは分からないでもないが……なんでリーンまで不機嫌なんだよ。出歯亀してるのはそっちだろうに。


「…………仲、良さそうでしたね」

「ま、付き合いだけならあいつがこの町で一番長いしな」


 出会ってからの年月ならリーンが一番長いが。顔を合わせた回数ならルナが一番だ。ま、長いだけでゆんゆんが嫉妬するような関係は欠片もないが。


 ……でも、今日の話を考えれば、上手くやってたらなってた今もあるのかね? そうなってる今は欠片も想像できねえけど。


「…………そうですか。仲がいいことは素晴らしいですね」

「欠片も素晴らしそうじゃない顔で言ってんじゃねえよ。話聞いてたならどんな経緯かは分かってんだろ?」

「それはそうですけど…………、理屈では納得できても心は納得できませんよ」


 それもそうか。こいつらは俺にとってドラゴンの背に乗せることがどれだけ特別な事か分かってるだろうし。

 ダチを乗せただけだとしても恋人としてゆんゆんが思うところがあるのは仕方ない。



「あー……なんだ。今回の俺の行動が間違ってるとは全然思わねえし、欠片も後悔してないが……お前が不機嫌なのも分かる。だから、ちょっとばかしご機嫌取りさせてくれねえか?」

「ご機嫌取りって……何をするんですか? 私もちょっと理不尽かなとは思ってますけどそれ以上にもやもやしてるんでちょっとやそっとじゃ誤魔化されませんからね」


 自分でも今の自分が面倒だとは思ってんのな。それでもどうしようもない感情……おそらくは嫉妬があると。

 本当、こいつは出会った頃から変わったと言うか成長したと言うか…………女になったよな。


「心配すんな。今からやることを体験すれば誰だってご機嫌になるからな。今日も一人ご機嫌にした」


 今日も、ってかついさっきだけどな。


「今日も? まさかそれって……」

「てわけだ。夜空の散歩に行こうぜ」


 城門のすぐそばで待つミネアの頭を撫で、背に乗り飛ぶ準備をしてもらう。


「それでいいよな? ゆんゆん」

「~~~っ! はいっ!」


 すっげえ笑顔。現金なこった……ってか、相変わらずちょろい。


「で? 今日は前と後ろどっちがいい?」

「前でお願いします」

「了解。ほらよ」


 先にミネアに乗った俺は、手を貸してゆんゆんを自分の前へと乗せる。と言っても、ゆんゆんももう慣れたもんでほとんど力入れる必要なかったけど。

 まぁ、形だけでも手を貸したほうがゆんゆんの機嫌も良くなるだろうし、貸さない理由はない。


「で? お前はさっきからなにぼーっと突っ立ってんだ。早く手を出せ」

「…………へ? あたし? 手を出せって…………あたしも乗せるつもり?」

「なんでか知らねえがお前もなんか不機嫌になってるだろ? 二度もご機嫌取りするのは面倒いし、そもそもこれ以外のまともなご機嫌取りなんて知らねえからな。一緒に乗ったほうが早いだろ」


 どっかの受付嬢に知られたらまたデリカシーがないとか言われそうだが…………空を飛んじまえばこっちのもんだ。そんなの気にならないくらいご機嫌になるだろ。


「別に、あたしが不機嫌になっててもダストには関係ないじゃない」

「関係ないわけ無いだろ。お前は仲間なんだからよ」

「…………そうよ、あたしはただの仲間なんだから」

「それに……お前が不機嫌そうにしてんのは、ゆんゆんが不機嫌そうにしてんのと同じくらい落ち着かねえんだよ」


 だからまぁ、強引だろうがなんだろうが、リーンには今後ろに乗ってもらう。


「…………、ゆんゆんはいいの? あたしが一緒でも」

「思うところがないと言ったら嘘になります。でも、それ以上に私はリーンさんも一緒がいいです」

「てことみたいだ。恋人様のお許しも出たことだし、早く乗れ」

「……バカダスト。先にそっちの確認してから誘いなさいよ」


 文句を言いながらもリーンは俺に手を伸ばし、


「じゃ、夜空の旅にお二人様ご招待だな」


 その手を掴んだ俺は自分の後ろへと勢いよく乗せる。


「リーンはちゃんと掴まってろよ?」

「分かってる」

「ダストさんは私のことちゃんと掴まえてて下さいね」

「分かってる…………って、おい、リーン流石に締め付け過ぎだ。そんなに力入れてたら疲れるぞ」

「…………ダストさん、もっと強く掴まえ……抱きしめてくださいよ。空飛ぶのにこれだけじゃ不安ですよ」

「いや、結構力入れてんだが…………」

「……………………」

「分かったよ。分かったから無言で睨むな…………って、だからリーン! 洒落にならないくらい力入れんのはやめろ!」


 上で騒いでるのもお構いなく。ミネアの巨体は俺の指示も待たずにゆっくりと羽ばたき空へと舞っていく。

 放っておいたらいつまでもこのままだと思ったのかもしれない。こういう所は妙に冷たいというかあっさりしている相棒である。



「ま、夜空の風景楽しんでる間に言うのは無粋だから今のうち言っておくか。…………リーン、やっぱお前の胸初めて会った時から全く成長して──っってぇぇぇ! だから洒落にならない力込めるのはやめろ!」

「洒落にならないのはそっちでしょ! バカダスト!」

「流石に今のはデリカシーなさすぎてドン引きですよダストさん……」



 そんな感じで。夜空の散歩は俺の照れ隠しにより雰囲気マイナスから始まるのだった。

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