このチンピラ冒険者に更生を!
ろくでなしぼっち
第1話 冷たいダストさん
「『カースド・ライトニング』!」
詠唱を終えて放たれた私の魔法は黒い稲妻となって一撃熊の中心に大きな穴を開ける。
私の2倍以上ある巨体はそれを支える力を失い、ゆっくりと倒れた。
「ふぅ……今ので最後かな?」
目に見える範囲で動くモンスターの姿はない。念のために気配探知の魔法も使ったけど敵の反応はないし、全部倒したと思ってよさそうだ。
「ゆんゆんおつかれー。こっちも終わったよ」
「あ、リーンさんたちの方も大丈夫でしたか?」
「こっちは2頭だけだったしね。余裕とは言わないけどあたしらだってもう中級冒険者なんだから」
一撃熊の群れの討伐クエスト。群れを分断して私はダストさんと、リーンさんはテイラーさんとキースさんとでそれぞれ討伐にあたったけど、リーンさんたちの方も大丈夫だったらしい。
「いやー、俺の活躍ゆんゆんにも見てもらいたかったぜ」
リーンさんのすぐ後ろで体を伸ばしながら、キースさんはなんだかわざとらしい感じでそんな事を言う。
「……キース、なんか活躍してたっけ? 一撃熊に止めさしたの全部あたしなんだけど」
「一応、キースが一撃熊の足を執拗に狙ったおかげでお前たちを守りやすくはあったが……」
リーンさんは胡散臭そうに、テイラーさんは真面目な顔をしてキースさんの言葉に返す。
…………何ていうか、あれですね。
「地味だね」
「地味だな」
二人共……私が思っても言わなかったことをあっさりと……。
「うるせぇよ! せっかくゆんゆんに良いとこアピールしようって作戦を……」
けど、リーンさんの言う通り本当に気負った様子はないみたいだ。キースさんもテイラーさんもいつも通りのやり取りを見せてくれる。
「でも、パーティーで戦う場合はそういう役割はすごく大事だと思いますよ。ちゃんと仕事をこなせるキースさんは凄いと思います」
地味だけど。
「お、ゆんゆんもしかして俺に惚れ直したか? 今の俺はフリーだからいつでも告白してくれていいぞ」
「えっと……キースさんに惚れ直すも何も惚れてた時期がないんですが……。それに一応私にはダストさんっていう恋人がいるので……」
「…………やっぱ納得いかねぇ。なんでダストなんかにこんな可愛いくてまともな彼女が出来てんだよ。つい最近まで童貞だったくせに」
うーん……あれでダストさんって経歴とか実力だけで判断するなら私のほうが気後れしちゃうんだけどなぁ。
ダストさんの正体が周知されてる現状でも、私とダストさんが付き合い始めたって知った人は今のキースさんみたいな反応をする。まぁ、今までのダストさんのろくでなしのチンピラっぷりを考えれば仕方ないのかもしれないけど。
……あと、童貞かどうかは関係ないと思いますよ? 色んな意味で。
「……って、あれ? リーンさん、テイラーさん。何を難しそうな顔してるんですか?」
いつもならそろそろキースさんの軽口にリーンさんの合いの手というかツッコミが入る頃なんだけど……。
リーンさんだけでなくテイラーさんもなんだか難しい顔というか、珍しいものを見るような目を私に向けている。
「いやぁ……ゆんゆんがパーティー戦の役割云々言ってるのが凄い珍しくて」
「そう言ってやるなリーン。ゆんゆんだって俺達のパーティーと一緒に戦うようになってそれなりに長いし、カズマ達のパーティーの助っ人に入ったり魔王討伐パーティーの一員だったりしたんだ。それなりに経験してるのは確かだろう」
「……そんなこと言ってテイラーだってあたしと同じような顔してるじゃん」
「……まぁ、気持ちは同じだからな」
「怒りますよ! 人を何だと思ってるんですか!?」
「ぼっちかな」
「ぼっちだな」
「泣きますよ!?」
……というか、あれ? おかしいな、冗談のはずなのになんだか視界がぼやけてる……。
「ごめんごめん! 冗談だから泣かない泣かない」
子どもをあやすようにリーンさんはそう言って私の頭を撫でてくる。
「ぐすっ……泣いてなんかないですよ。……泣いてはないですけど怒ったのでリーンさんには私やハーちゃんと今度一緒に晩御飯を食べてもらいます」
「あ、相変わらずこの子は安いなぁ……。自分からそれを言い出すあたりには成長を感じるけど」
人間本質は簡単に変わらないし、何も変わらないってこともありませんからね。
……まぁ、私の変化は親友と悪友の影響が大きいし、いい変化だけとは言えない気がするんだけど。
「けど、一緒に晩御飯ってことはゆんゆんやジハードちゃんだけじゃなくてダストも一緒になるの?」
「そうなりますね。私とハーちゃんで作った料理をリーンさんとダストさんに振る舞おうかなって」
「そういう事ならあたしも一緒に作るの手伝おっか? なんかそっちの方が楽しそうだし。……食わす相手があのバカなのはちょっとひっかかるけど」
「本当ですか!? それは凄く楽しそうです!」
ハーちゃんやリーンさんと一緒にお料理してダストさんに食べてもらう…………うん、今からすごく楽しみだ。
「……おい、テイラー。泣きたいなら俺の胸を貸してやってもいいぞ」
「泣いてるのはお前だろう、キース」
「くそっ……やっぱ納得いかねぇ。ダストの野郎闇討ちしてやろうか」
「成功するかどうか微妙な上に、成功してもドラゴンに噛じられるのは確実なのを覚悟の上でやるなら俺は止めないが」
「楽しそうですね。何の話をされてるんですか?」
そんな言葉とともに、魔法使いの姿をしたロリーサちゃんがふわりと空から降り立つ。
「あ、ロリーサちゃんお疲れ様。そっちはどうだった?」
「森の外まで見てきましたけど、逃げ出した一撃熊はいなそうでしたよ? 魔法で反応がないならクエストは達成したと思っていいんじゃないでしょうか」
サキュバスで空が飛べるロリーサちゃんには今回のクエストでは群れの分断と索敵をお願いしていた。森の外にも一撃熊がいないならやっぱりクエスト終了と思って問題なさそうだ。
「それで、皆さんは結局何の話を?」
「ああ、うん。あたしとゆんゆんで一緒にご飯を作ろうって話をさ」
「あー……それでダストさんに食べて貰うって、そういう話を?」
「ダストに食べさせるのはついでよついで。メインはゆんゆんとジハードちゃん」
…………素直じゃないなぁ、リーンさんは。
「む……何よゆんゆん。なんか言いたそうな顔してるけど」
「いえ、リーンさんは可愛いなぁって思ってただけですよ? ね? ロリーサちゃん」
「あはは……えっと……まぁ、そうですね。私もリーンさんは可愛い
「むぅ……絶対二人共失礼なこと考えてるでしょ」
「否定はしませんけど、嘘は言ってませんよ」
そんなリーンさんは本当に可愛いと思う。
「でも、そういう話をしてたからキースさんが泣きそうな顔してるんですね」
「うぅ……新人ちゃん分かってくれるか」
「いえ、私はもう新人じゃないんですが……。ただ、私で良ければキースさんとテイラーさんにも手料理作りますよ?」
「本当かよ!? 新人ちゃんマジ天使!」
「天使とか不吉なこと言わないで下さい!……まぁ、キースさんとテイラーさんは数少ない私の縄張りさんなので、たっぷり精のつく料理作りますよ」
「…………あれ? これただの餌扱いじゃね?」
キースさん喜んだり落ち込んだり大変そうだなぁ。ご飯が食べたいなら言ってもらえばついでに作るのに。
「ところでさ、どうでもいいけどダストはどこにいるの? ゆんゆんとペアで一撃熊倒してるはずでしょ?」
どうでもいいと言いながらリーンさんは森の中をキョロキョロと見回す。……本当、素直じゃないなぁ。
「ダストさんならそっちの茂みの先で……」
そろそろダストさんの所に行こうと思っていた私は、そのままリーンさんたちを案内して茂みの薄い所を抜ける。
抜けた先、森の中にしては結構開けた場所には、
「…………このバカ、なんで討伐クエスト中に寝てんの?」
ミネアさん──ダストさんと契約しているシルバードラゴン──のお腹を枕にして気持ちよさそうに寝ているダストさんとハーちゃん──私の使い魔のブラックドラゴンで名前はジハード──の姿があった。
「……こいつ叩き起こしていいよね?」
「あ、ハーちゃんは眠たそうにしてたから寝かせておいてあげてください。ダストさんはまぁ……ご自由に」
ハーちゃんを寝かせてくるって言っていなくなったのに自分も一緒に寝てるとか……羨ましい。私だってミネアさんを枕にしてハーちゃんと一緒に寝たいのに。
「彼女の許可も出たし、じゃ、遠慮なく」
ガツンという音を立ててリーンさんの杖がダストさんの頭にぶつかる。
「っっっっ!? いっ…てぇええええ! 誰だよいきなり人の頭叩く奴は……って、お前かリーン!」
跳ね起きたダストさんは頭を抱えながら目の前にいるリーンさんに文句を言う。
「こらダスト。いきなり大きな声出さないでよ。ジハードちゃんが起きちゃうでしょ?」
「大声出させたお前が言うな。…………くそ、ジハードが寝てなきゃ折檻だぞ」
それで怒りを収めるあたり、ダストさんは相変わらずハーちゃんというかドラゴンには甘い。
「だいたいあんたが悪いんでしょうが。ゆんゆん一人に任せて一人だけサボって」
「あん? 一撃熊なんて雑魚の相手を何で俺がしなきゃなんねーんだよ。ゆんゆん一人で十分だろうが」
「……そうなの? ゆんゆん。ゆんゆんたちの担当って結構数いたよね?」
「えっと……まぁ10頭くらいなら確かに苦戦しませんね」
だからこそハーちゃんを寝かせてあげようと思ったわけだし。上級魔法を覚えていれば一撃熊クラスの相手ならちょっとやそっとの数じゃ苦労しない。
「てわけだ。俺を戦わしたいなら最低でもグリフォンかマンティコアクラスの討伐クエストだな。それにしても1頭2頭ならゆんゆん一人で十分だろうけど」
「……分かってたことではあるけど、ダストとゆんゆんってあたしらと実力差ありすぎない?」
「今更すぎんだろ。俺はともかくゆんゆんは魔王討伐パーティーのアークウィザードだぞ」
俺はともかくって……ダストさんに言われても嫌味にしか聞こえないんだけど。この人の経歴に勝てるのってそれこそカズマさんくらいで、ドラゴンと一緒なら私よりもずっと強いのに。
「……ところで、なんでロリサキュバスはさっきからゆんゆんの後ろに隠れてんだ?」
「…………、だってダストさん最近会ったら私のほっぺた引っ張りまくるじゃないですか」
恐る恐るという感じでさっきから私の後ろに隠れていたロリーサちゃんは顔を出す。
「むしろそれだけで済ましてるのに感謝すべきだぞ。簡単に俺を裏切りやがって」
「し、仕方ないじゃないですか! ほとんどの悪魔にとってバニル様は天上の存在ですし、サキュバスにとっては憧れの存在なんですから!」
「だから、喜んで俺を売り飛ばしたと。よし、今日もお前の無駄にもちもちしたほっぺた伸ばしてやるからちょっとこっちこい」
「ふぇっ! いいじゃないですかー! 結局ほとんど実害はなかったんですしー!」
逃げ出すロリーサちゃんにそれを追いかけるダストさん。
この2人もなんだかんだで仲いいなぁ……。ロリーサちゃんは悪魔だしバニルさんと同じで性別がないはずだから、そういう心配はしないでいいんだけど。
「うぅぅ…………ほっぺたが戻らなくなったらどうするんですか、ダストさん」
「そんときはアクアの姉ちゃんに回復魔法使うように頼んでやるよ」
「アクア様の回復魔法とか使われたら私残機全部消えちゃいますよ!?」
結局捕まって伸ばされてしまったほっぺたを押さえながらロリーサちゃん。
プリーストが使う回復魔法は神様の力を借りたもので悪魔には逆に毒らしい。悪魔を回復させるにはポーションとかが基本みたいだ。そのポーションにしても生体が違うせいか効果が薄いみたいだけど。
まぁ、うちには回復魔法が使えるハーちゃんがいて、その回復魔法なら悪魔でも普通に回復させることが出来るみたいだからそこまで問題はない。
…………、私そのうち使い魔が本体の人とか言われないよね? ハーちゃん回復魔法もできればドレイン能力で魔力生命力の吸収と授受出来るしいろいろ便利すぎるんだけど。
「まぁ、ロリサキュバスのことはどうでもいいや。それよりクエスト終わったんならお前らはもう帰れよ」
「お前らはって…………ダストはどうすんの?」
ダストさんの言葉にリーンさんは首をかしげ、
「ん? 俺はまぁちょっと野暮用……ってか、ジハードをもうちょい寝かしといてやりたいからよ」
「……あんた、本当ドラゴン相手だと別人みたいに甘くなるわよね」
答えを聞いてため息を付きながら納得した。
ダストさんってめぐみんの爆裂魔法に対する情熱と同じくらいドラゴンのこと愛してるし、そういう理由なら説得力がありすぎるんだよね。
「でも残るって、あんた帰りはどうすんの?」
「あー……まぁ、ミネアもいるしなんとかなるだろ」
「ここからアクセルまでは結構距離あるし、そこからまた紅魔の里まで戻らないといけないってなるとミネアさん大変じゃない?」
「…………、そりゃそうだが……」
アクセルの街を相変わらず拠点にしている私達だけど、クエスト自体はそこから離れ、いろんな街で受けて冒険している。今いる場所からアクセルに戻って更に紅魔の里に行くとなると結構な距離になった。
まぁ、ドラゴンのミネアさんにしてみれば大した距離じゃないのかもしれないけど。
「大丈夫ですよリーンさん。私が残りますからリーンさん達は先に帰っても」
ハーちゃんは私の使い魔でもあるし、ハーちゃんのために残るって言うなら私も当然残る。
「……大丈夫? テレポートの登録先的にゆんゆんにはギルドへの報告もお願いしないといけないんだけど」
「そのあたりはハーちゃんもいますし大丈夫ですよ」
リーンさんが心配してるのはテレポートによる魔力の消費だけど、そのあたりはハーちゃんがいるから心配いらない。
……それに今から仮眠するなら起きる頃にはちょうど夕暮れだと思うし、またダストさんの後ろに乗ってクエストを受けた街まで空を飛んでいくのも悪くない。
「んー……できればお前も先に帰っててほしいんだがな」
「? なんでですか? 別にダストさんと一緒なら待つのは苦じゃないですし、ハーちゃんが起きるまで一緒に寝ててもいいですよ」
「おいテイラー。やっぱあいつ闇討ちしていいか?」
「……気持ちは分かるが抑えろ」
「……あんたたちもいろいろ複雑なのね」
「そういうリーンさんも──」
「──なにか言いたいことあるの? ロリーサちゃん?」
「いえ! なにもないです! はい!」
「ま……お前なら別にいいか。……ってわけだリーン。そこの物騒な2人とロリサキュバス連れて先にテレポートで帰っててくれ」
仕方ないとばかりにため息をついてダストさん。
「ん、了解。クエストの報酬はまた明日分ける?」
「はい。お願いします」
「……俺がサボってるとか言うけど、頑張っても自分に入ってこない今の状況じゃ当然だと思うんだがな」
ダストさんのクエストの報酬とか財布は今私が管理してるから、ダストさんがクエストのやる気が出ない気持ちも分からないでもない。だからこそこれくらいの相手の時なら私はあまり強く言わないんだから。
(リーンさんも、それは分かってるだろうけど……いろいろ言わないと気がすまないんだろうなぁ)
女心はいつだって複雑だ。
「(……おい、リーン。俺は残るからテイラーだけ連れて帰ってくれよ)」
「? 何よキース。こしょこしょして気持ち悪い。残ってどうすんの?」
リーンさんのテレポートの詠唱が終わった所で、なんだかキースさんが内緒話をするようにリーンさんの耳に顔を近づけている。返事をするリーンさんの声は聞こえるけどキースさんの声はよく聞こえない。
「(しーっ。……ほら、ダストとゆんゆんを二人っきりにするだろ? そしたら2人でエロいことおっぱじめるかもしれないじゃねーか。真面目な俺はそれを止めようとだな……)
「はいはい。出歯亀したいだけね。じゃ、ゆんゆん、ついでにダスト。また明日」
そう言ってリーンさんは手を振りながらテレポートを発動。3人を連れていなくなった。
……出歯亀ってキースさんは一体何をするつもりだったんだろう。
「よし……あいつらはいなくなったな」
「そうですね……どうします? ハーちゃんが起きるまで私達も眠り……ってあれ? ハーちゃん? もう起きたの?」
いつの間に起きたんだろうか。人化しているハーちゃんがダストさんの後ろに立っている。枕になっていたはずのミネアさんもいつの間にか起き上がっていた。
「らいんさま……『竜化』を」
私の問いには答えずにハーちゃんはなんだか怖い顔をしてダストさんにそう頼む。
「分かってる。……おい、ゆんゆん。お前はちゃんと気配探知の魔法は使ったんだよな?」
ハーちゃんをドラゴンの姿へ戻しながらダストさんはそんなことを聞いてくる。
「えと……はい。最後の一撃熊を倒した後にちゃんと確認しましたよ」
「リーンならともかくゆんゆんの気配探知に引っかからないとなると……そういう特性持ちか、かなり上位の悪魔かアンデッドだな」
「ダストさん……? もしかして、敵がいるんですか?」
ダストさんやハーちゃんたちの反応を見る限りかなりの強敵が。
「ああ。だからお前にも本当は先に帰っててほしかったんだが……。とりあえず、お前は自分の身を守ることを最優先に。俺が勝てそうにないって思ったらすぐにテレポートで逃げろ」
「何を言ってるんですか、私も一緒に──っ!?」
戦うと、そう言葉を続けようとした口は、あたりに広がる気配によって止められる。
邪気。
そうとしか表現することのできない邪な気配が強大な魔力とともにいきなり現れた。
「まずったなぁ……この気配の圧力、『炎龍』並だ。……ゆんゆん残したのは失敗だったか」
「な、何を言ってるんですかダストさん。大精霊並の相手だって言うなら協力しないと……」
「……とにかく、お前は出来る限り距離を離せ。攻撃も無理にしなくていい」
「ダストさん……?」
なんでそんなことを言うんですか……? まるで、私が──
「──はっきりと言ってあげてはどうですか? 『お前は邪魔だ。お前を守りながら戦いたくない』と」
耳障りな声。その声にどうしようもない怖気を感じながらも私は声がした方向へ振り向く。
「……死神?」
木の陰に溶け込むような漆黒の色をしたフード付きのローブ。声の主は黒より黒いそれを着て、手には大きな鎌を持っていた。
(魔王城で見た死神の姿そっくりだけど、この気配は……)
姿だけならアンデッドモンスターの死神だ。実際アンデッドの気配もする。けど、その気配以上に私に圧力をかけてくるのは──
「死神の姿をした上位悪魔。……お前、大物賞金首の『死魔』か」
──悪魔の気配。慣れ親しんだ大悪魔の気配を禍々しくしたような……そんな気配だった。
「四大賞金首最後の一人。『最狂』を冠する悪魔。お前に掛けられた賞金は確か『炎龍』よりも上だったな」
「おかしな話です。私はあの暴れん坊な大精霊と違って街を滅ぼしたりしたことはないというのに」
四大賞金首。それは大物賞金首の中でも特に高い賞金をかけられた存在の呼び名だ。
『最強』の大物賞金首『機動要塞デストロイヤー』
『最恐』の大物賞金首『魔王』
『最凶』の大物賞金首『炎龍』
『最狂』の大物賞金首『死魔』
その中で最後に残った『最狂』……『死魔』は一般の冒険者の間ではその賞金額に比べてあまりにも知られていない。
それは本人が言う通り街を滅ぼしたりするような存在ではないこと。そして何よりも、普通の冒険者の前には現れることがないからだ。
「お前が狙う相手が悪すぎんだよ。お前が狙うのは決まって最上級の騎士や冒険者、王族や貴族の強者として知られるやつだ」
ダストさんの言う通り、『死魔』が狙うのは強者ばかり。そしてその狙った強者の前にしか現れない。だから普通の人たちでその存在を知っている人は殆どいない。
「それと同じくらい魔王軍の強者を収集したのですから許してもらえないのですかね。敵の敵は味方と私が収集した人も言っていましたよ」
「嘘か本当かは知らねーが、お前を殺すことにかけては魔王軍とベルゼルグは協力するって約定があったらしいぞ。そんな都合のいい話はねーよ」
「ええ……おかげでここ十数年は魔王軍に追いかけられて大変でしたよ。魔王を倒した勇者には感謝をしないといけないですね」
「お前の感謝なんて誰もいらねーよ。……ま、でも相手が悪魔だってのは都合がいいか」
そう言って私をちらりと見たと思ったら、ダストさんは言葉を続けた。
「お前の狙いは俺だよな?」
「ええ。正確にはあなたと、あなたのドラゴンですが」
「じゃあ、ゆんゆん……そこの女は狙う理由はないな」
「そうですね。……紅魔族の収集は間に合ってますし、確かに理由はないですよ。…………リッチー化したあとなら話は別ですが」
「なら契約だ。そいつには手を出すな。そいつにも攻撃させないようにする」
「ダストさん!?」
どうして……? 私はあなたと一緒に戦うって……。
「契約をするかとりあえず置いておきましょう。一つ聞きたいのは、もしも契約を破られた時、あなたは何を対価にくれるのですか?」
「俺を殺すなり収集するなり好きにしろよ」
「なるほどなるほど。ではもう一つ。もしも契約をしなければあなたはどうするのですか?」
「その時はそうだな……俺もなりふり構ってられねぇから切り札を使うだろうよ。その場合は多分お前が逃げる結果になるんじゃねーか」
「ふむふむ……嘘は言ってないようですね。私が逃げ出すほどの切り札を見てみたい気もしないではないですが…………それは収集してからのお楽しみにしますか。契約しましょう」
「ふん……収集した後にはなくなる切り札だけどな。…………てわけだゆんゆん。お前は手を出すなよ。離れて見ていてくれ」
ダストさんは私の方も見ずそう伝えてくる。
「ダストさん……私は邪魔なんですか……? 力になれないんですか……?」
『死魔』が言った通り、私を守りながら戦えないって……。
「…………帰ったらいくらでも謝る。だから今は下がってろ」
そう言うダストさんはやっぱり私の方を見ようともしない。
「わかり……ました」
結局、戦いが始まるまで、ダストさんは一度も私の方を見ようとはしなかった。
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