第56話 うらのはなし


こつり、とかるく足元の天井を叩く。

それは「是」を伝えるしるし。


幼き主は満足げに頷き、他家よそからの使用人の眼は怯えと戸惑いに揺れ、納得したのか、常の態度へと戻し、主の守りを続ける姿勢に入った。


『つってもなぁ』

隣の兄弟子が梁に背を預け、大仰な仕草を取る。


その緑の瞳が天井の男のいる場所へ視線を落とす。


『ありゃどう見ても、そう・・だろ』


俺もそれに頷いた。

ユートと名乗る男は、明らかに纏う空気が違う。海を渡り、この大陸にやってきた異邦の人間の方がはるかにらしい・・・

今は執事としての教育を受け、そのように行動している為にそれ程の違和感はないが、ふとした瞬間、仕草に癖は出る。

生まれ育った環境故の年相応の粗野と同時に見えるのは目上に対する礼儀や態度。一見、執事の振舞いや教育からくるそれと同じく見えるが、そうではない。


そして足りない・・・・事に対する苛立ちと焦り、そして後悔。


並の人間であれば見逃してしまうであろう、そんなわずかな間。何故、とそこで感じる筈のない瞬間にそれは出る。


一瞬でもそんなものを見つけてしまえば俺たち・・・にとっては大きな違和感だ。

今まで見てきた人間とは明らかに異質。根本が違うのだ。


マレビトは確かに珍しいが、一般の噂として出回るのはユートと名乗る使用人の話す程度の内容だ。マレビトの中にはそうと悟られないように市井に溶け込んでいる者もいると聞く。

そういった者は髪と瞳の色の違う者が多く、そう、珍しくもない色の為、探し出すのは容易ではない。いつ、どこに突然現れるかもわからないので漠然と網を張るしかないのが現状だ。


そんな中、もっとも見つけやすいのは黒髪黒目のマレビトだ。


この世界で髪と瞳に同時に出る色は限られている。

ゴルド」、「シルヴァ」、「ウィスタリア」、「カーディナル」、「シャトルーズ」「アンバー


この世界に黒を同時に持つ者はいない・・・


もっとも、その情報を持っているのはごく限られた者のみの為、世間で知る者はない。せいぜいが同色は貴族以上の出の人間という認識だ。その中でも黒髪黒目のマレビトは顔立ちが海向こうの人間に近い事もあって目立つし、嫌でも噂になる。


マレビトは見つけ次第秘密裡に「保護」され、その人間の持つ情報の全てと共に国によって「管理」される。

彼らマレビトは特別な世界で生きた存在だ。ソコで育った記憶とこちらにそれを伝える術さえ持っていれば、幼子ですら貴重であると言える。


その中でもあの、ユートという男は幸運と言える。


現在は権力から最も遠いとされる・・・・ウィスタリア家の執事の紹介・・で、カーディナルの「庇護下」に置かれているのだから。


『さってと!』


耽っていた思考の底から引き揚げたのはチェシャの心話こえ


何処へ行くのかと視線で問えば、にたり、と笑んだ。


『お嬢のお望み通り、ちょっくら黙らせてくるわ』


その言葉に敷地近辺で様子見していたモノらを思い出す。道中は馬車、降り立ってすぐ屋敷に入った客人の、それも従者が何者か気づく者は恐らくはない。しかし、あの黒髪と顔立ちに気を引かれる者はいるかもしれない。瞳の色も光の加減によっては黒に見えなくもない。


『それは既にウィスタリアとカーディナルが動いているだろう』

『ケド、念には念をってな』


それはそれは嬉しそうに嗤うチェシャに思わず息が漏れた。

まあ、間違って・・・・攫われるのも厄介だ。


『取りこぼすなよ』

『誰にモノ言ってんだ、二番目・・・


せせら笑うチェシャの気配が消えると同時に俺は下の二人を中心に精霊を介して意識を広げる。

精霊達が反応し、俺の眼に赤い燐光をまとった深青が映る。


いけ


一言命じるとそれらは霧散した。

チェシャが取り逃がす事は考えられないが、世の中に絶対はない。

語り継がれるヴァーミリオンおやじどのが完璧ではないように。

念には念を入れなければならない。


下で小さな主がこちらを見上げる気配を察した。


あの子供あるじは「自由な精霊たちエルブズ」に囲まれて育ったせいか、精霊の気配に敏感だ。それは悪い事ではないが、目に見える反応を示すのは今後・・、あまり良い事ではないだろう。

チェシャがアレ《・・》なせいで、俺に対する小言も多い執事だが、こと、「お嬢さま」の教育に関しては妥協しない点は評価できる。

一度、忠告しておいた方が良いだろう。

仕事あるじに関しては耳を傾ける冷静さはある。

チェシャさえ、その場に首を突っ込みに来なければという条件がつくが。


(突っ込んでくるだろうな……。)


それを思うと少し気が重くなった。


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